Fatrasie(ファトラジー)7篇【作り方解説&シュルレアリスム紹介】
死んだ鮭が
星のめぐりを
罠でとらえたとき
角笛の音が
雷の心臓を
酢につけて食べた
はじめに
fatrasie(ファトラジー)とは?
fatrasie(ファトラジー)とは、13世紀のフランスで流行したナンセンス詩です。冒頭に挙げた〈死んだ鮭が ~〉の詩がそうですが、これが日本で唯一翻訳されているファトラジーです。
ファトラジーは13世紀以降に一度忘れられたのですが、20世紀にシュルレアリスト達によって発掘・評価され、シュルレアリスムの創始者A・ブルトンは「最も美しいもの」と評したそうです。
従来はファトラジーは「でたらめ詩」や「がらくた詩」と訳されていたのですが、〈死んだ鮭が ~〉の詩の魅力・魅惑性を最大限に肯定できるように、「綺想詩」と僕が勝手に訳しました。また、子供向けにもでき、その場合は「とっても不思議な詩」と訳します。そして、意味がよく分からなくて不思議で可笑しい詩・奇妙な発想の詩を「ファトラジー[綺想詩]」とします。
※日本でファトラジーに相当するものに「無心所著歌」という和歌があり、『万葉集』の第16巻に載っているそうです。これはナンセンス・ギャグの色合いが強いですが、美的な綺想を目指す詩歌には「綺想歌」という名称を付けました。
しかし、現在、ファトラジーは日本語での本・作品が無い(どころか、ネットで検索してもろくに出てこない)ので、僕が作ることにしました。その最初の試作がこちらです――
この記事には15篇の創作ファトラジーを載せましたが、最終的には一冊の本として完成させます。そして、出版することができたら、日本初のファトラジー本になります。
“笑芸の詩” としてのファトラジー
しかし、それ以上に、僕はファトラジーを “笑芸の詩” として確立したいと思っています。考えてみたら、笑いの世界に「詩」というジャンルは無いです(少なくとも、笑いを目的・目標にして追求したものは)。僕は『笑芸』なる「笑いの文学」を創りたいと思っているのですが、その中の一つの小分類として「詩(形式)」も欲しいです。そうして、「笑いの文学」というジャンルもそうですが、その中の「詩(形式)」というジャンルも創りたいです。
※『笑芸』なるものが何を目指すのかや、他の文学ジャンル(詩や小説や随筆やノンフィクションや童話等)との違いについては、次の記事に書いてあります。ファトラジーは “笑芸の詩” なので、その目的・目標をどうか理解して頂きたく思います――
また、僕はシュルレアリスム文学から決定的な影響を受けているのですが、20世紀にシュルレアリスト達が発掘したファトラジーを、僕が21世紀の日本で復活・再興させたいと思います。
投稿募集したが……
そうして、僕以外の制作者を募るべく、自分の企画「#初代王天君の企画」で投稿を募集しました。それが次の記事です――
冒頭にも挙げたものですが、募集タグは以下のものです――
今年2025年の10月8日に募集開始(=投稿)したのですが、ほぼ投稿は来ず、10月17日にようやく一作 来ました。jg1bqz@シニガミレコーズさんの次の作品です――
jg1bqz@シニガミレコーズさんがファトラジーに興味を持って挑戦して頂いたのは意外でしたが、初の投稿を戴きました!
※ AI を使用した作品で、そのファトラジーを音楽化したり分析したりしています。「ファトラジー賞」は見送らせて頂いたのですが、その理由はコメント欄に書いています。しかし、決して悪い作品ではありませんので、ぜひ ご覧ください。
しかし、その後、1ヶ月以上も投稿が無く、ファトラジーは僕と jg1bqz@シニガミレコーズさんの変態の集いのみで、幻に消えるのだろうと思っていました……。
くいたろう さんの投稿以降の爆発
そして、11月21日に、急に こんな投稿が来ました――
くいたろう さんの「ファトラジーに悩む日々」。なんだって? ファトラジーに悩んでいた……? 読んでみると、僕の募集記事を読んでファトラジーを書こうと思っていたそうです! しかし、「1ヶ月経っても全然書けない。」 ファトラジーについて調べたり試作したり自己批評したりと、藻掻いて いらっしゃったそうです。しかし、完全には分からなかったようで、「この記事を投稿すれば、初代王天君さんがきっとコメントでアドバイスをくれる(だろう)と期待して」、とうとう投稿されたようです。
そして、くいたろう さんの この記事を読んだ人達が「面白そう」「楽しそう」「やってみたい」と言ってファトラジーに挑戦し、それを読んだ人が挑戦し、さらにそれを読んだ人が挑戦し……と、延々に拡がり続けました。以下に、くいたろう さんの当記事 以降に寄せられた投稿記事をすべて載せます――
大量に来ました!
63作!
まさか こんなに来るとは……!
くいたろう さん効果が凄いです!
くいたろう さん、ありがとうございます💗
僕と jg1bqz@シニガミレコーズさんだけでは全く広まらなかったのに、くいたろう さんの投稿以降、note でファトラジーが少し流行ったようです。(それにしても、あんな変なものを作りたい人が こんなに多くいることが驚きです。)
元々その素質・気質があって最初から上手にファトラジーを作れる人や上達の早い人も多くいますが、作るのに苦戦したり(迷走したり)、ファトラジーの理解に困っている人もいました。ファトラジー自体の情報が極めて少ないことや、僕の作例数や紹介が至らなかったこともあるので、この記事では、ファトラジーの解説と僕の新作と作り方を載せます。そして、これからファトラジーを作っていく際の参考にして頂けたらと思います。
なお、先述の通り、ファトラジーはシュルレアリスト達が発掘・評価したものであり、日本語文献が極めて限られているため、本記事では「ファトラジー ≒ シュルレアリスム詩」として進めていきます。そして、シュルレアリスム文学の紹介が主になります。
詩人・小笠原鳥類さんによる ご紹介
くいたろう さんの投稿以降、note でファトラジーが広まり、それらは詩人の小笠原鳥類さんにも お読み頂けました。そして、なんと、僕の募集記事を小笠原鳥類さんに ご紹介して頂きました!
僕は最初のファトラジー記事で、「日本でファトラジーについて書いてある本は、高橋康也先生の『遊びの百科全書① [言語遊戯]』〔前掲〕がほぼ唯一です。」と書いたのですが、これは正しくありませんでした。
小笠原さんによると、アンドレ・ブルトン/ポール・エリュアール編『シュルレアリスム簡約辞典』(江原順 訳、現代思潮社、初版1971年6月、第二版第一刷1976年4月、第二版第二刷1990年6月25日)の 11 ページにファトラジーが載っているそうです。そして、当書を確認したところ、実際に載っていました。(小笠原さん、教えて頂き ありがとうございました。また、一記事の制作というお手間を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした。)
そして、小笠原さんと(コメント欄で)やり取りする内に、この『シュルレアリスム簡約辞典』を読み直そうと思い、そうしました。極めてシュルレアリスム的な本であり、ファトラジー作りの参考になるはずなので、以下で、簡単にこの本の紹介をしたいと思います。
『シュルレアリスム簡約辞典』
基本情報
アンドレ・ブルトンとポール・エリュアールによる共編『シュルレアリスム簡約辞典』(江原順 訳、現代思潮社、初版1971年6月、第二版第一刷1976年4月、第二版第二刷1990年6月25日)は、1938年に、パリでの《シュルレアリスム国際展》のカタログとして出版されたものです。(同書 p.127)
全149ページで、pp.3~30 の30ページほどが文字主体の辞典的な章です。pp.31~116 が絵画や写真やオブジェ等の美術編で、pp.117~120 が「補遺」として再び文章による辞典になります。pp.121~149 が訳者による「はしがき」や「シュルレアリスム年表」で、この本は閉じられます。
今回 特に読んだのが pp.3~30 の文字主体の辞典的な章だったのですが、そこには、A~Zのアルファベット順で各語の(シュルレアリスム流の)定義や使用例が載っています。それらは31名のシュルレアリスム・メンバーのものだけでなく、ランボーやボードレールやノヴァーリスといった詩人や、フロイトやヘーゲルやエンゲルスといった学者や、レーニンやトロツキーといった政治家や、『臨済録』の禅の言葉までもが引用されています。
簡単な書評
シュルレアリスムの文章というのは基本的に長文でまどろこしくて錯綜していて矛盾していて謎めいているのですが、この辞典的な章の30ページほどを読むのに、丸一日は掛かりました(!)。これは僕の場合ですが、それくらい一文一文が濃くて重い文章です。しかし、それもそのはずで、彼等の運動を国外や新しい世代へ広めるための展覧会のカタログです。気合いを入れに入れていたでしょう。そうして、極上の奇文達が連なっています。たかだか30ページ読むのに丸一日 掛かる本も そうそう無いですが、濃密で真性のシュルレアリスムの世界が拡がっています。
※上記の通り、かなり読み難い本です。勇気と暇のある人以外にはオススメしません。
文章紹介
ここから、当書の中で比較的 読みやすく、短く、ファトラジー作りの参考になりそうな “綺想文” をいくつか紹介します。先述の通り、「ファトラジー ≒ シュルレアリスム詩」なので、ぜひシュルレアリスム文学を味わってくだださい。そして、その独特の感触・語感を掴み、取り込んでください。
それでは、アルファベットのAから載せていきます――
AZUR 蒼空――[…]「髪をふりみだした女がきみを追いかけてきても,気にかけるな.それは蒼空なのだ.きみが蒼空を恐れる理由はなにもない」(A.B.)
BILLE 小球――「生垣のうしろにいる娘の嘲笑のように,うろんな小球が,指のあいだにじっとしていた」(H.B.)
CADAVRE 屍体――「屍体が,ガラスのなかの小石のように手をたたく」(B.P.)
CANARD 家鴨――「ベルモットの唇をもつ疑惑の家鴨」(ロートレアモン)
ÉCREVISSE ざりがに――「化粧したざりがにが,辛うじて,ちがった二重の接吻を照明する」(『妙なる屍体』)
FLEUVE 河――「河が一個の卵のようにころげ落ち,ぼくらは鳥となる」(P.E.)
LIT 寝台――[…]「シーツのあいだに虹をかくす寝台の仕度を」(P.P.)[…]
NOMBRIL 臍――「臍(ノンブリル)または輝く影(ロンブル・ブリイユ 臍同士はそういっている)は,伊達者たちの住まう洞窟のネクタイのうえに生える.臍どもがネクタイから脱すると,臍どもは,空気のなかを,小車のように転がっていき,そこに,容易に癒着しない傷痕をのこす」(H.A.)
ORCHIDÉE 蘭〔ギリシャ語 Orkidion(小睾丸)が語源〕――[…]「女の脚が縮められ,膝が乳房の高さにおりたたまれると,蘭となる」(A.B.,P.E.)
PAPILLON 蝶――「哲学的な蝶がばら色の星のうえに憩う.そして,それは地獄への窓をつくる」(A.B.).「5メートルのながさの蝶たちが,鏡のように割れる」(T.T.)
POULPE 蛸――「絹の視線をもつ蛸」(ロートレアモン)
SAVON 石鹼――「つぎに股関節炎なのに,早くつっ走って,自転車乗りをとっつかまえる石鹼がやってくる」(B.P.)
SOURIRE 微笑――「その微笑,火は,黒い霜と白い錆の形で,山の斜面に降るだろう」(M.E.)
TABLE 机――「机は蝶となって飛去った」(P.E.).「机はその秘密をゆだねた,夜の机,月の机」(E.M.)
これらがシュルレアリスム文学のすべてでは全然ありませんが、こういったものがシュルレアリスムの味です。そして、“綺想” です。一度この味を知ったら普通の文学は読めなくなってしまうほど、魅力的な文章です。
それぞれの特徴としては、「不可思議」となるでしょうか。しかし、これはシュルレアリスムの創始者アンドレ・ブルトンの言葉です。彼は『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』(巖谷國士 訳、岩波書店、1992年)中の「シュルレアリスム宣言」で「不可思議」(英語では wonder)を讃美していましたが、これらの文章の中では通常・日常・現実で起こり得ることなど一切 含まれていません。不思議で奇妙な(=おかしい)世界です。
笑い・ギャグは「おかしいこと」を目指す・追求するのですが、『笑芸』なる「笑いの文学」とシュルレアリスム文学とは、この「不思議さ」「奇妙さ」「綺想」という点で通じてきます。また、シュルレアリスム文学には、引用の通り、美しいイマージュや美的綺想も多いのですが、『笑芸』なる「笑いの文学」はそれも肯定・尊重します。
特に笑い・ギャグ的なもので個人的に好きなものでは、「BILLE 小球」「CADAVRE 屍体」「CANARD 家鴨」「ÉCREVISSE ざりがに」「POULPE 蛸」「SAVON 石鹼」あたりでしょうか。もちろん どれも良いのですが、皆さんが気に入ったものがあったら、コメント欄で教えてください。
※ファトラジーは「詩(形式)」であり、上の引用は ほとんどが「散文」なのですが、笑いの文学における「詩(形式)」と「散文」の違いは後述します。
※僕が作品(綺想やファトラジー)を作る際には、シュルレアリスム文学を前提としつつアレンジもしているのですが、これも後述します。
読書案内
こういった文章が気に入った方はぜひシュルレアリスム文学を読んで頂きたいです。しかし、その作品や研究書や入門書は無数にあり、どれを選んだらいいか分からない かもしれません。そのため、ここでは一作だけご紹介します。先にも挙げましたが、アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』(巖谷國士 訳、岩波書店、1992年)です――
詳しくは ここでは書けませんが、20世紀最大の芸術運動・シュルレアリスムを開始した書物です。その理論編が「シュルレアリスム宣言」(約80ページ)で、実作が「溶ける魚」(約110ページ)です。
僕はこの本から決定的な影響を受け、『笑芸』なる「笑いの文学」の “新約聖書” とさえしています。( “旧約聖書” はルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』。)
しかし、例によって、読みやすくはないので(1924年 当時の社会・文化・芸術事情によることもあり)、物好きな方は ご覧ください。
“21世紀 日本のシュルレアリスト”
しかし、当書を買わずとも、良質なシュルレアリスム文学を読むことができます。それも、この note 内で! その方をご紹介します。椎葉さんです――
椎葉さんは基本的には毎日1ページほどの自動筆記作品を投稿されていますが、その質は凄いです(量もですが)。読んでいて何度もブルトンの文章を想起してしまいます。シュルレアリスム文学そのものです。十分に20世紀のシュルレアリスト達に匹敵するほどの作品を書かれています。『溶ける魚』のような作品には二度と出会えないだろうと思っていたのですが、椎葉さんが書いてくださっています。真性のシュルレアリスム文学が読みたい方は、ぜひ椎葉さんの記事をお読みください!
ちなみに、椎葉さんはファトラジーも書いてくださっています――
何度も書いた通り、ファトラジー ≒ シュルレアリスム詩なので、普段シュルレアリスムの手法(自動筆記)で書いている椎葉さんが出来ないはずはありません。堂々のシュルレアリスム詩です! ファトラジーを書きたい人は ぜひ参考にしてください!
*
なんと、椎葉さんは、来年2026年の1月15日に、ご自身の note 記事をまとめた ZINE『脳洗浄』を出版されるそうです!!
楽しみです……! どんな出来になるか、ほぼ note で発表された通りのものだそうですが、それなら間違いなく名作です。そして、“奇書” となることでしょう。皆さん、ぜひ買って読みましょう!(僕は5冊買います。)
同じ時代に同じ国で(しかも note 内で)真性のシュルレアリスムに出会えるとは、感動です。僕もそうですが、皆さんも この幸運に感謝しましょう!
*名作のご紹介*
ここまでの作品紹介の流れで、ファトラジーを作る際の参考になる名作を いくつか ご紹介します。それらは、しかし、僕の方からはファトラジーとはしません(決して悪い意味ではなく)。が、それらの語感・行間・雰囲気・世界観等を体感して頂けたらと思います。(先輩方、無断での引用を失礼いたします。)
1・SATOCOTO-Očić さん:◇ ダダの森の詩歌帖 ◇ 雨氏に
まずは、“ダダ” の先輩・SATOCOTO-Očić さんの「◇ ダダの森の詩歌帖 ◇ 雨氏に」です。
文量は1ページほどですが(写真が1枚つき)、各行の進行のおかしさ! よくぞ ここまでへんてこな進め方をされました! 大変なナンセンスで、凡人が泣いて羨む思考(の捻じれ)です。非常に独特な言語世界をお持ちのようで、唯一無二の才能です。
ちなみに、大体はこのようなことを ご本人にお伝えしたところ、独特の喜びのお言葉を戴けました。SATOCOTO-Očić さん、ありがとうございます💗
2・SATOCOTO-Očić さん:◇ ダダの森の詩歌帖 ◇ 七十七番目の私の死
再び SATOCOTO-Očić さんの作品で、「◇ ダダの森の詩歌帖 ◇ 七十七番目の私の死」です。
こちらは2ページ(写真が1枚)ですが、行数としては15行です。先の作品はナンセンス色が強いですが、こちらはシリアスです。しかし、その奇妙な思考回路はそのままに、悲痛で意味深長な作品です。
ナンセンス(またシュルレアリスティック)なフレーズもあるのですが、特に美的な綺想を書きたい人は ぜひ読んでみてください! 大いに参考になるはずです。
3・うちゅ。さん:【詩】 HEAVEN
詩や絵を描かれている真性のアーティスト・うちゅ。さんの「【詩】 HEAVEN」です。
この作品については、僕が何か書いて汚してしまっては悪いので、書き(け)ません。1ページほどの詩なので(写真が1枚と)、ぜひ読んでみてください。そして、批評の言語を求めてみてください。
4・miz さん:自動筆記_1
miz さんの超名作「自動筆記_1」です。この作品にもブルトンやツァラを感じます。そして、シュルレアリスティックなフレーズで埋め尽くされています。本屋を一軒 探しても見つからないようなフレーズがごろごろしています。この作品も20世紀のシュルレアリスト達に匹敵します。こんなものを書けるなんて、miz さん、素敵です💗
ファトラジーを書きたい人は必読です!
ちなみに、この作品中のいくつかのフレーズを、僕が勝手に第1回「一番 面白い一行詩」賞に選ばせて頂きました。その企画は以下です――
この企画は「一行詩」ですが、ファトラジーを作る練習にもなるので、ぜひ挑戦してみてください!
5・ナブリ【嬲界構文体】さん:──この構文は、noterの山本蛇内さんが企画された『パプリカ博士選手権』への参加構文として生成されたものです。
奇作・怪作がお好みの方には、toyof ……いえ、ナブリ【嬲界構文体】さんの作品をお勧めします!
タイトルにあるように、当作は noter の山本蛇内さんの企画「(#)noteでパプリカ博士選手権」に参加したものです。
文体は物凄く強烈で、シュルレアリスムに勝るとも劣らない長文・過剰修飾の乱舞です! ナブリ【嬲界構文体】さんの文章は AI による生成なのですが、AI での滅茶苦茶な言葉の組み合わせは人間離れしています。人が人力で これくらいの文章を作ろうとしたら相当な労力が要りますが、楽々(?)作れるのは羨ましい限りです。その言語的肉体の逞しさには惚れ惚れしてしまいます💗
ちなみに、僕も山本蛇内さんからお誘いして頂いて「(#)noteでパプリカ博士選手権」の作品を書いたのですが、ナブリ【嬲界構文体】さんの当作には負けたと思います。
とにもかくにも、奇作・怪作が読みたい方はぜひ ご覧ください!
※その山本蛇内さんもファトラジーを書いてくださっています――
「(#)noteでパプリカ博士選手権」の精神のままに書いてくださいました!
多くの人が指摘していますが、「(#)noteでパプリカ博士選手権」とファトラジーは近しいものです。大きな違いと言えば、「散文」か「詩(形式)」か、くらいのものです。ファトラジーの練習のためにも、山本蛇内さんの「(#)noteでパプリカ博士選手権」に参加してみては いかがでしょうか?
ちなみに、僕の参加作は以下です――
6・わたりあめ さん:【綺想詩】刹那のファトラジー
先に、ここでの紹介は「ファトラジーではないもの」としたのですが、わたりあめ さんの「【綺想詩】刹那のファトラジー」は、ファトラジーです。そして、名作です! わたりあめ さんは6作目にして早くも名作を生み出しました!
元詩〈死んだ鮭が ~〉の素材を借りながら、立派な綺想世界を展開されています。わたりあめ さんの作品は美的な色合いが強いのですが、美とナンセンスが高次元で・シュルレアリスティックに融合しています。そして、“芸術” の領域に一歩 踏み込まれました。(タイトルとサムネイル画像(=本で言う表紙)も美しいです。)
これからファトラジーを作りたい方は、ぜひご覧ください!
そうして、長くなりましたが、以下に、僕の新作ファトラジーを7篇 載せます。その後に、再びシュルレアリスム文学・芸術の紹介をして、それから、僕がしているファトラジーの作り方を載せます。また、最後に、笑いの文学における「詩(形式)」と「散文」の違いについても書きます。
なお、作品番号については、最初のファトラジー記事(15篇)から通算して数えるため、「Fat・16」から開始します。それでは、ファトラジーの新作を7篇、どうぞ――
Fatrasie ~綺想詩~ 7篇
Fat・16
結跏趺坐をするヴァイオリンの
鬱屈とした乳房の微笑みは轟音を立てて
二律背反の産卵銃で
月を刺身にして
ダークマターと焼きとうもろこしのように仲の良い液状化ペンギン達は
月を殴った極彩色の花しかない無のフーガによって
新しい母音を増やし続けている
Fat・17
茜さすグンジャラゴンディ語を話す
誤爆主義のぬか漬けや
理由の無い惑星や
慇懃におしっこをするプリン達の
涅槃ハイヒール――或いは、涅槃バニーガール――は
血の滴るサファイアや
涙で出来た地雷を
酩酊したイ音便の鰐達に売りつける
Fat・18
「熊は何曜日ですか?」
という未確認飛行ブイヨンの正しい問いに対して
殴られると睡ることで噂の半魚人は
「三つ編みの魚粉フーリガンや13次元のヘーゼルナッツや律儀な正方形のうんこはアッタッカ・ベイビー達の戯咲歌でしかない」
と答えた
Fat・19
疾走して失踪した質素な始祖鳥のチョリソーとチェーンソーと
ふしだらな斑の真鱈の曼陀羅と
ティラノ・ティラミスとミス・ティラミスと
擦れたタレスと廃れたレタスと
サバサバの鯖を捌く砂漠を裁く貘と
5階の碁会で五戒と五悔を5回 誤解したゴカイと
衒学的な北京ダックの厳格な《幻覚 四重奏曲》を揉むモノリス
Fat・20
葬式のように美しい
手淫を
Fat・21
ん
ゆ
そ
た
も
ぬ
ぽ
Fat・22
或るダダQの慇懃なダダQの
何も意味しない頭痛薬と共に
超星・ベガをするひよこ達は
最もいやらしくJ葬された助詞動物達の
大腸の太陽フレア――或いは、太陽の大腸フレア――を論破し
素知らぬ脳をして
伝魚水答なザーウミガメもどきのスープや
〈げゑぼょぬそちべゅゐ〉という名の「をびぇもぐぁゑっぺるょんゔぉ」や
黒魔術的な黒魔術師の形而上的な “形而上的綺想” を
泡立てる
いかがでしたか、僕のファトラジーは? これらは かなり僕の文体・体質・趣味・嗜好(や型)によっており、すべて ではありませんが、大体はこういったものが “笑芸の詩” としてのファトラジーです。そして、こういったようなものを書いて頂けたら、“ファトラジー賞” を授与いたします。
以下に、シュルレアリスム文学・芸術の紹介と僕の作り方を載せます。
※完成版では大体100篇を予定・目標にしているので、あと70~80篇ほど作ろうと思います。
【ファトラジーの作り方】
自動記述
シュルレアリスム文学の多くは「自動記述(自動筆記)」という方法で書かれており、シュルレアリスムの基本的・絶対的なものです。ファトラジーを作られた方の中にも自動記述を知っていたり実践されたり人もいました。僕はあまり行なっていないのですが、そういった事情のため、「自動記述」について簡単に書きます。
「自動記述」の定義
まずは絶対的な定義を挙げます。シュルレアリスムの創始者アンドレ・ブルトン『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』中の「シュルレアリスム宣言」(巖谷國士 訳、岩波書店、1992年、p.46)からです。しかし、これだけを読んでもあまり分からないと思うので、後でかなり大雑把にまとめます。次の引用は眺めるだけでいいです――
シュルレアリスム。男性名詞。心の純粋な自動現象であり、それにもとづいて口述、記述、その他あらゆる方法を用いつつ、思考の実際上の働きを表現しようとくわだてる。理性によって行使されるどんな統制もなく、美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた思考の書きとり。
これだけを読んでも よく分からないと思いますが(ブルトンらしい文章です)、一つだけ注目するとしたら、結語の「思考の書きとり」でしょうか。
理解の補助のため、シュルレアリスム研究の第一人者・巖谷國士 先生の『シュルレアリスムとは何か』中の「シュルレアリスムとは何か」(筑摩書房、2002年、p.35)から引用します――
「エクリチュール・オートマティック」すなわち「自動記述」というのは、[…]要するに、書く内容をあらかじめ何も用意しないでおいて、かなりのスピードでどんどん物を書いてゆく実験のことです。[…]あらかじめ書く内容を用意していないということと、ただ筆のすべるにまかせて速く書いてゆくということが重要です。
流石の巖谷國士 先生で、非常に簡潔にまとめてくださっています。そして、無礼にも僕がこれをさらに平たく言ってみると、次のようになります――
何も考えないで とにかく ひたすら速く書く
愚かなほど簡単にまとめてしまいましたが、最初の理解としては これくらいでいいです。
自動記述によって生まれた文章
そして、この自動記述によって書かれた作品の一つが、アンドレ・ブルトンの「溶ける魚」(前掲)です。以下に、当書から4つほど その綺想文を引用します――
公園はその時刻、魔法の泉の上にブロンドの両手をひろげていた。意味のない城がひとつ、地表をうろついていた。神のそば近く、その城のノートは、影法師と羽毛とアイリスをえがくデッサンのところでひらかれていた。
彼女にむかって、「この遮光ガラスになった僕の手を、両手でつかんでごらん、ほら、日食だろ」といったとき、彼女はにっこり笑い、血の珊瑚の枝をとってくるために海にもぐる。
鳥たちは色彩を失ってから形を失う。
私はきみのために消えたのではない。私はただ、きみに似た何かをはなれて沖あいにいるだけであり、そこでは、〈断腸〉という名の鳥が叫び声をあげると、昼の星たちを折れた鍔とする氷の柄頭がもちあがってくる。
こういったものがシュルレアリスム文学です。
また、ブルトン以外のもので、彼が「シュルレアリスム宣言」中でシュルレアリスムの代表例として挙げている文章を2つ引用します――
「生長への傾向がみずからの有機体の同化する分子の量とつりあわない成人女性における乳房の発育停止の法則のように美しい。」(ロートレアモン)
「燃えさかる森のなかで、
ライオンたちは涼しげだった。」(ロジェ・ヴィトラック)
これらの美文・名文・奇文については後で取り上げますが、他にも読んでみたいという方がいましたら、以下から どうぞ――
*
先述の通り、note でも自動記述(自動筆記)で書いている人はいて、先にも挙げましたが、椎葉さんと miz さんの作品は20世紀のシュルレアリスト達に匹敵さえします。皆さん、ぜひ ご覧ください――
また、先にも紹介した わたりあめ さんも凄い作品を書かれました。素晴らしく自己・精神と言葉を解放していらっしゃいます。ぜひ ご覧ください!
落語家・立川談志 師匠の “イリュージョン”
これらのシュルレアリスム-オートマティスムを特に笑い・ギャグと関連させるために、落語家・立川談志 師匠が唱えた “イリュージョン” というものに触れます。
談志師匠が “イリュージョン” なるものを唱え始めたのは、彼が50代後半の頃です。年代としては1990年代からです。談志師匠はそれを「落語の本質」として掲げました。
ところで、シュルレアリスム-オートマティスムはただの文学・芸術運動ではなく、(政治的な)革命運動として開始されました。そこでは、「人間・精神の全的解放」が目指されました。落語というのは江戸という狭く限られた地域・世界で興ったものですが、その人口百万都市の中では様々に鬱憤やストレスが溜まり、抑圧が起きます。そして、その解放として落語があった、というのが談志師匠の落語- “イリュージョン” 論です。そうして、シュルレアリスムと落語とは、「人間・精神の(全的)解放」という点で通底します。(落語や立川流の言説に「シュルレアリスム」という語は一切 出てきませんが。)
その談志師匠が、眠れない時に行なっていた という遊びを紹介します。以下に、その文章を挙げます――
アラブ、出刃包丁、下手投げ、味の素、国会、内外タイムス、ホームラン、火の用心、ターザン……[…]
このような「 “関係無い” 言葉をつなげていく遊び」(p.86)です。それぞれに関連の無い・デタラメな単語の羅列です。しかし、「こういう、ナンダカワケガワカラナイものがくるところに笑いがある。」(p.87)
そして、試しに、この単語の羅列を自然な文章(文法)となるように繋げてみると、こうなります――
アラブの出刃包丁を下手投げした味の素が国会中に読んだ内外タイムスには、ホームランを打って火の用心を喚起しているターザンが載っていた。
シュルレアリスム-ノンセンスな文章になりました!
そして、これを詩(形式)にしてみると、こうなります――
アラブの出刃包丁を下手投げした味の素が
国会中に読んだ内外タイムスには
ホームランを打って火の用心を喚起している
ターザンが載っていた
ファトラジーの出来上がりです!
(そして、僕の作品と似ている……?)
皆さんも このように作ってみても良いかもしれません!
そうして、これを “デペイズマン” という語・概念として、以下で紹介します――
“デペイズマン”
「デペイズマン」の定義
シュルレアリスムの本質は “デペイズマン” であり、オートマティスムも ここに行き着くのですが、まずは、その「デペイズマン」という言葉について説明します。巖谷國士 先生によれば――
[…]動詞ならば「デペイゼ(dépayser)」――この場合の「デ(dé)」は分離・剥奪をあらわす接頭語で、「ペイ(pays)」は「国、故郷」ですから、ある国から引きはなして他の国へ追放するというのがもとの意味で、要するに、本来の環境から別のところへ移すこと、置きかえること、本来あるべき場所にないものを出会わせて異和を生じさせることをいいます。
※当書は こちらから読むことができます――
このように、「本来の環境から別のところへ移すこと、置きかえること、本来あるべき場所にないものを出会わせて異和を生じさせること」がデペイズマンです。これを さらに簡単に言ってしまうと、こうなります――
意外なものや かけ離れたもの同士の結合・組み合わせ
これが “デペイズマン” です。
デペイズマンの簡単な例
そして、デペイズマンの簡単な例を一つ挙げます――
128. コップの中のトロンボーン。
これはポール・エリュアールとバンジャマン・ペレの共著『152の諺』中の128番目の諺ですが、〈コップ〉の中に〈トロンボーン〉が入っている、ということです。なんとシュルレアリスティックな!
このように、「本来あるべき場所にないものを出会わせて異和を生じさせること」、また、“意外な言葉の組み合わせ” がデペイズマンです。
※このシュルレアリスティックな諺に魅かれて、僕も『新しい諺』を作りました――
これは「一行詩」と言ってもよく、ファトラジーを作る上でも参考になるので、ぜひご覧ください! また、「#一番面白い一行詩」も募集しています――
デペイズマンの代表例
そのデペイズマンの乱舞の如き文章が、先にシュルレアリスムの代表作として挙げたロートレアモンの文章です――
生長への傾向がみずからの有機体の同化する分子の量とつりあわない成人女性における乳房の発育停止の法則のように美しい。
〈生長〉〈傾向〉〈有機体〉〈同化する〉〈分子の量〉〈つりあわない〉〈乳房〉〈発育停止〉〈法則〉といった語が無関係に結び付けられ、強い「異和を生じさせ」ています。そして、(極上の)“綺想文” となっています。(また、長文・過剰修飾。)
ところで、このロートレアモンという詩人には次のような句があります――
手術台の上での、ミシンと雨傘の偶然の出会いのように美しい
この文章はシュルレアリスト達が永遠に・愚直に標榜していたものですが、シュルレアリスムにおいては、「ミシンと雨傘」という意外なもの同士の「偶然の出会い」が讃美されます。(当句中の〈~のように美しい〉というフレーズは僕もよく使っていますが。)
そして、僕はデペイズマンしかやっていません。
“接着語法”
“接着語法” について
先にシュルレアリスムの代表例として挙げたものに、ロジェ・ヴィトラックの次の文章があります――
燃えさかる森のなかで、
ライオンたちは涼しげだった。
この文章の “不思議さ” の要因は、〈燃えさかる〉=炎=熱 ⇔〈涼しげ〉=冷・寒という “矛盾・対照” にあります。意外なもの・かけ離れたもの=「本来あるべき場所にないもの」同士の結合を強めていくと、最も かけ離れたもの同士の結合となります。ここでは〈燃えさかる〉×〈涼しげ〉という組み合わせですが、このような矛盾した文章・語法を “接着語法” と言います。
この “接着語法” については、以下の記事で(「芸術の真理」として)まとめてあります――
一つだけ定義を挙げてみます――
撞着語法。正反対の意味をもつ修飾語と被修飾語を、暴力的な形で結びつけた修辞。
こうあるように、「正反対の意味をもつ」言葉同士を「暴力的な形で結びつけた修辞」=語法が “接着語法” です。シュルレアリスム-オートマティスムはデペイズマンに行き着いたのですが、そのデペイズマンは “接着語法” に行き着きます。
それに関して、ブルトンが「シュルレアリスム宣言」(前掲)中で書いていることを引用します――
私にとってもっとも強いイメージとは、もっとも高度な気ままさを示しているものであることを、隠さずにいおう。それはつまり、実用的な言語に翻訳するのにもっとも時間のかかるイメージなのであって、たとえば、法外な量の外見的矛盾をふくんでいたり、[…]笑いを爆発させるものであったりする。
最後の方に「法外な量の外見的矛盾をふくんでいたり」とありますが、ブルトンも “接着語法” を肯定・讃美していました。
また、彼はこうも言っています――
イメージの価値は、得られた閃光の美しさにかかっており、したがって、二つの伝導体間の電位差の関数なのである。
「二つの伝導体間の電位差の関数」という詩的な言い方は分かりにくいですが、「二項(以上)間の距離」ということで いいです。そして、それならば、その距離を最大にすることが笑芸家の目指すことになります。
本作からの例と作り方
その “接着語法” の本作からの例と作り方を書きますが、その前に、次の記事をご覧ください――
以下では、この記事を前提にして書いていきます。
また、念のため、もう一度 先の記事を載せます――
この記事では “接着語法” を “対照性” としているのですが、その対比・対照は音楽や美術等の他芸術でも行われていて、諸芸術が目指す一つの真理である、という風に書きました。(カラヴァッジョがその一つの究極です。) そして、『笑芸』なる「笑いの文学」も目指さねばなりません。
また、『笑芸』なる「笑いの文学」は、基本的にはこの記事のタイトルの精神です。
*
では、まずは “接着語法” の例を本作から挙げてみます――
「Fat・16」の〈結跏趺坐をするヴァイオリン〉〈鬱屈とした乳房の微笑みは轟音を立てて〉〈極彩色の花しかない無〉、「17」の〈慇懃におしっこをするプリン〉〈涅槃ハイヒール〉〈涅槃バニーガール〉〈血の滴るサファイア〉、「18」の〈律儀な正方形のうんこ〉、「19」の〈ティラノ・ティラミス〉、「20」の〈美しい手淫〉、「22」の〈超星・ベガをするひよこ達〉等です。たくさん使っています!
簡単に説明できるものでは、〈血の滴るサファイア〉でしょうか。これは、「血」=液体 ⇔ 「サファイア」=固体 という対比・対照です。また、生物 ⇔ 無生物です。もう一つ、赤 ⇔ 青という対照性もあります。合計3つの “対照性” によって この “おかしさ” となっています。
もう一つ説明してみましょう。〈結跏趺坐をするヴァイオリン〉ですが、これは「結跏趺坐」=東洋 ⇔「ヴァイオリン」=西欧という対照性です。また、漢字 ⇔ カタカナという字面の対照性も作っています。
同様のものに、〈涅槃ハイヒール〉〈涅槃バニーガール〉があります。これらも「涅槃」=東洋 ⇔「ハイヒール・バニーガール」=西欧という対照性です。そして、「涅槃」=無欲 ⇔「ハイヒール・バニーガール」=性欲という対照性。また、ここでも漢字 ⇔ カタカナという字面の対照性を作っています。そうして、この “おかしさ” です。
他のものも大体このように説明できるのですが、一音・一文字単位での “対照性”・“構成” を知りたい・求めたいという方は、ぜひ次の記事をご覧ください――
また、こちらのマガジンもどうぞ――
*
『笑芸』なる「笑いの文学」には “接着語法” は絶対に必要であり、最も目指されるものなので、ファトラジーを作りたい方はぜひ参考にしてください!
“言葉のコラージュ”
「言葉のコラージュ」とは?
ここから、僕が作品(ファトラジーも含め)を作る際に行なっている “言葉のコラージュ” について書いていきます。
その前に、中世のファトラジーは「言葉のコラージュ」で作られた可能性があります。最初のファトラジー記事にも載せたのですが、もう一度 引用します。アンドレ・ブルトン『黒いユーモア選集Ⅰ』(河出書房新社、山中散生・窪田般彌・小海永二ほか訳、2007年)中の「ルイス・キャロル」の章の訳注1(p.228)からのものです――
《fatrasies》――fatras(がらくたの山積み)の派生語。中世の、つじつまの合わぬ、あるいは理窟に合わぬ詩で、格言や諺などを繫ぎあわせて作ったものであり、諷刺的な暗示がそのなかに含まれている。
「格言や諺などを繫ぎあわせて作ったもの」とあるように、言葉を継ぎ接ぎ(=コラージュ)してファトラジーは作られたそうです。そうして、「つじつまの合わぬ」「理窟に合わぬ詩」となったそうです。元詩〈死んだ鮭が ~〉が言葉のコラージュで作られたという証拠・文献は無いのですが、その可能性は高いと思います(あの感触から)。
また、僕は元々 “言葉のコラージュ” で作品を作っていたので、ファトラジーとは非常に相性が良いです。そのため、以下でその方法について書いていきます。
簡単な例と作り方
その “言葉のコラージュ” の簡単な例と作り方を挙げます。まずは、僕の作品例(子供向け)から――
オランダのベランダで
むちむちの無知の鞭と
猿の刺さるサルサ(ソース)は
スパイのスパイク(シューズ)をスパイク(バレーボールの)し
ガボンのガガンボと
ハム(スター)をはむはむ喰むハムは
知り合いの白アリの尻歩く
これらは ある自作から継ぎ接ぎして作ったのですが、その元作がこちらです――
子供向けの言葉遊び集《だだぁ・ぐぅす》です! そのパロノマジー(=ダジャレ)作品から一節ずつ取って貼り付けました。それをどのように行なったかを示すために、それぞれの元文を上の行の順で挙げます。文頭の数字は当記事中でのパロノマジーの作品番号です。また、コラージュの素材として使った箇所は太字にします――
108:オランダのベランダにランダムに並んだルワンダのパンダの乱打をなんだかんだ喜こんだアナコンダが、黄ばんだ小判を拒んだ五反田にいたんだ。
17:むちむちの無知の鞭。
74:「猿野(さん)の猿の刺る然るサルサ(ソース)と、サルサ(ラテン音楽)で去るさ……」
83:スパイのスパイク、スパイク(バレーボールの)し、スパイスと酸っぱいパイいっぱい食う!
89:ガボンのガガンボと忘我の棒が、母岩(色々な岩石の元になる岩石)にボーガン(を撃つ)。
12:ハム(スター)をはむはむ喰むハム。
81:シリアのシリアスなシリアル、知り合いの白アリの尻歩く。
このように、ある文章から一節ずつ取って継ぎ接ぎしました。〈オランダのベランダで〉めちゃくちゃなことが起こっていますが(P・ブリューゲルの《ネーデルラントの諺》みたい?)、これがとても簡単な “言葉のコラージュ” の方法です。(そして、いつか子供達にも教えます。)
今作は子供向けとして、分かりやすい・説明しやすいように、また、文章・文法として自然になるように作ったのですが、皆さんがやる際は、ぜひ ご自身の素材(言葉・文章)を用意して、好きなようにコラージュしてください!
念のため、これらは以下の記事にも載せています――
本作から ~パロノマジー・ファトラジー~
同様に、本作の「Fat・19」でも行なっています。まずは、その全文を以下に載せます――
Fat・19
疾走して失踪した質素な始祖鳥のチョリソーとチェーンソーと
ふしだらな斑の真鱈の曼陀羅と
ティラノ・ティラミスとミス・ティラミスと
擦れたタレスと廃れたレタスと
サバサバの鯖を捌く砂漠を裁く貘と
5階の碁会で五戒と五悔を5回 誤解したゴカイと
衒学的な北京ダックの厳格な《幻覚 四重奏曲》を揉むモノリス
この中の4行目の〈擦れたタレスと廃れたレタス〉と5行目の〈サバサバの鯖を捌く砂漠を裁く貘〉と6行目の〈5階の碁会で五戒と五悔を5回 誤解したゴカイ〉は、《だだぁ・ぐぅす》から取って来ています。
また、各行でパロノマジーを展開しています。1行目は〈疾走して失踪した ~〉と[しっそ]音で、2行目は〈ふしだらな斑の ~〉と[まだら]音で、3行目は[ティラミス]音で、6行目は変則的ですが〈衒学的〉を[ペキンダック]と[げんがく]という方向へ、と、全行をパロノマジーにしてみました。(全7篇の中で変化をつけるためにも。) そして、この「19」を「パロノマジー・ファトラジー」と名付けることにしました。これらの1・2・3・6行目の文章も元々あったもので、それをまとめてコラージュしました。
ちなみに、くろいるすけ さんは「アナグラム・ファトラジー」を開発されました!
〈バナナの叩き売り〉を主題にしてアナグラムを7つ作り、それを繋ぎ合わせしてファトラジーにされました! しかも、それを朗読されています! 言葉遊び愛好家・くろいるすけ さんの素晴らしい発明です! ぜひご覧ください!
※くろいるすけ さんは普通のファトラジーも素晴らしいです。シュルレアリスムの世界を感じます。ぜひ読んで、「ナイス・ファトラジー!」(きのころ さんの言葉)と言ってあげてください!
※念のため、もし僕のパロノマジー・ファトラジー「Fat・19」を朗読や音声録音したいという方がいましたら、ぜひどうぞ! その際は引用もOKなので、全文 掲載して頂いて構いません!
本作から ~別例~
もう一つ例を挙げます。「Fat・16」で、全文を載せます――
Fat・16
結跏趺坐をするヴァイオリンの
鬱屈とした乳房の微笑みは轟音を立てて
二律背反の産卵銃で
月を刺身にして
ダークマターと焼きとうもろこしのように仲の良い液状化ペンギン達は
月を殴った極彩色の花しかない無のフーガによって
新しい母音を増やし続けている
これも1~7行目のほとんどは元々あり、それをコラージュしたものです。他にも、「17」や「18」や「22」の各行のほとんどはすでに組まれていたもので、それらを語や質に偏りの無いように配置しました(変化やクライマックスも作りつつ)。
僕は作品を作る前(=コラージュする前)には使う素材をすべて書き出しているのですが、以下でそれをお見せします――
ファトラジー素材集
今回の制作で使用した素材集= “ネタ帳” を、画像で3枚 載せます。画像中の形式としては、「FAT・1」~「7」(これは便宜的な数え順)です。また、2段組で、大体は1行ごとに書いています。今回は赤字が多いですが、黒字のものよりは優先的に使おうと思っていたものです。簡単なメモや断片的なものもありますが、ご了承ください。なお、最終的に使用しなかった(できなかった)ものもあります。どんな感じになっているかを眺めるだけでもいいですが、以下に載せます――



※これらの画像や画像中の文章の著作権は私・初代王天君にあります。無断での使用はご遠慮ください。
大体はこんな具合になっています。このような文章をそれぞれコラージュして、一つの詩にしています。
しかし、これらは赤字=優先的に使おうと思っていたもののみで、そうでないもの=黒字のものは、他に20枚ほどあります。“言葉のコラージュ” は素材を大量に使うので、それくらいは用意しなければなりません。
“言葉のコラージュ” の苦悩
これらの文章がその順番のまま完成形になったわけではなく、きちんと配置していますが、それも大変で、色々と悩むものです。それがどんな具合になっているか、その痕跡をお見せします。次の写真は、先の1枚目の PDF を紙に印刷して、ペンで線・矢印を引いたり丸で囲んだりしたものです。ペンによる文字は僕以外には読めませんが、雰囲気だけを見て頂けたらと思います――

こんな具合で、使いたい素材をなるべく多く・万遍なく使えるように、また、どの順番で並べたら一番 良く まとまるか(或いは、おかしいか)、試行錯誤しています。
先述の20枚ほどの黒字素材から赤字素材を選び、その赤字素材をさらに選んで並べたのですが、それまでに何日か掛かっています。“言葉のコラージュ” を本気でやると、物凄く大変なのです。
※しかし、皆さんは気楽にやって頂いていいですし、それは非常に楽しいものです。好きな言葉を集めて、好きな言葉の組み合わせを愉しんでください! 好きな言葉で好きな風にコラージュしてください! あなただけの作品になります!
僕のネタ帳・1
これらは今回のものですが、或る本を書いた時はもっと大変でした。僕は基本的に手書きが良いのですが、手書きでルーズリーフに書くと、こうなります――




かなりぐちゃぐちゃになりますが、仕方ありません。また、こういったものが裏表の両面に書かれています。
そして、或る本を書いた時には、このようなものが100~200枚ほどになりました――




僕が本を一冊(コラージュで)書こうとすると、これくらいは必要になります。が、その本は、これでも全体の3分の1にもなりませんでした。“言葉のコラージュ” は本当に大量に素材を使います。
が、手間暇は掛かりますが、品質は確実に良くなるので、安定的に良い作品を書くなら これが一番いい、と僕は思っています。
※今回、新作ファトラジーを作るにあたり、(素材集めも兼ねて)これらを読み返したのですが、何日も掛かりました。
僕のネタ帳・2
しかし、紙に書き出す前には、多くの場合、スマホにメモをしています。僕は Google の「keep」というメモを使っているのですが、その画面を3枚 載せます。今回のファトラジーで使った素材もあったりしますが、ご興味に合わせて眺めてみてください――



※これらの画像や画像中の文章の著作権は私・初代王天君にあります。無断での使用はご遠慮ください。
これだけでは分からなかったり面白くないかもしれませんが、こんな具合で単語や文章を書き留めています。また、それらはどこかで見聞きして面白かったり心に残ったりしたものや、ふと(?)思い浮かんだものです。何か少しでも良いと感じたら、とにかく書き留めています。
その量も相当になり、スクロールしてファイルの一番下へ辿り着くのも大変なくらいです。そして、いくつもの keep メモで文字制限に達し、それ以上は入力できなくなったりします。こんな具合で表示が出ます――

「このメモの文字数制限に達しました。
新しく追加するには、文字をいくつか削除してください。」
しかも、1つのファイルだけでなく、いくつものファイルで「文字数制限 警告」が出ます。もちろん純粋に素材だけのメモではなく、その作品構想やテーマ等も書いているのですが、こういったファイルが何十もあります。(全体のファイル画面でも、スクロールして一番下へ到達するのが困難なほどです。)
こんな具合で、兎にも角にも書き留めています。“笑芸家” は “ネタ帳” が命です。
「言葉のコラージュ」の試作
試しに、上に挙げた keep メモの4つの画像中の素材を使って、コラージュしてみましょう。ここでは そこまで深く考えずに、簡単に・スピーディーにやってみます――
寝惚けた全知全能のわかめによれば
宝石をゴミのように捨てる齧歯類達は
地盤沈下型の肺を持ち
健気なアポトーシス詩やソーダ割りの独我論によって
仮面を喰うゴリラ達と
つぶ貝のクリスマスを湯掻く
ファトラジーの出来上がりです!
これは5分くらいで(即興的に)組んだものですが、“言葉のコラージュ” でやると、これくらいには成ります。
そして、お気付きになると思いますが、また、逆説的になりますが、“言葉のコラージュ” で重要なのは、素材です。継ぎ接ぎするには素材が必要です。その素材を作らねばなりません。しかし、どうやって?
デペイズマン=“大喜利”
【問い】
そのコラージュ素材の作り方で一番 良いのは、“デペイズマン” です。先述の通り、デペイズマンとは、「本来あるべき場所にないものを出会わせて異和を生じさせること」「意外なものや かけ離れたもの同士の結合・組み合わせ」です。
ここで、あなたに問います――
語〈全知全能〉の後に続くと意外な言葉は何でしょうか?
そして、この問いを次のように言い換えてみます――
「全知全能の ~」の〈~〉に語を入れて、面白くしてください。
デペイズマン=“大喜利”
この問いは “大喜利” そのものですが、こういう風にも言い換えることができ、シュルレアリスムの “デペイズマン” = “大喜利” として捉えることができます。
なお、今回は僕は〈全知全能のわかめ〉としたのですが(他作では もっと別の答え)、皆さんは どんな語を入れますか? ぜひ考えてみてください。そして、コメント欄で教えてください!
他にもお題を出してみましょう――
「ソーダ割りの ~」の〈~〉に語を入れて、面白くしてください。
これもぜひ考えてみてください!
ちなみに、僕は先の試作では〈ソーダ割りの独我論〉としたのですが、このお題では色々と考えていました。先の keep メモの2枚目に載っているのですが、次のような候補がありました――
弁証法、心肺停止、心拍停止、刑法、訃報、夢枕、魏志倭人伝、ブラジル人、瞬き、ドッペルゲンガー、正常位、騎乗位、松葉崩し、鵯越え
これらは試作的ですが、また、〈独我論〉が一番 良いというわけでもないですが、皆さんは どんな語を入れたら “一番 面白い” と思いますか?
他にも お題を出してみると、「激烈な ~」「慇懃な ~」「瀕死の ~」「地盤沈下型の ~」「~ するサーベルタイガー」「~ するマカダミアナッツ」「つぶ貝の ~」「規則の無い ~」「語源の不明な ~」「ブランデーのような ~」「~ に ~ を捧げる」「~ を劈く ~」……
これらは すべて先のメモにある句ですが、あれらのメモ・言葉はこのように使用・発展できます。そして、その “大喜利” で出来た句・文章を後でコラージュすればよいのです。(そのため、僕はどんな些細な語でも、また、過酷な状況でも、書き留めています。)
単語でのコラージュ
大喜利の場合は逐一 頭を捻りますが、単語レベルでのコラージュも僕はよくやります。先の keep メモの単語でコラージュしてみると、こんな具合になります――
・瀕死の未確認飛行ブイヨン
・つぶ貝の懺悔
・シンデレラの呪文・呪怨・呪詛
・磔刑にときめく
・カエサルのよだれ
・トリケラトプスを剥く
・賑々しい〈がぶばふす〉
・語源の不明な〈げらんどすらゔぁんヴァッヴァ〉
ファトラジーの予感がしてきましたね!
そして、この中から4句を選んで文章=詩(形式)にすると、こうなります――
つぶ貝の懺悔の後
賑々しい〈がぶばふす〉達は
磔刑にときめく
トリケラトプスを剥く
小さなファトラジーの出来上がりです!
あれらの断片的な語を繋いでいって、このようにも出来ます。(なお、〈がぶばふす〉というのは僕の新造語です。) あれだけ語を出していたら、眺めているだけで自然と結び付いたりもします。(そのようにして出来た句も多くあります。)
そして、それによって出来た句を繋げて一文となり、その文を繋げて一篇となり、その篇を繋いで一章となり、その章を繋いで一冊となります。その根幹・大元・始まりが「単語」です。(本当はその前に「一文字」がありますが。上で挙げたものでは、〈がぶばふす〉や〈げらんどすらゔぁんヴァッヴァ〉。)
繰り返しになりますが、『笑芸』なる「笑いの文学」は “ネタ帳” が命です。皆さん、ぜひ、思い付いたことは何でも書き留めてください!
※余談ですが、本作「Fat・17」中の〈血の滴るサファイア〉の着想について。下の話になって恐縮ですが、ある時にトイレでお尻を拭いたら血が付いていたのですが、その血を見て(=お題にして)2~3秒で〈サファイア〉と思い付きました。先述の通り、「血」⇔「サファイア」という “接着語法” =対照なのですが、これは絵画で言うところの「補色」です。それこそ赤を見続けると緑が見えてくるように、いわば「補語」というものが「見える」ようになりました。そして、お尻を拭くよりも前にスマホに書き留めました。笑芸家はそういう人種です。
~好きな言葉の組み合わせを愉しんだらいい~
そうして、デペイズマンでも大喜利でもコラージュでも、あなたの好きな言葉の組み合わせを愉しんだらいいです。それらの答えや組み合わせは、各人の趣味や嗜好に大きく影響されます(或いは、その人間性が現れます)。そして、各語の選択は各人に依るしかありません。今回は僕の例でしたが、皆さん、ぜひ好きな言葉を組み合わせて お気に入りの文を作ってください!
*
一方で、厳密な言葉の “構成” もあります。次の記事は、四字熟語・〈春夏秋冬〉のアナグラム(文字の入れ替え)の全24パターンの中で どれが一番おかしいかを求めたものです。語・言葉の組み合わせのおかしさを本格的に求めたい方は ご覧ください――
また、何度も挙げましたが、こちらも載せます。ファトラジー(或いは、「笑いの文学」)を書きたい方は絶対にお読みください――
なお、最初に挑戦して頂いた jg1bqz@シニガミレコーズさんのファトラジーにも、批評のコメントを800~900字ほどで行なっています。“ファトラジー賞” が欲しい方は絶対にお読みください――
【ファトラジーの作り方 ~まとめ~】
そうして、ここまで紹介してきたファトラジーの作り方をまとめます――
自動記述
最初に、シュルレアリスムが開発した絶対的な手法・「自動記述」を紹介しました。そして、これを僕が非常に簡単にまとめて、こう言いました――
何も考えないで とにかく ひたすら速く書く
そうして出来た文章は、美しかったり謎であったり面白かったりします。僕は自動記述では書いていないのですが、ファトラジーに挑戦された方の中でも行なっている人がいたので、紹介しました。
また、その中で、素晴らしい作品を書かれた人もいます。(特に、椎葉さん。) しかし、ここでは、自動記述を、コラージュの素材として捻出する手段として行なった みみずくの耳さん(略称:みみ耳さん)の実験を挙げます――
そして、この実験が次のようになりました――
自動記述はこのようにも使えます。ぜひ参考にされてください。
※みみ耳さんはファトラジーを作るべく奮闘を開始されたので、応援してあげてください!
単語のデタラメな羅列 → 文章化
これは、「日本のシュルレアリスト」立川談志 師匠の “イリュージョン” の節で紹介したものです。その文章をもう一度 挙げます――
アラブ、出刃包丁、下手投げ、味の素、国会、内外タイムス、ホームラン、火の用心、ターザン……[…]
このような単語のデタラメな羅列ですが、これを文章化したら、こうなりました――
アラブの出刃包丁を下手投げした味の素が国会中に読んだ内外タイムスには、ホームランを打って火の用心を喚起しているターザンが載っていた。
そして、これを詩(形式)にしたら、こうなりました――
アラブの出刃包丁を下手投げした味の素が
国会中に読んだ内外タイムスには
ホームランを打って火の用心を喚起している
ターザンが載っていた
こうして、ファトラジーが出来上がったのでした。これはかなり使える方法だと思います(名称は無いですが)。ぜひ単語のデタラメな羅列を作ってから文章にしてみてください!
デペイズマン × コラージュ = ファトラジー
“大喜利” で作った句・文を継ぎ接ぎする方法は、僕がよく行なっているため、詳細に紹介しました。そして、多くの場合、デペイズマン × コラージュ = ファトラジーです(これも例を多く挙げました)。
その素材はメモに書き留めたものでしたが、皆さんも何か思い付いたことはすべて書き留めてください! それが貴重なあなただけの作品になります!
*2026年2月1日 追記*
🌙三日月たぬき🦝さんが作られた一行詩を僕がコラージュしたら、素晴らしいファトラジーになりました! そちらも ぜひご覧ください――
*
今回はこの3種類でしたが、他にも “綺想文” の作り方は多くあります。しかし、本記事では書けないので、別の機会に譲ります。
また、多くの方がそれぞれの文章スタイルをお持ちなので、ご自身の書き方も大事にして頂けたらと思います。そして、何度も書いたように、各人が好きな言葉の組み合わせを愉しんで頂けたらいいです。
*ファトラジーの特徴*
最後になってしまいましたが、ファトラジー(元詩〈死んだ鮭が ~〉)の特徴について書きます。
その前に、念のため、元詩を挙げます――
死んだ鮭が
星のめぐりを
罠でとらえたとき
角笛の音が
雷の心臓を
酢につけて食べた
多くの方の応募作を読みながら このファトラジーの特徴を考察していたのですが、大体は次のように言えるかと思います――
・各語・各行に因果関係が無い=デタラメな語・行の組み合わせ
・それによる支離滅裂な展開
・それによる話・筋の解釈の出来なさ・意味不明さ
※本記事ではシュルレアリスム文学を多く紹介したのですが、この詩からはシュルレアリスティックなイマージュ性を完全には抽出できません。
総じて、“ナンセンス” です。しかし、その意味不明性・解釈不可能性が “文学的な深み” ――或いは、“謎” ――へ繋がっているはずです。少なくとも、一読で読み尽くし得ないものであることは確かです(即ち、幾度の鑑賞に耐え得る)。
この詩からは大体このように言えるかと思いますが、皆さんが作る際は、次のことだけを目指したらいいです――
ただ意味不明な言葉の組み合わせを愉しむ
これだけで良いです。
そして――
おかしければ良い
ファトラジーは “笑芸の詩” なので、目的・目標は笑い・ギャグであり、 “(言葉による・言葉の)おかしさ・おかしみ” です。(また、“不思議さ” や “綺想” 。) それが目指されてさえいれば、問題はありません。(或いは、“笑芸の詩” としてのファトラジーは、それを目指す競技です。)
“コラージュ・シュルレアリスト”
~マックス・エルンスト~
ここまで、僕の作品の作り方として「言葉のコラージュ」を紹介してきたのですが、20世紀のシュルレアリストの中で、芸術の方法としてコラージュを開発した マックス・エルンスト(1891~1976年、ドイツ → フランス)を簡単に紹介します。
巖谷國士 先生のエルンスト評価
シュルレアリスム研究の総大将・巖谷國士 先生のエルンストの評価は最大限に高く、次のように言われています――
アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』(一九二四年)の表現をあてはめれば、マックス・エルンストはコラージュにおいてシュルレアリストである。
そして、こうも書かれています――
二十世紀を代表する画家のひとりであるマックス・エルンストは、少なくとも、コラージュの方法と、それについて語るテキストとにおいて、正真正銘のシュルレアリストだった。
そのエルンストの作品を、次に紹介します――
コラージュ小説『百頭女』
エルンストには「コラージュ小説」と呼ばれる代表作『百頭女』があります。この作品は、当時の大衆的な銅版画を素材にして切り貼りした図版が147点と、それらに付けられている文章から成っています。
その図版-絵画はコラージュで作られたのですが、その文章もコラージュ的であるそうです。そして――
すでにミシェル・ビュトールや大岡信なども指摘しているとおり、『百頭女』のキャプションはそれだけでもじゅうぶんに、一種の「シュルレアリスムの」詩となりえている。
その詩を一つ、引用します――
体のない体がその体と平行に位置を占め、幽霊のない幽霊のように、ある特殊な唾液を用いて、郵便切手づくりの役にたつ子宮を私たちに示す。
これがシュルレアリスムです。
この “綺想” !
そして、こういった文章について、巖谷先生はこう書かれています――
[…]それぞれがなにかしら図版の説明になってはいるにしても、やはり独特の圧縮と結合によって謎性を呈している。これもまた一種のコラージュであり、「言葉の錬金術」なのである。
このように、エルンストの詩は「一種のコラージュ」であり、「独特の圧縮と結合によって謎性を呈している。」 そして、それらを総して「言葉の錬金術」とまで言われています。
コラージュの原初体験
そのエルンストのコラージュの原初体験は、次のようだったそうです――
一九一九年、エルンストの前には、人類学や微生物学や心理学や鉱物学や古生物学などの、実験用品のカタログがありました。たがいに異質に見える図像たちが自然に結びつきあい、不思議な幻覚的イメージをよびおこすありさまに、彼は「観客のように」見入ったといいます。
エルンストの場合は「人類学や微生物学や心理学や鉱物学や古生物学などの、実験用品のカタログ」だったそうですが、僕の場合は、写真を挙げたように、“ネタ帳” =言葉です。そして、「たがいに異質に見える図像たちが自然に結びつきあい」とありますが、僕も素材集を眺めていたら言葉達が自然に・勝手に結び付いたことが何度もあります。そして――
たがいに無関係なもの同士が、ひとつの平面の上で、思いがけない出会いをすること。それはまさに偶然のたわむれ(=遊び)でもあり、驚異と不思議の体験でもあり、ときには運命的な出来事でもあります。
「たがいに無関係なもの同士が、ひとつの平面の上で、思いがけない出会いをすること」、これはここまで何度も書いた “デペイズマン” です。また、ロートレアモンの〈手術台の上での、ミシンと雨傘の偶然の出会いのように美しい〉という句の通りのことです。(僕は偶然性や無意識には依らず、意識的・理性的に構築・構成する方が多いですが。) 要するに――
デペイズマン × コラージュ = ファトラジー
です。
これで良いです。
~小笠原鳥類さんとエルンスト~
ところで、僕のファトラジー募集記事をご紹介して頂いた小笠原鳥類さんの記事のサムネイル画像が、どんなものだったか覚えていますか?
「エルンスト」と書いてあります。また、記事中(やコメント欄)でもエルンストについての言及があります。ぜひ改めてお読み頂けたらと思います。
なお、小笠原さんは『エルンスト』というマガジンも作られています――
現在、132本の記事がまとめられているようです。さらにエルンストについて知りたい方は、ぜひフォローして お読みください!
笑いの文学における
「詩(形式)」と「散文」の違い
ここから、笑いの文学における「詩(形式)」と「散文」の違いについて、書いていきます。
何度も書いた通り、ファトラジーは “笑芸の詩” です。そして、「散文」とは区別しています。もちろん決して散文が悪いというわけではなく、今回は、笑いの「詩(形式)」を創ろう、という試みです。また、応募者の中に混同されている人もいたので、その区別をハッキリさせておこうと思います。
通常の詩の場合
まずは、普通の文学・通常の詩の場合、詩と散文の違いはどのように捉えられているか、挙げます。飯島耕一さんは こう書かれています――
わたしが定型詩を、と言うのは、ソネットとか四行何連とかいった、古い定型詩をとり戻せと主張しているわけでもない。日記や随筆、感想を横書き、分ち書きにしただけで、詩と思い込んでいるのはおかしいのではないかというのが基本のところである。
まず、「定型詩」という言葉が出てきますが、中世のファトラジーは定型詩的であったそうです。しかし、“笑芸の詩” としてのファトラジーは「ソネットとか四行何連とかいった」定型には拘らず、自由に書いて頂けたらと思います。
そして、重要なのが次です。「日記や随筆、感想を横書き、分ち書きにしただけで、詩と思い込んでいるのはおかしいのではないか」。普通の文学・通常の詩はこのように捉えられることもあるようです。
しかし、『笑芸』なる「笑いの文学」はこれに反対します。即ち、「日記や随筆、感想」=散文を「分ち書きにした」ら、「詩(形式)」になります。なる、と言い切ります。それについて、以下で書いていきます――
話芸で言うところの “間”
最初に結論を言います。笑いの文学における「詩(形式)」と「散文」の違いは、話芸で言うところの “間” です。「詩(形式)」にすることによって、“間” を導入したい。これが結論です。以下で、それについて説明していきます。
簡単な例
まずは、簡単な詩例(自作)を挙げます――
ゴリラが
宇宙人に
怒られていた
簡素な3語ですが、このように「詩(形式)」にすることによって、一文一文に “間” を持たせたいのです。皆さんは、〈ゴリラが〉/〈宇宙人に〉/怒られていた〉と、一文一文 切って読んだはずですが、その “間”・“行間” が狙いです。
話芸や音声(舞台でもドラマ・映画やアニメでも何でも)の台詞というものは、すべての語が平坦に言われるわけではありません。ほとんどすべての台詞において、抑揚やアクセントや声量やトーンやテンポや “間” や “タメ” の変化・調整があります。特に名言や名台詞の前では、一呼吸や二呼吸を置くことも多くあります。「詩(形式)」にすることによって、その “間” や “タメ” を文学に取り入れたい、ということです。
なお、上の文は次のようにして「散文」にすることもできます――
ゴリラが宇宙人に怒られていた。
これで「散文」になりました。しかし、最初の「詩(形式)」に較べると、読み心地はどこか素っ気ないかもしれません。「詩(形式)」の場合は、一文一文に重みや引っ掛かりがあったはずです(名台詞のような、とは言いすぎですが)。「散文」の場合はそれらが減少し、さらりと読んでしまいそうです。読者としては、どの語・句に引っ掛かったらいいのか、分からないかもしれません。話芸や音声での台詞なら、平坦に言われてしまっていることでしょう。
“間”・“タメ”・“ヒキ”
もう一度まとめてみます。「詩(形式)」にすることによって、笑いの文学に “間”・“タメ”・“ヒキ” を導入したい、ということです。
“間” と “タメ” は上で説明した通りですが、“ヒキ” とは、小説や漫画の連載等で次の話へ読者を「惹きつける」ための技術・構成です。小説や漫画の連載等では次の話やページまで読者を楽しみにさせねばなりませんが、“笑芸の詩” の場合は、「一行」という単位です。一行ごとに、次の行にどんな句・言葉が来るかを楽しみにさせねばなりません。一行ごとに、次行をワクワクさせる・もったいぶらせる・期待を高める= “ヒキ” を作る、ということが重要になります。
一行(一語)ごとの重み・“言葉の領地”
また、「詩(形式)」=「分ち書き」にすることで、一行(一語)ごとの重みも増してきます。
「重み」については先にも触れましたが、ここでは “言葉の領地” について書きます。
美術理論では「領地」というものが重要だそうですが、これは、絵中で人や物が群がってしまっていると主役・主人公が分からなくなるため、主役・主人公の周りには余白を作るそうです。念のため、『巨匠に学ぶ 構図の基本』(内田広由紀、視覚デザイン研究所、2009年、P.97)から引用します――
領地とは主役の周辺にある余白のことです。領地を広くとると、そこが主役専用の舞台になります。
文学・言葉の場合では、「詩(形式)」にすることによって各行・文に余白=領地を作ることにもなり、それを “言葉の領地” と言うこともできます。
先の例で説明してみます。散文〈ゴリラが宇宙人に怒られていた。〉 では、語〈宇宙人〉が埋もれてしまっています。「詩(形式)」にすると、こうでした――
ゴリラが
宇宙人に
怒られていた
こうして、語〈宇宙人〉に「領地」が作られ、一行・一文・一語を目立たせる・立たせることができます。
僕の本作からも例を挙げてみます。「Fat・18」の冒頭は次のような句でした――
「熊は何曜日ですか?」
そして、この後に4行が続きますが、次の2行はこういったものです――〈という未確認飛行ブイヨンの正しい問いに対して〉〈殴られると睡ることで噂の半魚人は〉。ここで、試しに、これらを「散文」にしてみます――
「熊は何曜日ですか?」という未確認飛行ブイヨンの正しい問いに対して、殴られると睡ることで噂の半魚人は
「散文」の場合では、「熊は何曜日ですか?」の後に即座に文章が続いてしまい、この語が流れてしまいます。それを防ぐため・この語に留まって味わってもらうため、「熊は何曜日ですか?」で一旦 区切りました。そうして、この場面では、この(強い)語・句を主役として立たせています。(皆さん、面白かったでしょう?)
もう一つ、本作から例を挙げてみます。「Fat・17」です――
茜さすグンジャラゴンディ語を話す
誤爆主義のぬか漬けや
理由の無い惑星や
慇懃におしっこをするプリン達の
涅槃ハイヒール――或いは、涅槃バニーガール――は
血の滴るサファイアや
涙で出来た地雷を
酩酊したイ音便の鰐達に売りつける
これは もはや全ての行が主役です。一行一行・一文一文すべてを立たせています。試しに、「散文」にしてみましょう――
茜さすグンジャラゴンディ語を話す誤爆主義のぬか漬けや、理由の無い惑星や、慇懃におしっこをするプリン達の涅槃ハイヒール――或いは、涅槃バニーガール――は、血の滴るサファイアや涙で出来た地雷を酩酊したイ音便の鰐達に売りつける。
過剰修飾ですね!
これはこれで良いのですが(実際、散文作品では このように書いている)、「詩(形式)」には「詩(形式)」なりの味わいがあります。そして、それは各行・各句・各語の “間” であり、強調・味わいです。
僕は一文一文・一語一語が強いので( “大喜利” の積み重ねにより)、その強さを最大限に活かそうとすると、大体はこのようになります。(これもコラージュの結果です。)
また、他にも、「Fat・20」のようなものが あります――
葬式のように美しい
手淫を
これは完全に “間”・“タメ”・“ヒキ” を持たせたもので、結語の〈手淫を〉を立たせています。(僕は「手淫」というものが何かは知りませんが。)
最後に一つ変わったものを挙げると、「Fat・22」の次の文です――
〈げゑぼょぬそちべゅゐ〉という名の「をびぇもぐぁゑっぺるょんゔぉ」や
この文は強烈なので、これだけで立たせました。
このように、「詩(形式)」にすることによって、“間”・“タメ”・“ヒキ” や “言葉の領地” を作ることができます。そして、その味わいが「散文」との違いです。
~区切りの位置による読み方・語の重心の変化~
ここから、区切りの位置によって読み方や語の重心がどのように変化するか、簡単に実験してみましょう。
例として使うのは、前掲の談志師匠のイリュージョン文です。それを「詩(形式)」にしたものは、次のような文でした――
アラブの出刃包丁を下手投げした味の素が
国会中に読んだ内外タイムスには
ホームランを打って火の用心を喚起している
ターザンが載っていた
これは最も自然な分節になるようにしただけですが、色々と区切りの位置を変えてみましょう――
[1]
アラブの出刃包丁を
下手投げした
味の素が
国会中に読んだ
内外タイムスには
ホームランを打って
火の用心を喚起している
ターザンが載っていた
[2]
アラブの
出刃包丁を
下手投げした
味の素が
国会中に
読んだ
内外タイムス
には
ホームランを打って火の用心を喚起しているターザンが載っていた
[3]
アラブ
の
出刃包丁
を
下手投げした味の素
が
国会中
に
読んだ内外タイムス
には
ホームラン
を
打って火の用心
を
喚起しているターザン
が
載っていた
[4]
アラブの出刃包丁を下手投げした味の素が国会中に読んだ内外タイムスには
ホームランを打って火の用心を喚起しているターザンが
載っていた
[5]
アラブの出刃包丁を下手投げした味の素が国会中に読んだ内外タイムスにはホームランを打って火の用心を喚起しているターザンが載って
いた
[6]
アラブの出刃包丁を下手投げした味の素が国会中に読んだ内外タイムスにはホームランを打って火の用心を喚起しているターザンが載って
い
た
各種の区切り方をしてみましたが、いかがですか?
大体の狙いとしては、[1]では各語のまとまりで区切りました。[2]では単語ごとに区切り、結尾だけ長くしてみました。[3]では助詞(〈の・を・が〉等)だけを取り出してみました。[4]では結語の〈載っていた〉だけを立たせ、[5][6]ではそれぞれ〈いた〉・〈い〉〈た〉と、重みを持たせてみました。(分解・解体しようと思ったら もっと出来るのですが、それはキリが無いので止めます。)
このように、「詩(形式)」では区切り方で読み方や語・篇の重心が変わるので、ぜひ様々に試してください!
*2026年4月30日 追記*
散文とは違う「詩(形式)」の独自性について、Xで参考になるポストを見つけたので、引用します。解剖タルトさん という書作品を多く投稿されている方のものです――
作品に美しさをもたらす空白、余白、余韻、留守模様。時間が止まっており、なおかつ、永遠の時間が流れているその場所。
— 解剖タルト (@Sektion_Torte) April 29, 2026
書道も音楽も文学も絵画も、みんな余白、余白がなければなんともならぬ。神は細部に宿り、美は余白に宿る。
このように、解剖タルトさんは「空白」「余白」「余韻」が作品に美しさをもたらすとし、書・音楽・文学・絵画もそうで、「美は余白に宿る」とさえ言われています。
これは非常に示唆に富んでおり、“笑芸の詩” としてのファトラジーにも言えるかもしれません。Web 記事では表現が難しいですが、紙本でなら必ずや その「空白」「余白」「余韻」が威力を発揮することでしょう。(僕は常に紙本を意識しています。)
*
2026年4月23日にも、「詩(形式)」の参考作品を書きました。前掲の椎葉さんの『脳洗浄』の文章をコラージュして散文と詩作品を作りました。それぞれ内容は同じなので、「散文」と「詩(形式)」の違いがよく分かるはずです。また、構成法や「詩(形式)」の独自性について詳細に書いたので、ぜひ参考にしてください――
“文学におけるマニエリスム”
『笑芸』の理論的な “聖書”
最後に、グスタフ・ルネ・ホッケ著『文学におけるマニエリスム―言語錬金術ならびに秘教的組み合わせ術―Ⅰ・Ⅱ』(種村季弘 訳、現代思潮社、1971年、1977年)を紹介します。
先述の通り、アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』が『笑芸』なる「笑いの文学」の “新約聖書” でしたが、ホッケの『文学におけるマニエリスム』は理論的な “聖書” です。僕はこの本からも大きな影響を受けており、自分の制作に取り入れています。(僕の自己紹介文にも「系譜」として書いてあります。)
例えば、当書から得たものに「類音重畳法」というものがあります。この語・概念は、子供向けの言葉遊び集《だだぁ・ぐぅす》で使用しており、この語・概念が無ければ《だだぁ・ぐぅす》は成立していませんでした――
※パロノマジーを「類音重畳法」と訳されたのは おそらくは訳者の種村季弘 先生だと思いますが、名訳です。が、日本でこの語をまともに使っているのは、多分 僕だけだと思います。当書でも4回しか使われていませんが……(p.60,93,309,333)。
また、何度も書いた通り、僕はファトラジーを「綺想詩」と訳したのですが、当の「綺想」という言葉は、この『文学におけるマニエリスム』から得たものです。
そういった事情のため、最後に、簡単にこの本を紹介します。
G・R・ホッケ著『文学におけるマニエリスム』
グスタフ・ルネ・ホッケ著『文学におけるマニエリスム―言語錬金術ならびに秘教的組み合わせ術―Ⅰ・Ⅱ』(種村季弘 訳、現代思潮社、1971年、1977年)は全2巻で、第Ⅰ巻が350ページ、第Ⅱ巻が282ページという大著です。

右が第Ⅰ巻、左が第Ⅱ巻。
簡単すぎる書評
かなりの大著であるため ここでは書きれないので、非常に簡単にまとめてみます。また、本記事はファトラジーについてなので、ファトラジー作りに活きるように まとめてみます。
特に第Ⅰ巻についてですが、その350ページを費やして「綺想」を讃美しているだけです。それだけの本です。
「綺想主義・綺想(綺想体)」という語を第Ⅱ巻の索引で探してみると、第Ⅰ巻には次のページに載っているそうです――
8,68,122,127,133,147,152,198,200,205,218,220,224,242,245,262,268,274~277,289,292,296~310,312,316~318,320,322~323,327,336~339,342,344,348~349
この通り、一冊を通じて永遠に「綺想」という言葉が使われています。永遠に「綺想」を讃美しているだけです。
「綺想」とは?
では、その「綺想」とは どんなものか?
当書は主に16~17世紀のイタリア・スペイン・イギリスのマニエリスト達の紹介なのですが、イギリスではシェイクスピアが代表とされています。(イタリアではジャンバッティスタ・マリノ、スペインではルイス・デ・ゴンゴラ。) もちろん、20世紀のシュルレアリスト達も多く取り上げられています。
その一例を挙げてみます。ジャンバッティスタ・マリノの「マリノ風の極致」(第Ⅰ巻、p.236)として、次の句が紹介されています――
兜から夏が泡立つ
僕はこの句は物凄いと思うのですが、今回は書けません。( “形而上的綺想” という名称だけ挙げておきます。) しかし、本記事で多く紹介してきたシュルレアリスム文学と近しいことは感じて頂けると思います。
「綺想」という言葉の使用例
詩・文学的な句としては そのようなものですが、「綺想」という言葉自体がどのように使われているか、そのいくつかを紹介します――
修辞学の比喩はひたすら〈綺想体の美〉のための手段にすぎぬ、とB・グラシアンはいう。
グラシアンは〈近代的な書き方〉moderno escrbir を特色づけるために〈綺想する〉という動詞を用いる。
〈新しい〉ロシア抒情詩の鼓吹者の一人たるソロヴィヨフは、シェイクスピアやエドワード・リアの意味でナンセンスに従事したさるロシアの結社の一員であった。そこでは言語遊戯、技巧的な隠喩、大胆不敵な綺想体がこの上なく好まれた。
G・M・ホプキンズの詩「斑の美」には典型的な矛盾形容法による完璧な隠喩 ‐ 綺想が見られる。
綺想風の書き方とは〈結合の術〉 maniere di legamento を意のままに操ることを意味する。[…]マニエリスム的に詩作するとは言葉の結合技術にこのうえなく習熟すること、消息に通じた、精神的に断乎たる詩作をおこなうことを意味する。
綺想主義はノヴァーリスのいわゆる〈結合の術〉でもある。
マニエリスム文学のもっとも凝縮された、もっとも完成した、もっとも切望された形式は〈綺想体〉である。文学的マニエリスムは綺想主義文学のうちにその至高の達成を見る。
〈綺想体は〉、とボードレールは判定している、〈一個の傑作である〉。
これらは ほんの一例ですが、このように、猛烈な愛と情熱を持って “綺想” を讃美しています。そして、マニエリスム文学の最高峰が “綺想” だとも言われています(p.296)。また、「結合の術」と出てきますが(p.67,298)、これは本記事でデペイズマンやコラージュとして行なっていたものでもあります。p.198の引用には「矛盾形容法」と出てきますが、これは “接着語法” のことであり、『文学におけるマニエリスム』でも(綺想の究極・最上級として)讃美されています。
また、ここには挙げませんでしたが、「驚異」という言い方がされることも多く、それはブルトンの言う「不可思議」と同種のものです。英語では wonder ですが、これは『不思議の国のアリス』の wonder です。
『文学におけるマニエリスム』では、このように “綺想” という言葉が使われています。
“文学におけるマニエリスム賞”
僕はそのうち、自分の名前の付いた笑いの文学賞―― “初代王天君 賞” ――を創ろうと思うのですが、それと同時に、“文学におけるマニエリスム賞” というものも創ろうと思います。
詳細は現在 構想中ですが、上の引用のような “精神” と “技術・技芸” ―― “言葉の建築術” ――を持った作家・作品に贈ろうと思います。
文学における “綺想の系譜”
そうして、『笑芸』なる「笑いの文学」は、文学における “綺想の系譜” に連なろう、と思います。
最後に、高山宏さんの「マニエリスム,今日は ’90年代のマニエリスム」から引用します――
要するに問題はロマニスト、グスタフ・ルネ・ホッケの「事件」としか呼びようのない二冊のマニエリスム論、『迷宮としての世界』(1957)と『文学のマニエリスム』(1959)が1950年代後半から70年代初めにかけて持ち得たショックの質と破壊と夢とをちゃんと「継承」し得ているかという問いに尽きるように思うのである。
※例によって、この『文学におけるマニエリスム』もマイナーなものです。note でも書いている人は少なく、note で「#文学におけるマニエリスム」というタグを作ったのは、僕です。また、現在の時点で、このタグを使っている人は僕しかいません。僕はそんなことしか していない……。
おわりに
長くなりましたが、本記事は以上です。何やら色々と書いていたら3万8千字を超えたのですが、これだけ書いたのだから、皆さんもファトラジー[綺想詩]を作れるようになったと思います。(作れない、とは言わせません。)
本記事では、主にシュルレアリスム文学・芸術の紹介と僕の新作ファトラジー7篇と作り方の解説をしました。まとめは要所要所で行なったので、ここではしません。適宜・興味に合わせて読み直し等して頂けたらと思います。質問やリクエストや批判や悪口や罵詈雑言 等ありましたら、コメント欄でお願いします。
しかし、最低限の まとめ としては、ファトラジーは――
好きな言葉の組み合わせを愉しんだらいい
ただ意味不明な言葉の組み合わせを愉しむ
です。
或いは、こういう言い方もしてみましょう――
デタラメに言葉を紡いでください。
そして――
ファトラジーは “笑芸の詩” なので、目的・目標は笑い・ギャグであり、 “(言葉による・言葉の)おかしさ・おかしみ” です。また、“不思議さ” や “綺想” です。それらが目指されてさえいれば、問題はありません。
ということで、皆さん、ぜひ たくさんファトラジーを作ってください! そして、ファトラジー[綺想詩]という語・概念を正しく広めて、“ジャンル” として定着・確立させてください! 20世紀のシュルレアリスト達が発掘したファトラジーを21世紀の日本で再興させましょう!
この記事も紹介・拡散してください!
そして、皆さんが迷いなく・上手にファトラジーを作れるようになったら、綺想を競う「ファトラジー大会」を開催しましょうか。ぜひ素晴らしい “綺想家” になってください!
#ファトラジー
#綺想詩
#無心所著歌
#綺想歌
#ひとファト行こうぜ
#ナイスファトラジーしてみて ♡
( ↑ くいたろう さんが作られたタグです!)
*
“21世紀 日本のシュルレアリスト”・椎葉さんの『脳洗浄』も買って読んでください! 僕は5冊 買います💗💗💗💗💗
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