神はデバッガーとして機能しない
シャム猫を跨いだ時に鼻血を出すと、世は終わる。〝終わり〟には、斯くも容易いトリガーが彼方此方へ散らばっている。神様――と呼ばれているがひどく曖昧な雲の上に住む上位存在とされる者――によるデバッグはなんとも充分に行き届いてはいないのだ。
わたくしが知識としてのみ抱えている限りでは、例えば、カワウソを背中から切って裏返したものをリュックサックに登山をしたり、白粉を充分にはたいた鈴蘭を揚げて焦がしたものを屋上から放り投げたり、そう云った《ズレ》が終わりを呼ぶ。此れは世界の滅亡には限った話じゃあなく、個人の正気や日常が〝終わる〟事を意味する場合もある。
だから或る日突然、洗濯バサミだのと意思疎通が出来るように成った子供達が次々と姿を消すのである。わたくしの同級生にも一人、消えてしまった子が居たような。屹度彼らは今頃、透き通った心身を与えられて只管にデバッグを担わされているのかもしれない。あゝ、可哀想に!
いいかい、きみ。少し変わったことをしようかなと思い立った時、何かは既に〝終わり〟始めているに違いないのだ。多分に其れがおかしな事だと気付くのは難しいことであるとは思うが、此の話を知ったからには、どうぞ逢魔時には御気を付けて。
