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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第68話「バスケ公園の影が長くなるころ」/「夕陽とゴールの間に」)

ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色

サイドB:「バスケ公園の影が長くなるころ」
ーー新谷 湊の視点


西陽がゴールネットを透かして、砂地に細長い影ば伸ばしとる。
夕方の公園は、あの頃のまんま。
ただ、俺だけが、ちょっとだけ遠くに行ってしまう気がしよった。

ベンチにリュックを置いて、バスケットゴールば見上げる。
ネットは少しほつれてて、柱の色も褪せとるけど、
ここは——俺と航大朗が小学生の頃から、何百回もシュートを打った場所。

七月の県大会、準決勝のあの瞬間が、まだ胸に残っとる。
終盤、俺たちは3点差で追っとった。
監督の一声でコートに立ったとき、手の震えが止まらんやった。
それでも、航大朗が俺にパスをくれて、
俺は、スリーポイントのラインに立った——

けど、リングにはじかれたボールは、あの先輩が拾ってくれた。

そして、試合終了のブザーと同時に、先輩の目から涙がこぼれたとき、
俺たちは「来年こそ優勝やけん」って、声をそろえて誓ったとやった。

……それから1か月、来週から2学期が始まるという時に、
父ちゃんから言われた。
「10月から東京に転勤になった。家族みんなで行くぞ」って。

冗談かと思ったけど、話はもう決まっとった。
母ちゃんも妹も楽しみしとる。

――けど、俺は。

右ポケットに手ば入れて、ぐっと拳ば握る。
伝えんといかん。けど、伝えた瞬間、この“いま”が変わってしまう気がして。

ふと、視界の端に、白と茶の小さな影が入りこんだ。

公園の入り口。砂利の上を、しずしずと歩いてくる一匹の猫。
片耳に、ちいさな切れ目。細いしっぽがふわりと揺れる。

俺の前で止まって、きょとんとした顔で見上げてきた。
なんも言わんし、鳴きもせん。ただ“そこに、おる”。

「……なんや、おまえ。ここ、初めてやろ?」

猫はちょこんと座って、俺ばじっと見つめとる。
その目に映っとるのは、俺の“顔”じゃなくて、“心の音”みたいやった。

「言わんで済むなら、言わんでよかとに。
 でも、それじゃ、ほんとに終わる気がするけん」

誰にも聞こえんくらいの声で、呟いた。

猫はしばらくじっとおったあと、
ふっと視線をはずして、公園の入り口を出て、
アスファルトの上を歩き出した。
まるで「だいじょうぶ」とでも言うように、しっぽば軽く揺らして。

その背中ば見送ると、遠くの坂のほうからスニーカーの音が響いてきた。

——航大朗が来た。

俺はベンチから立ち上がる。
夕陽のなかで、あの約束が胸に浮かぶ。
「来年こそ、二人で」

……来年は、もう、ここにはおれん。

でも、いまなら、ちゃんと話せる気がした。

ここに、おったけん。
その猫が、静かに背中ば押してくれたけん。

【了】


サイドA:「夕陽とゴールの間に」
ーーぶんちゃんの視点


アスファルトの匂いが、夕陽の熱で少しずつ立ちのぼっとる。
おれはその匂いばたどって、小さな公園に入っていった。

風に混じって、昔のボールの音が聴こえるような気がした。
それは、いつか誰かが、何度も繰り返した音の残り香やった。

初めて来た公園には、バスケットのゴールがひとつ。
柱はすこし傾いて、ネットはほつれとる。
けど、それば見上げる少年の目だけは、まっすぐやった。

彼は、ベンチにリュックば置いて立ち尽くしとった。
“待っとる”というより、“決めよう”としてる顔。
でも、心の奥からは、遠くで波打つような迷いの音が聴こえてきよった。

おれは、草むらを抜けて、そっとその子の前に出た。

気づいた彼は、少しだけ目を見開いたあと、
「……なんや、おまえ。ここ、初めてやろ?」とつぶやいた。
その声は、誰にも聞かせる気のない、心の声やった。

おれは、黙ってそこに座った。
じっと彼ば見つめた。風がふわりと吹いた。

「言わんで済むなら、言わんでよかとに。
 でも、それじゃ、ほんとに終わる気がするけん」

彼の声に、揺れる心がにじんどった。
それでも、ちゃんと前を見ようとする気配もあった。

おれは、しっぽば軽く揺らして、ゆっくりと立ち上がった。
もう大丈夫。そう思えたけん、歩き出す。

振り返らんでもわかる。
彼の胸の奥に、「言葉にせんでも通じる何か」が残ったと。

それで、よか。

——ここに、おったけん。
ただそれだけで、あの子は、少しだけ前に進めたごたる。

坂の途中ですれ違った少年が、彼を見つけて笑顔で駆け寄っていく。


【了】



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シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

🧭思考の案内人|Thinking Navigator

略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒愛知の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。こどもは二人とも大学生となって巣立ち、妻と二人暮らし中。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!