見出し画像

自由な想像が、新たな創造をつねる|ファトラジーのあとがき


働いた。
カレンダーは三連休。
わたしは三連勤だ。
いや、それどころじゃない。
前回休んだのは10日以上前だったか。
これは、まぁ通常運転。
そして、noteも書いた。
これもいつも通りだ。

昨日書いたファトラジーが楽しかった。

いったい、言葉ってなんなの。
noteの読み書きしている人は、
みんな考えているだろうなぁ。


音をもっているし、文字面という形があるし、
ことばから受け取るイメージがある。
意味から受け取るイメージ、
形から、音から受け取るイメージがある。

そのすべてが誰かと合致していることなんて
ないのだろうな、と思う。
だけど、大いに共有しているはずで。

ことばって何なの。



ファトラジー。

提唱者の初代王天君さんの記事はこちら

昨日、初めてつくったわたしは、
単語と単語の意味を飛躍させて遊んだ。
楽しかった。

いつもなら組み得ないことばの連なりができて、
できあがりは、唯一無二。一期一会。

意味を飛躍させるということは、なんの脈絡もないわけで。
制約がないから、次に置くことができるのはありとあらゆることば。
その中からひとつを選ぶ、そういう遊びだと思った。


ことばの選び出し方に、
昨日のわたしは音のおもしろさを追った。

すると、おかしな世界がうまれる。

読み手にとっては、ことばは意味の塊だから、
どうしても読んでイメージしてしまう。

つくった方には、その意図がないのに。

意味からは自由になってつくったものが
読む段になると、イメージされる。

そして、イメージは読むその人によって
大きく異なるのかもしれない。

読んだ人の頭にあるイメージを
一緒に覗ければいいのに。


「意味から解放されて自由につくれるのなら
 いくらでもつくれそう」

それが、そうもいかないようで。

わたしは昨日
「しゃがんで もたつく 森のシャチ」
という言い回しをした。

このイメージは、わたしの頭の中で完成されてしまい、新たなる「自由」を引き出そうとしても行手を阻んでくる。

昨日の「自由」が今日の「自由」を縛るんだ。

ことばってなんなの。
おもしろい。




昨日つくったファトラジー

万物が居直ると板の間に挟まり
井戸掘り名人がいともたやすく博打を投げる

儲けを打とうと
しゃがんで もたつく森のシャチが
妄想して写経する

トカゲの左目の立派な申し出に
都内の穴はゲコゲコとつつがないし
そこらじゅうを煙突が駆け回る

だからって君だから
花が高らか



いいなと思ったら応援しよう!

くろいるすけ ◇お読みいただきありがとうございます◇心の糧です◇記事の購入に使わせていただきます◇部屋を彩る花になるかもしれません◇犬のおいしいごはんやおもちゃになるかもしれません◇いただいたお気持ちを大切にいたします◇

この記事が参加している募集