【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第2話「坂ん下の手紙屋さん」/「ことばの花屋さん」)

サイドA:「坂ん下の手紙屋さん」——ぶんちゃんの配達日誌より
おれは猫。名前は「ぶんちゃん」。
かつて、坂ん上でひとつの手紙ば無事に届けたあと、今ではちょっとした“伝説の猫”っちゅうことになっとるらしか。
まあ、たいしたことはしとらんとばってん。
人間ち、自分で気づかんかったもんに出会った時、「奇跡」て呼びたがるけん、ありがたかことばい。
で、今日のおれは、坂を下ってきとる。
鼻先に引っかかったのは、ちいさな花屋の匂い。そして、誰かのため息の音。
——若か女の子。
白いエプロンに、ちょっと重かまぶた。
花を包みながらも、目は遠くを見とる。まるで、いまおる場所と、ちがうところに心があるみたいな。
名前はアユミちゃん。
ほんとは絵ば描きたか子。ばってん、夢は途中でしまい込んでしもうて、いまは花を包んどる。
おれは、店の前で座った。目が合った。
「……あれ?また来たと?」
2回目で「また」と言われるくらいには、存在感が出てきたらしか。
アユミちゃんは、おれの頭ばなでながら、ぽつりとこぼした。
「なんかさ、昔ね、“花言葉の絵本”作りたいって思っとったとよ。……もう、忘れたつもりやったばってん、昨日お客さんに『この花の意味って?』って聞かれて、なんか思い出してしもうたと」
——ほう。
じゃあ、おれの出番ばい。
翌朝、おれは一本のドライフラワーばくわえとった。
数日前に、港の倉庫裏で見つけた、誰かが忘れていった絵本のページが一枚、花の間に挟まれとったとばい。
それを、アユミちゃんの花屋の前に、そっと置いた。
彼女は開いた瞬間、目ん玉ば丸くした。
「『ワスレナグサ』——忘れな草の約束。
“あなたが夢を忘れても、私はずっと覚えています。”」
手描きのやさしい線。小さな文字。
まちがいなか。これは、昔アユミちゃんが描いとったものと。
「えっ、これ……なんで……」
おれは「にゃー」と一声鳴いた。
ほらほら、気づきんしゃい。自分が残したもんに。
なくしたつもりでも、ちゃんと誰かが拾っとったことに。
それから数週間。
花屋の一角に、ちいさなスペースができた。
『ことばの花屋さん』。花と言葉のカードをセットで贈るサービス。アユミちゃんの手描きカード付き。
店ん前に座るおれに、アユミちゃんは時々つぶやく。
「なんかさ、いま、ちょっとだけ前より“自分”になれた気がする」
——うん。
それでよかとよ。おれは、配達係やけん。
坂の上にも、坂の下にも、まだまだ“思い出されん夢”が落ちとる。
おれはそれば、風の匂いで探して届けるだけ。
あ、そろそろ次のミッションの気配。
——こんどは、駅の方で、古びたギターの音がしよるばい。
さてさて、また誰かが、何かに気づく番ばいね。
ごろごろ。今日も、よか配達日和やん。
【了】
サイドB:「ことばの花屋さん」——アユミのまなざし
朝の空気が、ほんのり冷たかった。
けれど、花屋のシャッターを開けると、いつものように優しい香りが胸の奥まで染みてくる。
ラナンキュラス、フリージア、チューリップ。
春はいろんな色で溢れとる。
——だけん、わたしの中は、ずっとグレーのまんまだった。
この店で働き始めてもうすぐ一年。
最初は「お花って可愛いし、癒されるし」と思ってたけど、だんだん、作業とルーティンになってきて。
気づけば、心がついてこんようになってた。
それでも、誰にも言えんかった。
「夢を諦めた」って、認めるのが怖かったけん。
あの日も、そんな朝やった。
坂の下の方から、茶色と白の猫がとことこと歩いてきて、店の前にちょこんと座った。
「また来たと?」って笑ったけど、ほんとはちょっと嬉しかった。
その猫には、不思議と“間”があった。
人の気配を読み取って、寄り添ってくれるような。
話しかけると、なんとなく受け止めてくれるような。
「花言葉の絵本、作りたかったとよ。……ずっと前にね」
ぼそっと言ったその言葉は、自分でも忘れかけとった気持ちだった。
次の日。
店の前に、小さなドライフラワーの束と、一枚の紙が落ちとった。
拾い上げて息をのむ。
その紙は、まさしく——昔、わたしが描いとった絵本のページ。
『ワスレナグサ——忘れな草の約束。
“あなたが夢を忘れても、私はずっと覚えています。”』
震える指先で、文字をなぞった。
花びらの形も、淡い水彩の色も、あのときのまんま。
——どうして? なんで今、ここに?
でも、そんな疑問よりも先に、じわっと胸の奥から、懐かしか気持ちがあふれてきた。
「ああ、わたし……ほんとは、今でも描きたかったとやね」
猫は、静かに足元にすり寄ってきて、ごろごろと喉を鳴らした。
その音が、「そう思ってよかとよ」って言ってくれとる気がした。
それから、店長に相談して、花屋の隅っこにちっちゃなスペースをもらった。
名前は『ことばの花屋さん』。花と、手描きの“言葉のカード”を一緒に届ける、そんな小さなコーナー。
最初は不安やったけど、お客さんが「これ、すごく心に残りますね」って言ってくれて。
「なんでこんな言葉、選べたんですか?」って聞かれるたび、ちょっと照れくさくなる。
——あの猫がいなかったら、きっとこの一歩は踏み出せんかった。
今も、ときどき店の前に座っとる。
ぶんちゃん。
わたしが勝手にそう呼びよる。
ある日、何気なくそう言ったら、「あら、坂の上の運送屋さんもその名前で呼びよったばい」と近所の人が教えてくれた。
あの猫は、もしかしたら、
——誰かの気持ちの“届け先”を知っとるんじゃなかろうか?
今日も花を包みながら、そっとぶんちゃんに目をやる。
風に揺れる花の中で、あの子のしっぽだけが、ゆらんと動いた。
わたしは今、自分の言葉で、誰かの心をそっと咲かせてみたかと。
たとえ、小さなカード一枚ぶんでも。
そんな想いを、ぶんちゃんがまたどこかに運んでくれる気がしてならんとよ。
【了】
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シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)
第9話:「ただいま、を言えない夜」/「ちゃんと“父親”になれるだろうか」
第10話:「魚の声、親父の背中、猫の足あと」/「親父の店に、立つ。」
第11話:「陸(おか)に戻った日」/「帰港する心」
第12話:「あたたかいしっぽのとなりで」/「においの奥にある、遠い山の気配」
第13話:「夜の出口で待っとった」/「わたしに戻る数分間」
第14話:「まだ鳴りきらん音の前で」/「ごめん。でも、ありがとう」/「残るって、逃げることですか」
第15話:「黙して祈る人の横にて」/「祈る者の祈り」
第16話:「静けさが汗に変わる前に」/「今日もおるね、ぶんちゃん」
第17話:「のれんを上げる理由」/「ぶんちゃん、ここはまだ終わっとらんとよ」
第18話:「I didn’t say it out loud, but you heard me.」/「声のない声、ちゃんと聞こえとるけんね」
第19話:「鳴かぬ勝者と、笑わぬ道化」/「上から見える距離、下から届く匂い」
第20話:「ふたりの間に光が灯る」/「来ると思った。根拠なんてないけど」/「別に、会いに行ったわけじゃない——とか言っても信じんやろな」
第21話:「境界にいる者」/「出発も到着も、においでわかるけん」
第22話:「転んでも、目だけは前を向いとる」/「できたって、言いたかったんだ」
第23話:「音が出ん日も、聴こえとる者はおるけん」/「音の向こうに、心があるばい」
第24話:「ほどける音は、声の中じゃなく目の奥にあるとたい」/「おかあさんと、ねこさんと、知らないおじさん」
第25話:「今日は、箒の音がしなかった」/「あいつが黙っとると、庭が少し広くなる気がした」
第26話:「鈴の音は聞こえんでも、風はまだ吹いとるけん」/「鈴の音はせんでも、ここには想いのにおいが残っとる」
第27話:「ここに、確かに誰かがおったけんね」/「おったけんね」
第28話:「あの手が、やさしかったけん」
第29話:「干した網のにおいと、黙っとるやさしさと」/「なんも言わんでも、通じとるもんがあるとたい」
第30話:「おまわりさんで、よかったばい」/「帽子の影に、やさしか気配があったとよ」
あとがき
この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。
私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者
プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州の国立大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
🧭 読んだあと、あなたの中に“新しい見方”がひとつ芽生えるような。そんな記事をお届けできたらうれしいです。
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