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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第12話「あたたかいしっぽのとなりで」/「においの奥にある、遠い山の気配」)


ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色



サイドB:「あたたかいしっぽのとなりで」
——ネパール人留学生の夜の記録

 今日は雨でした。
 駅のロータリーには傘の音がたくさんして、みんな足早に歩いていました。

 わたしは、コンビニの店内でパンの棚を直していました。
 アルバイトは3時間。いつも18時から21時まで。
 学校が終わってからそのまま来て、終わったら家に帰って、ごはんを炊きます。

 

 日本に来て、2年がたちました。
 言葉にも、授業にも、少しは慣れました。
 でも、心はまだ、“ここにいる自分”に慣れていません。

 

 レジの日本語はスムーズになったし、
 近所の常連さんとも、笑って話せるようになった。
 でも、「家族みたいに近い人」はまだ、いません。

 

 バイトが終わって、外に出ると、雨は止んでいました。
 地面がきらきら光っていて、街灯がぬれた道に映っていました。
 わたしは、傘をたたんで、大きく息をしました。

 

 そのときでした。

 

 猫が、いました。
 白と茶色のぶち。駅前の花壇のあたりで、ぺたんと座っていました。

 近づくと、まっすぐわたしの顔を見ました。
 にゃーとは鳴きませんでした。でも、逃げませんでした。

 

 「こんばんは」
 つい、声をかけてしまいました。

 

 猫は、少しだけ頭をかしげて、しっぽをふわりとゆらしました。
 なんとなく、わたしは近くのベンチに座りました。
 猫も、少し距離をあけて、横に座りました。

 

 しばらく、わたしは空を見ていました。
 日本の空は、ネパールの空とちがうようで、でも、よく似ています。
 そして、ふいに胸の奥が、少しだけさびしくなりました。

 

 「わたし、家族に会いたいです」
 言葉が、日本語で出てきたのは不思議でした。

 

 猫は、目を細めてこちらを見ていました。
 なんにも言いませんでした。
 でも、それがとても、あたたかかったです。

 

 「だいじょうぶよ」
 そう言われた気がしました。
 ネパール語でも、日本語でもない、静かな気持ちで。

 

 やがて、猫は立ち上がって、しっぽをぴんと立てました。
 そして、トコトコと駅の方へ歩いていきました。
 まるで、「また、ここにいるからね」と言っているようでした。

 

 「ありがとう、ぶんちゃん」

 名前は知らなかったけれど、
 近所の子どもたちがそう呼んでいたのを、思い出しました。

 

 今夜、わたしは少しだけ“さびしくない夜”をもらいました。

 猫は、ただそこにいただけ。
 でも、わたしの中に、あたたかい灯りがひとつついた気がします。

 

 たぶん、あの猫は魔法使いです。
 さびしい人を、そっと見つけて、言葉じゃなくて「となりにいること」で寄りそってくれる。

 

 また会えるでしょうか。
 きっと、はい。きっと。

【了】



サイドA:「においの奥にある、遠い山の気配」
——ぶんちゃんと留学生の夜

 おれは猫。ぶんちゃん。
 佐世保の町を、風の通るほうへ、気配のさすほうへ、ふらりと歩いとる。

 今夜は、駅前のコンビニの近くで、雨のあとの空気がくすぐったかった。
 コンクリートのにおい。湿ったアスファルト。
 そして、その奥に、ちょっとだけ遠くて懐かしい山のにおいが混じっとった。

 

 そのにおいの主は、まだ若い人間やった。
 黒い髪。まっすぐな背筋。
 でも、目の奥には、少しだけ“ひとりの時間”が沈んどった。

 

 おれは、歩いて彼の前に出て、ぺたんと座った。
 彼は驚かずに、やさしい声で言うた。

 「こんばんは」

 

 ——言葉の意味よりも、
 その声のやわらかさが、おれの耳に届いた。

 

 彼は、駅前のコンビニで働いとる。
 毎晩、きっちり棚を直して、笑顔でレジを打つ。
 けど、心の奥には、遠い国の家族の気配がずっと寄り添っとる。

 

 おれは、となりのベンチにちょこんと座った。
 彼も座った。
 人と猫、言葉を交わさずに並んで座るだけ。

 

 ——それで、よかとよ。

 

 しばらくして、彼がつぶやいた。

 「わたし、家族に会いたいです」

 

 その声に混じったのは、
 雨の名残と、少しのあたたかさと、ちいさな勇気やった。

 

 おれは、目を細めて、しっぽばふわりと揺らした。
 「だいじょうぶ」とも、「そばにおる」とも言わん。
 ただ、その全部の気持ちを、足もとから伝えるだけ

 

 やがて、彼は少し笑ってくれた。
 あったかい光のような、その笑顔を見て、
 おれはすっと立ち上がった。

 

 そして、しっぽをぴんと立てて、また夜の風の中へ歩き出した。

 

 きっと、彼はこれからも悩むことがあるやろう。
 でも、この町にひとりで立っとるんやなか、って思えた夜が、
 一度でもあったなら、それでよか。

 

 おれは猫。
 でも、ときどき、誰かの遠く離れた山の記憶を思い出させることがある。

 それが、おれのしごとやけん。


【了】



前話です▼



シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州の国立大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

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