記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

【21世紀版『溶ける魚』】椎葉あきら:ZINE『脳洗浄』の書評(或いは、讃美) ~シュルレアリスム文学と併せて~

 シュルレアリスム。男性名詞。心の純粋な自動現象オートマテイスムであり、それにもとづいて口述、記述、その他あらゆる方法を用いつつ、思考の実際上の働きを表現しようとくわだてる。理性によって行使されるどんな統制もなく、美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた思考の書きとり。

アンドレ・ブルトン「シュルレアリスム宣言」、『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』巖谷國士 訳、岩波書店、1992年、p.46

二度と決して現れ得ないものは愛さねばなるまい。









はじめに

はじめに

19世紀の指揮者H・ビューローはバッハの《平均律クラヴィーア曲集》を「音楽の旧約聖書」と、ベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ32曲》を「音楽の新約聖書」と言いましたが、その言い方に倣うと、『笑芸』なる「笑いの文学」の “旧約聖書” はルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』であり、“新約聖書” はアンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』です。

いつだったかの昔に、古本屋で種々の短篇集を買い読み漁っていた時に偶然(?)出会いました。他の何十~何百の短篇集はに記憶に残っていないのですが、このアンドレ・ブルトン『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』は僕の人生の中で “最も面白い本” の一つとなりました。或いは、この本に出会っていなければ『笑芸』なる「笑いの文学」は成立していません。

以来、この本とシュルレアリスム文学に惚れ込み、憧れ、「自分もこのようなものが書きたい」と願い幾星霜、去年2025年にとうとう挑み、完成させました。それが、“21世紀版『溶ける魚』” と自称した笑芸作品第4番Opus.4もし君に脳の電荷を神に手渡し、あなたはどう?です――

詳細は当記事に書きましたが、ブルトンの『溶ける魚』32篇に合わせ、32篇(+2篇)で構成しました。(それはベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ》の曲数でもあります。)   ブルトンの『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』は1924年に書かれましたが、その101年後に “新約聖書” に挑みました。もちろん愚直にシュルレアリスムに追従するのではなく、その乗り越えも目指して。その際に必要になったのが “ダダ” や “ロシア未来派” といった同時代の前衛文学アヴァンギャルドなのですが、要するに、言葉・文字のを最大限に追求したのがもし君に脳の電荷を神に手渡し、あなたはどう?です。そうして、それ以上言語作品は書けないであろう、ということで、『笑芸』なる「笑いの文学」は終焉した、と思っております。


「シュルレアリスム」とは何か?

さて、当の「シュルレアリスム」とは何か? それについて、簡単に書きます。

シュルレアリスムと言えばダリやマグリット等の絵画・美術の方が有名ですが、元々は詩人達による文学です。そして、20世紀最大の芸術革命となったシュルレアリスムの発端は、第一次世界大戦(1914~1918年)です。

この戦争はそれまでの(古代の)戦争とは違い、化学兵器や戦車・戦闘機が人類史で初めて使用され、古典的な戦争とは桁違いの死傷者を出しました。それらは科学の発展によるものですが、それは古代ギリシャ以来の理性・論理・合理的思考の積み重ねであり、3千年来の理性的思考の結果が第一次世界大戦であったことに激怒した当時の若者達による反乱・革命が「シュルレアリスム」(また「ダダ」)です。

そうして、シュルレアリスムは理性や合理といったものを徹底的に嫌います(少なくとも表向きには)。芸術の分野では、主体・主観・意識・意図・計算等に対して「客観」「偶然」が置かれ、志向・標榜されます。(後年にシュルレアリスムはグループ活動が求められましたが、それは、主体や意識から最も離れたものが「他者」だからです。)   また、同時代に知の領域で革命を起こしていたフロイトの夢分析にも大きく影響を受け、その非合理なる夢・無意識の全能を信じ、「人間・精神の全的解放」を目指しました。


自動記述オートマティスム

では、それがどのような文学になったか? まずは、その方法について書きます。彼等は主に自動記述オートマティスムと呼ばれる方法を用いました。それが本記事の題辞に掲げたもので、ブルトンが「シュルレアリスム宣言」で書いた定義です。それを再び引用します――

 シュルレアリスム。男性名詞。心の純粋な自動現象オートマテイスムであり、それにもとづいて口述、記述、その他あらゆる方法を用いつつ、思考の実際上の働きを表現しようとくわだてる。理性によって行使されるどんな統制もなく、美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた思考の書きとり。

特にその初期においてシュルレアリスムは自動記述オートマティスムとほぼ同義であり、引用部から結語だけを取り出すと「思考の書きとり」なのですが、ここまでの流れで重要なのが、「理性によって行使されるどんな統制もなく、美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた」という点です。その理由は上述した通りなのですが、文学ルールや社会的・思考的常識やモラルを一切 鑑みずに、或いは、「文学的にどんな結果が生じうるかなどはみごとに無視して」(同書 p.40)、自己から湧き出るがままに言葉やイメージを書き留めていきました。

この自動記述オートマティスムについて、シュルレアリスム研究の第一人者・巖谷いわや國士くにお先生が簡潔に解説されています。以前にファトラジー解説記事でも紹介したのですが、再び引用します――

「エクリチュール・オートマティック」すなわち「自動記述」というのは、[…]要するに、書く内容をあらかじめ何も用意しないでおいて、かなりのスピードでどんどん物を書いてゆく実験のことです。[…]あらかじめ書く内容を用意していないということと、ただ筆のすべるにまかせて速く書いてゆくということが重要です。

巖谷國士「シュルレアリスムとは何か」、『シュルレアリスムとは何か』筑摩書房、2002年、p.35

こうあるように、「書く内容をあらかじめ何も用意しないでおいて、かなりのスピードでどんどん物を書いてゆく」のが自動記述オートマティスムです。そして、そのようにして書かれたのが『溶ける魚』です。


“『笑芸』の新約聖書”
A・ブルトン『溶ける魚』

先述したように、「シュルレアリスム宣言」が理論編(また序文)だとするなら、実践編が「溶ける魚」です。『溶ける魚』は32篇ので、110ページほどです。この歴史的な作品の制作について、『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』(前掲)の訳者・巖谷國士 先生の「解説」から引用します――

 一九二四年三月のなかば、ブルトンは〈自動記述〉すなわち「文学的にどんな結果が生じるかなどはみごとに無視して、紙に字を書きまくる」(四〇ページ)行為を再開し、五月のはじめまで、これを集中的にこころみつづけた。ノート七冊分にわたったこれらのテクストの数は百篇をこえる。末尾に日付のはいっているものも多く、しばしば一日に数篇を書きなぐっていたことがわかる。やがてそれらを取捨選択して「溶ける魚」と題する一冊の本にまとめ、それに「序文」を付そうと思いたったのは、おそくとも五月下旬のことである。

p.273

このように、『溶ける魚』は、1924年の3月の半ば~5月の始めに集中的に・大量に自動記述したものを取捨選択して編まれたそうです。総篇数は「百十四篇」(p.279)に及んだそうですが、それが32篇にまで選び込まれた、その基準は何だったのか?   「解説」には こうあります――

 収録された三十一プラス一篇と、収録されなかった多くのテクストとをくらべてみても、その取捨選択の過程で、あるていど物語性の尊重という意図がはたらいていたように思える。

p.281

「物語性の尊重」、これが一つの基準だったようです。しかも――

テクストの順序もかなり入れかえている。そればかりか訂正、とくに削除をほどこしている部分も多いのだ。

p.279

このように、自動記述オートマティスム作品と言えど(或いは、反して)、ブルトンは作品・文学としての完成度も求めていました。そうして、あのような何とも「形容しがたい」(p.283)魅惑的な――或いは、夢のような――小話集となりました。

それらがどのような小話なのかは当書をお読み頂きたいですが、ここでは、特にシュルレアリスム的な文章をいくつか挙げます。ファトラジー解説記事でも紹介したのですが、再び引用します――

 公園はその時刻、魔法の泉の上にブロンドの両手をひろげていた。意味のない城がひとつ、地表をうろついていた。神のそば近く、その城のノートは、影法師と羽毛とアイリスをえがくデッサンのところでひらかれていた。

p.87

彼女にむかって、「この遮光ガラスになった僕の手を、両手でつかんでごらん、ほら、日食だろ」といったとき、彼女はにっこり笑い、血の珊瑚さんごの枝をとってくるために海にもぐる。

p.92

鳥たちは色彩を失ってから形を失う。

p.99

私はきみのために消えたのではない。私はただ、きみに似た何かをはなれて沖あいにいるだけであり、そこでは、〈断腸〉という名の鳥が叫び声をあげると、昼の星たちを折れたつばとする氷の柄頭つかがしらがもちあがってくる。

p.156

このような不思議で魅惑的な文章が数えきれないほど現れます。特に2つ目の引用の〈彼女にむかって、 ~〉の句に僕はどうしようもなく魅かれて、囚われて、シュルレアリスム文学にひれ伏すことになりました。この世にも稀な世紀の奇書をお読みでない方は、ぜひ一読をお勧めします。あなたの文学人生を(大きく)変えることになるはずです――

ちなみに、僕は3冊持っています――

種々の用途で。


僕の宝物 ~巖谷國士 先生の直筆サイン~

なんと、僕は一度だけ、神の如き存在であられる訳者の巖谷國士 先生にお会いしたことがあるのです!   そして、なんと、その時に直筆のサインを戴きました!  『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』の本扉に!   それがこちらです――

ページ下部・「岩波書店」の文字の下に「Kunio」と書いてあります(たぶん)。そして、ページ中央・岩波書店のロゴの上下に「Shodai Otenkun」と!

Shodai
Otenkun

巖谷先生は書きながら、「Shodai Otenkun……、ショダイ オウテンクン……、しょだい おうてんくん……、初代王天君……?」と、ようやく漢字名に気付かれ、「凄い名前だねぇ。」と言ってくださいました💗 本当はローマ字ではなくて、漢字で書いて頂きたかったのですが……。

この直筆サイン入り『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』は僕の一番の宝物で、災害時には最優先で持ち出す物の一つとなりました。


もう二度と出会えないだろう……。

ブルトンの『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』は僕にとって そのようなものであり、先にも書きましたが、こんなに面白い本は他にありません。もちろん求めて探してみましたが、見つかりませんでした。そして、「このような作品にはもう二度と出会えないだろう」と結論してから幾星霜。なんと、現れました。『溶ける魚』のような作品とそれを書く人が!   それが、本記事の主役・椎葉さんです――



“21世紀日本のシュルレアリスト” 
椎葉さん

本記事の冒頭でも挙げましたが、椎葉さんは現在、自動記述オートマティスムで作品を書かれていて、その作品もまるで『溶ける魚』のようです。読んでいて何度もブルトンを思い出してしまうほどシュルレアリスム的で、現在の note の中では No.1 自動記述オートマティスム作家です。或いは、note の外でも これほど強靭かつ大量の自動記述オートマティスム作品を書ける人は少ないと思います。そんな凄い方が現在 note にいらっしゃるのですが、ここから、椎葉さんとその作品を紹介していきます――


椎葉さんとその作品

自己紹介文プロフィールにある通り、椎葉さんは「500字前後の自動筆記〔自動記述オートマティスム〕」作品を主に投稿されています。note を始めたのは2020年だそうですが(現在 確認できる最初の記事は2020年7月10日付け)、いくつかの記事を投稿した後に一度お休みされ、2025年7月15日に投稿を再開されたようです。それからは ほぼ毎日投稿されています。最近は1週間に2~3回の投稿になっているようですが、近況報告や告知やちょっとした つぶやき(今は無き)以外は ほとんど自動記述オートマティスム作品です。


最初の出会い

僕が最初に読んだ椎葉さんの作品は、次のものです――

25年7月22日投稿の左様で御座いますか。当時の自己紹介文プロフィールにも「自動筆記」や「シュルレアリスム」とあったはずで、記事のタグにも「#シュルレアリスム」「#自動筆記」とあり、それならば と思い読んだのですが、たしかにシュルレアリスム-自動記述オートマティスム特有の世界・論理進行で、その味わいが濃厚でした。一つ、そのシュルレアリスティックな文章フレーズを引用します――

オレンジを剥いた罪状に拠っては、通信障害の緞帳が今に三角定規を輪切りにする。

こういった何とも言えない奇妙な発想がシュルレアリスムで、僕のマガジンシュルレアリスムに即追加しました――

そして、椎葉さんの全自動記述オートマティスム作品をこのマガジンに追加していくことになりました。(実際に入っているので、ぜひフォローしてお読みください。)


最初のやり取り

その次に読んだ作品がこちらです――

25年7月27日投稿の アルティメットつよいパンチ。この作品も いかにも自動記述オートマティスム-シュルレアリスム的で、その素質があることが確実になったので、「変なタイトルで、変なことを書くなぁ」と思いつつ、初のコメントをしました。それを以下に載せます。なお、コメントや記事やアカウントがいつぞや消えるか分からないので、写真スクリーンショットで残します(そのため、画質の悪さはご了承ください)――

自動記述オートマティスムの達人・椎葉さんとの記念すべき初交流です💗 椎葉さんの最初の返信に「「スキ」以外の反応はそうそう頂けるものとは思っていなかった」とありますが、もしかしたら椎葉さんの note への初コメントは僕だったのかもしれませんが、そう思うと嬉しくなりますね💗(違うかもしれませんが……。)   

そして、僕は最初のコメントで「一冊分作って詩集にされてください」と言ったのですが、それが届いたか(そうではなかったか)、なんと、椎葉さんはご自身の note での自動筆記作品をまとめて ZINE にされたそうです!   それが本記事の主題・脳洗浄です――



椎葉あきら:ZINE『脳洗浄』 
~21世紀版『溶ける魚』~


椎葉さんと自動筆記 ~或いは、脳洗浄~

ここから、椎葉さんのZINE『脳洗浄』の紹介をしていきますが、その前に、椎葉さんの自動筆記の試み・目的について書きます。それについては、椎葉さん本人が書かれています――

まず、椎葉さんの自動筆記との出会いですが、自動筆記と自分。|随筆には こうあります――

自動筆記という手法を知った切っ掛けも偶発的なものでした。現在はアカウントごと削除していらっしゃる方ですが、たまたま開いたnoteに記された不思議な世界に一目で惹かれ、お姿が見えなくなるまで投稿に注目しておりました。

こうあるように、note 上での椎葉さんと自動筆記との出会いは偶然だったそうですが、その作品の「不思議な世界に一目で惹かれ」たそうです。僕もブルトンの『溶ける魚』で同様の体験をしているので、よく分かります。

そして、椎葉さんの自動筆記の目的が書いてあるのは、次の記事です――

無論、無意味|自己紹介には こうあります――

 自動筆記の投稿には目的を持っております。
心の指揮を取ることが不得手なまんま背丈だけは大きくなり、わたくしには気の狂れてしまいそうな時が屡々訪れる。そうしたら、脳に付着する何ものかの手垢を落とすべく水を勢いよく注いでは乱暴に濯ぎ出す感覚で、頭で暴れ回る言葉を書き出して脳をすっきりとさせています。わたくしはこれを〝脳の洗浄〟と胸で認めております。

椎葉さん独特の言い回しですが、要するに、脳(20世紀の言葉では「心・精神」)内ストレスを雪ぐ試みが “脳洗浄” だそうです。20世紀のシュルレアリスム-自動記述オートマティスムはフロイトが開発した精神病の治療法「自由連想法」から着想されたそうですが、椎葉さんの脳洗浄はシュルレアリスムと符合しています。

そして、自動筆記と自分。|随筆に、「2021年頃当時、試しに書いてみて満足してから何年も空白を置き、不意に再び書いてみようかなと思い付いた」とあるように、2021年の自動筆記作品には次の4作があります――

バラバラパラノイア」「」「色相反転」「オヤシロ」。この4作の後、「何年も空白を置き」、再開されるのが去年2025年7月15日で、次の作品です――

睡眠時無作法症候群」。ここから、先述の通り、基本的に毎日投稿されるようになりました。なお、「不意に再び書いてみようかなと思い付いたのもまた偶然」だそうです。(自動筆記と自分。|随筆」)

また、椎葉さん本人にお訊きしたところ、自動筆記歴については上述の期間であり、自動筆記作品も note で発表しているもの のみとのことで、椎葉さんの自動筆記作品は note にのみ、また、全てあります。


椎葉あきら:ZINE『脳洗浄』

そうして、それらの note 投稿記事を116篇まとめたのが、ZINE『脳洗浄』です。名義は〈椎葉あきら〉で、発売日は2026年1月15日です。収録作は20年9月13日~25年10月31日の116篇です。詳細に触れる前に、ZINE にまとめるまでの経過も書いておきます――

25年9月7日投稿の必ず迎えにいくよ。|近況には「ZINEへの興味」という章があり、そこでは ZINE(自由度の高い個人制作の小冊子)を知った経緯やそれへの興味・目標が書かれ、「ZINE(使ってみたかったことば!)制作に向かってゴソゴソと動いております。」   このくらいの時期から ZINE 制作を意識されていたようです。そして――

25年10月20日投稿のもりだくさん。|近況では、「再録ZINE鋭意制作中」という章で「現在、当note記事再録ZINEを鋭意製作中です。」   また、「90日連続投稿も日々の小さな積み重ねで叶ったことですし、この制作もじっくりじわじわ進めて参る所存です。」   このように進捗状況と目標が語られています。そして――

25年12月8日投稿のZINE『脳洗浄』|告知で「ようやく確定的に本が出ます」。「先日遂に表紙デザインなども含めての制作に区切りがつき、残すところはあと入稿のみとなりました。」   そして、諸情報が載せられています――

『脳洗浄』 著:椎葉あきら
A6文庫サイズ/全204ページ/カバー付

発行日:2026年01月15日
単価:800円 
送料:370円 ネコポス匿名配送
※別途通販サービス利用料が発生します。詳細はこちら

概要:
noteに投稿した自動筆記作を紙書籍でお楽しみいただけます。意図しないうえ面白味が出るでもないと判断した誤字脱字等の修正以外はweb再録仕様となりますので、ご了承いただいた上でお求めください。

取扱webサイト:
https://code-418.booth.pm/

こうして、25年9月~26年1月に掛けて自動筆記ZINE・『脳洗浄』は完成しました。この「概要」にあるように、「noteに投稿した自動筆記作を紙書籍で」。僕が本人に訊いた言葉では「縦書きで古いものを順に読みたい方用」だそうです。また、「意図しないうえ面白味が出るでもないと判断した誤字脱字等の修正以外はweb再録仕様」という言い方が、なんとも椎葉さんらしいです。

そして、その販売開始の報告が、ここまで何度も挙げた次の記事です――

しかし、「書籍版の発行部数はごく僅少に限っております」とのことです。僕は本人に訊いてその発行部数は知っているのですが、念ため、伏せます。そして、めでたいことに、或いは、欲しい方には残念なことに、完売したそうです!

おめでとうございます✨💖

しかし、それでも欲しいという方には電子書籍版もあるとのことです!(僕もそうするように勧めたのですが。)   それが こちらです――

「電子書籍版には完売というものはありませんので、お気が向かれましたタイミングでお求めいただければと思います。」とのことなので、欲しい方はぜひ電子書籍版でどうぞ!


目次 ~収録作~

ZINE『脳洗浄』には憎いことに(?)、「まえがき」や「目次」や「あとがき」等が一切なく、本扉の次のページで(空白を1ページ挟み)すぐに1篇目が始まり、116篇目の直後に奥付です。ではあるのですが、椎葉さんらしいです。また、事前情報なしで出会った場合、ミステリアス度が上がってそそられます。

しかし、紹介の都合上、目次はあった方が良いので、椎葉さんのご許可を得て、以下に載せます。なお、作品番号と各タイトルの後に「m」「h」「l」「±」という文字を括弧()に入れます。これは後述しますが、椎葉さんの4種の自動筆記マガジン『mid』『high』『low』『±』の頭文字です。収録されていない作品は未記入、2つに収録されている場合は2つ書きます――

1・無力タービン(m)
2・オヤシロ(m)
3・睡眠時無作法症候群(l)
4・十六時七十八分(l)
5・とうに抜けている、(l)
6・憑物の熟れるまで(l)
7・未知足りている(h)
8・悲との迪(h)
9・左様で御座いますか(h)
10・天才肌にスキンミルク(h)
11・裸々と咲う薔薇(h)
12・ビニル紐は追い掛けた(h)
13・飛んでっちゃった(h)
14・いち、にの、惨状(l)
15・宵醒し(l)
16・赤しろ奇色(l)
17・アルティメットつよいパンチ(h)
18・トランクに家鴨(l)
19・語り部は苺のキャンディ(l)
20・人製相談(l)
21・カーボンの焦げた臭い(h)
22・孤独な蠱毒の如く(l)
23・無謀多望(l)
24・図鑑に載らない虫(h)
25・ミニチュアの伝言(h)
26・詰めて座ってよ(l)
27・山頂に脚立(l)
28・マクロな空(h)
29・酸化バレリーナ(l)
30・星を踏む(l)
31・伏線を掻き鳴らせ(l)
32・貴女と甘美に(h)
33・いささかささやか(h)
34・顕微鏡ニタニタ(h)
35・新感覚グミ(退屈味)(l)
36・通院ラッシュ(h)
37・残像スクラロース(l)
38・砂糖菓子の祈り(l)
39・揚羽蝶なら手首切って死んだよ(l)
40・教科書のルーシー(l)
41・喇叭に子宮(h)
42・ヘルパンギーナも憮然とし(h)
43・なりきり苺ケーキ(h)
44・ゆりかご明晰夢(l)
45・生命線に乗って(h)
46・びちゃびちゃリモコン
47・童唄が西を睨む(l)
48・カドマリズム(h)
49・顔面創拍(l)
50・羊肉がない生活(h)
51・散歩すら失敗する(±)
52・博学パロキセチン(h)
53・耳に粘物(±)
54・水葬に憧れた(l)(±)
55・ウ・ユャーヂェテ(h)
56・ティファニーで冒涜を(±)
57・まざまざとめざまし(h)
58・鬱は鬱屋(h)
59・ミライフォビア(l)
60・ときめきクローザー(h)
61・ハロー、離人感(h)
62・脱走癖と林檎(h)
63・用法用量知らん顔(l)
64・水溶性エクスプロウル(h)
65・生きるフリをする(l)
66・稲妻で三つ編み(h)
67・ちくっとしますね(h)
68・有精卵に潜む宇宙(h)
69・レモンソーダの効能(l)
70・オーダーメイド疎外感(l)
71・屑籠に花(l)
72・数字で殴って致命傷
73・脇腹では多肉植物が(l)
74・思春期は呼吸停止を伴って(l)
75・白雪姫の罪状(±)
76・観覧車るんるん(h)
77・植物性頭痛(h)(±)
78・ピルケースで匿おう(h)
79・劈く風の噂(h)
80・排水口に指輪(h)
81・手に尾羽(h)
82・抉じ開けて啓蒙(l)(±)
83・雑草の眩暈(h)
84・室外機から脳髄(h)
85・閑古な汚れ(l)
86・跳ねない雫(l)
87・蜂蜜を御御足に(h)
88・ナイロン・ガール(l)(±)
89・双曲線の谷(l)
90・幻聴の天使キコエル(h)
91・ラッキーパーソンは偉人(h)
92・虚しさにすら見放されて(l)
93・まものだもの(l)
94・ニンゲニウム含有率(h)
95・XSサイズの視野(l)
96・いんちきインデックス(h)
97・帰省先は知らン顔(l)
98・LED式鬼灯(h)
99・まばたきが色付く頃(l)
100・口遊む(h)
101・強がりで喉を潤す(h)
102・すてきなお菓子を闇取引(l)
103・いきものばかり(±)
104・くらしと怨恨のフロア(h)
105・フルーツサンドの滑り台(h)
106・セロトニン鷲掴み(±)
107・揮発した良心(h)
108・疎遠証明書(l)
109・高層無形(h)
110・たかが痴れている(l)
111・漆喰シック(h)
112・点描の踏切板(l)
113・天国と恥辱(l)
114・ざわり、目障り(l)
115・無味心中(h)
116・うつくしい午睡(l)


116篇!!
大量に書かれました!!

先述の通り、ブルトンの『溶ける魚』の総篇数が「114」だったので、それより2篇 上回っています!   なお、本人に収録数は115篇かと訊いたところ(これは僕の数え間違いで1篇少ない)、「115編もあったんですね(笑)」とのことです。自著の収録作数も数えていないとは、御方です。

制作時期については、「1・無力タービンが2020年9月13日、「2・オヤシロが2021年8月1日で、「3・睡眠時無作法症候群2025年7月15日です。そして、その次の「4・十六時七十八分からはほぼ毎日になり(一日に2篇 書いた時も何度かあるようです)、最後の「116・うつくしい午睡2025年10月31日です。そのため、主な制作期間は2025年7月15日~10月31日の約3ヶ月半であり、それもブルトンの『溶ける魚』の1924年3月半ば~5月始めの集中的な制作を思い起こさせます。また、溶ける魚』から101に書かれた ということにも感動してしまいます。

そうして、以下に、この約3ヶ月半に及ぶ壮絶な “自己暴露日記” とも言うべき ZINE『脳洗浄』の書影を載せます――


書影

この21世紀版『溶ける魚』を記録しておかねばなるまい、と思い、椎葉さん本人にご許可を戴き、ZINE=紙本としての『脳洗浄』の写真を載せます。紙本ZINEを買えなかった方は、ぜひ悔しがって ご覧ください。まずは表紙から――

表紙

大理石調で、白さが輝いています。
(僕の机の照明がオレンジ系のため、その色が映ってしまっていますが……。
その純白さは ご自身の想像力で補正してください。)
本人曰く、「自分でもけっこう気に入っている」。


裏表紙

文字は入っていません。
白さが際立っています。


背表紙と大きさ

背表紙には『脳洗浄』と〈椎葉あきら〉。
サイズは A6文庫・全204ページで、ペン1本分。


見返し

独特のプロフィール(右)と
冴え冴えするような青の遊び紙(左)
この遊び紙はトレーシングペーパー。
素敵なブルーを選ばれました。

『脳洗浄』椎葉あきら


実際のページ

pp.34~35
右ページが「20・人製相談
左ページが「21・カーボンの焦げた臭い
基本的には1篇で1ページほど。
椎葉さんの許可を戴き掲載しています。
pp.44~45
右ページが「25・ミニチュアの伝言の後半
長いものは2ページに亘ります。
左ページは「26・詰めて座ってよ
各篇は常に新しいページで始まります。
椎葉さんの許可を戴き掲載しています。


カバー無し版・裸本

表紙


裏表紙と背表紙
水による浄化のイメージでしょうか。
その願いと意志を悲痛なまでに感じます。


4冊 買いました💗💗💗💗

丁寧な梱包。
発行部数は「ごく僅少」とのことですが、
僕が結構な割合を買い占めてしまいました。
欲しかった方、すみません……。
4冊の用途は、
読む用
引用・撮影用
或るダダ・シュルレアリスム研究者に送-贈る用
永久保存版です。
裏面
裏には名刺が貼ってありました。
色とりどりの可愛いシールで。
椎葉電工:代表執筆役 椎葉 あきら
箱から出して
白さと相俟って、圧巻!
横並び
先の並べ方と どちらの方が好きですか?


空いたフィルム

こういうのも捨てられない。
なお、残り2冊は未開封です。


このように、素敵な装幀の ZINE です。紙質にも拘られたようで、良い紙を使っています。厚みと張りがあり、1ページ1ページに重さがあります。

また、届いた箱を開けると、なかなか強烈なタバコの匂い(銘柄は椎葉さんの記事によれば『ラッキー・ストライク』)がしました。作中では時々タバコ関連の話が出てきますが、椎葉さんはそこまで煙草がお好きだったとは、感心しました(?)。匂い(と手触り)というのは Web 記事では絶対に伝わらない情報ものの一つなので、こういったことを知ることができるのも、紙本=物体としての ZINE の魅力です。そして、さらに作品の読みが深まりました。

しかし、残念なことに、「完売となりました後にも増刷の予定はありません」(「通販受付開始(完売)|報告」)とのことです。が、多くの方がリクエストしたら再検討して頂けるかもしれません。欲しい方はぜひ椎葉さんにお伝えしてください。

それにしても、Web 版で無料で読めるのに、どうして お金を払って紙の本を買うのでしょうか? 不思議ですね。



書評

簡単な感想

そうして、ここから脳洗浄』の書評を書いていきますが、はじめに簡単な感想をいくつか述べます。

まずは、面白かったです💗 この一言に尽きてしまうのですが、素晴らしい作品でした。先述の通り、僕はシュルレアリスム文学からの影響が強く、現在ではシュルレアリスム以外の作品は読めないのですが、久しぶりに本格的なシュルレアリスム-自動記述オートマティスム作品に出会えました。これは、面白かったという以上に、大変 嬉しいことです。そのように喜びながら、一篇一篇 読みました。

もう一つは、先に「目次 ~収録作~」でも書きましたが、その量の凄いこと!   116篇もほとんど毎日 書かれたということですが、その情熱・情念・執念は物凄いです。もしかしたら、ブルトンと『溶ける魚』に匹敵し得るかもしれません。一冊を通読して、その凄まじさを感じました。

そして、全作を通読してみると、作品・精神の暗い面の量と程度がかなり多かったので、これについても後で改めて書きます


お気に入りの文章フレーズ

この脳洗浄から、僕が個人的に気に入った文章フレーズをいくつか挙げます。それは先にブルトンの『溶ける魚』で行なったようにですが、そのブルトンも「シュルレアリスム宣言」中で同志達の名句を挙げていますし(pp.68-70)、『シュルレアリスム簡約辞典』でもそうしているので、それに倣います。また、シュルレアリスム文学は一文一文が強力で、それだけでも文学作品として成立し得るものです。そういったものを椎葉さんの脳洗浄から掲載順で挙げてみます――

成金趣味の吸血鬼が、張った胸だけは負けン気で正直に帰せぬまま、哀しい寂しいとおいおい鼻から指からミニチュアの電気椅子を零すとき、此の指爪ではたった何頁分の嘘を残せたことでありましょうか。

「12・ビニル紐は追い掛けた」p.19

割箸が砕けたポスターに囲まれる趣味の一環で悪足掻きをした後の夢のように長細い沈黙味のビスケットを咥える習慣を、保健室の看板など掲げていながら彼は一切を止めようとしなかった。

「15・宵醒し」p.25

背広姿の蛙は兎角、高飛車な態度を掲げて、気持の悪い形をした幼虫を捕まえては剥き広げつ、正論だけをくだに巻いて垂れていたいらしい。

「20・人製相談」p.34

耳孔に滑り込んでしまった毛虫を誘き出すべく一晩蜜に漬けた綿棒を光らせて見せた。

「22・孤独な蠱毒の如く」p.37

隣合せた薄汚い小父は顎に手を遣り、風刺とするには類人猿が足りないだとかぼやいては彼の中で唯一ツ太陽光を反射した靴先から咲かせている萎れた花の弁を恭しく千切る。

「24・図鑑に載らない虫」p.41

郵便受けの仔犬が卵生で殖えられるように成ったら、ジオラマの摩天楼らは薄らと汗ばんできた。

「25・ミニチュアの伝言」p.43

雑誌のインタヴュアは積木の凹凸に腰掛け、瞼を捲って粘膜を見せつけてくるのが毎度の決まり事。縦横無尽に走るクリオネには誠に頭が上がらない。白米を人一倍口に含んでみる喪主みたいだ。離陸のさいには券売機に案内してくださいね、すると喉飴は嬉しげに、じゅげむ、じゅげむとはしゃいで身を滑らせ、通過してゆきました。

「26・詰めて座ってよ」p.45

点と点を結んで三角形以外になったとき、まったく立派な安価の腕時計が百葉箱に生えるよ。

「27・山頂に脚立」p.47

玄武岩質マグマで泳ぐのは今に仮面に取り込まれてしまいそうな紙ナフキンの群れ。

「28・マクロな空」p.49

具合のいい日には水飴をこうして、洗濯物に塗り広げていたい〔……〕。

「30・星を踏む」p.53
※〈水飴〉は note 記事では〈蜂蜜〉。

獅子の鬣はトイレットロールを千切る内職の総力あってのものだったが、当者きっての申し出で躁症状の輪を跳び潜るものでして、全ては真ッ青な霧灰として煌めきながら死んでいった。

「32・貴女と甘美に」p.57

狼の乗った滑車がネイルアートを台無しにする夢を見た。額に腋にと噴き出していた汗は拭うと猫の死骸になっていた。一方、序破急が赤らむ無音映画が二値分かれで大流行していた瞳孔では、世の誰もが知らない形の漢字が小気味良い踊りで登場し、大輪の向日葵は騒然としていた。ねえ、貴方、首を括るとしたら、どんなキャラクターのとびきり可愛いキーホルダーを隣に吊るしたいですか。わたしはね、メタモルフォーゼには必要不可欠なラヴェンダー・カラーのセロファンで魔術の記述試験対策をします。

「33・いささかささやか」p.

古紙の還り際に、祠には体液を引っ掛けてはならないよと狐が照れ臭げに尻をくねらせて告げるから、季節は終わった。

「37・残像スクラロース」p.66

ブルー・スクリーンが寄越した脅迫状の宛名は美しいゴミだった。

「41・喇叭に子宮」p.73

試験管にぎっちり詰まった海鼠は国家資格に憧れ始めたばかりだ。

「50・羊肉がない生活」p.90

様変わりした夕食になればいいと雲雲を千切ってカレーライスの具にしたら、生臭くって食べられたものじゃあなかったのが先週の出来事です。

「50・羊肉がない生活」p.90

半覚醒状態には薄紫の国に浮いている雲達が一斉に耳元へ集まって、囁く。人間共の大腿骨は今に新製品の菓子として田舎のコンビニエンスストアから順番に並んでいくのだよと。

「66・稲妻で三つ編み」p.120

規律無用な児童公園で小さな球を触ると得られる天啓を面白がり、軈ては天の子だと拝まれる想像に耽った無神論者の休日は短い。

「70・オーダーメイド疎外感」p.127

彼〔パパ〕は噂によれば靴下についた毛玉をしゃぶって生計を立てているらしい〔……〕。

「78・ピルケースで匿おう」p.139

頭を素早く跨いで行った珍妙な文字列を入力し、後は生きるモチベイションごと失ってしまった身を隠滅すべく、譜面を火に焚べておいた。なに、マカロニを耳から生む方法なら漸く覚えてきたところだから平気さ。

「89・双曲線の谷」p.160

呼んでもいないのにテレビの枠を跨いだ猿が白衣を引き摺りやってきて、贋作の此れだと生態がどうのと唸り始めるので、目覚まし時計にそうするよう、拳を頭に振り下ろして黙らせた。

「93・まものだもの」p.166

蜥蜴の揚物を箸で突いている反地球生命体〔……〕。

「94・ニンゲニウム含有率」p.167

〝こそあど〟で完結する自問自答は一本脚跳びで進んでは戻り、気の利かない玉葱から野次を受けては足裏を朱肉に埋めた。

「109・高層無形」p.191

仄赤い錆を纏った文鳥だか象だか定かでない影絵を情操教育に用い、散らかした物を散らかし切った所で血相を変えて色画用紙を喰み始める姉妹の為に買った籐籠に防水シーツを敷き巡らせよう。

「111・漆喰シック」p.195


大量にあります!!
そして、どれも素晴らしいですね✨💖

こういったものがシュルレアリスム-自動記述オートマティスム椎葉さんの世界です。また、これだけ並べてみたら、脳洗浄』がどれほど特異で奇妙な文学世界かが分かって頂けたと思います。少なくとも、通常の文学(主には小説)には到達できない 綺想コンチェット” の世界であり、本屋や図書館で探しても滅多に出会えません。シュルレアリスム愛好家マニアにとっては堪らない作品です。

そして、大体は一篇に一つはこういった魅力的ファンタスティックな文章があります。気に入った方は、ぜひご自身で椎葉さんのクリエイター・ページから探してみてください――

ちなみに、「78・ピルケースで匿おう中の「彼〔パパ〕は噂によれば靴下についた毛玉をしゃぶって生計を立てているらしい〔……〕。」という一文ですが、僕の企画「(#)初代王天君の企画」の第7弾(#)一番面白い一行詩で、勝手に第2回「一番 面白い一行詩」賞を差し上げました!   受賞おめでとうございます!!(他の文章も同等か それ以上に面白いですが。)


お気に入りの篇

今 挙げたのは主には一文でしたが、次は個人的に気に入った篇を挙げます。脳洗浄の基本単位は「篇」なので、ぜひ一篇としてお読み頂きたく思います。

なお、選考の基準としては、僕はシュルレアリスム文学を “笑い・ギャグ” として読みたいので、「娯楽性の高いもの」「綺想的なもの」「上で挙げたような文章が多出し、綺想の平均値が高いもの」「一篇としての完成度」等があります。平たく言ってしまえば「面白いもの」となるのですが、未読の方には優先的に読んで頂きたいものです。もちろん、皆さんがそれぞれ お気に入りの篇を探して頂けたらと思います。それでは、先と同様に、掲載順で挙げます――


30・
星を踏む(l)

「30・星を踏むは2段落構成ですが( note 版では3段落)、そのどちらも夢のようなイマージュで、常に奇妙なフレーズが出てきます。(先に挙げた「具合のいい日には水飴をこうして、洗濯物に塗り広げていたい」もその一つです。)   引用したら全行になってしまいますが、1ページほどの篇なので、ぜひ椎葉さんの記事からご覧ください。また、「星を踏む」というタイトルも素敵ですね!


44・ゆりかご明晰夢(l)

「44・ゆりかご明晰夢も同様に、またタイトルにあるように、夢のようなイマージュ篇です。シュルレアリスムは夢(また無意識)と深い関係にあった(実際、夢の書き取りも行なっていた)ので、これで良いです。 1段落目の〈猫〉の〈賽子〉への変転、綺想文から始まる2段落目、シュルレアリスム文学らしい謎の締め括りオチを持つ3段落目。この篇も質の高い自動記述オートマティスム-シュルレアリスム作品です。


45・生命線に乗って(h)

先の2篇と同様に、「45・生命線に乗って数段落が丸ごと綺想的です。一篇中でこのくらいの割合を綺想コンチェットで占めることができるのは素晴らしいことです。ぜひご覧ください!


51・散歩すら失敗する(±)

この「51・散歩すら失敗する全篇が夢的であり、実際、最終段落では「実に、癪な夢だったと思う。」   8月26日投稿ということで真夏の幻想もあったのか、「よく焼けた靴裏はハムステーキに成った。」   そして、「自慢のステッチから小人がみるみる湧き出して、忽ちにして肉食を好む夢の国へと招待されてしまったのです。」   次の第2段落では「無数の七本足を持つ虫達が歓迎をしてくれ」、その虫達との格闘が描かれます。第3段落では「今度は小さな神社らしき場所へと弾き飛ばされており」、大きな・急激な場面転換が起こります。最終第4段落では篇の締め括りが行われ、オチです。このような夢的な篇なのですが、椎葉版 Wonderland ” とさえ言えるかもしれません。また、文量も2ページほどもあり、質・量ともに『脳洗浄』の中でもトップクラスだと思います。

ところで、この篇椎葉さんの自動筆記マガジン『±』に入れられています――

マガジンの説明文にあるように、『±』「まぐれあたり 無責任なショートショート風味」とのことです。「ショートショート風味」というのは、僕が解釈するところでは、一篇全体(各段落)で一貫性・連続性があり、その篇の締め(=オチ)もしっかりしている・回収されている、といったことだと思います。今の「51・散歩すら失敗するはそうで、話になっています。しかし、シュルレアリスム-自動記述オートマティスムにおいて「上手い」というのは決して褒め言葉。また、全く意味不明な方が面白かったりするのですが、ブルトンも作品の美しさへの志向-嗜好は持っていたので、当篇を良作として挙げました。

また、「まぐれあたり」とのことで、当作の出来の良さも椎葉さんはきっと「偶然」と言うのでしょう。

なお、『±』に入れられたのは「51・散歩すら失敗するが最初で、現在は合計11篇あるそうです。


53・耳に粘物(±)

2ページもある(椎葉さんの自動筆記作品の中では)大作の「53・耳に粘物は、一言で言ってしまうと、「部屋に侵入してきたスライムとの格闘奇譚」です。そして、この篇も『±』に入れられています。6段落にわたってスライムとの奇妙な戦闘が描かれ、しっかりとした(?)オチです。

「耳に粘物」というタイトルは諺の「耳に念仏」のであり、「粘物」がスライムのことだとは すぐに分かりますが、ここで僕が思い浮かべてしまうのが、シュルレアリスム-自動記述オートマティスムと耳-聴覚の関係です。ブルトンはシュルレアリスム-自動記述オートマティスムの原初体験として ある言葉を聴き取ったということを書いていますが、その箇所を『シュルレアリスム宣言』から引用します――

 すなわちある晩のこと、眠りにつくまえに、私は、一語としておきかえることができないほどはっきりと発音され、しかしなおあらゆる音声から切りはなされた、ひとつのかなり奇妙な文句を感じとったのである。その文句は〔……〕あえていえば、ような文句であった。〔……〕あいにくこんにちまで憶えてはいないけれども、なにか、「窓でふたつに切られた男がいる」といったような文句だった。

pp.37-38

そして、この後に「窓でふたつに切られた男がいる」ことの「視覚表現があらわれた」(同前)と書かれますが、この「かなり奇妙な文句」は、外的・物理的な誰かの声というわけではなしに(=「あらゆる音声から切りはなされた」)として聴き取られました。シュルレアリスム-自動記述オートマティスムは最初は音-声-聴覚的に発生しました。

椎葉さんの場合は、耳に煩わしい存在としての粘物=スライムが「押し入ろうとしてきた。」   その迷惑者を排除すべく悪戦苦闘するのが「53・耳に粘物なのですが、これは非常に “脳洗浄” 的であるかもしれません。椎葉さんの脳洗浄の目的は「頭で暴れ回る言葉を書き出して脳をすっきりとさせ」ることでした。(「無論、無意味|自己紹介」)   つまり、耳から侵入してきた「何ものか」を雪ぐさまとその心的表象イメージこの篇であり、“脳洗浄” のメタ的な作品なのかもしれません。

「53・耳に粘物、その奇妙なイマージュ性といい、最終段落の乱暴さといい、オチのどうしよう無さといい、何度もブルトンを思い浮かべてしまいましたし、ブルトンとが聴こえました。


75・白雪姫の罪状(±)

「75・白雪姫の罪状『±』に入れられていて、ちょうど1ページなので ぜひご自身で読んで頂きたいですが、主人公の「クラスのあの娘」は、シュルレアリスム文学に付き物の誘惑的な「魔性の女ファム・ファタルです。そして、語り部(≒椎葉さん)は弄ばれています。

魔性の女ファム・ファタルは『溶ける魚』では、「(No.)3」や「18」や「19」や「22」や「24」や「26」等、多く出てきて、ブルトンも彼女達に弄ばれていますが、椎葉さんの「75・白雪姫の罪状を読みながら それらを思い浮かべ、していました(?)。

オチもキッチリ決まっていますが、そのような特殊な設定(=「罪状」)は『溶ける魚』にも多出し、すら感じた作品です。

なお、森磊水(もり・らいみ)さんの あるコメントに対して、椎葉さんは「普段通り、何も考えずに書いていました……。(笑)」とのことです。


77・植物性頭痛(h)(±)

この「77・植物性頭痛『±』に入れられています。そして、「不意に鼻から転がり落ちた頭痛のタネを育ててみようと思った。」という文章から始まる、今やお馴染みの夢的な・奇妙なイマージュ篇です。1ページほどなので、椎葉さんの自動筆記作品を初めて読む方にもオススメです!


88・ナイロン・ガール(l)(±)

「88・ナイロン・ガールすごく好きな篇の一つで、非常に『溶ける魚』的な作品です。それがどんなものか、第1段落を引用してみます――

今朝から眩暈があって、洗面所の鏡を見たら随分と窶れた自分の表情と寝癖髪の上に、小さな雲が居た。仔猫の様にもこもことして、何処かを膨らませたり凹ませたりと最小限の行動を見せる。食糧を求めている気がしたが手元の口に出来そうな物というと歯磨き粉しかなく、少し絞って与えてみると忽ちなくなって、雲はというと嬉しげに二、三跳ねるみたいにして、すうと姿を消してしまった。

シュルレアリスム-自動記述オートマティスムというのは このような奇妙な事態が頻出するのですが、この文章とかなり近いものが『溶ける魚』の「20」の冒頭にあるので、それも引用してみます――

 ある日のこと、白土の盃のなかに、果物の毛皮をあつめようと思いたったひとがいる。この霧をいくつかの鏡にぬりつけて、ずっとあとになってからもどってくると、鏡たちは消えていた。鏡たちは一枚また一枚と身をおこし、ゆらゆらと立ちさっていったのだ。

p.146

いかがでしょうか? ブルトンの場合は〈鏡〉ですが、その「鏡たちは一枚また一枚と身をおこし、ゆらゆらと立ちさっていった」。そして、その鏡を追って、2ページ以上も話が続きます。椎葉さんの篇では〈雲〉で、「すうと姿を消してしまった。」   双方ともに、物達が急に・理由も不明なまま動き出し、しばらくすると去っていきます。シュルレアリスム-自動記述オートマティスムはこのような事態の連続なのですが、椎葉さんの自動筆記作品が『溶ける魚』とここまで似ているとは、笑ってしまいます(?)。

それにしても、椎葉さんの「手元の口に出来そうな物というと歯磨き粉しかな」い、とは……。

「88・ナイロン・ガールはその後、「部屋に戻ると、寝具の上では、布団圧縮用に似た大きな透明の袋に双眸を閉ざした裸の少女が詰まっていた。」  こういった何とも言えないエロティシズムもシュルレアリスム-自動記述オートマティスムの特徴ですが、〈裸の少女〉は最終行オチで華麗なる(?)変身を遂げます。そのような変身もシュルレアリスム-自動記述オートマティスムではよく起こり、詩人でもある朝吹亮二 先生が『アンドレ・ブルトンの詩的世界』(慶応義塾大学法学研究会、2015年)の中で「イマージュの変身譚」という研究論文を書いているほどです。また、『溶ける魚』でも、「3」では〈一匹の大きな雀蜂〉(p.96)が、「19」では〈泉〉(p.144)が、「26」では〈白貂の乳房をもつ女〉(p.163)が、それぞれ変身-変奏していきます。

このように、「88・ナイロン・ガール」は非常にシュルレアリスム-自動記述オートマティスム的な作品です。こんな素晴らしい作品を書かれる椎葉さんに、誰か食べ物を送ってあげてください。


103・いきものばかり(±)

「103・いきものばかり『±』に入れられていて、これまでと同様に夢-綺想的です。また、1ページほどなので、未読の方はぜひご自身で読んでみてください。第1段落には可愛い(?)生き物が出て来ます!   既読の方も改めて読んでみると、新しい見方ができるかもしれません。

この篇には、僕の「(#)初代王天君の企画」に多く参加してくださっている🌙三日月たぬき🦝さんからのコメントがあります。それは、この篇の続きが「どうなるのかとても気になりますが読み手が自由に想像できるのが救われます」というものです。それに対して、椎葉さんは「続きや結末は、おまかせですね」とのことです。「103・いきものばかりは1ページ(≒500字)ほどですが、🌙三日月たぬき🦝さんが言われている通り、その後「どうなるのかとても気になります」。願わくば、椎葉さんには1ページ(≒500字)と言わず、2ページ≒1000字や3ページ≒1500字や、5ページや10ページや20ページや……、もっとたくさん書いて頂きたいものです。質がこれだけ高いので、それにも加わったら、本当に溶ける魚』に匹敵できます。ぜひ これからは数ページもの自動筆記に挑戦して頂きたいものです。

なお、本記事を書く前に椎葉さんに質問インタビューしたところ、自動筆記を500字前後としている理由は、「疲れるか手が止まるまで書いていたらおよそ500字というケースが複数あったため、目安としました。体力の関係です。」   「体力の関係」ということで、なんとか頑張って頂きたいものです。

なお、椎葉さんの体力事情については、「103・いきものばかりには こうあります――

〔……〕冷蔵庫は空だ。菓子などの買い置きも無い。〔……〕口に入れるものなんて、家にはカプセル錠の総合感冒薬くらいしかない。

p.181

このように、椎葉さんの家にはな食べ物が無く、基本的にお腹が空いているのです。(その食べ物への潜在的・無意識的な欲求の顕在がこの篇であるとも、精神分析的には言えそうですが。)

もう一つ、椎葉さんの食糧事情を窺える篇が「91・ラッキーパーソンは偉人で、こうあります――

以来、緑黄色を視界に入れるのは厳しくなってしまったが、カップ麺しか食べない生活をしているので迫った問題は無いし、長持ちはさせたくない人生で今後も困ることは極少ないだろう。よかったね。

p.163

椎葉さんの自動筆記作品が好きで これからも読みたいという方は、食べ物を送ってあげてください。


106・セロトニン鷲掴み(±)

最後に挙げる お気に入りの篇は、「106・セロトニン鷲掴みです。この篇『±』です。そして、面白いのが設定です。冒頭の2行を引用します――

この町の喫茶店やスーパーマーケットの上階に構えられた医療フロアは今日も混雑。消化器内科、歯科、霊媒科、黒歴史科、等等。中でも悪夢科の診療所はとみに賑わっている。

p.186

このように、「医療フロア」には「消化器内科、歯科」の他に、「霊媒科、黒歴史科」「悪夢科」があるそうです。こういった特殊な設定もシュルレアリスム-自動記述オートマティスムにはよく出てきます。ここで思い出すのが、ブルトンの『溶ける魚』ではなく、その1年前に書かれた地の光です。そして、その「五つの夢 ジョルジオ・ディ・キリコに」中の「Ⅳ」です。この作品は自動記述オートマティスムではなく、そのタイトルの通り、彼の見た夢の書き取りなのですが、両者はほぼ同質です。そして、当該箇所の引用の前に、「Ⅳ」は冒頭が物凄い綺想コンチェットなので、まずは その冒頭の2行を紹介します――

 私の午前の時間の一部は動詞在るエートルの新しい時制テンスの活用のために過ごされた――動詞在るエートルの新しい時制テンスが発明されたばかりだったからである。

『アンドレ・ブルトン集成第3巻』大岡信・阿部良雄 訳、人文書院、1970年、p.33

動詞〈在るエートル〉には「新しい時制テンスがある!   時制テンスは過去・現在・未来の3つのみですが、それら以外の、或いは、それらを超えた時制テンスへブルトンは夢の中で踏み込んだようです。それがどのようなものなのか、論理的に思考することは神にも出来ません。ブルトン-シュルレアリスムはそのような領域へ達することがあります。(残念ながら、これは彼等の言う「超現実シュル レエル」ではなく、ロシア未来派の “超意味ザーウミ の方に近いですが。)   なお、この「新しい時制テンス」に感銘を受けて、僕はもし君に脳の電荷を神に手渡し、あなたはどう?「No.7 ~about Time - Tense~」“新しい時間の世界” を目指しました。

さて、ブルトンの「Ⅳ」はその後、「書棚の捜索をする」(p.33)ことになり、その中の一冊を開いてみると――

その書物は哲学概論らしかったのだが、著作の大まかな区分の一つに相当する標題の、ふつうなら「論理学」とか「倫理学」とかあるはずのところに、「」と記されてあった。

p.33

いかがでしょうか?   椎葉さんの場合は〈霊媒科〉〈黒歴史科〉〈悪夢科〉でしたが、ブルトンの場合はです。ブルトン-シュルレアリスム文学には こういった特殊な設定が頻出しますが、それと椎葉さんの「思考」・感覚がどれほど近いものか、分かって頂けたでしょうか。

〈悪夢科〉というダークな設定と近いものに、『溶ける魚』の「12」があります。そこでは、ある学者の研究所の中でマッディな精神実験が行われていますが、椎葉さんの「106・セロトニン鷲掴みはどのように物語が進行するでしょうか? ブルトンの「12」に反して、微笑ましい……? オチも可愛く・上手く まとまっている? 気になる方は、ぜひ読んでみてください!




ということで、僕のお気に入りの篇を10篇 紹介しました。先述の通り、選考基準は、綺想度とその密度と一篇全体としての完成度が高いものです。僕はシュルレアリスム文学を “笑い・ギャグ” として読みたいので、椎葉さんの『脳洗浄』も “笑いの作品” として読みました。また、ブルトンは『溶ける魚』を114篇から32篇(あの奇跡的な!)に選び込んだ時に このように選んだかもしれず、その思考に少しでも触れたかと思うと、感慨深くなります。

もちろん、ここで紹介できなかった良作も多くあります。また、これらは あくまでも笑芸家ぼくの基準です。椎葉さん本人が選んだら別のものになるでしょうし、既読の方にも それぞれ お気に入りの篇があると思いますが、既読の方は改めて、未読の方は以下のページから お好きな篇や文章を探して頂けたらと思います――


脳洗浄』の主題テーマ・内容

ここまでは篇や文章を個別に挙げてきましたが、ここから、脳洗浄』の全体の特徴としての主題テーマや内容について触れます。

上で挙げたものにも表れていましたが、よく見られる主題・題材テーマは、(幼年時代の)思い出・家庭環境・病気(持病)や体調・病院や通院・薬・恋・性-愛・社会批判・希死念慮・生の苦悩といったものでしょうか。


生の苦悩

ここまで挙げてきたものは娯楽性の高いものでしたが、脳洗浄全体ではシリアスな主題テーマ・内容も多く、椎葉さんの生の苦悩が かなり感じられます。それについては、椎葉さんが別記事で書かれています――

あえて引用することはしませんが、2025年8月7日投稿の無論、無意味|自己紹介では種々の苦悩が語られています。「理性によって行使されるどんな統制もなく」書く自動記述オートマティスムはある意味では「心の撒け」ともなるのですが、それらが常に思い起こされているようです。また、脳洗浄の篇は自嘲や皮肉や諦念で終わることも多いです。


幼年時代

シュルレアリスム文学に関連させてみると、ブルトンは『シュルレアリスム宣言』で幼年時代を讃美しています。例えば、次のように――

「真の人生」にいちばん近いものは、たぶん幼年時代である。

p.72

〔……〕シュルレアリスムにのめり込む精神は、自分の幼年時代の最良の部分を、昂揚とともにふたたび生きる。

p.71

〔……〕幼年時代は彼にとって、やはり魅惑にみちたものに思えることにはかわりがない。そこでは、つらさとして知られているものがいっさい存在しないために、同時におくられるいくつもの人生の見通しをゆるされる。

p.8

このように、『シュルレアリスム宣言』では幼年時代は幸福な時代として捉えられています。しかし、椎葉さんの場合は辛い過去として、時折 断片的に思い出されるようです。


物語の場

先にいくつかの篇を紹介しましたが、脳洗浄物語の場となっているのは、具体的に指摘できるものでは自室や病院が多いようです。それも上の事情によるもので、椎葉さんは病に伏していられて、物語の場は自然とそういった所になっていくようです。

また、日常的な出来事もよく書かれますが、自動記述オートマティスムではその日に起こったことが文章に表れることも多いと20世紀の時点で判明しており、その点でも脳洗浄』はシュルレアリスム的です。

そして、そういった日常・現実を基盤としながら、先に挙げたような幻想的な世界へ入って行くようです。或いは、現実とも非現実とも つかない世界での独り語りのようでもあり、どこか具体的・物理的な場というよりは、椎葉さんの精神世界なのでしょう。


“自己暴露日記”

それらは「病による幻想ファンタジアとも言えそうで、数々の魅力的ファンタスティックな綺想がありますが、多くの篇で身体・精神的苦悩が語られており、脳洗浄』にはそれらが通奏低音のように流れていて、常にそちらの方へ(無)意識が向かっていきます。

そういった心-無意識の撒けを2025年7月15日~10月31日まで毎日 行なった脳洗浄は、椎葉さんの “自己暴露日記” と言えるかもしれません。

しかし、そのような苦悩を雪ぐ試みが脳洗浄なので、脳洗浄』は やはり “脳洗浄” なのです。


闇の面 
~精神の最底辺、或いは、原動力~

そんな中でも、特に闇の色が強いものを3篇 挙げます。先述の通り、僕はシュルレアリスム文学を “笑い・ギャグ” として読みたいのですが、これらは決して呑気に笑ってしまっては いけないものです。また、クラシック音楽のピアノ曲の譜読みでは、その曲の最低音と最高音を把握することが重要だそうなので、それに倣って(?)挙げてみます――


39・
揚羽蝶なら手首切って死んだよ(l)


56・
ティファニーで冒涜を(±)


82・
抉じ開けて啓蒙(l)(±)


「39・
揚羽蝶なら手首切って死んだよ」「56・ティファニーで冒涜を」「82・抉じ開けて啓蒙」。この3篇はかなり絶望的な精神状態で、精神のでさえあるかもしれません。「39・揚羽蝶なら手首切って死んだよはタイトルから十分に察せられますし、「82・抉じ開けて啓蒙では自傷行為やその過去が非常に生々しく・現実的リアルに語られています。

しかし、そのような精神的負荷を雪ぐ試みが脳洗浄です。また、椎葉さんに「書く時間帯や精神状態について」訊いたところ、精神状態については「高揚して言葉が沢山押し寄せるとき」「忘れたいことを思い出してしまったとき」が捗るとのことで、上の3篇はこのような時に書かれたのかもしれません。他の記事では次のようにも書かれています――

フラッシュ・バック、と小学六年生だった頃なら格好良くて絶対手に入れたかった様な呼び名があると云うけれど、所詮は意図しない記憶域の切れ切れな復元。缶切りで頭蓋をぐるり切り取り、脳を優しく揉み洗いで初期化してやれば染み付いたタールと共に落ちるのだ。

「91・ラッキーパーソンは偉人」p.163

この文章は本のにしてもいいくらい “脳洗浄” について説明してくれているのですが、「頭で暴れ回る言葉を書き出して脳をすっきりとさせ」るのが脳洗浄の第一義です。その最大の動機・原動力となるのが この3篇のような精神の危機なのではない でしょうか。そして、椎葉さんは脳洗浄それを “エンターテインメント”(と言うのが軽薄すぎるなら、“文学”)へ昇華させているのかもしれません。実際、椎葉さんは次のように書かれています――

誰かに奇妙な体験を知って欲しかった。晩夏のエンタテイメンツの一環として、話してみたかった。

「51・散歩すら失敗する」p.92

僕はこのように捉えているのですが、病気や絶望や精神危機というのは文学や芸術(や天才)には必要項目の一つであり、ベートーヴェンの人生に絶望が無かったら、どの程度の音楽にしか成らなかったでしょうか? それに、自傷行為くらい していた方が人生が豊かになります(?)。


「最高音」

その反対に、も挙げてみましょう――

76・観覧車るんるん(h)

「76・観覧車るんるん」。タイトルから楽し気で、内容も、[かしゃる]のように、[〇ん〇ん]という音・言葉で構成されています。例えば、冒頭はこうです――

人間の尊厳を宣言する根源は延々と電線のセンテンスの原典を簡単な蹣跚マンサンで減点する。

p.137

人間にんげん〉〈尊厳そんげん〉〈宣言せんげん〉のように、[〇ん〇ん]という音・言葉で構成された “ノンセンス” です!   僕の《だだぁ・ぐぅす》に欲しいくらいです。

「76・観覧車るんるんはこのようなリズミックな文章で3段落あり、脳洗浄中で最も短い篇の一つですが、とても気分が良かったことが伝わってきます。ベートーヴェンは絶望〈デデデデーン〉から始めて最後は華々しい歓喜のフィナーレで終わりますが、椎葉さんの場合は、とっても軽やかなスケルツォですね🎵


タイトルについて

ここから、脳洗浄タイトルについて書いていきます。ブルトンの『溶ける魚』の「No.1~32」にはタイトルは付いていませんが、椎葉さんの脳洗浄のすべての篇には付いています。それは先に「目次 ~収録作~」で挙げた通りなのですが、そのタイトルについても触れます。

そして、説明の都合上、もう一度その目次を挙げます。なお、椎葉さんの御案内によれば、「記事タイトルもまた自動筆記に依ったものであり、内容には即しておりません。くじびき感覚で気になるものに触れてみてください。」   ということで、皆さん、改めて「気になるものに触れてみてください」――

1・無力タービン(m)
2・オヤシロ(m)
3・睡眠時無作法症候群(l)
4・十六時七十八分(l)
5・とうに抜けている、(l)
6・憑物の熟れるまで(l)
7・未知足りている(h)
8・悲との迪(h)
9・左様で御座いますか(h)
10・天才肌にスキンミルク(h)
11・裸々と咲う薔薇(h)
12・ビニル紐は追い掛けた(h)
13・飛んでっちゃった(h)
14・いち、にの、惨状(l)
15・宵醒し(l)
16・赤しろ奇色(l)
17・アルティメットつよいパンチ(h)
18・トランクに家鴨(l)
19・語り部は苺のキャンディ(l)
20・人製相談(l)
21・カーボンの焦げた臭い(h)
22・孤独な蠱毒の如く(l)
23・無謀多望(l)
24・図鑑に載らない虫(h)
25・ミニチュアの伝言(h)
26・詰めて座ってよ(l)
27・山頂に脚立(l)
28・マクロな空(h)
29・酸化バレリーナ(l)
30・星を踏む(l)
31・伏線を掻き鳴らせ(l)
32・貴女と甘美に(h)
33・いささかささやか(h)
34・顕微鏡ニタニタ(h)
35・新感覚グミ(退屈味)(l)
36・通院ラッシュ(h)
37・残像スクラロース(l)
38・砂糖菓子の祈り(l)
39・揚羽蝶なら手首切って死んだよ(l)
40・教科書のルーシー(l)
41・喇叭に子宮(h)
42・ヘルパンギーナも憮然とし(h)
43・なりきり苺ケーキ(h)
44・ゆりかご明晰夢(l)
45・生命線に乗って(h)
46・びちゃびちゃリモコン
47・童唄が西を睨む(l)
48・カドマリズム(h)
49・顔面創拍(l)
50・羊肉がない生活(h)
51・散歩すら失敗する(±)
52・博学パロキセチン(h)
53・耳に粘物(±)
54・水葬に憧れた(l)(±)
55・ウ・ユャーヂェテ(h)
56・ティファニーで冒涜を(±)
57・まざまざとめざまし(h)
58・鬱は鬱屋(h)
59・ミライフォビア(l)
60・ときめきクローザー(h)
61・ハロー、離人感(h)
62・脱走癖と林檎(h)
63・用法用量知らん顔(l)
64・水溶性エクスプロウル(h)
65・生きるフリをする(l)
66・稲妻で三つ編み(h)
67・ちくっとしますね(h)
68・有精卵に潜む宇宙(h)
69・レモンソーダの効能(l)
70・オーダーメイド疎外感(l)
71・屑籠に花(l)
72・数字で殴って致命傷
73・脇腹では多肉植物が(l)
74・思春期は呼吸停止を伴って(l)
75・白雪姫の罪状(±)
76・観覧車るんるん(h)
77・植物性頭痛(h)(±)
78・ピルケースで匿おう(h)
79・劈く風の噂(h)
80・排水口に指輪(h)
81・手に尾羽(h)
82・抉じ開けて啓蒙(l)(±)
83・雑草の眩暈(h)
84・室外機から脳髄(h)
85・閑古な汚れ(l)
86・跳ねない雫(l)
87・蜂蜜を御御足に(h)
88・ナイロン・ガール(l)(±)
89・双曲線の谷(l)
90・幻聴の天使キコエル(h)
91・ラッキーパーソンは偉人(h)
92・虚しさにすら見放されて(l)
93・まものだもの(l)
94・ニンゲニウム含有率(h)
95・XSサイズの視野(l)
96・いんちきインデックス(h)
97・帰省先は知らン顔(l)
98・LED式鬼灯(h)
99・まばたきが色付く頃(l)
100・口遊む(h)
101・強がりで喉を潤す(h)
102・すてきなお菓子を闇取引(l)
103・いきものばかり(±)
104・くらしと怨恨のフロア(h)
105・フルーツサンドの滑り台(h)
106・セロトニン鷲掴み(±)
107・揮発した良心(h)
108・疎遠証明書(l)
109・高層無形(h)
110・たかが痴れている(l)
111・漆喰シック(h)
112・点描の踏切板(l)
113・天国と恥辱(l)
114・ざわり、目障り(l)
115・無味心中(h)
116・うつくしい午睡(l)


ここまで紹介してきた中でタイトルも出していたのですが、魅力的なタイトルが多いです。個人的に好きなものを いくつか挙げると、「4・十六時七十八分」「18・トランクに家鴨」「19・語り部は苺のキャンディ」「24・図鑑に載らない虫」「29・酸化バレリーナ」「30・星を踏む」「41・喇叭に子宮」「43・なりきり苺ケーキ」「55・ウ・ユャーヂェテ」「62・脱走癖と林檎」「65・生きるフリをする」「66・稲妻で三つ編み」「71・屑籠に花」「78・ピルケースで匿おう」「80・排水口に指輪」「84・室外機から脳髄」「94・ニンゲニウム含有率」「102・すてきなお菓子を闇取引といったところでしょうか。もちろん他のものも良いですし、人それぞれ お好みのタイトルがあるかと思うので、ぜひ探してみてください。

ここで、僕のファトラジー解説記事で引用した文章を再び紹介します。それは、20世紀のシュルレアリスムの画家マックス・エルンストのコラージュ小説ロマン百頭女キャプションの評価です――

すでにミシェル・ビュトールや大岡信なども指摘しているとおり、『百頭女』のキャプションはそれだけでもじゅうぶんに、一種の「シュルレアリスムの」詩となりえている。

エルンスト『百頭女』巖谷國士 訳、河出書房新社、1997年、p.369

エルンストの『百頭女』はコラージュによる絵とそれに付随するキャプションから成っていますが、その詩だけでも「「シュルレアリスムの」詩となりえている」そうです。椎葉さんの脳洗浄にも同じことが言えますが、そのタイトルだけでもシュルレアリスム的です。


タイトルの特徴と効果

上で挙げたタイトルも面白いですが、他のものも見てみます。例えば、「7・未知足りている」「14・いち、にの、惨状」「20・人製相談」「22・孤独な蠱毒の如く」「36・通院ラッシュ」「49・顔面創拍」「56・ティファニーで冒涜を」「58・鬱は鬱屋」「109・高層無形」「113・天国と恥辱」「115・無味心中等。

これらは主には慣用句の簡単なです。それぞれ順番に、〈満ち足りている〉〈1、2の3〉〈人生相談〉〈通勤ラッシュ〉〈顔面蒼白〉〈ティファニーで朝食を〉〈餅は餅屋〉〈荒唐無稽〉〈天国と地獄〉〈無理心中〉。「22・孤独な蠱毒の如くは[こどく]での類音重畳法パロノマジーです。

このように簡単な言葉遊びなのですが、その簡単さ・軽さが、それぞれの内容の暗さ・重さや自嘲・皮肉・諦念を強めています。


タイトルの付け方と脳洗浄

椎葉さんに質問インタビューしたところ、タイトルは「ふと頭に浮かんだものをそのままお出ししています。」   そして、「書き出す前に決めていますか? 書いている途中や書き終えた後ですか?」という問いに対して、「書き出す前がほとんどです。」   また、「考え込むことはありますか?」という問いに対して、「全くありません。「あったものを出した」だけです。中身に関与しませんしね。」とのことです。

ところで、巖谷先生によれば、「「自動記述」というのは、[…]要するに、書く内容をあらかじめ何も用意しないでおいて、かなりのスピードでどんどん物を書いてゆく」ことで、「あらかじめ書く内容を用意していない」ことが重要なものの一つでした。しかし、椎葉さんの場合は(上で挙げなかった概要的なものも)、タイトル(と同時に内容)は書き出す前に決まっているとのことで、「頭で暴れ回る言葉を書き出して脳をすっきりとさせ」たいのでしょう。だから、脳洗浄』は やはり “脳洗浄” なのです。


内容と無関係なタイトルについて

今の椎葉さんの答えの中に、タイトルは「中身に関与しません」とありました。また、御案内でも、「記事タイトルもまた自動筆記に依ったものであり、内容には即しておりません。」   実際、タイトルと無関係なものがあるので、それについて書きます。

まずは、該当するものを挙げます。例えば、「21・カーボンの焦げた臭い」「46・びちゃびちゃリモコン」「66・稲妻で三つ編み」「69・レモンソーダの効能」「91・ラッキーパーソンは偉人」「105・フルーツサンドの滑り台」「111・漆喰シック等です。

これらは、タイトルの句が本編に一切 出てきません(僕の読み違いでなければ)。例えば、「21・カーボンの焦げた臭いは〈カーボン〉も〈焦げた臭い〉も出てきませんし、その比喩や隠喩のようにも思えません。同じく、「46・びちゃびちゃリモコンもリモコンが濡れるような件はありませんし、「69・レモンソーダの効能もレモンソーダを飲む件はありません。僕の勝手な想像ですが、椎葉さんは これらの篇を書き出す前に、カーボンの焦げた臭いを感じたり、リモコンが濡れてしまったり、レモンソーダを飲んでいて、それが頭の中をぎってタイトルに付けただけなのでは ないでしょうか。

他にも、「27・山頂に脚立」「31・伏線を掻き鳴らせ」「33・いささかささやか」「38・砂糖菓子の祈り」「67・ちくっとしますね」「72・数字で殴って致命傷」「73・脇腹では多肉植物が」「78・ピルケースで匿おう」「96・いんちきインデックス等もタイトルと内容を結び付けるのが難しく、また、絶妙な距離感・ズラシ具合で、椎葉さんの遊び心(?)を感じます。


無意味、或いは、“謎”

椎葉さんの以前の自己紹介文プロフィールには「タイトル含め、無意味」というようなことが書いてありましたし、次のような投稿もあります――

この記事は3行ほどで、無論、無意味|自己紹介の冒頭でも引用されており、こう書いてあります――

“無意味”に逃込みたい日も浸っていたい朝も噛付きたい夜もある。“無意味”は拒絶も享受もしない。ただ其処にある。あるようでないものなのかもしれない。


ところで、シュルレアリスム芸術でタイトルと内容が無関係なもので思い浮かぶのが、ルネ・マグリットの絵画です。彼の絵画では、水平線の上の大空に椅子とチューバと女性の半身像トルソが浮かんでいるものが《荒れそうな空模様》と名付けられています。また、紳士の左右に鳥と魚が並んでいるものが《当意即妙》とも名付けられており、そのタイトルと内容の乖離がを呼んでいます。

しかし、シュルレアリスムにおいて謎は最大限に讃美されます。そして、巖谷國士 先生はこう書かれています――

 ところで謎とは何だろうか。かつて超越的なものの存在が信じられていた時代には、謎の出所は神であり、謎すなわち神からのメッセージであったろう。それが十九世紀もなかばをすぎると、謎の出所は人間であり、謎すなわち人間のメッセージであるということになる。たとえば心理学的に意味の解けてしまうダリの作品などは、まだその段階にとどまっていると見てもよいだろう。けれどもシュルレアリスムの芸術上の立場はどうか。そこでは、神はもはや死んでいる。現実は顔や名前を失いつつあり、記号ばかりが空間に充満している。記号たちはいつも何かを意味しようとしているが、その何かはかならずしも、旧来の人間の概念では説明できないものになってきている。[…]デ・キリコの謎からイヴ・タンギーの謎、ルネ・マグリットの謎にいたるまで、シュルレアリスムの絵画は、しばしば解のない謎を、あるいは解としての謎を描いてきたのである。

エルンスト『カルメン修道会に入ろうとしたある少女の夢』巖谷國士訳、河出書房新社、1996年、pp.231-232

ダリの絵は「心理学的に意味の解けてしまう」として評価は低いですが、デ・キリコやイヴ・タンギーやマグリットは「解のない謎を、あるいは解としての謎を描いてきた」。このように、シュルレアリスム芸術において “謎” はその特質の一つです。

或いは、ミステリー小説で犯人やトリックが明かされなかったら、どうしょうか? それも謎ですが、ミステリー小説で面白いのは犯人やトリックが分かるまでです。それらが分かってしまったら、その本はもう読まれません。即ち、作品としての寿命です。しかし、反対に、分からない限り その生命は持続します(ちょうど未解決事件のように)。そして、分からない方が作品としての寿命は長いのです。

椎葉さんの いくつかの作品決してしない “謎” ですが、犯人やトリックの分からないミステリー小説を読むように、或いは、マグリットの絵画を観るように、その “謎” に永遠に悶絶していたら良いのです。

そのようなシュルレアリスムをで行っている椎葉さん、御方です。


ウ・ユャーヂェテ

最後に、「55・ウ・ユャーヂェテ〈ウ・ユャーヂェテ〉ですが、これは椎葉さんの造語かどうか訊いたところ、「はい。そして特に意味はありません。ウ・ユャーヂェテはウ・ユャーヂェテなのです。」とのことです。


椎葉さんの自動筆記法

ここから、椎葉さんの自動筆記法について書いていきます。そして、20世紀のシュルレアリスト達のそれについても触れ、共通点と違いを見ていこうと思います。まずは、椎葉さんに質問インタビューしたことを Q&A 形式で挙げます――

[書き方について]
Q:いくつかの記事によれば、椎葉さんはスマホで自動筆記をされているようですが、間違いないでしょうか? 
  他にも、紙等で手書きはされていますでしょうか? 手書きもある場合、椎葉さんの肉筆も見てみたいです。WIX? Prosfie?で出していましたか?

A:PCで書くこともありますが、基本的にはスマホです。変換などで発生するラグの中で浮かぶことで次々書き進められますので。
  自動筆記という形での直筆はありません。posfieにあるのはペン字練習(書写)です。

[書く速さについて]
Q:一記事500字ほどとのことですが、どのくらいの時間で書いていますか? 例えば、5分や10分ほどでしょうか? また、書き直したり途中で止まったりすることはありますか? 推敲もしますか?

A:1記事あたりおおむね15分くらいかと思われます。予測変換などによった誤字以外の書き直しは基本的にしません。
  途中で止まるとしたら息を意識的に吸うときです。集中していると呼吸が少なくなりがちでして。

[書く時間帯や精神状態について]
Q:自動筆記を行う時間帯は決まっていますか?(投稿時間は結構バラバラですが 笑)
  また、精神状態によるなら、どういった状態の時に書くことが多いですか?

A:昼間が多いと思います。時間を持て余したさい何かがふっと浮かんだらnoteを開きます。ストックの投稿タイミングは寂しい時?かも?
  精神状態は「高揚して言葉が沢山押し寄せるとき」や「忘れたいことを思い出してしまったとき」が捗ります。「ただなんとなく退屈だった」の頻度がやや高めかもしれません。


本記事を書く前に椎葉さんに このようなことを訊いておりました。(我らが note 様のクリエイターへのお問い合わせなる機能の恩恵を最大限に享受して。)   ここで挙げたのは3項目ですが、今まで引用したものも含め合計17項目について訊き、すべて お答え頂いた後に椎葉さんは、「なんだか有名人のインタビューみたいで照れくさいですね(笑)」   えぇ、僕はあなたを “21世紀 日本のシュルレアリスト” として敬愛しております。

さて、椎葉さんの自動筆記法は大体このようなものだそうです。(さらに詳しく知りたい方は、椎葉さんへクリエイターへのお問い合わせをして訊いてみてください。きっと答えてくださるはずです。)   主にはスマホで・15分くらいで・何かが ふっと浮かんだら書いているとのことです。

僕にとってスマホでの自動記述オートマティスムは意外で、椎葉さんは手書きで書いたものを画面に入力しているのだと思っていました。もちろん20世紀のシュルレアリスト達も手書き(もしくは口述)で、ブルトンの『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』の「解説」によれば――

 すでに見たように、これらの〈自動記述〉による文章は、一九二四年三月なかばから五月上旬までのあいだ、彼の好んでいた小学生用のノート七冊にわたってくりひろげられた。黒と緑のインクを用い、しばしばおどろくほど小さな文字でつづられている〔……〕。

p.279

こうあるように、彼等はノートに手書きで綴っていたそうですが、100年後の現代ではスマホやパソコンで書かれているようで、時代は変わりました。

なお、僕は紙に手書きしたい人間で、そのため、椎葉さんの肉筆も見てみたくなりました。そして、探し、椎葉さんにも訊いたところ、『posfie』というサイトに「ペン字練習(書写)」があるとのことで、そのリンクを貼ります――

画像で30枚ほどあるので気になる方はご覧 頂いたらと思いますが、線や字形がハッキリしていて、律儀で生真面目な字です。これが500字/15分の速度になると、どうなるのか? その内容と速度から察するに、暴れ狂ったような字になるのか、どうなるのかは想像しきれませんが、脳洗浄の著者が与えられた題材テーマを真面目に書写していると思いながら その書写作を観ると、面白いですね。


書く速度について
~20世紀のシュルレアリスト達の実験~

椎葉さんは500字を15分ほどで書かれるとのことでしたが、シュルレアリスム-自動記述オートマティスムにおいて「書く速度」というのも重要です。巖谷國士 先生の『シュルレアリスムとは何か』(前掲)中の「Ⅰ   シュルレアリスムとは何か」という章に、「書くスピードの実験」という節があります。そこで言及されているのは、『溶ける魚自動記述オートマティスムで書かれた、1919年のフィリップ・スーポーとの共著『磁場です。この磁場』が自動記述オートマティスムの最初の作品なのですが、巖谷先生はその実験について こう書かれています――

 ブルトンが意識してやっていたことは、「自動記述」の自動、つまりオートマティックという部分を、ゆっくりしたところからだんだん速くしていって、最後はほとんど記述不可能になるぐらいのスピードまで徐々に高めていったり、またそれを逆にしたりして、それぞれの速度でどういう言語構造が生まれるかということも考えていたらしいんですね。

pp.39-40

このように、彼等は自動記述オートマティスムの速度の違いによって どのような言語・文章が生まれるかも観察していたそうです。そして、巖谷先生によれば――

〔……〕速さのレヴェルのちがいを、たとえば V¹ とか V² 、V³ といった記号であらわしてみると、物を書く普通のスピードに近いところから、もっと速い、もっともっと速い、あるいはもっともっともっと速い……というぐあいに区分できます。

p.41

自動記述オートマティスムの速さの段階は いくつもあるようです。なお、『溶ける魚』は「スピードがそんなに極端に速くない「自動記述」によるものです。」(p.56)   また、『磁場』中の「季節」という幼年時代の回想的作品も「かなりゆるやかな速度で書かれた」(p.43)そうです。椎葉さんの脳洗浄はこれらの作風・文章構造・物語(展開)に近いので、ブルトン達も椎葉さんと同じくらいの速さで書いていたのかもしれません。

巖谷先生はさらに、「速度によってどういうふうにテクストの内容がちがってくるかを調べてみました。」(p.42)   特に主語と動詞の関係を調べたそうですが、「まず、ゆっくりしたスピードで書かれた自動的なテクストは、「ジュ( je=私)」という主語をもっていることが多いようです。動詞はだいたい過去形。」(p.43)   そして、先述の「季節」のような過去や思い出の物語りの形が残っているそうです。

しかし、書く速度を段々速くすると、主語・主体としての〈私〉が無くなっていくそうです。(p.43)   そして、その〈私〉の代わりに、特定のできない・不定代名詞としての〈誰か(=onオン)〉が出てくると言います。(p.44)

動詞の方は、「「自動記述」のスピードをあげてゆくにつれて、過去がだんだんに現在に変っていきます。」(p.46)   そして、動詞が原形で使われたり、名詞のように使われたり、無くなってしまうそうです。(p.46)

要するに、主語や時制が消滅し、「最高度に猛烈なスピードで書いたときにどういう文章になるかというと、名詞と、動詞の原形と、形容詞と、せいぜい前置詞くらいしかない文章というのがあらわれます。」(pp.46-47)   そのような文章の例として、次のものが挙げられています――

シュザンヌの硬い茎、無用さ、とくにオマール海老の教会つきの風の木の村

p.47

僕はこのような出鱈目な言葉の組み合わせは大好きなのですが、こういったものは「物だけがいわゆる脈絡なくつながって出てくる」(p.47)オブジェ(客体-客観)の世界と言われています。或いは、「それを絵に描くとすれば、オブジェ同士がコラージュのようにたがいに関連なく併置されているような状態になるでしょう。」(p.48)   こうして、シュルレアリスム芸術の最重要概念の一つである「客観オブジェ」は自動記述オートマティスムから生まれるのですが、「人間におとずれる客観的なものたち、つまりオブジェたちが生起し表現されるのがシュルレアリスム」(p.54)と言われています。そして――

いいかえれば、主観にもとづいて幻想を展開するのではなく、むしろ、客観が人間におとずれる瞬間をとらえるのが、シュルレアリスムの文学や芸術のありかただということになるでしょう。

p.54

これがシュルレアリスムの真髄です。


椎葉さんの改行法 
~各段落の無関係性~

ところで、椎葉さんの自動筆記作品には改行に特徴のあるものが多いです。その特徴というのは、各段落に関連が、ということです。まずは、例を挙げてみます。「79・劈く風の噂の第1段落はこうです――

わたくしの『単に、趣味ではない』と、蔓延する気高くもお厳しい思想とが束ねられ、見苦しいサラダにされてしまいました。美味しそうに頬張りますは橙の外套を纏った化け狐の仔。尻尾を撫でようとしたなら、フギャ、と間抜けな音を発し乍ら毛を逆立て、忽ち雑木林に気配ごと逃げ隠れました。数百ものおはじきが靴の周りに蒔かれ、新しい季節の気配が芽吹くので身動きが取れなくなって何日が経過したでしょうか。誰が悪い彼が悪いの口論は、上様と宛てられた領収書を綺麗な屑に変えてゆきます。

p.140

次の第2段落がこうです――

バランで区切った庭に二羽の鶏が、各々俄雨から心を守る手段の案を重ね合っている。正午と呼ぶには些か陽が傾き過ぎた時刻には呑気症を隠し持った七色の陰影が観察に訪れます。口から吐いた苦悶の泡が美しい気体に変るから、類無き科学の発展を握ることも叶いましょう。白衣の爺達もシイの実を齧って一唸りを落としました。

p.140

そして、最後の第3段落がこうです――

仲間外れを言い渡された氷菓は、風速約四メートルに吹き飛ばされておりました。数数の言偏は、集中力が野垂れ死んだ山道で喚いている。題名の無い風刺画が虚無主義に寄せた表情を象る際には空っぽのポッケが泉源となるでしょう。週末の予定は赤い服の立ちんぼだった亡霊との巡り合わせ。毎食後に飲むお薬の半減期は、親切なフリーズドライと還しましょう。

pp.140-141

椎葉さんに許可を戴き全3段落を引用させて頂きましたが、このように、脳洗浄にはそれぞれの段落が無関係なものが多いです。第1段落と第2段落には断絶がありますし(ちょうど「バランで区切った」ように)、第3段落の「仲間外れを言い渡された氷菓は」も突発的に始まります。

他にも同種の篇がいくつもあり、例えば、「10・天才肌にスキンミルク」「18・トランクに家鴨」「28・マクロな空」「42・ヘルパンギーナも憮然とし」「62・脱走癖と林檎」「64・水溶性エクスプロウル」「65・生きるフリをする」「69・レモンソーダの効能」「71・屑籠に花」「74・思春期は呼吸停止を伴って」「80・排水口に指輪」「85・閑古な汚れ」「86・跳ねない雫」「87・蜂蜜を御御足に」「91・ラッキーパーソンは偉人」「101・強がりで喉を潤す」「111・漆喰シック等です。これらは全ての段落が無関係というわけではありませんが、その性質を持っています。


溶ける魚』の「4」

ところで、これと似た特徴を持つものに、ブルトンの『溶ける魚』の「4」があります。この「4」は、先に引用した〈鳥たちは色彩を失ってから形を失う。〉という句から始まる非常に美しく、評価の高い作品です。1段落しかない この篇の冒頭から4行ほどを引用してみます――

 鳥たちは色彩を失ってから形を失う。それらはいかにもじつのない蜘蛛の巣のような存在になっているので、私は手袋を遠くへ投げる。黒いステッチのある私の黄いろい手袋は、くずれかけた鐘楼に見おろされた平原の上におちる。それから私は腕ぐみをして様子をうかがう。笑いの様子をうかがっていると、それらはすぐ散形花のようにひろがって咲きそろう。

p.99

これがシュルレアリスムの法王A・ブルトンの自動記述オートマティスムですが、その次の文章が こうです――

夜がやってきた、まるですみれ色の水面におどりあがる鯉さながらに。

p.99

〈すみれ色の水面におどりあがる鯉〉という比喩は秀逸ファンタスティックでしかありませんが、急に「夜がやってき」ます。そして、その後に数行の連続がありつつ、途中で、「南のかた、どこかの入り江では」(pp.99-100)と始まったり、「娼婦が歌いはじめ」(p.100)たり、最終行は「いっぽう、野菜の小型船団の守護精霊は」(p.100)から始まったりします。このように、ブルトンの自動記述オートマティスム各文が飛び飛びであり、シュルレアリスム-自動記述オートマティスムに特徴的な性質でもあります。

この「4」は『溶ける魚』中でも特に速い速度で書かれたと思われ、「コラージュ的」と評されることもありますが、各文が「脈絡なくつながって出てくる」ようでもあり、ブルトンが意識的に書いているわけではなく=「主観にもとづいて幻想を展開するのではなく」、彼にに「おとずれる瞬間をとらえ」ただけです。巖谷先生によれば、それが「シュルレアリスムの文学や芸術のありかた」ということですが、椎葉さんは『脳洗浄』において同種のことをされています。


椎葉さんの改行法

そして、椎葉さんが脳洗浄の各篇の各段落をどう区切っているか・改行しているか、ですが、例によって質問インタビューしたところ、「「意識的に息をする時」や、集中力が切れそうな時など。他には適当です。これも特に意味はありません。」とのことです。椎葉さんはこういう御方です。


椎葉さんの自動筆記マガジンについて 
~『mid』『high』『low』『±』~

さて、ここから、椎葉さんの4つの自動筆記マガジン『mid』『high』『low』『±』について書いていきます。先の「目次 ~収録作~」では、各篇名の後にその頭文字「m」「h」「l」「±」と付けていました。また、「お気に入りの篇」でも必要に応じて触れていたものです。

これまで椎葉さんの自動筆記作品を読んだことがある方は、これらのマガジンについて意識したことがあるでしょうか? 未読の方には、ぜひ この機会に知って頂きたいです。

まずは、その4つのマガジンを挙げます――

mid


high


low


±


この4つが椎葉さんの自動筆記マガジンです。そして、それぞれに、書いた時の心の調子による分類があるようです。それについて、以下で書いていきます――


mid

まずmidですが、その説明には「未分類 まろやか 過去の産物」とあります。現在は7作が収録されているようですが、その期間は2021年5月24日~2021年8月1日であり、最近は使用されていないようです。脳洗浄中では「1・無力タービン」と「2・オヤシロ」のみであり、かなり初期のもののようです。内容としては、「middle」という名称から察せられますが、low』と『high』の中間になるのだと思います。が、それは『low』と『high』について説明しなければならず、収録作も2作のため、『mid』については省略させて頂きます。


±

順番が前後してしまいますが、次は±です。しかし、これもお気に入りの篇」で多く取り上げたので(特に完成度の高い良作として)、再度お読み頂けたらと思います。

念のため、椎葉さん的な説明によれば、「例外なく自動筆記であるなか、偶然ショートショート風になったものです。しかしやはり自動筆記、美しい纏まりはほぼありません。」(御案内)    なお、「偶然」とありますが、その確率は、脳洗浄全116作中10作なので、8.62%ほどのようです。

しかし、最初の収録作「51・散歩すら失敗する(±)」から「53・耳に粘物(±)」「54・水葬に憧れた(l)(±)」「56・ティファニーで冒涜をまでは、それぞれ2025年8月26日・28日・29日・31日と、かなり連続しているようです。椎葉さんが本腰を入れて(?)自動筆記を始めたのが同年7月くらいなので、それから1ヶ月ほどが経ち、自動筆記に慣れてきたか筆がてきたのでしょうか。それとも、椎葉さんなら「単なる偶然」と言うでしょうか。


high

highはその説明に「高出力 かろやか 幻が見えている 破綻」とあります。また、御案内には、「よりシュルレアリスム的で、ナンセンス度合いが高い記事を集めています。精神的にいけない高揚状態で書いた記事揃い。」   現在は73作が収録されており、その期間は2025年7月19日~2026年3月6日と、よく使われています。『脳洗浄中では55作もあり、後述のlowと並び、ほぼメインのマガジンです。

このhighについては、lowとの比較も重要なので、先にlowも見てみます――


low

lowは「低出力 おだやか 前が見えている 淡々」。御案内には「比較的、意味が通ると自分で感じたものたちです。精神的に穏やかであるか沈んでいた時の記事が殆ど。」   現在は72作が収録されており、期間も2025年7月15日~2026年3月13日と、high』とほぼ同程度です。また、脳洗浄中では51作が収録されており、やはりhigh』と同格のようです。

現在、主に使われているのは この2つであり、それぞれ脳洗浄の半分ほどを占めているので、以下で、『high』と『low』を比較しながら見ていきます――


high』と『low

high』と『low』について詳しく説明されているのが、先にも挙げましたが、椎葉さんが自身の自動筆記の体験を書かれた自動筆記と自分。|随筆です――

そこでは まず、自動筆記を行う時の感覚について、「閉じている」時と「開いている」時があると書かれています。その「感覚の開閉とは言葉を脳に迎えるにあたったセンシティヴィティを指し、いわばアンテナのような部分の具合にあたります。」   そして、それは体調や精神状態その他によって変わってくるそうです。

「閉じている」時はlowだそうですが――

「閉じている」ときは多くが自分の手の中だけで完結するため可動域がある程度限られており、単語が手を引いて連れてくる次の言葉との整合性が潜在意識で組まれている場合もあります。

反対に、「開いている」時はhighで――

いっぽう「開いている」ときは普段使いをしていなかったり馴染みのない言葉もそうでないものも引っ切りなしに飛んできて、溺れてしまわないように息継ぎをするにも必死の状態です。

こうあるように、「閉じている」=『lowの場合は、「単語が手を引いて連れてくる次の言葉との整合性が潜在意識で組まれている」そうで、先の「比較的、意味が通ると自分で感じたもの」に通じていきます。

「開いている」=『highの場合は、「普段使いをしていなかったり馴染みのない言葉もそうでないものも引っ切りなしに飛んできて」、それが「よりシュルレアリスム的で、ナンセンス度合いが高」く、「精神的にいけない高揚状態」に繋がっていきます。

なお、20世紀のシュルレアリスト達には、先述の通り、V¹・V²・V³……といった速度の段階レベルがありましたが、「閉じている-開いている」という感覚による分類は無く、これは椎葉さん独自の基準です。また、それも やはり “脳洗浄” という目的・試みのためです。そして、毎日の精神的バロメーターとしても、脳洗浄“日記” なのです。

自動筆記と自分。|随筆はその後に、椎葉さんの自動筆記論やそれとの出会い(前述)が書かれ、椎葉さんの自動筆記について知りたい方は必読の記事ですが、その最後に、「……『脳洗浄』にこういった内容のあとがきを用意していればよかったですね。時すでに遅し。🍣」   「あとがき」だけでなく、「はじめに」や「目次」もですが🍣


実際の読み心地
~僕の場合~

では、その「閉じている-開いている」=『low』-『high』が実際の作品テクストではどう表れ・感じられるか? 

椎葉さんの自動筆記マガジンにそれらがあると知ってから、僕は作品を読みながら「これは『high』かな、『low』かな?」と当てようとしていたのですが、その正解率は6~7割ほどでした。分かるものもあったが、そうでないものもあった、という具合でしょうか。(なお、±については的中率は ほぼ100%でした。)

上で挙げた性質から、high』は綺想・奇譚味が強く、激しい怒りや激情・激昂的になる傾向がありそうですが、『low』にも それらは見られます。反対に、low』は静かな絶望や苦悩・諦念が多い印象ですが、それも『high』に見られ、『high』だと思ったら『low』だったり、『low』だと思ったら『high』だった、ということも間々ままありました。どうにも上手く・キッパリと割り切れないので、例によって椎葉さんに質問インタビューをしました。「『high』と『low』の傾向を教えてください」と。そしたら、次のようにお答え頂けました――

書く前か、書き終わった瞬間に「あ、今日は(自分が)ハイだな」「なんだかローかも」と個人的に判断しているだけです。深い意味はありません。

「深い意味はありません。」   これが椎葉さんですよ。椎葉作品を読む時は このような態度で居なければ なりませんね。

もちろん、今の特徴や傾向は僕がそのように感じただけです。皆さんが読んだら、別のことを感じるかもしれません。そのため、ぜひ次のページから読み比べをしてみてください――


ZINE収録時の改変について

ZINE『脳洗浄』は note 記事の再録であり、「意図しないうえ面白味が出るでもないと判断した誤字脱字等の修正以外は」していないとのことですが、それについても検証したので、紙本ZINEを購入できなかった可哀想な方のために記しておきます。

その検証方法は簡単で、紙本ZINEと note 記事をすべて見比べただけです(全116作を!)。そして、たしかに、ほとんど改変 無しでした。が、多少なりとも改変はあったので、簡単に書きます。

まず、一番 大きな変更点は、「6・憑物の熟れるまでの( note 記事では)第3段落です。note 版では全5段落ですが、ZINE 版では全4段落となっており、note 版での第3段落が丸ごとカットされています。が、内容的な理由で削除されたという風には思えず、単なる編集ミスで抜け落ちたのだと思います(椎葉さんの ことなので)。(しかし、それでも一篇として成立する自動記述オートマティスムの強さよ!)

他には、ルビや傍点が加えられていたり削除されていたり、漢字が ひらがな やカタカナになっていたり その逆だったり、改行がられて note 版で別段落だったものが同一段落になったりしていますが、作品の本質に関わるものではないと思います。

タイトルの変更は、「31・伏線を掻き鳴らせが note 版では「伏線を掻き鳴らす」で、「58・鬱は鬱屋が「餅は餅屋、鬱は鬱屋」で、「98・LED式鬼灯が「LED式の鬼灯」でありますが、これも大きな変更ではありません。

各語(一語~数語)レベルでの変更は、合計十数ほどあったでしょうか。個人的に気になったものでは、「7・未知足りている中の〈夕陽に下水を浴びせたら〉( note 版)が〈ネオンに下水を浴びせたら〉と、〈夕陽〉が〈ネオン〉となっていたり、「12・ビニル紐は追い掛けたの〈散々ッぱらにDopyな〉が〈散々ッぱらに蠱惑的な〉と、〈Dopy〉が〈蠱惑的〉となっていたり、「27・山頂に脚立の〈毎食後の清涼菓子〉が〈毎食後の焼菓子〉となっていたり、「41・喇叭に子宮の〈鉄で出来た鮮烈な副作用は隠れン坊に夢中らしい〉が〈鉄で出来た鮮烈な副作用は鬼ごっこに夢中らしい〉となっていたり、「71・屑籠に花の〈は相変らず電車の吊広告を飾っている〉が〈は相変らず電車の吊広告を飾っている〉となっていたり、といったところでしょうか。語句の削除では、「44・ゆりかご明晰夢の〈真ッ黒な駅を模した蜂蜜〉が〈真ッ黒な蜂蜜〉となっており、〈駅を模した〉が ZINE 版ではありません。

他にも いくつも細かい修正があるのですが、これらの変更がどのような意味を持っているのか?( “プレイヤー” 以外が気付き・気になることは無いでしょうが。)   ブルトンは自身の自動記述オートマティスム作品を見直している時に、再び・新たに思い付いた語句やイメージをその文章の脇に(ときに非常に細かく)書いていたそうですが、椎葉さんも自身の文章を読み直している最中に、新しく思いついたり、その時になって相応しく思える語句やイメージが浮かんだのではないでしょうか? 僕はそう考えていますが、どうしても答えが知りたい方は、クリエイターへのお問い合わせ椎葉さんに訊いてみてください。(べつに、通常記事のコメント欄からでも いいですが。)


椎葉さんのシュルレアリスム文学体験について

そんな椎葉さんが これまでに どんなシュルレアリスム文学を読んできたのか? 気になる人もいると思いますし、僕も知りたかったので、今やお馴染みの質問インタビューをしました。それを Q&A 形式で以下に載せます――

Q:以前にもやり取りしたかと思いますが、シュルレアリスム文学を読んだことはありますか? 特に、アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』など。
  しかし、読んだことがなく あのような作品が書けるというのは凄い素質です。そのため、これまでに読んだことがない場合は、自信を持って「ない」と言って頂けたらと思います。

A:ありません。恥ずかしながら著者名も題名も存じ上げませんでした。ゆえにわたくしがシュルレアリストの括りに居させて貰えてよいものなのだろうかと思うこともあります。

この通り、椎葉さんは これまでにシュルレアリスム文学を読んだことがないそうです。が、(予めフォローしたように)読んだことが無く これだけの作品を書けるというのは とんでもない素質です。「わたくしがシュルレアリストの括りに居させて貰えてよいものなのだろうかと思うこともあります。」と言われていますが、なにを謙遜されていらっしゃるのか? あなたは大変 立派な・21世紀 日本のシュルレアリストですよ。


最終篇「116・うつくしい午睡

脳洗浄』の最終篇は「116・うつくしい午睡です。投稿日は2025年10月31日で、同年7月15日(「3・睡眠時無作法症候群)から始まった自動筆記の毎日投稿の10月末という形式的・機械的な区切りですが、内容はシュルレアリスム的であり、脳洗浄的です。その「うつくしい午睡」というタイトルからして、シュルレアリスト達が愛した “睡り” ですし、シュルレアリスティックなイマージュや綺想も多出します。また、祈るような結尾コーダ脳洗浄』全体の締め括りに相応しく、とても偶然とは思えない最終篇の配置となっています。

が、【お詫び】「脳洗浄」電子書籍版をお買い上げの方へによれば、「先程(2026/02/13 17:30頃)、電子書籍版におきまして収録タイトルの一番最後にあたる「うつくしい午睡」の抜け落ちミスが判明しました」。当初、電子書籍版では この「116・うつくしい午睡」は抜け落ちていたそうです。さすがは椎葉さん、面白いことを してくださいますね!


~総括~

そうして、椎葉あきら:ZINE『脳洗浄』の書評の総括をします。

はじめに当書“21世紀版『溶ける魚』” として、ブルトンの『溶ける魚』を多く例に出し、常々参照してきました。また、『シュルレアリスム宣言』からもシュルレアリスム-自動記述オートマティスムの方法や精神イズムを引き、椎葉さんの脳洗浄がシュルレアリスム文学と如何に近いものであるか、書いてきました。しかし、20世紀のシュルレアリスト達と違う点もありますが、それは椎葉さん個人と “脳洗浄” という目的のためであり、椎葉さん独自のものです。また、『脳洗浄』はその約3ヶ月半に及ぶ壮絶な “自己暴露日記” でもありました。

僕は笑芸家であるため、椎葉さんの『脳洗浄』も “笑いの文学” として読んだのですが、綺想的でシュルレアリスティックなフレーズ・篇が大量にあり、その質と量は凄まじいです。よくぞ これほどのものを書かれた、と感嘆しております。(並大抵の人間には こういったものは一句・一篇たりとも書けません。)   先述の通り、僕はシュルレアリスム以外の作品は読めず、現在では読む本があまり無いのですが、椎葉あきら:ZINE『脳洗浄』は僕の愛読書の一つになりました。椎葉さんには感謝するより他はありません。



この名作と白さを100年後まで! 
~金庫で永久保存~


この21世紀版『溶ける魚』と その白の輝きを100年後まで(或いは、永遠に)遺すべく、金庫で永久保存することにしました(!)。そして、この名作を、水害や地震や火事等の本にとっては あまりにも恐ろしい日本の災害から守るため、金庫を買いました!   それが こちらです――

Sentry Safe
『CASH BOX』
箱から出して。
ビニール付きのまま、真上から撮影
やや目線を下げて。
鍵穴 付き。
誰にも開けさせない。
中身
蓋を開けると、お札や小銭を入れるケースが。
これは要らないので、取ります。
すると――
こうなります。
スペースが空き、文庫本を入れるのに ちょうど良いサイズに。

ここに椎葉さんの真っ白な脳洗浄を収納するのですが、その前に、白さがでしまった本の写真を載せます。ダダ・シュルレアリスム・文学におけるマニエリスム等から強く影響を受けた20世紀 日本の詩歌人・加藤郁乎の『形而情学』(昭森社、1966年)です――

加藤郁乎『形而情学』(昭森社、1966年)
箱の表紙

箱の裏表紙
本体(開いて)

出版当初は さぞかし白が輝いていたことでしょうが、ちょうど60年が経ち、黄ばんで しまっています。内容も装幀も素晴らしい(白地に金文字!)だけに、あまりにも惜しいです。こんな風にさせては ならないので、椎葉さんの『脳洗浄』は光や風や人の手には触れさせず、永遠に金庫で保管します。

4冊ある内の選ばれし(?)1冊は、こちらの版です――

オレンジ・スマイル版

このオレンジ・スマイル版を金庫で永久保存します。他にも青・赤・紫の色があったのですが、この版が一番シールの貼り方がキレイだったので、これを選びました。

それを、まずはプチプチで包みます――

まずは1枚で。
オレンジ・スマイルが見えています。

次に、もう1枚プチプチで包みます――

2枚で包んで。
オレンジ・スマイルが薄くなってきました。

最後に、もう1枚プチプチで包みます――

3枚 包み。
オレンジ・スマイルが遠い……。
表紙
椎葉あきら『脳洗浄』

と書いてあるが、ほとんど見えない……。
知らない人が見たら謎の怪しい包み……。
(捕まるかも?)

これだけ包んだら、水や外傷から守れるでしょう!

そして、これを金庫に入れるのですが、一緒にブルトンの『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』も入れます(!)。その選ばれし(?)1冊は、あの巖谷國士 先生の直筆サイン入りの版です!   そして、その証明として、僕のサインも入れました――

「初代」
(本記事の筆者は〈初代王天君〉と言います。)
僕の貴重な(?)直筆サイン
そう言えば、椎葉さんから『脳洗浄』にサインを入れてもらえば よかった……。
(今から入れてくれるでしょうか?)
巖谷先生と僕のサイン入り版
(超プレミアム!?)
これも金庫で永久保存!

そして、この版もプチプチで包みます――

1重
僕のサインが見えます。
ブルトンの顔はちょっと変になっていますが……。
そして、もう1枚――
2重
僕のサインは薄っすらと。
プチプチによる武装で永遠に守られてくれ!!

念のため(?)、2冊を並べてみます――

右が椎葉さん の脳洗浄
左がブルトンの『シュルレアリスム宣言・溶ける魚
感慨深いですね!
(こんな姿で出会うとは思ってもいなかったでしょうが……。)


そうして、この2冊を金庫に入れます!   まずは、椎葉さんの脳洗浄から――

ちょうどピッタリなサイズ(右側が上)
永遠に安眠されてください。

そして、ブルトンの『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』も入れます――

逆さ向きに。
(プチプチで包みすぎて かさばった……。)
何度も何度も読んだ この版とは お別れです……。
僕より長生きしてください。
そして――
封印
もう二度と開けない。
これから100年は このままで居ることでしょう。
それか、美術館で展示されてください。

そうして、“21世紀版『溶ける魚』”・脳洗浄』は金庫で永久保存します。100年後まで(或いは、永遠に)その白の輝きを保っていてください!!

ところで、この金庫を買いに行った時に他の種々の金庫も見たのですが、「耐火金庫」なるものも あるそうです。その名の通り、火に耐えられる金庫のことですが、僕のこの金庫は耐火ではないようです(!)。耐火のものは値段がかなり高くなり、サイズも子供のゴリラが入れるくらいの大きさになってしまうので、買えませんでした……。だから、火事には負けてしまうのですが……。

そう言えば、日本で最初にシュルレアリスムを広めた瀧口修造も、『不思議の国のアリス』を日本語訳している際に第二次世界大戦の空襲で自宅を焼かれ、その資料を焼失したそうです。果たして、この災害大国で100年後まで守り切れるでしょうか?(もちろん、災害時には持って逃げますが。)



脳洗浄』後……


椎葉さんは脳洗浄を出版した後も、毎日投稿ではなくなりましたが、自動筆記を続けられています。今日(2026年3月21日)の時点で投稿されている作品を、告知等を除き、以下に載せてみます――

・「満月が悪いんだ」(l)
・「滑らかに象形」(l)
・「地図にさす目薬」(l)
・「界隈の采配」(l)
・「色無し蜜柑」(l)
・「不飽和どれみ」(h)
・「金曜に踏んだクッキー」(h)
・「よれた字の遺書がA罫で踊る」(l)
・「曖昧モコモコ」(h)
・「こころころころ|習作」(ファトラジー・綺想詩
・「余韻ランドリー」(h)
・「神はデバッガーとして機能しない」(±)
・「いちごのアップリケ」(l)
・「プラズマ雨林」(h)
・「回らない舌で何を」(h)
・「淡く錆びつく黄昏の、」(h)
・「タッチ式流星群」(l)
・「不謹慎なほど愛してよ」(l)
・「徒労推定時刻」(l)
・「接吻はCMの後で」(l)
・「粗大ゴミみてえな夢」(h)
・「誤飲のおそれがありますので」(h)
・「虫歯のカリンバ」(l)
・「疚しいカモメ」(h)
・「緑化運動が戦慄した」(h)
・「めくるめくベーグル」(h)
・「おたまにしらたま」(l)
・「散々な換算」(l)
・「紙屑と目が合ったら」(h)
・「恋心ホスピタル」(l)
・「耳朶ちぎりサラダ」(l)
・「恋は盲目、愛は牢獄」(l)
・「重たい輪ゴム」(h)
・「蝶番にロマンスを」(h)
・「極真ラテ」(l)
・「飛行機雲と付け睫毛」(h)
・「ハンドクリーム。|随筆」(随筆)
・「精彩プロトコル」(l)
・「まもなくくまなく」(h)
・「独りぼっちのアミノ酸」(h)
・「終末のデート」(l)
・「T字路を上に進め」(h)
・「心因性エントロピー」(l)
・「ナチュラル無礼菌」(l)


44篇!!
またもや大量にあります!!

脳洗浄の収録数が116篇だったので、その3分の1ほどが早くも書かれています。そのうち、1篇がファトラジーこころころころ|習作)で、1篇が随筆エッセーハンドクリーム。|随筆)ですが、基本的には自動筆記です。そして、内容・タイトル・文量・改行等も脳洗浄』とほぼ変わらず、椎葉作品であり続けています。

とはいえ、変化もあるだろうと思い、例えば、脳洗浄』で毒は吐き切り、いくらか明るく・朗らかに・楽天的な作品になっているかと予想を付けてみたりしたのですが、いまだに苦しまれています。まだまだ暗い影が多く見られます。が、脳洗浄と変わらず綺想的・シュルレアリスティックなものも多いので、その篇を挙げてみます。笑芸家ぼくからしたら お勧めの篇なので、未読の方は ぜひ ご覧ください――


念のため、毎度お馴染みの質問インタビューをしたので、それも載せます――

[『脳洗浄』後に変わったと思うこと]
Q:作品内容でも精神状態でも他創作活動でも、『脳洗浄』以後に変わったと思うことはありますか?

A:いいえ、特にはございません。得られたものは形にできた達成感です。

椎葉さんらしい答えですね!



椎葉さんへ 
~リクエスト~


最後になりましたが、椎葉さん、大変 素晴らしい作品をありがとうございました💗 どのくらい素晴らしいかは ここまで(延々)書いてきた通りですが、あなたは21世紀の日本を代表するシュルレアリストになってください。また、死なないでください(本気で)。生きて、たくさんシュルレアリスム文学を生み出していってください。僕は世界で一番あなたとその作品を好きな自信がありますが、これからも書き続けていってください。

そして、リクエストです。と言っても簡単で、一つは、ブルトンの『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』を読んでみて頂きたい、ということです。未読だというなら、さらなる・新しいシュルレアリスムの世界が拡がっているはずで、自身の創作の刺激になると思います。そして、より素晴らしい作品が出来上がるに違いありません。お暇がありましたら、ぜひ読んでみてください。数百~千円ほどなので、それくらいなら奢ってさしあげます――


もう一つは、先にも書きましたが、500字(≒1ページ)に留まらず、1000字≒2ページや1500字≒3ページや5ページや10ページや20ページや30ページや50ページ……と、もっともっと長い作品を読んでみたい、ということです。もちろん大変なのは分かっていますし、実際にやったら それこそ生命の危機に至るかもしれませんが、ゆくゆくは挑戦チャレンジしてみては いかがでしょうか? 新しい文学世界ネクスト・レベルが拓けるかもしれませんよ。それに、見てみたい人も多いと思います。

そして、自動筆記と自分。|随筆」のような自動記述オートマティスムの方法論や体験談も積極的に書いてみてください。あなたは十分に立派な作品が書けるので、それについて知りたい人も多いはずです。後続者のために作品だけでなく理論も書いて、21世紀シュルレアリスム界の首領・巨匠ドンになってください。

あと、記事やアカウントは絶対に消さないでください。(原稿は燃えませんが、Web 記事やアカウントは消えるので。)   それも後続のためです。あなたの作品を読んで どれくらいのシュルレアリスム文学者が育つか(何十年後かにも)、どうか考えてみてください。或いは、あなたの作品は文学遺産になります。

最後に、『脳洗浄』(『『脳洗浄』後の脳洗浄』?)も楽しみにしています✨💖 次作は、自動筆記作品をすべて収録するのでなくとも、「傑作選」や「珠玉の作品集」や「人気作品集」として編むのも良いかもしれませんね。まぁ、あなたは まだ若く、これからの人生の方が長いはずなので、(その書き方に反して)ゆっくりとでも作っていって頂けたらと思います。

これらは一シュルレアリスム愛好家マニアとしてのお願いリクエストですが、とりあえずは、死なないでくださいね(本気で)💞



おわりに

二度と決して現れ得ないものは愛さねばなるまい。

題辞に掲げた この言葉は、グスタフ・ルネ・ホッケ『文学におけるマニエリスム―言語錬金術ならびに秘教的組み合わせ術―Ⅰ』(種村季弘 訳、現代思潮社、1971年で言っていたものだと思っていました。思っていた、というのは、そうだとして当書を探してみたのですが、見つからなかったからです。当書は16~17世紀のマニエリスト達の紹介がメインなのですが、それと同種のシュルレアリスムが20世紀に現れたことに対してホッケが この言葉を書いたのだと思い込んでいたのですが、その文脈で探しても無かったのです。もちろん その文脈だけでなく、2巻合計で500ページ以上を半日以上も探したのですが、見つかりませんでした。そのため、あえなく典拠 無しで掲載しました(文体もホッケのものを模して)。大事な大事な題辞が典拠 無しとは なんとも締りがないですが、仕方ありません。もし知っている方がいましたら、ぜひ教えてください。謝礼として、チップにて500円お支払いします。

さて、ホッケが言ったかどうか疑わしい その「二度と決して現れ得ないものは愛さねばなるまい。」ということが、椎葉さんの『脳洗浄』で起こりました。それははじめにで書いた通りですが、ブルトンの『溶ける魚』のような作品に出会えることなど もう無いと思っていたところに、椎葉さんと脳洗浄が現れました。そして、その喜びと偏愛を以って(5万字を超えた)本記事を書きました。また、シュルレアリスムの正統後継者(自称)&現役シュルレアリスト(自称)として記録せねばなるまいと、椎葉さんの脳洗浄を “21世紀版『溶ける魚』” と謳って紹介しました。そうして、椎葉さんの『脳洗浄』(また自動筆記作品)の初の体系的・網羅的な紹介・解説になったはずです。

本記事で何度も書きましたが、脳洗浄と併せてブルトンの『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』も紹介したので、本記事は そちらへの読書案内にもなっています。『脳洗浄を読んだ人には『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』を読んで頂きたいですし、『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』を読んだことがある人には脳洗浄を読んで頂きたいです。両方 読んだことがある人は、改めて双方を読んで頂けたらと思います。そうして、20-21世紀のシュルレアリスム文学を相互に読むと、互いの関係性・類似性がよく分かり、より一層 文学を愉しめることと思います(僕は泣けますが)。

本記事中の「“『笑芸』の新約聖書”   A・ブルトン『溶ける魚』」で書きましたが、ブルトンが『溶ける魚』を綴っていたのは1924年の3月の半ば~5月の始めなので、ちょうど102年前の今頃です。椎葉さんの『脳洗浄』のようなことが102年前の今頃に行われていたのです。そのことに思いを馳せながら脳洗浄を読んでみても良いかもしれません(僕は泣けますが)。

しかし、その椎葉さんは現在を生きているのです。溶ける魚』のようなことを現在進行形で行なっているのです。そして、交流もできるのです(クリエイターへのお問い合わせによって)。それならば、交流するべきです。だって、20世紀のシュルレアリスト達はもう答えてくれないのですよ!  本記事を読んで椎葉さんや脳洗浄に興味を持たれた方は、ぜひ作品を読みメッセージを送ってみてください。そして、椎葉さんと同じ国の同じ時代で同じプラットフォームnoteに居られた幸運に感謝しましょう。或いは、椎葉さんの言葉を借りてみましょうか――

「運命」または類する表現の普段使いはあまり好まない性質タチではありますが、少し、信じてみてもいいかもしれませんね。

自動筆記と自分。|随筆




脳洗浄を読んでいたり本記事を書いている間に、椎葉さんと遊んでいる夢を5回くらい見ました。そのうちの2回くらいは椎葉さんの家に行ったと思うのですが、最後の1回(一昨日くらいに見た夢)では、ヴァイオリニストの葉加瀬太郎さんによる詩の授業を、椎葉さんと隣の席で受けていました。その後にはサーフィンをすることになって、海の堤防へ行った気がしますが、サーフィンではなく釣りをしていた かもしれません。しかも、どういうわけか、海ではなく室内(ガラス張りのビル)になっていた かもしれません。そんなこんなしている内に、椎葉さんとてしまっていました(美女が何人か居たような気もしますが)。

要するに、椎葉さんの『脳洗浄』を買って読んであげてください、ということです。その売上が、椎葉さんの煙草ラッキー・ストライク代になります――




ということで――

椎葉さん、
素晴らしい作品を
ありがとうございました💗💓💕💞💖💝💘❤️‍🔥







*2026年3月22日 追記*

椎葉さんから この記事の(いかにも椎葉さん らしい)紹介と感想を戴きました!

本記事のコメント欄でも言われていますが、「わたくしよりもわたくしについてお詳しい」と!    椎葉さん本人から(まるで恋人のような)お墨付きを戴きました。そんなことを言われたら、照れてしまいますね💗




いいなと思ったら応援しよう!

初代王天君【児童文学名:らつぁん・たすりと】👉ファトラジー[綺想詩]の投稿募集中✨💖 僕はチップなんて要りません!