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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第4話「まっとるけんね」/「風のかおり、カレーの音」)


ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色

サイドB:「まっとるけんね」——ぶんちゃんと、坂の上のおばあちゃん

 坂の上の、古か平屋。
 その縁側に、ひとりのおばあちゃんが毎日座っとる。

 名前はヒサエさん
 髪は真っ白で、声はやわらか。季節の花をようけ育てとって、郵便屋さんからも「花の家」と呼ばれとる。

 ばってん、この家にはもう何年も、人の足音がひとつ、戻ってきとらん。

 

 ヒサエさんには、ひとり息子がいた。
 小さい頃から勉強が好きで、町一番の高校に受かって、大学進学で都会へ行った。
 そのあとも、帰ってきたのは数えるほど。
 「仕事が忙しかけん」「落ち着いたら帰るけん」——
 電話の声は遠くて、どこか、よそよそしかった。

 

 それでも、ヒサエさんは言う。

 「まっとるけんね」

 誰にともなく、風に向かって。

 

 ある春の日、ヒサエさんは庭先で出会った。
 ぬうっと現れた、白と茶のぶち猫。
 おっとりしとって、すり寄ってきて、膝の上にずんと乗ってきた。

 

 「……あんた、ぶんちゃん?」

 近所の子が教えてくれた名前。
 「困っとる人のとこに現れる、不思議な猫たい」って。

 

 ぶんちゃんは、毎日やってくるようになった。
 縁側でいっしょに日向ぼっこして、夕方には庭をくるりとまわって、ふっと帰っていく。

 ヒサエさんはぶんちゃんに話しかける。

 「たかしはねぇ、小さいころは甘えん坊やったとよ。……あん子、こがん猫がおったら、きっと抱きしめとったやろねぇ」

 

 ある日、ぶんちゃんが縁側に小さな箱をくわえてきた。
 ふたを開けると、そこには古びた写真と手紙が入っとった。

 ——たかしが都会に行く前に、自分の部屋にしまい込んだはずのもの。

 

 手紙には、少年らしい文字でこう書かれてあった。

 「おかあさんへ。ぼくは、つよくなって、かならず帰ってくるけん。
  そんとき、一緒にカレーば作ろうね。」

 

 ヒサエさんは、手紙を胸に抱いた。
 涙は出らんかった。ただ、風の音が胸の奥までしみ込んできた。

 「……あん子、いま、どがんしとるとやろねぇ」

 ぶんちゃんは、そっとヒサエさんの膝に顔をうずめた。
 しっぽだけが、やさしく揺れていた。

 

 ——それから数日後。

 坂を、誰かが上ってきた。
 スーツ姿の男。額に汗がにじむ少し疲れた顔。でも、目はまっすぐ前を向いとった。

 「……ただいま」

 

 ヒサエさんは驚いたように目を見開いた。

 「……たかし?」

 

 ぶんちゃんは、庭の片隅で、すうっと立ち上がった。
 そして、何も言わず、風にまぎれて消えていった。

 

 その夜、台所からカレーの香りが町にふんわりと流れてきた。
 昔と同じ味。けれど、どこか、やさしさが増していた。

 ヒサエさんは言った。

 「まっとったけんね」

 

 その声は、もう風に向けられたものではなかった。

【了】



サイドA:「風のかおり、カレーの音」——ぶんちゃんのまなざしより

 おれは猫。ぶんちゃん。
 どこに住んどるかは、決まっとらん。ばってん、この町のことはだいたい知っとる。
 人の声、風のにおい、季節の隙間。全部、しっぽでなぞるように感じとる。

 

 坂の上に、花が咲いとる家がある。
 家の前を通るたびに、鼻の奥が、すこしあたたこうなる。
 そん匂いの奥に、もっと奥——かすかに漂う“さみしさ”があった。

 

 おれは、その家の縁側にふらっと座った。
 そしたら、出てきたとが、おばあちゃん。ヒサエさん。

 真っ白な髪。やわらかい手。
 でも、目の奥にぽつんと灯る光が、ずっと「誰か」を探しとるように見えた。

 

 ヒサエさんは、よう話しかけてくれた。
 「たかしはねぇ」「ちいさい頃はねぇ」——
 話すたびに、声がちょっとだけ高くなる。昔のことを思い出すと、人間の声はやさしゅうなるとね。

 

 おれは、ただ座って聞いとった。
 ときどき膝にのって、目を見て、「おるよ」と伝える。

 言葉は使わん。ばってん、伝わることもあるけん。

 

 ある日、おれは風のにおいばたどって、小さな納屋に入った。
 古びた箱がひとつ、木の影にひっそり眠っとった。

 ふたを開けると、写真と手紙。
 懐かしかインクのにおいがした。子どもの文字が、不器用に並んどった。

 

 『おかあさんへ ぼくは、つよくなって、かならず帰ってくるけん。
  そんとき、一緒にカレーば作ろうね。』

 

 ——これば、届けんばいかん。

 

 おれは、写真と手紙ばくわえて、庭をぬけた。
 縁側で、陽だまりの中に座るヒサエさんの前に、そっと置いた。

 

 ヒサエさんは、手を震わせながら、読みよった。
 読んで、静かに目ば閉じた。
 泣かんかった。でも、その胸の奥にあった“待っとる気持ち”が、ようやく届いた気がしたとよ。

 

 そのあと、風向きが変わった。

 

 ヒサエさんが何年も下りてこんかった坂を、誰かがのぼってきた。
 スーツ姿。少し大人になりすぎた目。でも、匂いは昔のまんまやった。

 ——あんたか。たかし。

 

 「……ただいま」

 その一言に、おれはそっとしっぽを立てた。
 もう、配達は終わったばい。

 

 縁側に残してきたのは、カレーの匂いと、おれの毛が一筋。
 また誰かが必要としたとき、風に乗って会いにいくけん。

 

 おれは、誰かの心が「まっとる」ときにだけ、そこに現れる。

 言葉の代わりに、音のない矢印で、忘れられとった気持ちば導くために。

 

 ——その夜。町の風に、カレーの匂いが混ざった。

 それは、再会の味。やさしか音。

 

 今日もまた、誰かの「まっとるけんね」が、おれの背中ば押しとる。

【了】



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シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)

  • 第1話:「坂ん上の猫」/「配達係のミッション」

  • 第2話:「坂ん下の手紙屋さん」/「ことばの花屋さん」

  • 第3話:「しっぽの地図」/「しっぽの矢印」

  • 第4話:「まっとるけんね」/「風のかおり、カレーの音」

  • 第5話:「しっぽのガイドさん」/「A Cat in Sasebo」

  • 第6話:「わたしをほどく音」/「がんばりすぎた音がする」

  • 第7話:「その手を、ほどく日」/「わからんままのわたし」

  • 第8話:「あのとき、わたしが泣いた理由」/「母の心、子の手のぬくもり」

  • 第9話:「ただいま、を言えない夜」/「ちゃんと“父親”になれるだろうか」

  • 第10話:「魚の声、親父の背中、猫の足あと」/「親父の店に、立つ。」

  • 第11話:「陸(おか)に戻った日」/「帰港する心」

  • 第12話:「あたたかいしっぽのとなりで」/「においの奥にある、遠い山の気配」

  • 第13話:「夜の出口で待っとった」/「わたしに戻る数分間」

  • 第14話:「まだ鳴りきらん音の前で」/「ごめん。でも、ありがとう」/「残るって、逃げることですか」

  • 第15話:「黙して祈る人の横にて」/「祈る者の祈り」

  • 第16話:「静けさが汗に変わる前に」/「今日もおるね、ぶんちゃん」

  • 第17話:「のれんを上げる理由」/「ぶんちゃん、ここはまだ終わっとらんとよ」

  • 第18話:「I didn’t say it out loud, but you heard me.」/「声のない声、ちゃんと聞こえとるけんね」

  • 第19話:「鳴かぬ勝者と、笑わぬ道化」/「上から見える距離、下から届く匂い」

  • 第20話:「ふたりの間に光が灯る」/「来ると思った。根拠なんてないけど」/「別に、会いに行ったわけじゃない——とか言っても信じんやろな」

  • 第21話:「境界にいる者」/「出発も到着も、においでわかるけん」

  • 第22話:「転んでも、目だけは前を向いとる」/「できたって、言いたかったんだ」

  • 第23話:「音が出ん日も、聴こえとる者はおるけん」/「音の向こうに、心があるばい」

  • 第24話:「ほどける音は、声の中じゃなく目の奥にあるとたい」/「おかあさんと、ねこさんと、知らないおじさん」

  • 第25話:「今日は、箒の音がしなかった」/「あいつが黙っとると、庭が少し広くなる気がした」

  • 第26話:「鈴の音は聞こえんでも、風はまだ吹いとるけん」/「鈴の音はせんでも、ここには想いのにおいが残っとる」

  • 第27話:「ここに、確かに誰かがおったけんね」/「おったけんね」

  • 第28話:「あの手が、やさしかったけん」

  • 第29話:「干した網のにおいと、黙っとるやさしさと」/「なんも言わんでも、通じとるもんがあるとたい」

  • 第30話:「おまわりさんで、よかったばい」/「帽子の影に、やさしか気配があったとよ」


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。
 
私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州の国立大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
🧭 読んだあと、あなたの中に“新しい見方”がひとつ芽生えるような。そんな記事をお届けできたらうれしいです。
📮 感想や応援メッセージ、いつでも大歓迎です!


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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

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