ときめきクローザー
ウエット・ティシューで手の甲のタール汚れを拭くと、そいつが皮膚を連れて行きやがった。医療従事者の適当な科に属するでもなければ滅多に見られないであろうニンゲンの中身が、そこそこの面積で眼前に広がる。静脈は青・動脈は赤、と云う意識でいたが、同様の配色である塩化ビニル樹脂がすっ絡まっているのが窺えた。どう見たって電線なのだが、否、だからなのか、元に戻さねばならない気持ちはぼうやりと頭の後ろを通過してゆく。
御天気のよい日にお別れをするのは本当に辛い、と昔の詩人は残しましたっけ。然し御天気の良い日は、別れも、出逢いも、呼吸に至るまでも何をしたって辛い。空中ブランコの演者が最後に飛び込むプールは決まって蛍光グリーンが光っていて、生死の境をあざとく気取っている。潜在意識が組立てるアルファ波を含んだ声を飲んだら、みな右半身の不定愁訴を起こすのである。泡を吹いて倒れた固定観念が最後に思い出したのは置き去りのトランクがひとりでに雑木林を走り抜けたシーンだったと話には聞いている。
アイスクリーム・ディッシャーで眼球を繰り抜いたら、カップに好きなだけ盛り付けても良いよ。アイドンノー、明日に興味はないけれど。ウォーアイニー、伝えてやりましょ爪先で。
