椎葉さんの『脳洗浄』の文章をコラージュして散文&ファトラジーを作ったら、凄すぎた💖💞💘❤️🔥

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はじめに
椎葉あきら:ZINE『脳洗浄』
現在 note には、20世紀のシュルレアリスム文学の絶対的な方法であった自動記述の達人がいらっしゃいます。それが、本記事の冒頭に挙げた椎葉さんです――
椎葉さんは多くの記事を自動記述で書かれていますが、今年2026年1月15日に、自身の note 記事(主に2025年7月15日~10月31日の約3ヶ月半分・合計116篇)をまとめた ZINE を出版されました。それが、冒頭に挙げた『脳洗浄』(名義:椎葉あきら)です――
この ZINE『脳洗浄』の発行部数は「ごく僅少」であり、2026年1月23日に完売したそうです。(僕が買いすぎたということも ありますが。)
しかし、その後、電子書籍版も出されました。それが次のものです――
電子書籍版は売り切れの心配は無いので、これから買いたいという方は電子書籍版をどうぞ。
書評
先月、僕は その椎葉さんの ZINE『脳洗浄』の書評を書きました。それが次の記事です――
「【21世紀版『溶ける魚』】椎葉あきら:ZINE『脳洗浄』の書評(或いは、讃美) ~シュルレアリスム文学と併せて~」(以下、「書評」)と題し、椎葉さんの自動筆記作品・方法と ZINE『脳洗浄』について、体系的・網羅的に解説・紹介しました。そして、5万字を超え “『脳洗浄』大全” の如くになったのですが、本記事では それらはすべて当記事に譲ります。以下に、本記事の試みを書きます――
本作の試み
~『脳洗浄』の文章をコラージュ~
この記事で僕が行うのは、椎葉さんの『脳洗浄』の文章をコラージュ(=継ぎ接ぎ)して散文作品と詩(形式)作品を作る、というものです。
しかし、僕は以前にも同種の作品を作っています。それが次の記事です――
この記事では、🌙三日月たぬき🦝さんの一行詩をコラージュして10行程度の綺想詩を作りました。理由は、🌙三日月たぬき🦝さんの一行詩を「読んでいたらドキドキして堪らなくなってきた」からです。
なお、僕は基本的に笑芸作品をコラージュで作っており、それも次の記事で書きました――
この「Fatrasie(ファトラジー)7篇【作り方解説&シュルレアリスム紹介】」(以下、「ファトラジー解説記事」)でコラージュの方法について書いたので、詳細はそちらを ご覧ください。
そうして、本記事では、椎葉さんの『脳洗浄』の全116篇(200ページほど)の中から文章を選びコラージュして、散文作品と詩形式の2種を作ります。
なお、笑いの文学における「散文」と「詩形式」の違いは、文章を分かち書きにするかどうか、です。これも「ファトラジー解説記事」で書いたのですが、散文を分かち書きにして=区切って表現したら、詩になります。本記事には散文作品と詩形式の2種を載せますが、その中身・内容は同一です。区切り方が変わるだけです。が、そのことによって詩独自の味わい・表現方法・特質を獲得できます。現在 note で流行中の “笑芸の詩”=ファトラジー[綺想詩]の作り方の紹介にもなるので、今回は散文と詩形式の2種を用意しました。そして、この順で お読み頂けたらと思います。(それぞれ1200字ほどで、紙本にすると2~3ページ程度です。)
また、それら実作品の後に【解説 ~作り方~】も載せるので、シュルレアリスム作品やファトラジーや「笑いの文学」を書きたい方は、ぜひ参考にしてください。
「一回だけ!」
『脳洗浄』の文章を選びコラージュするということは著作権に関わってくるので、椎葉さんに可能かどうか お訊きしたところ(「書評」のコメント欄にて)、ご許可を戴けました! しかし、「一回だけ!」という条件付きで! それならば、その最初で最後の機会を有難く・大事に使わせて頂きます。そして、相当に魅惑的な散文と詩作品になりました。このような作品を作らせて頂いた椎葉さんには ただただ感謝するばかりです。先にお礼を申し上げます。椎葉さん、ありがとうございました。
そのコラージュに使用した文章の引用記事は、本記事の最後の「出典 ~引用・参考~」に載せます。それぞれの記事タイトルにリンクを貼ってあるので、本作を読んで興味を持たれた方は、ぜひ椎葉さんの記事を読んでみてください。そして、『脳洗浄』も買って読んでください――
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それでは、前置きが長くなってしまいましたが、実作を お愉しみください。散文=「a collage prose」の後に、詩形式=「a collage fatrasie」となります――
a collage prose
motifs:椎葉あきら『脳洗浄』
collage:初代王天君
マカロンみたいに色付く国の悪夢科の診療所はとみに賑わっている。16時78分、世の誰もが知らない形の漢字が小気味 良い踊りで登場し、超現実を操る無数の七本足は星を踏む。稲妻を三つ編みにしている龍の肉球は、卵の殻で出来た毛布や骨折したホチキスやミルク飲み人形達と すてきな お菓子を闇取引している。試験管にぎっちり詰まった海鼠は国家資格に憧れ始めたばかりだ。人間の尊厳を宣言する根源は延々と電線のセンテンスの原典を簡単な蹣跚で減点する。排水口に指輪を保管する酸化バレリーナが銅の搾り汁をあおると、図鑑に載らない虫のもとにパステルで完成された一角獣が迎えに来た。
双曲線のレモネードのような水星逆行の夜に、語り部である苺のキャンディへブルー・スクリーンが寄越した脅迫状の宛名は「美しいゴミ」だった。その脅迫状には襤褸切れの鎮魂歌や白雪姫の罪状や暗算を用いたスパイス調合結果が載っていて、それを読んだ男は齢三十九にして、落とし所が結局 見付からなかった拙い童話で全身を強く打って死亡したという。十二単を着熟す見目麗しき禿鷹の言うことには、「離れて暮らしている私のパパは噂によれば、靴下についた毛玉をしゃぶって生計を立てている らしい。」 場違いで三枚に卸されてしまった千羽鶴の言うことには、「牛乳パックでギターを作って弾いたら、クラスの人気者になった。」 蜥蜴の揚物を箸で突いている反地球生命体の言うことには、「なに、マカロニを耳から生む方法なら漸く覚えてきた ところだから平気さ。」 その傍で縦横無尽に走り回るクリオネは、強盗にジェリーを投げ付ける練習ばかりしている。
ちょうど その頃、霊媒科や黒歴史科の風船で出来た診療台に払う最大限の敬意として、綺羅星は脱糞した。それを受けて、蝸牛を流し込まれた小箱のように陥落しかけているミルフィーユは、魔術の記述試験の「性善説を木箱から薫らせる影法師が好んで焼菓子にした大アルカナや、粘土で拵えた架空の数字のニンゲニウム含有率はどれくらいか?」という問いに対して、「ウ・ユャーヂェテ」と答えた。
「ウ・ユャーヂェテ、ウ・ユャーヂェテ、ウ・ユャーヂェテ……」と口遊むヒエログリフで表現された蝿に、木偶の坊と称された煎餅の欠片がそれとなく注意を促す。裸々と咲う薔薇はアルティメットつよいパンチを放った。その時に蝿の頭を素早く跨いで行った珍妙な文字列は、電氣の味がした。しかし、「喇叭に子宮」という諺の通り皿の上でびたびたと跳ねる眼球達は、具合の良い日に水飴を洗濯物に塗り広げる避雷針に憧れ、玄武岩質マグマの中で泳ぐ紙ナフキンの群れは今に仮面に取り込まれて しまいそうに なっている。
16月789日、悪夢科の診療所の便器に咲いた薔薇どもの喘鳴がやけに愛しくて、無力タービンの うつくしい午睡の中では、未だ名前も持たない新しい元素が小躍りをしては、山羊の首元を飾るベルに羨望の眼差しを向けている。そして、こう言った――「ウ・ユャーヂェテ」。
a collage fatrasie
motifs:椎葉あきら『脳洗浄』
collage:初代王天君
マカロンみたいに色付く国の
悪夢科の診療所はとみに賑わっている
16時78分
世の誰もが知らない形の漢字が小気味 良い踊りで登場し
超現実を操る無数の七本足は星を踏む
稲妻を三つ編みにしている龍の肉球は
卵の殻で出来た毛布や骨折したホチキスやミルク飲み人形達と
すてきな お菓子を闇取引している
試験管にぎっちり詰まった海鼠は国家資格に憧れ始めたばかりだ
人間の尊厳を宣言する根源は延々と電線のセンテンスの原典を簡単な蹣跚で減点する
排水口に指輪を保管する酸化バレリーナが銅の搾り汁をあおると
図鑑に載らない虫のもとにパステルで完成された一角獣が迎えに来た
双曲線のレモネードのような水星逆行の夜に
語り部である苺のキャンディへブルー・スクリーンが寄越した脅迫状の宛名は
「美しいゴミ」だった
その脅迫状には襤褸切れの鎮魂歌や白雪姫の罪状や暗算を用いたスパイス調合結果が載っていて
それを読んだ男は齢三十九にして
落とし所が結局 見付からなかった拙い童話で全身を強く打って死亡したという
十二単を着熟す見目麗しき禿鷹の言うことには
「離れて暮らしている私のパパは噂によれば、靴下についた毛玉をしゃぶって生計を立てている らしい。」
場違いで三枚に卸されてしまった千羽鶴の言うことには
「牛乳パックでギターを作って弾いたら、クラスの人気者になった。」
蜥蜴の揚物を箸で突いている反地球生命体の言うことには
「なに、マカロニを耳から生む方法なら漸く覚えてきた ところだから平気さ。」
その傍で縦横無尽に走り回るクリオネは
強盗にジェリーを投げ付ける練習ばかりしている
ちょうど その頃
霊媒科や黒歴史科の風船で出来た診療台に払う最大限の敬意として
綺羅星は脱糞した
それを受けて
蝸牛を流し込まれた小箱のように陥落しかけているミルフィーユは
魔術の記述試験の「性善説を木箱から薫らせる影法師が好んで焼菓子にした大アルカナや、粘土で拵えた架空の数字のニンゲニウム含有率はどれくらいか?」という問いに対して
「ウ・ユャーヂェテ」
と答えた
「ウ・ユャーヂェテ、ウ・ユャーヂェテ、ウ・ユャーヂェテ……」
と口遊むヒエログリフで表現された蝿に
木偶の坊と称された煎餅の欠片がそれとなく注意を促す
裸々と咲う薔薇はアルティメットつよいパンチを放った
その時に蝿の頭を素早く跨いで行った珍妙な文字列は
電氣の味がした
しかし
「喇叭に子宮」という諺の通り
皿の上でびたびたと跳ねる眼球達は
具合の良い日に水飴を洗濯物に塗り広げる避雷針に憧れ
玄武岩質マグマの中で泳ぐ紙ナフキンの群れは
今に仮面に取り込まれて しまいそうに なっている
16月789日
悪夢科の診療所の便器に咲いた薔薇どもの喘鳴がやけに愛しくて
無力タービンの うつくしい午睡の中では
未だ名前も持たない新しい元素が小躍りをしては
山羊の首元を飾るベルに羨望の眼差しを向けている
そして、こう言った――
「ウ・ユャーヂェテ」
自己批評
素晴らしいですね💖💞💘❤️🔥
素晴らしいですね💖💞💘❤️🔥
素晴らしいですね💖💞💘❤️🔥
いや、🌙三日月たぬき🦝さんの一行詩の時も同じことを言ったのですが、コラージュしたのは僕なのですが、やはり素材が良いですよ。椎葉さんの『脳洗浄』には素晴らしいフレーズがいくつもある(基本的に一篇に一つはある)ので、それらをコラージュしたら これくらいの作品はできます。各句については「出典」をご覧 頂きたいですが、本作は確実に傑作の一つになりました。20世紀にシュルレアリスムを開始したのはアンドレ・ブルトンであり、その彼の『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』(巖谷國士 訳、岩波書店、1992年)は “『笑芸』の新約聖書” です。僕はそれを読んで以来『溶ける魚』のような作品を書きたいと願い続けていたのですが、本作は その『溶ける魚』の32篇に多少なりとも近づけた のではない でしょうか?
或いは、僕はこういう作品が読みたいです。
誰か作ってください。
【解説 ~作り方~】
ここから、本作「a collage prose」「a collage fatrasie」の作り方の解説をします。僕はこれまで散文で書いてきたので、本作も「散文」を先に書きました。そして、先述の通り、散文を区切って分かち書きにしたものが「詩」です。そのため、この順番で解説していきます。
[ 散文 ]
全体構成
まずは「a collage prose」の全体構成について。本作は5段落構成です。イメージとしては「起承転結」です。第1段落が「起」で話を始動させ、第2段落で さらに発展・展開させ(「承」)、第3・4段落で場を変え(「転」)、第5段落(「結」)は締め括りの結尾です。
コラージュ方法については後述しますが、冒頭・第1段落の1行目を〈悪夢科の診療所はとみに賑わっている。〉で始めた理由について。「書評」で書いたのですが、シュルレアリスムの法王アンドレ・ブルトンも当句に近い発想をしており、引用記事の椎葉さんの「106・セロトニン鷲掴み」(p.186)も さらに発展させられると考え、物語全体の場に据えるため、当句を冒頭に置きました。そして、第2段落では時間による進行をし(〈双曲線のレモネードのような水星逆行の夜に〉)、第3段落では〈霊媒科や黒歴史科〉と変奏し、最終 第5段落では〈悪夢科の診療所〉に回帰・再現させ、物語全体の連続性を持たせました。本来、ファトラジーは支離滅裂さ・デタラメさが特徴なのですが、今作は〈悪夢科〉というブルトン的 綺想を活かすべく、それを一貫して使いました。
かなり余談ですが、最近、春なのでブルックナーの交響曲をずっと聴いているのですが、とても良いですね。彼の交響曲の構築性が とても好きです。ちなみに、そのダダ的サウンドを古典的な器(=ソナタ形式)にぶち込んだストラヴィンスキーの《交響曲 ハ調》も大好きです。
また、今作を作る際に、本家本元の『溶ける魚』を参考にしたのですが、特に参照したものとして、32篇中の「4」「15」「21」を挙げておきます。(「8」と「27」も少々。) それらの特徴・共通点は、話の一貫性が希薄で、綺想が現れ続ける・綺想によって展開していくという点です。本作「a collage prose」を気に入って頂けたなら同様に読めるはずなので、ぜひ本作と併せて読んでみてください――
最初にやったこと
コラージュする前に、『脳洗浄』の気に入ったフレーズや使いたいフレーズをすべて書き出しました。僕は椎葉さんの『脳洗浄』を4回以上は読んでいるのですが、その時に好きな文章には印を付けていました。(線を引いたり、●を付けたり、〇で囲ったり等。) そして、それらを すべて Word に書き出しました。句数としては90~100ほどに なったでしょうか。(実際に使ったものは50~60ほど。) Word で縦書き・2段組にして2ページほどです。
次に、それらを「使いたい度合い」で3段階に分けました。例えば、「絶対に使う」は赤字、「なるべく使いたい」が青字、「使える所があったら使う」が黒字、という風に。実際には、赤字でも(前後関係によって)使えなかったもの もありますし、黒字を多く使った(=助けられた)り もしています。
コラージュ開始
そうして、素材が集まり、コラージュ開始となります。最初は Word の2段組で2ページ分の量に呆然と立ち竦んでしまうのですが、しばらく眺めているうちに、自然に文章が結び付いていきます。1文、2文、3文……、と。そうしたら、ある程度の文量になっているので、それをどこで使うか=配置を考えます。なお、僕は今回はその時点で〈悪夢科の診療所〉を全体で使う案が出ていたので、それに関する語・文は(正確には未定ながら)各段落に振り分けていました。
また、例えば、第2段落の〈十二単を着熟す見目麗しき禿鷹の言うことには〉ですが、これは『脳洗浄』の「47・童唄が西を睨む」(p.85)の冒頭に〈十二単を着熟す見目麗しき禿鷹の言う事にゃ〉とあり、そっくり そのまま使いました。そして、その後に会話文(=「 」)が自然に続いていきます。僕がその会話文に入れたのは、〈離れて暮らしている私のパパは噂によれば、靴下についた毛玉をしゃぶって生計を立てている らしい。〉です。(「78・ピルケースで匿おう」p.139) しかし、他にも候補はいくつも ありました。また、「37・残像スクラロース」(p.65)にも〈場違いで三枚に卸されてしまった千羽鶴の言う事には〉という同型の文があり、その後にも会話文として挿入していきました。その会話文型は合計3つになったので、文量的な展開として、第2段落に配置することになりました。
しかし、その(童話では古典的な)3連文は、第4段落の〈「ウ・ユャーヂェテ、ウ・ユャーヂェテ、ウ・ユャーヂェテ……」〉(「55・ウ・ユャーヂェテ」p.98)にも係り、一篇全体の関係性・リズムを作りました。なお、その直前・第3段落の結文にも〈「ウ・ユャーヂェテ」と答えた。〉と置き、さらに段落間の連続性・構築性を強めています。そして、最終 第5段落の結語にも〈そして、こう言った――「ウ・ユャーヂェテ」。〉 これで締めました。
このように、一句・一文のコラージュから段落・物語全体の構成をしていきました。
冒頭(=インパクト!!)
文学作品は冒頭が大事だと言われます。また、note 記事でも冒頭の3行で惹きつけることが重要だそうですし、それは笑いの世界では「ツカミ」です。そこで、本作でも冒頭を意識しました。次のものです――
マカロンみたいに色付く国の悪夢科の診療所はとみに賑わっている。16時78分、世の誰もが知らない形の漢字が小気味 良い踊りで登場し、超現実を操る無数の七本足は星を踏む。
〈悪夢科の診療所はとみに賑わっている。〉で始めた理由は先に「全体構成」で書きましたが、そこに〈マカロンみたいに色付く国の〉(「100・口遊む」p.175)も加えました。これには、場としての説明以上に、構成的な理由があるので、後述します。
〈16時78分〉(「4・十六時七十八分」p.6)は それ自体で反論理的=ノンセンスですし(時間の説明としても追加)、〈世の誰もが知らない形の漢字が小気味 良い踊りで登場し〉(「33・いささかささやか」p.58)も既知・既存の世界を飛び出していて素晴らしいです。(益子禅一朗さんの「アセミック一文字詩」に僕が魅かれている こともあり。) 〈超現実を操る〉(「92・虚しさにすら見放されて」p.164)はシュルレアリスムの象徴として使いました。〈無数の七本足〉(「51・散歩すら失敗する」p.91)も反論理的ですし、〈星を踏む〉(「30・星を踏む」p.53)はファトラジーの原詩へのオマージュとして使いました。
このように、本作の冒頭は極めつけの綺想で満たしました。そして、冒頭でぶん殴った思いです。しかし、そのことによって、以降の文章への導入・惹きつけになっていたら本望です。
“接着語法”
ここで、文学におけるマニエリスムや「笑いの文学」に必須の手法・“接着語法” について書きます。「ファトラジー解説記事」でも書いたので簡潔に済ませますが、“接着語法” とは、正反対の意味をもつ言葉同士を暴力的な形で結びつけた修辞=語法、です。例に挙げたものでは、ロジェ・ヴィトラックというシュルレアリストの次の文章があります――
燃えさかる森のなかで、
ライオンたちは涼しげだった。
「ファトラジー解説記事」では この文章の不思議さ・おかしさの要因を、〈燃えさかる〉=炎=熱 ⇔〈涼しげ〉=冷・寒という “矛盾・対照” としました。このような矛盾した文章・語法が “接着語法” です。
そして、椎葉さんの『脳洗浄』には この “接着語法” が豊富にあります。以下に、本作で使用したものを挙げます――
無数の七本足
すてきな お菓子を闇取引している。
排水口に指輪を保管する
銅の搾り汁
「美しいゴミ」
十二単を着熟す見目麗しき禿鷹
綺羅星は脱糞した。
玄武岩質マグマの中で泳ぐ紙ナフキンの群れ
便器に咲いた薔薇どもの喘鳴がやけに愛しくて、
このように、多くあります。簡単に説明できるものでは、〈美しいゴミ〉で、〈美しい〉=美に対して 〈ゴミ〉=汚、という矛盾・対照です。同様に、〈綺羅星は脱糞した〉も、〈綺羅星〉=美 ⇔〈脱糞〉=汚、という矛盾・対照です。〈すてきな お菓子を闇取引している。〉は、〈すてきな お菓子〉=可愛いものに対して 〈闇取引〉という悪、です。〈銅の搾り汁〉は、〈銅〉=無機物 ⇔〈搾り汁〉=液体という矛盾・対照です。その度合いが最も強いものが〈便器に咲いた薔薇どもの喘鳴がやけに愛しくて〉です。これは〈便器〉=汚 →〈咲いた薔薇〉=美 →〈喘鳴〉=病気 →〈愛しい〉=愛、と正・負が交互に連続しているため、この “おかしさ” となっています。この句は相当に上級な “接着語法” です。(そのため、最終 第5段落で使用しました。)
絵画ではカラヴァッジョが「光 ⇔ 闇」の対照を極大化していますし、音楽ではベートーヴェンが「絶望 ⇔ 歓喜」で表現していますが、これは笑いの世界で言うところの「落差・ギャップ」であり、「フリ」と「オチ」です。「フッてオトす」、その落差・ギャップ・対照を最大にする、ということが「笑いの文学」でも重要となります。それについては以下の記事でも書いてあるので、ぜひ参考にしてください――
本作での磨き上げ
以上のように、椎葉さんの『脳洗浄』には魅力的な “接着語法” が多くあるのですが、「笑いの文学」としては それらを さらに強める・輝かせることができるので、何箇所か そうしました。一つ例を挙げてみます――
霊媒科や黒歴史科の風船で出来た診療台に払う最大限の敬意として、綺羅星は脱糞した。
これは第3段落のもので、〈霊媒科や黒歴史科〉が「106・セロトニン鷲掴み」(p.186)、〈風船で出来た診療台に払う最大限の敬意として〉が「55・ウ・ユャーヂェテ」(p.98)、〈綺羅星は脱糞した〉が「28・マクロな空」(p.49)からの文章です。
〈霊媒科や黒歴史科〉は場としての追加ですが、対照を強めたのは、〈綺羅星は脱糞した〉への〈風船で出来た診療台に払う最大限の敬意として〉の追加です。〈綺羅星は脱糞した〉は〈綺羅星〉=正と〈脱糞〉=負という対照でしたが、その前に〈最大限の〉=正と〈敬意〉=正を加えました。即ち――
最大限の敬意として、綺羅星は脱糞した。
〈最大限〉→〈敬意〉→〈綺羅星〉→〈脱糞〉、と「+・+・+・-」として、「+」を3連続させることによって「-」を強調しました。笑いの言葉では、「フッて・フッて・フッて・オトす」。こうして、〈脱糞〉を可能な限り輝かせました。
もう一つ例を挙げます――
マカロンみたいに色付く国の悪夢科の診療所はとみに賑わっている。
これは冒頭に置いた文章です。ここで対照を強めたのは どの句か? 〈マカロンみたいに色付く国の〉です。この〈マカロン〉という可愛いもの=正を置くことによって、〈悪夢科〉〈とみに〉〈賑わっている〉=闇・負が際立ちます。即ち、「+・-・-・-」。「-」だけでも十分に素敵なのですが、闇の輝きを強めるために光を入れました。或いは、「フリ」を入れました。他芸術の言葉では「対照」ですが、その “対照” を強めて、冒頭でぶん殴りました。
全体への配置
~個 ⇔ 全体~
こういった “接着語法” は「絶対に使う」ものとして赤字で書いていたのですが、それを今度は全体へ配置します。そして、各段落に1つは入れました。また、どこかの段落に偏ることも避けました。というのは、“接着語法” は「白 ⇔ 黒」の同一パターンに陥りやすいという欠点があるからです。そのため、なるべく分散して使用しました。実例を挙げると――
マカロンみたいに色付く国の悪夢科の診療所はとみに賑わっている。
語り部である苺のキャンディへブルー・スクリーンが寄越した脅迫状の宛名は「美しいゴミ」だった。
霊媒科や黒歴史科の風船で出来た診療台に払う最大限の敬意として、綺羅星は脱糞した。
玄武岩質マグマの中で泳ぐ紙ナフキンの群れは今に仮面に取り込まれて しまいそうに なっている。
悪夢科の診療所の便器に咲いた薔薇どもの喘鳴がやけに愛しくて、
そして、これらの強いギャグを筆頭に、各段落の他文を追加していきました。
コラージュで作る場合、絶対的に先行するのは「個」であり、一語・一文の組み合わせです。そして、それが出来たなら「全体」へと移ります。また、その「全体」=各段落の中でも どんな文=「個」を入れるか、も考えることになります。(各語・文の組み合わせ方は無数にあります。) 先に「コラージュ開始」で書きましたが、この「個 ⇔ 全体」の相互性を感じて頂けたら嬉しいです。
[ 詩 ]
散文を区切ると「詩」
さて、ここから「詩」について解説していきます。何度も書きましたが、「笑いの文学」においては、散文を区切って分かち書きにすると「詩」になります。それは実作を ご覧になって分かって頂けたと思いますが、その例を挙げます。「散文」の第1段落に次の文章があります――
稲妻を三つ編みにしている龍の肉球は、卵の殻で出来た毛布や骨折したホチキスやミルク飲み人形達と すてきな お菓子を闇取引している。
(通常の)散文ですが、これを区切って分かち書きにすると、こうなります――
稲妻を三つ編みにしている龍の肉球は
卵の殻で出来た毛布や骨折したホチキスやミルク飲み人形達と
すてきな お菓子を闇取引している
こうして、「詩」になります。もう一つ例を挙げます。「散文」の第4段落のものです――
「喇叭に子宮」という諺の通り皿の上でびたびたと跳ねる眼球達は、具合の良い日に水飴を洗濯物に塗り広げる避雷針に憧れ、玄武岩質マグマの中で泳ぐ紙ナフキンの群れは今に仮面に取り込まれて しまいそうに なっている。
これを区切って分かち書きにすると、こうなります――
「喇叭に子宮」という諺の通り
皿の上でびたびたと跳ねる眼球達は
具合の良い日に水飴を洗濯物に塗り広げる避雷針に憧れ
玄武岩質マグマの中で泳ぐ紙ナフキンの群れは
今に仮面に取り込まれて しまいそうに なっている
こうして、「詩」になります。
このように、本作では主に句読点の位置で区切り(また句読点を削除し)、詩形式としました。ここに挙げなかった他の文章も大体は そのような区切り方をしています。
詩形式の独自性
~ “間”・“重み”・“言葉の領地”・“決めの一句” ~
しかし、それだけで詩と言い切るには少し早いかもしれません。詩形式には詩形式の(散文とは違う)独自性があるはずなので、それについて書きます。
「ファトラジー解説記事」の「笑いの文学における「詩(形式)」と「散文」の違い」という章で、詩形式にすることによって、話芸で言うところの “間” を導入したい、と書きました。そして、一拍・一呼吸 置いて読むことが、 “タメ” や “ヒキ” や 一行・一語ごとの “重み” に繋がっていきました。視覚・文字的な面では、散文で文中に埋もれていた語を独立させることによって “言葉の領地” を作り、一行・一文・一語を主役として目立たせる・立たせることに繋がりました。
その例を本作から挙げてみます。まずは散文(第3段落)から、当該箇所の前後数行を挙げます――
ちょうど その頃、霊媒科や黒歴史科の風船で出来た診療台に払う最大限の敬意として、綺羅星は脱糞した。それを受けて、蝸牛を流し込まれた小箱のように陥落しかけているミルフィーユは、[…]
これは散文ですが、詩形式では こうしました――
ちょうど その頃
霊媒科や黒歴史科の風船で出来た診療台に払う最大限の敬意として
綺羅星は脱糞した
それを受けて
蝸牛を流し込まれた小箱のように陥落しかけているミルフィーユは
[…]
このように、詩形式にすることによって立たせたかったのは、〈綺羅星は脱糞した〉です。散文では この語が他文に埋もれてしまっていますが、詩形式=分かち書きにする ことにより他文と区別し、“言葉の領地” を与え、そのプロットの主役として目立たせています。或いは、“決めの一句” として使用しました。そうして、この極上の素材を一口一口しっかりと味わってもらおう、と。
もう一つ例を挙げます。これも散文の第3段落からです――
蝸牛を流し込まれた小箱のように陥落しかけているミルフィーユは、魔術の記述試験の「性善説を木箱から薫らせる影法師が好んで焼菓子にした大アルカナや、粘土で拵えた架空の数字のニンゲニウム含有率はどれくらいか?」という問いに対して、「ウ・ユャーヂェテ」と答えた。
これを詩形式では こうしました――
蝸牛を流し込まれた小箱のように陥落しかけているミルフィーユは
魔術の記述試験の「性善説を木箱から薫らせる影法師が好んで焼菓子にした大アルカナや、粘土で拵えた架空の数字のニンゲニウム含有率はどれくらいか?」という問いに対して
「ウ・ユャーヂェテ」
と答えた
ここで立たせた・“言葉の領地” を与えたのは、〈「ウ・ユャーヂェテ」〉です。先のものは〈綺羅星は脱糞した〉で、接着語法=意味的な対照だったのですが、ここでの対照は、長さです。文章の「長 ⇔ 短」という対照を作りました。即ち――
魔術の記述試験の「性善説を木箱から薫らせる影法師が好んで焼菓子にした大アルカナや、粘土で拵えた架空の数字のニンゲニウム含有率はどれくらいか?」という問いに対して
という「長」に対して――
「ウ・ユャーヂェテ」
という「短」。笑いの言葉では、「フッて・フッて・フッて・オトす」。シュルレアリスム文学や16~17世紀の文学におけるマニエリスムは長文・過剰修飾が特徴でもあるので、その長さを踏襲しつつ笑いの法に当て嵌めると、「短」が効いてくるようです。「伸ばして・伸ばして・伸ばして・伸ばして・伸ばして・縮める」。シュルレアリスム流の長文・過剰修飾は このように使うのが最適です。
ちなみに、「書評」を書く際に、〈ウ・ユャーヂェテ〉は椎葉さんの造語かどうか本人にお訊きしたところ、次のように お答え頂けました――
はい。そして特に意味はありません。ウ・ユャーヂェテはウ・ユャーヂェテなのです。
椎葉さん には このような無意味・謎性があるので、その “謎” に永遠に悶絶してください。
本節「詩形式の独自性 ~ “間”・“重み”・“言葉の領地”・“決めの一句” ~」は少々長くなりましたが、大体このようにすると、(散文とは また別の)「詩形式」の独自性を主張・獲得できるの ではないかと思います。
*2026年4月30日 追記*
散文とは違う「詩形式」の独自性について、Xで参考になるポストを見つけたので、引用します。解剖タルトさん という書作品を多く投稿されている方のものです――
作品に美しさをもたらす空白、余白、余韻、留守模様。時間が止まっており、なおかつ、永遠の時間が流れているその場所。
— 解剖タルト (@Sektion_Torte) April 29, 2026
書道も音楽も文学も絵画も、みんな余白、余白がなければなんともならぬ。神は細部に宿り、美は余白に宿る。
このように、解剖タルトさんは「空白」「余白」「余韻」が作品に美しさをもたらすとし、書・音楽・文学・絵画もそうで、「美は余白に宿る」とさえ言われています。
これは非常に示唆に富んでおり、“笑芸の詩” としてのファトラジーにも言えるかもしれません。Web 記事では表現が難しいですが、紙本でなら必ずや その「空白」「余白」「余韻」が威力を発揮することでしょう。(僕は常に紙本を意識しています。)
“構成”
ここまで解説してきたこと(主には「接着語法」や「対照」)を、僕は “構成” と呼んでいます。この言葉は20世紀に抽象絵画を開発した画家W・カンディンスキーからのもので、彼は『芸術における精神的なもの』の「結びの言葉」で こう書いています――
[…]私の内面で形づくられるが、時間をかけ、ほとんどペダンチックなまでに、最初の構想に従って私により検討され練り上げられる表現。この種の絵を、私は「作曲(コンポジシヨン)」と呼んでいる。ここでは、理性、意識、意図、目的が、支配的な役割を演じる。
こうあるように、「理性、意識、意図、目的」・「最初の構想に従って私により検討され練り上げられる表現」、それが「作曲(コンポジシヨン)」だと彼は言っています。カンディンスキーも音楽が好きで、「作曲」という音楽の言葉を使っていますが、作曲は英語で composition です。そして、彼が「構成」を「コンポジション」と言い、その憧れを表明したものが以下です――
構成(コンポジチオン)という言葉を聞くと身内は震えるのであった.後年,私は,“コンポジチオン” を描くことを終生の目的としたが,この言葉は祈りの文句のように私に作用し私を憧れで充たした.
彼は代表作《Composition》を描くのに何ヶ月も何年も準備・計画したそうですが(習作の量も膨大)、そのような “構成” に憧れ、「終生の目的」=ライフワークとしたそうです。「理性、意識、意図、目的」は偶然性を讃美・標榜したシュルレアリスムとは真逆ですが、『笑芸』なる「笑いの文学」は “構成” を目指します。そして、『笑芸』の最高の目標は “言葉の構成” です。 (笑いの作品について “構成” という言葉を使うのは、僕が最初です。)
“文学におけるマニエリスム賞”
僕は近いうちに、自分の名前の付いた笑いの文学賞・“初代王天君 賞” を創ろうと思っているのですが、それと同時に、“文学におけるマニエリスム賞” というものも創ろうと思います。
“初代王天君 賞” はシュルレアリスム的であったり前衛的であったり言葉・文字のおかしさを追求した人間・作品に贈ろうと思います。
“文学におけるマニエリスム賞” は、技巧的であり確固とした “言葉の建築術” を持った人間・作品に贈りたいです。
それらは現在 構想中ですが、『「笑いの文学」における構成』というマガジンを作ってあるので、興味のある方は どうぞ――
*
とは言いつつ、今回の2作は、椎葉さんの『脳洗浄』の極上の素材をコラージュするのが楽しくて興奮して体温が上がって、まだ春なのに汗だくになりながら一日くらいで完成させてしまったのですが……。
初代王天君
『もし君に脳の電荷を神に手渡し、
あなたはどう?』
今回は椎葉さんの『脳洗浄』の素材を使わせて頂きましたが、自分の素材を使用した作品もあります(だからこそ今回 出来たのですが)。それが、私・初代王天君の笑芸作品第4番『もし君に脳の電荷を神に手渡し、あなたはどう?』です――
先述の通り、アンドレ・ブルトンの『溶ける魚』のような作品が書きたく、全32篇(+1篇)で構成し、乗り越えを目指した作品です。今回の「a collage prose」は2~3ページほどですが、そのようなものが何篇も十何篇も入っています(もちろん自分の大量の素材を使って)。今回の「a collage prose」のような作品をもっと読みたいという方は、ぜひ ご購入ください。定価は1200円(PDF版)ですが、Xで拡散すると「777円」で購入できます。ぜひXで拡散してください――
『もし君に脳の電荷を神に手渡し、あなたはどう?』
— 初代王天君@note (@shodai_outenkun) April 17, 2026
ダダ・シュルレアリスム文学に憧れ、下敷きにし、乗り越えを図った衝撃作! 綺想に満ち、文法を解体し、日本語を棄て去り、言葉・文字の “おかしさ” を追求しきった奇書。著者曰く、「今作によって『笑芸』は終焉した」。https://t.co/cniyiYaY53
初代王天君
『Fatrasie ~綺想詩~』
現在 note で流行中の “笑芸の詩”=ファトラジーも一冊の本として書く予定です。「ファトラジー解説記事」でも書きましたが、現在のところ、日本にはファトラジー本は存在しないので、僕が書いたら “日本初のファトラジー本” となります。
そして、それに向けて、素材 集め&構想中です。本記事で「a collage fatrasie」として作り、解説もしましたが、今度は自分の素材で作ります。現在 発表しているものは20篇ほどですが、完成版では100篇ほどを目標にしています。そのくらいの量を作るためには大量のコラージュ素材が必要になるので必死に集めているのですが、それが どんな具合か、参考写真を載せます――


これらの画像は「ファトラジー解説記事」にも載せたのですが、僕は このようにルーズリーフに手書きで素材を書き出しています。1枚を2段にして(Word でも そうしましたが)、裏表に書いています。
しかし、1枚や数枚ではなく、何百枚もあります――


笑芸家は これくらい素材を集めています。そして、これらを使った作品は、『もし君に脳の電荷を神に手渡し、あなたはどう?』です。が、これらを使っても、当作の3分の1にも なりませんでした。笑芸作品は それくらい素材を使いますし、厳選に厳選を重ねています。しかし、その方が良い作品が作れます。
ついでに、もう1枚 画像を載せます。僕がスマホで使っている Google の「keep」というメモ・アプリで、書き込みすぎて文字制限の通達が来たものです――

「このメモの文字数制限に達しました。
新しく追加するには、文字をいくつか削除してください。」
普通は こういう表示は出ないと思うのですが、この1つのファイルだけでなく、何十ものファイルが このような状態になっています。「ファトラジー解説記事」に書いたのですが、“笑芸家” は “ネタ帳” が命なので、素材を集めている最中です。しかし、集まったらコラージュし放題になります。
そうして、日本初のファトラジー本という以上に、“笑芸の詩” というジャンルを創ります。笑いの世界では「詩」は未発達ですが、何十年後や何百年後にも読まれている ような “古典” を創ります。
初代王天君『新しい諺』
『Fatrasie ~綺想詩~』は数ヶ月~1・2年後の完成予定ですが、その前に『新しい諺』を1冊 書きます。詳細は当記事に譲りますが、要は「一行詩」です。それを150~200ほど作ります。
しかし、その一行詩はファトラジーの前段階でもあり、それを積み重ねる・組み合わせると、ファトラジーになります。それを行なったのが次の記事です――
先述の通り、🌙三日月たぬき🦝さんの一行詩をコラージュしてファトラジーを作りました。一行詩は このようにも使えるので、ファトラジーを書きたい方は ぜひ参考にしてください。また、本記事の「出典」も参考になるはずなので、最後まで ご覧ください。
そして、一行詩の投稿も募集しているので、ぜひ書いてみてください✨💖
おわりに
~椎葉さんへ感謝~
ということで、本記事は以上です。実作品だけでなく「解説」も書いていたら、また長くなって しまいました。(最近は僕は長い記事しか書いていない ような気がします……。) が、実作品と「解説」と併せて、シュルレアリスム作品やファトラジー[綺想詩]や「笑いの文学」を書く際の参考にして頂けたら嬉しいです。
が、僕の話より、椎葉さんへ感謝しなければ なりません。『脳洗浄』という素晴らしい作品を書き、今回このような試みを許可してくださった椎葉さんには感謝するより他はありません。椎葉さん、本当にありがとうございました。
今作は僕も気に入っており、何十年後も何百年後にも残っていて ほしいですが、それは『脳洗浄』にも言えます。この傑作が何十年後も何百年後にも残っていることを祈っております。
また、今作を読んで興味を持たれた方は、ぜひ椎葉さんの記事を読んでみてください。今作とは別の魅力がある かもしれません。そして、『脳洗浄』も買って読んでください――
*
ということで――
椎葉さん、
本当にありがとうございました💗💓💕💞💖💝💘❤️🔥
出典
~引用・参考~
最後に、本作で使用させて頂いた文章の出典を挙げます。掲載の順番は本作で使用した順です。「 」内の数字は『脳洗浄』の通し番号で、その後の〈p.~〉は ZINE でのページ番号です。また、作品中の流れ や可読性を上げるために多少改変させて頂いた箇所もありますが、各タイトルにリンクを貼ってあるので、そちらから確認して頂けたらと思います。
先述しましたが、これらを眺めてるだけでも面白いですし、一行詩やファトラジーを作る際の参考にもなるので、ぜひ ご覧ください。そして、興味を持たれたら、リンクから それぞれの記事へ読みに行ってください――
マカロンみたいに色付く国
悪夢科の診療所はとみに賑わっている。
16時78分
世の誰もが知らない形の漢字が小気味 良い踊りで登場し、
超現実を操る
無数の七本足
星を踏む
稲妻を三つ編みにしている
龍の肉球
卵の殻で出来た毛布
骨折したホチキス
ミルク飲み人形
すてきな お菓子を闇取引している。
試験管にぎっちり詰まった海鼠は国家資格に憧れ始めたばかりだ。
人間の尊厳を宣言する根源は延々と電線のセンテンスの原典を簡単な蹣跚で減点する。
排水口に指輪を保管する
酸化バレリーナ
銅の搾り汁をあおると、
図鑑に載らない虫
パステルで完成された一角獣が迎えに来た。
「100・口遊む」p.175
双曲線のレモネード
水星逆行の夜に、
語り部である苺のキャンディ
ブルー・スクリーンが寄越した脅迫状の宛名は「美しいゴミ」だった。
襤褸切れの鎮魂歌
白雪姫の罪状
暗算を用いたスパイス調合結果
男は齢三十九にして、落とし所が結局 見付からなかった拙い童話で全身を強く打って死亡したという。
十二単を着熟す見目麗しき禿鷹の言うことには、
離れて暮らしている私のパパは噂によれば、靴下についた毛玉をしゃぶって生計を立てている らしい。
場違いで三枚に卸されてしまった千羽鶴の言うことには、
牛乳パックでギターを作って弾いたら、クラスの人気者になった。
蜥蜴の揚物を箸で突いている反地球生命体の言うことには、
なに、マカロニを耳から生む方法なら漸く覚えてきた ところだから平気さ。
縦横無尽に走り回るクリオネ
強盗にジェリーを投げ付ける練習ばかりしている。
霊媒科や黒歴史科
風船で出来た診療台に払う最大限の敬意として、
綺羅星は脱糞した。
蝸牛を流し込まれた小箱
陥落しかけているミルフィーユ
魔術の記述試験
性善説を木箱から薫らせる影法師が好んで焼菓子にした大アルカナ
粘土で拵えた架空の数字
ニンゲニウム含有率
ウ・ユャーヂェテ
口遊む
ヒエログリフで表現された蝿
木偶の坊と称された煎餅の欠片がそれとなく注意を促す。
裸々と咲う薔薇
アルティメットつよいパンチを放った。
頭を素早く跨いで行った珍妙な文字列
電氣の味がした。
喇叭に子宮
皿の上でびたびたと跳ねる眼球達
具合の良い日に水飴を洗濯物に塗り広げる避雷針に憧れ、
玄武岩質マグマの中で泳ぐ紙ナフキンの群れは今に仮面に取り込まれて しまいそうに なっている。
16月789日
便器に咲いた薔薇どもの喘鳴がやけに愛しくて、
無力タービン
うつくしい午睡
未だ名前も持たない新しい元素が小躍りをしては、山羊の首元を飾るベルに羨望の眼差しを向けている。

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