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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第13話「夜の出口で待っとった」/「わたしに戻る数分間」)


ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色



サイドA:「夜の出口で待っとった」
——ぶんちゃんと、スナックのママの夜明け

 おれは猫。ぶんちゃん。
 夜の町には、昼とは違うにおいがある。
 香水とタバコ、グラスの氷、嘘と本音の混ざった空気。

 

 夜店公園通りの一本裏。
 ネオンの届かん細い路地に、ぽつんと光る古びたスナックのドア。
 朝の5時前、そのドアが、ギィと小さく開いた。

 

 出てきたのは、ヒールの音がかすかに響く女の人。
 髪はほどけかけ、化粧は薄れとっても、背筋はまだピンとしとる。
 でも、肩のあたりにだけ、“おつかれ”がくっついとった。

 

 おれはその前に、ちょこんと座っとった。
 缶コーヒーの自販機の横。
 路地のぬれたアスファルトの上。

 

 彼女は、おれに気づいて足を止めた。
 ほんの数秒、無言。
 そして、ふっと笑った。

 

 「……あんた、まだおったとね。こんな朝まで」

 

 おれは、にゃーとは鳴かん。
 その代わり、ゆっくり瞬きしてみせた。
 夜があけるまで、ずっと待っとったことば、伝わるように。

 

 彼女はバッグからタバコを取り出したけど、火はつけんかった。
 そのまましゃがみこんで、ヒールをぬいで足を伸ばした。

 

 「もう年かなぁ。……立ちっぱはこたえるねぇ」

 

 その言葉に、少しの寂しさと、誰にも見せん優しさがにじんどった。

 

 たぶん、店じゃ笑ってお酒をつぎながら、
 相手の話を上手に引き出す人。
 ばってん、自分の話は……誰にもしてないかもしれん。

 

 おれは、そっと近づいて、彼女の横に並んだ。
 ちょっとだけ背中に体を預けた。

 

 彼女は、おれの頭をぽんぽんと撫でてくれた。

 

 「ありがとね。……あんたは、なんも言わんで、ちゃんとそこにおるけん、助かるよ」

 

 あたりの空が、少しずつ白んできた。
 路地の石畳に、朝の色が滲み始める。

 

 おれは立ち上がって、しっぽをぴんと立てた。
 それは、「またね」の合図。

 

 彼女は、ヒールを履き直して立ち上がる。
 少し疲れた顔のまんま、でも、目の奥にだけちょっと光が戻っとった。

 

 夜の出口で、おれは待っとった。
 人が、自分に戻る、その一瞬のために。

 

 そして、今日もまた、
 誰かが「ほんとのため息」をつく場所へ向かう。

 おれは、そこんとこに現れる猫たい。

【了】



サイドB:「わたしに戻る数分間」
——スナックの女と、朝のぶんちゃん

 ドアの鍵を閉めると、指先にまで疲れが出てるのがわかった。

 ネオンはもう消えてて、路地は薄暗い。
 夜の余韻と、朝の気配が混ざるこの時間が、いちばん静か。

 

 ヒールの音が湿ったアスファルトに落ちる。
 酔っ払いの声も、客の作り笑いも、
 わたしの耳からすっかり消えた。

 

 ふと顔を上げたら、いた。

 

 ぶんちゃん。
 いつからそこにいたのか知らないけど、
 自販機の横の濡れた地面に、まるでわたしを待ってたみたいに座っていた。

 

 「……あんた、まだおったとね。こんな朝まで」

 

 声が出たのは、たぶん、
 誰かに話しかけたくて仕方なかったんだと思う。

 ぶんちゃんは何も言わない。
 でも、その“黙ってる感じ”がすごくちょうどよかった。

 

 バッグからタバコを出したけど、火はつけなかった。
 ただ、そのまましゃがみこんで、ヒールを脱いで、足をのばした。

 

 「もう年かなぁ。……立ちっぱはこたえるねぇ」

 

 客に言ったら、「いやいや全然若いですよ〜」なんて返されるだけ。
 本音じゃない本音を繰り返す仕事。
 それがこの町の夜の流儀。
 でも、ぶんちゃんには、そんなのいらない。

 

 ぶんちゃんは、すこし体を寄せてきた。
 毛並みがあたたかくて、ちょっと湿ってて、
 その重さに、「あ、わたし今日もがんばったんだな」って思った。

 

 「ありがとね。……あんたは、なんも言わんで、ちゃんとそこにおるけん、助かるよ」

 

 誰にも聞かせるつもりじゃなかった言葉が、
 つるんと口から転がり落ちた。

 

 ぶんちゃんは立ち上がって、しっぽをぴんと立てた。
 まるで、「それでよかよ」って言ってるみたいに。

 

 わたしも立ち上がって、ヒールを履き直す。
 さっきまでずしんと重たかった背中が、
 なんとなく、ちょっとだけ軽くなった気がした。

 

 夜を生きる女が、朝に戻るその数分。
 誰にも見られたくない、その時間だけは、
 ぶんちゃんがいてくれた。

 

 「よし、帰ろう」

 

 ひとりごとにしては大きな声が、朝の路地に吸い込まれていった。
 ぶんちゃんの背中は、すでに別の静けさへと歩いていた。

 

 ……また明日の朝も、いてくれるかな。
 なんて思いながら、
 わたしは、夜を脱いだ自分に、ただいまを言った。


【了】



前話です▼



シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州の国立大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

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