抉じ開けて啓蒙
硝子が手首を流れており、夢現の膜を一枚挟んで命に目を奪われている。数時間前、悪癖であり趣味嗜好でもある躊躇い傷作りに興じていたのが発端。脅すような真似をするな、と昔の担任教師にこっ酷く叱られてからというもの包帯腕をずっと止して長袖姿で四季を騙し騙し掻い潜っていたのだが、暦の歩を拒みたがる蒸した気候でふと懐しくなって、態態にもT字髭剃を砕いて四枚のうち一枚の刃を指に取った。其の際に少しだけ人差し指が切れ、赤が顔を出したと思っていたのだけれど、どうだか。
手首から肘にかけ、内側の肉部分を切るのは本当に、全くもって虚言や強がりでなく、自らが唯一細く長く続けていられた趣味であった。躊躇い傷、と称したのはあくまでも便宜上である。死に対してそう云った姿勢で居るのではない。肌を裂き、脂肪層との御対面を叶えるのが主たる目的。剃刀が皮膚の内部に食い込む際の背中の冷やさで何もかも忘れて仕舞えることが魅力でならない。
さて、今回の傷口から硝子が漏れていたのはいつからだったろう。未体験であるが、腕ならば最初からだったかもしれない。ツウと滴り落ちては数分間で固まる。タオルを三枚駄目にしてしまった。瘡蓋が出来るより早く硝子面が傷口に美しく張り付いており、照明に透かすとギラリ、鋭く光る。ふたたび裂いて、パキリ。みたび裂いて、キラリ。
ヤア君達、刃は残り三枚あるよ。試しに、無二の感覚を共有出来るか賭けていかないかい。
