水葬に憧れた
高揚感の突き動かすまま、元栓すら確認しないで、傘も持たずに三十と五日振りに胸の扉の外へ出てしまった。快適な室温・湿度に整えている心の小部屋では得られない数々は眩暈を誘う程ではあったが、今は其等が心地よい。
表へ出て直ぐ目に入った、暑気に殺されたらしい太く長い蚯蚓は、遺書を葉ッぱの裏側にでも残せたとしたら何を伝えたかったろう。俯いて歩くものだから、蝉の死に損ないや、人間が置き去りにしたらしい生への執念が藻掻く様子ばかりが見て取れる。自律神経が接吻で塞いでしまった腺からは恥かしがり屋の幼児めく汗が出番を窺っている。
ところが、どうだ。突然、地面に広がっていた己の陰影の足元が、局地的な、それはもう狭い狭い面積上で集中豪雨を受け始めた。見上げちゃあいないが、お天道様の恵んでくれる光焼きを背中いっぱいで受けているから、雨雲はそう無い筈だ。困惑し乍ら洟を啜っていると、はたと記憶の端で己だけの部屋の間取り、殊に台所辺りが中心に光った。元栓を、閉め忘れてしまっていた。涙の元栓を。
影を絶え間なく濡らすのは自分の涙であった。大丈夫、大丈夫、じきに止むよ。両腕で自らを抱き締めて局地的集中豪雨が去るのを待った。自分ときたら、ほんとうに、情けなくって、みじめで、くだらなくって。外出には矢張り、向いていない。一心に豪雨を受ける影の方が余程に死に近いであろうに。部屋に帰ったら、頓服薬を、少しだけ多めに、飲もう。そして暫くはまた籠りきり、表に出るとしたって、確りと元栓を確認してからにしよう。
