『Fatrasie ~綺想詩~』(無料お試し版)
死んだ鮭が
星のめぐりを
罠でとらえたとき
角笛の音が
雷の心臓を
酢につけて食べた
「fatrasie」について
皆さんは「fatrasie」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 聞いたことがあるという人は、多分ほとんどいないと思います。ネットで検索してもそこまで詳しい情報はありません。数少ない専門的なものでは、ジョルジュ・バタイユ(20世紀最大の理性批判者)がファトラジーを翻訳していた、というものがあります。しかし、本として、また、タイトルに付けられているものは販売されていないようです。ギリギリ見つかり購入したものでは、『ジャック・プレヴェール詩集 Fatras』(中込純次訳、書肆青樹社、1998年)と織田正吉先生の『日本のユーモア1 詩歌篇』(筑摩書房、1986年)中の「Ⅰ 万葉びとの笑い 4 嘲笑歌とファトラジー」がありますが、これら以外にはほぼ見つかりません。Amazonでも日本語のものは無く、フランス語版の新品は3万円とか5万円とかの値段です(!)。
そんなファトラジーですが、さすがは我らが note で、書いている人がいました。にぅま さんという方で、以下の記事です――
引用している詩・箇所も僕が題辞に挙げたものと同じで、引用文献も同じです。この にぅま さんの記事については後述しますが、日本でファトラジーについて書いてある本は、高橋康也先生の『遊びの百科全書① [言語遊戯]』がほぼ唯一です。そして、当書からファトラジーについて引用します――
[ファトラジー]fatrasie
でたらめうた。「雑然たる堆積」という意味の fatras から派生した。十三世紀末にフランスで流行した支離滅裂な、一種のナンセンス詩。
この後に冒頭の詩が挙げられ、こう続きます――
もっとも、場合によっては、ナンセンスのかげに、われわれにはわからない当時の世相や権力者への手の込んだ諷刺がこめられているのかもしれない。詩人としては、フィリップ・ド・ボーマノワールの名前だけが残っている。
こうあるように、ファトラジーとは「でたらめうた」「ナンセンス詩」です。これらは「十三世紀末にフランスで流行した」そうで、「当時の世相や権力者への手の込んだ諷刺」として作られた可能性があるようです。そのため、おそらく民衆によって匿名で作られ、「詩人としては、フィリップ・ド・ボーマノワールの名前だけが残っている。」
しかし、当書以外にもファトラジーについて書いてある本があります。それは、アンドレ・ブルトン『黒いユーモア選集Ⅰ』(河出書房新社、山中散生・窪田般彌・小海永二ほか訳、2007年)です。その「ルイス・キャロル」の章の訳注1にこうあります――
《fatrasies》――fatras(がらくたの山積み)の派生語。中世の、つじつまの合わぬ、あるいは理窟に合わぬ詩で、格言や諺などを繫ぎあわせて作ったものであり、諷刺的な暗示がそのなかに含まれている。
この本には詩例は挙げられていないのですが、新情報があります。それは、「格言や諺などを繫ぎあわせて作ったもの」です。これを基に考えると、ファトラジーは “言葉のコラージュ” と言えるかもしれず、作る際の参考(方法論)になるかもしれません。
※2025年11月27日 追記
僕の「ファトラジー募集記事」を詩人・小笠原鳥類さんに ご紹介して頂きました――
僕は先に、「日本でファトラジーについて書いてある本は、高橋康也先生の『遊びの百科全書① [言語遊戯]』がほぼ唯一です。」と書いたのですが、これは正しくありませんでした。
小笠原さんによると、アンドレ・ブルトン/ポール・エリュアール編『シュルレアリスム簡約辞典』(江原順 訳、現代思潮社、初版1971年6月、第二版第一刷1976年4月、第二版第二刷1990年6月25日)の 11 ページにファトラジーが載っているそうです。当書は僕も持っているので確認してみると、次のように載っていました――
FATRASIES ファトラジイ――13世紀につくられた辻褄のあわない詩 ファトラジイは,大抵無名である.例「死んだ鮭が/星のめぐりを/罠でとらえたとき/角笛の音が/雷の心臓を/酢につけて食べた……」.
確かに載っていました。ファトラジーについて この本のことを失念しておりました。小笠原さん、教えて頂き ありがとうございました。また、一記事の制作というお手間を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした。“笑芸の詩” としてのファトラジーは、デペイズマンとコラージュで作って参ります。
『Fatrasie ~綺想詩~』について
日本ではほとんど知っている人がいないであろうファトラジーですが、シュルレアリスム関連の文献にはたまに出てきます。そして、シュルレアリスムの法王A・ブルトンはファトラジーを「最も美しいもの」と評していたそうです。また、先述の通り、彼等と近い位置にいた思想家G・バタイユも訳していたそうです。そのファトラジーを、僕は『Fatrasie ~綺想詩~』として一冊の本にしようと思います。
副題の「綺想詩」についてですが、ファトラジーは「でたらめ詩」や「がらくた詩」と訳されることもあるのですが、これはややネガティブです。そこで、冒頭の詩〈死んだ鮭が ~〉の魅力・魅惑性を最大限に肯定できるように、「綺想詩」と僕が勝手に名付けました。ちなみに、先にもリンクを貼った大木 勲先生の「ジョルジュ・バタイユによる民族誌学、考古学、神秘思想をめぐる考察とファトラジー翻訳—回収と改編、価値観の再検討」では「夢想詩」ともされています。また、僕の《だだぁ・ぐぅす》にもファトラジーの巻を入れようと思っており、そこでは子供向けとなるため、簡単な訳として『ふぁとらじ~ ~とっても不思議な詩~』としようと思っています。
先述の通り、日本ではファトラジーの本が出版されていないようなので、僕が出したら「日本初のファトラジー本」になります。西欧のファトラジーは13世紀以降忘れられ、20世紀にシュルレアリスト達が発掘したそうですが、それを今度は僕が、21世紀の日本で復活・再興させたいと思います、“笑芸の詩” として――。
さて、長くなってしまいましたが、次段落から作品になります。今回は無料お試し版ということで、15篇の掲載です。完成版(販売作品)では100~200ほどになると思いますが、価格は未定です。なお、各篇には「Fat・~」と番号を付けます。今回は便宜的な順番ですが、Fat・1 は冒頭の〈死んだ鮭が ~〉を模倣して作ったものです。一篇の長さも大体このくらいを予定していますが、中・長編にもなるかもしれません。今回はまだ試作的なものですが、『Fatrasie ~綺想詩~』をどうぞ――
Fatrasie ~綺想詩~
Fat・1
シナプス日和の庭で
六匹の夜中が
金縛りを磨り減らす
ナイフを産む卵もまた
宇宙を閉じた
Fat・2
炎で髪を洗うもち
の時計は溶け
左利きのトイレが
ラベンダーで出来た迷宮で
トランペットを吹くと
石の泡が
進化した
Fat・3
442年振りに復活した
鰐畳学派は
エリマキトカゲに
禁錮八千年を言い渡した
エリマキトカゲは
豚の鼻にはちみつを掛けて
その豚を弱らせて
遊んでいる
Fat・4
ビッグバンを「神の屁」とするならば
「神のくるぶし」は
何だろうか?
Fat・5
オレンジのように青い地球は
緑よりも赤い黒以上に白い
のは
最高に美しい
Fat・6
惑星直列やピッキングツアーを欲する
シーラカンスの薬指は
密告兵器のように気取り
けたたましく
胸に
〈ナポレオン〉という名の
逆光を巻き付けた
Fat・7
美しくて汚い
或いは
汚くて美しい
A・真珠
Fat・8
ぐずついた
ペリカンの照りつける
仮面の滴る
冬のヴェネツィアで
睡眠薬自殺をした
誰か
Fat・9
虹色の
奇跡が
咲いている
天空の神殿の
〈氷鏡の間〉の
純白銀で作られた女神像の
足元に打ち棄てられた
死神の
死体に
死を振りかける
パティシエの作った
ずんだもちは
安売りされていた
Fat・10
月光葬にされた彼女はそのまま――
Fat・11
羊の水飲み場では
皆
枯山水を飲んでいる
木星から溢れ出る枯山水には水が無く
そこでは誰もが
夢を得た魚だ
Fat・12
〈ケンデレイチン〉
もしくは
〈ケンデミチン〉
もしくは
〈ケンデイミチン〉
もしくは
〈ケイゼンミンチン〉
という名の
ケンデミンチン
Fat・13
波間に靴下を脱いだやじろべえは
朝陽を浴びて消化不良になったシュザンヌと延長して
オマール海老を鞭で打つ
Fat・14
教会でゴーギャンは
大動脈に梨とヒエログリフを当て
雨蛙は
おざなりに
組曲をその口実とした
Fat・15
曜日廃止論者である
平行四辺形とラザニアが
晴れたエビ達と戦闘機で贖罪すると
一匹の脳は
83世紀で
プパァイパァーした
『Fatrasie ~綺想詩~』(無料お試し版)は以上です。いかがだったでしょうか?
現在のところ、こういったものを100~200ほど作る予定です。また、以下のようなものも入れるかもしれません――

これは「未知の文字」ですが、こういったものはお好きでしょうか?
先述しましたが、20世紀のシュルレアリスト達が発掘したファトラジーを、僕は21世紀の日本で “笑芸の詩” として復活・再興させたいと思います。(笑いの文学における「散文」と「詩」の違いについては、またいつか書こうと思います。)
日本のファトラジー ~無心所著歌~
ついでに、日本のファトラジーも紹介します。
日本でのファトラジーは「無心所著歌」という名の和歌だそうです。これについて書いてあるのは、前掲の織田正吉先生の『日本のユーモア1 詩歌篇』中の「Ⅰ 万葉びとの笑い 4 嘲笑歌とファトラジー」と、河出書房新社『ことば読本 ことば遊び』(1990年)です。なお、この二冊にも冒頭の〈死んだ鮭が ~〉の詩が載っているのですが、両書とも引用元は高橋康也先生の『遊びの百科全書① [言語遊戯]』なので、やはりこの本が大元のようです。(で、かなりオススメです。) その無心所著歌は以下のものです――
○我妹子が額に生ふる双六の牡の牛の鞍の上の瘡(『万葉集』巻十六)
(大意――わが妻の額に生えている双六盤の、逞しい雄牛の鞍の上のできもの)
○わが背子が犢鼻にする円石の吉野の山に氷魚ぞさがれる(同右)
(大意――わが夫がふんどしにする丸い石のある、吉野の山中に鮎の稚魚がかかっている)
前首では、〈双六盤〉が〈妻の額〉から生えていたり、その〈牡牛の鞍の上〉に〈できもの〉ができていたりと、ナンセンスです。後首では、〈丸い石〉が〈ふんどし〉にされたり、その丸い石がある〈吉野の山中〉に大阪・宇治川の名物〈氷魚〉(鮎の稚魚)がいたりと、これもナンセンスです。
「無心所著歌」は「心の著くところなき歌」という意味だそうで(織田正吉『日本のユーモア1 詩歌篇』前掲、p.30)、これらの歌は――
天武天皇の第三皇子で『日本書記』を編纂した舎人親王が側に仕えている者に「意味の通らない歌を詠む者がいたら銭と帛を取らせよう」といわれたとき、大舎人安倍朝臣子祖父が即座につぎの二首を詠み、賞品と賞金二千文をもらったという。
要するに、「わけの分からない歌を作れ」と言われて大舎人安倍朝臣子祖父が先の二首を作ったそうです。そして、褒美をたくさんもらえたそうですが、「意味の通らない歌」が無心所著歌であり、〈死んだ鮭が ~〉と同質のものです。この二首は『万葉集』の第16巻に載っているそうで、日本のナンセンスの歴史は古いようです。そして、それ以降も作られていったそうで、これを特に得意とした流派が延宝期(1673-1681年)の「談林派」だそうですが、それは別の時に書きます。僕もたまに「ナンセンス俳句」を作っていますが……。
おわりに
この無心所著歌についても、先の にぅま さんの記事に書かれています――
僕は note を始める前からこの記事を読んでいたのですが、賛成であったり反対であったりします。その「ナンセンス作文」の説明に にぅま さんは苦戦・混同されていて、「結局 ここで説明してきた ナンセンス作文様式の 名称を ついに 統一する事は 出来なかった」と書かれています。これについては僕は、詩歌人・加藤郁乎の『形而情学』(昭森社、1966年)とか、文学におけるマニエリスムの “形而上的綺想” という名称を挙げておきます。これについては『もし君に脳の電荷を神に手渡し、あなたはどう?』で論理的分析と文学的重要性を書いてありますし、もちろんギャグもやっています(本投稿作でも)。僕はもう全部やってあるので、ぜひ『もし君に脳の電荷を神に手渡し、あなたはどう?』をご覧ください――
※2025年12月23日 追記
新作のファトラジーを書きました! そして、ファトラジーの作り方とシュルレアリスム紹介をかなり詳細に行なっています! 3万7千字を超えた大作なので、ぜひご覧ください!
なお、この記事を書いた理由として、以下の募集記事を書いた後、かなりの人がファトラジーを作って頂いたのですが、皆さん、ファトラジーなる無名の詩に戸惑われていたので、その詳細を伝えるべく制作しました。あなたも次の記事からぜひ挑戦してみてください――
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