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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第11話「陸(おか)に戻った日」/「帰港する心」)

ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色



サイドB:「陸(おか)に戻った日」
——ある海上自衛隊員の記録

 佐世保の風は、潮の匂いが濃くて、どこか懐かしかった。
 でも、船を下りた足が、地面の感触に慣れなくて、ちょっとよろけた。

 「ああ、帰ってきたんやな……」

 声に出してみても、いまいち実感が湧かない。
 数ヶ月にわたる海外派遣。任務は無事に終えた。
 でも、気持ちの中はまだ、どこか“海の上”に置いてきぼりのままやった。

 ――ニュースにはなっとらんけど、
 派遣中、あの張り詰めた場面が尾を引いとるっちゃろか。

 

 「お疲れ!」
 仲間が笑って声をかけてくれる。
 「休み、ゆっくり使えよ」
 「彼女、待っとったやろ〜?」

 冗談を返す余裕は、まだ戻ってこない。
 心の奥が、ぽっかり穴あいてるみたいで、
 なぜか、“戻ってきた”ことが怖い気さえした。

 

 休暇初日。
 ふらりと歩いた先は、港のショッピングモールの先の古い通り。
 幼い頃、親父と一緒に来た朝市のあたり。
 通ったことのあるはずの道も、少し風景が変わって見えた。

 

 鯨のモニュメントが目印の公園ベンチに腰かけて、
 自販機のコーヒー缶で、手のひらをあたためる。
 海の匂いと、町のにおいが混じるこの感じ。

 スマートフォンの待ち受けに映る笑顔を見つめてみた。
 夏に登った烏帽子岳、その頂上で二人で撮った写真。

 ――今日は夜勤って言いよったもんな。

 「ただいま」って言いたいのに、
 言葉が喉の奥でうまく形にならんかった。

 

 そのときだった。

 すっと足元に現れたのは、一匹の猫。

 

 白と茶のぶち模様。
 堂々としてて、でもどこかやわらかい目をしていた。

 

 「……おまえ、誰かに飼われとっとや?」

 そう声をかけたら、猫は返事もせずに、おれの横に座った。

 

 しばらく無言のまま。
 なんやろう。
 心ん中でずっと波立っとった感情が、すこしずつ沈んでいく気がした。

 

 「……うん。なんか、海ばっかりおって、
  “陸の時間の流れ方”ば忘れとった気がする」

 

 猫は、ただ静かにおれの方ば見とった。
 あの目は、人の言葉よりも、もっと奥のとこを読んどる気がして、
 ちょっとだけ、泣きそうになった。

 

 「ばってん、ただいま。……ほんとは、うれしかよ」

 ぽつんと、言葉がこぼれた。

 

 猫は立ち上がって、しっぽをぴんと立てて去っていった。
 まるで、「そいでよか」って、背中で言ってくれたみたいに。

 

 風が吹いた。
 コーヒーの缶がぬるくなってた。
 それでも、手の中に残った温度が、ちょっとだけ陸の重さを思い出させてくれた。

 

 ——たった数分の出来事だったけど、
 あの猫に会って、やっと「帰ってきた」って思えた。


【了】



サイドA:「帰港する心」
——ぶんちゃんと、海からの帰還者

 おれは猫。ぶんちゃん。
 町の風の中に混ざる、“心の潮騒”を嗅ぎ分けるのが得意たい。

 この佐世保の港町には、陸と海のはざまに立つ人が多か。
 今日もまた、一人。

 

 彼は、朝のうちに戻ってきたらしか。
 白い帽子、伸びきらんうちに焼けた首すじ。
 笑顔をつくる筋肉が、まだ“海”の時間におる。

 

 港の近くの道に、ひとりきりで立っとった。
 仲間と別れて、言葉を交わしたあと、
 ポケットに手を突っ込んで、ふらりと歩き出した。

 

 おれは、潮のにおいにまじって漂う、
「おさまらん気持ち」の波ば感じ取った。
 だから、彼の行く先に、先回りして座ってみたとよ。

 

 自販機のコーヒー缶を片手に、
 彼はベンチに腰を下ろした。
 でも、その手は、どこか落ち着かんかった。

 ”すまーとふぉん”とか言う電話を見つめる彼の瞳には
 なぜか戸惑いの色が映っとる。

 

 だから、おれは、そっと隣に座った。
 とくに鳴かん。見つめるだけ。
 彼の目が、おれに気づいた。

 

 「……おまえ、誰かに飼われとるんか?」

 

 違うとよ。
 おれは、誰にも飼われとらん。
 けれど、誰かの心の港になることは、ある。

 

 彼の目が、少しだけゆるんだ。
 その顔に、疲れがにじんどった。
 おれは、そっと前足をのばして、地面に体ば預けた。

 

 「……うん。なんか、海ばっかりおって、
  陸の時間の流れ方ば忘れとった気がする」

 

 ——そいでよか。
 忘れるほど、ようがんばった証拠たい。

 

 おれはただ、そこにおった。
 波の音の代わりに、木の葉のそよぐ音を聞きながら、
 彼の“心がゆっくり着岸するのば”待っとった。

 

 「……ただいま。ほんとは、うれしかよ」

 

 ——よう言うたね。

 

 おれは、すっと立ち上がって、
 しっぽばぴんと立てた。
 それは、「おかえり」でもあり、「よかよ」でもあり。
 そして、「もう大丈夫」の合図でもあった。

 

 町の風が、少しだけあったかくなった気がした。
 それは、彼の心が、陸に帰ってきた音やったかもしれん。

 

 ——おれはまた、次の誰かのために歩く。
 でも今日は、この町にもう一人、
 ちゃんと“帰ってきた人”が増えたけん。

 

 それだけで、よかとよ。


【了】



前話です▼


シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州の国立大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

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