見出し画像

【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第38話「潮のにおいと、伝えた言葉と、ぶんちゃんと」/「潮ばすくう風と、祈りん音と」)


サイドB:「潮のにおいと、伝えた言葉と、ぶんちゃんと」
——海上保安官・潜水士の視点で

 

非番の手続きを終えて、
佐世保海上保安部の建物を出た。

道路を挟んだ国際ターミナル
――愛称”葉港テラス”の向こうに、
今朝から入港しとる国際クルーズ船が
視界いっぱいに広がる。


今日、救助した瀬渡し船の1万倍はあろうか、
10万トンを超えとる太か船が、
マンションみたいにそびえとる。


「小っちゃかねぇ……。」


日に焼けた自分の腕を見比べてつぶやいた。

まだ潮のにおいが、服に染みついとる。
髪にも、指先にも。

 

青果市場を過ぎ、
駅に向かおうとして思い直し、
ポートサイドテラスを歩く。


港の水面は、
昼間の光を受けて、
ただ静かに揺れよった。

 

スマホを取り出して、
彼女に電話をかける。

 

通話の向こう。
小さく「もしもし」と応えた声。

 

ごめん。
開口一番、そう言うた。

 

伝えた。
昨日、救難信号ば受けて自分が出動したこと。
要救助者のなかに、
彼女のおじいちゃんがおったこと。

 

そして今、
病院で意識不明のままやけど、
生きとること。

 

ひとつずつ、言葉を選びながら、
報告するみたいに話した。

 

最初、彼女は、
電話の向こうで、何も言わんやった。

 

ばってん、
呼吸の音だけで、
どれだけ泣いとるか分かった。

そして、震える声がこぼれる。


”なんで、うちのじいちゃんば――”


その先のかすれた言葉が、
おれの胸の奥を
ぎゅうっと締めつけた。

 

高校生やったころ、
恩師として接してくれたあの人。
厳しかばって、
どこか間が抜けたような笑顔で、
すっと人の懐に入り込む人やった。

 

定年後、
離島で覚えた釣りに夢中になって、
「太か鯛ば釣ってくるけんね」って、
何度も何度も自慢しよった。

 

……まさか、
その人を、
沈みかけた船から救い上げることになるとは。

 

スマホを耳から離して、
ゆっくりと息ば吐いた。


「ごめん……」

 

その言葉を待たずに、彼女の方から通話が途切れる。


海のにおい。
春のはじめの、少し冷たい風。

 

そのときだった。
ふと、足元に気配。

 

白と茶のぶち模様。
片耳に小さな傷のある猫。

 

「……ぶんちゃんか」

 

佐世保の町で、
誰かの心がふっと揺れたときに現れる、
不思議な存在。

 

ぶんちゃんは、
ただ、おれのそばに、ちょこんと座った。

 

にゃあとも鳴かん。
すり寄るでもない。

 

ただ、
潮のにおいの中に、
おれと一緒におった。

 

おれは、スマホを握りしめたまま、
ゆっくりと腰を下ろした。

 

座り込んだ赤レンガの感触。
すぐそばをかすめていく潮風。

 

なあ、ぶんちゃん。
あの人、きっと、大丈夫よな。

 

だって、
他の乗客ば守ろうとして、
最後まで船に残っとったとやけん。

 

そがん人が、
海に負けるはずなか。

 

おれは、
ぶんちゃんをちらりと見た。

 

ぶんちゃんは、
静かに、しっぽを一度だけ揺らした。

 

——だいじょうぶ。


顔を上げたぶんちゃんと目が合う。


——ちゃんと、伝わっとるよ。

 

そんなふうに、
おれには思えた。

 

立ち上がると、
ぶんちゃんは、
何も言わず、また別の道へと歩いていった。

 

おれは、スマホを持ち直して、
もう一度、彼女にかけた。

 

今度は、
ちゃんと伝えたかった。

 

先生が、みんなば守ったとよ、って

 

港の光が、
少しだけ、あたたかく揺れた。

 

【了】



サイドA:「潮ばすくう風と、祈りん音と」
——ぶんちゃんの視点より

 

おれは猫。ぶんちゃん。
今日も、町と海のにおいばすいすい渡りながら、歩いとった。

 

港の近く。
佐世保海上保安部の建物ん前。

 

ここは、
潮と船と、
誰かの願いが、いつもふっと交じり合う場所。

 

今日の風は、
ちいと、重たかった。

 

船のにおいだけやなか。
海ん上でふるえた心ん音が、
すこし混じっとった。

 

おれは、
その音ばたよりに歩いた。

 

建物から出てきた男の人。
良く日に焼けた顔と、たくましか腕。

ばってん、
今はもう、肩の力がすこし抜けとる。

 

手にスマホ。
耳にあてたまま、
じっと空ば見上げとる。

 

風が、
彼の髪を、
潮ばふくんだ空気ごと、なでた。

 

おれは、そっと、足元に座った。

 

にゃあとも鳴かん。
ただ、そこにおった。

 

男の人の声が、
電話の向こうに、
小さく震えとった。

 

——たすけた。
 ばってん、意識は、まだ戻らん。

 

海から引き上げたんは、
彼にとっても、大事な人やった。

 

恋人の祖父。
昔の恩師。
釣りと笑いと、人を信じる力を持った、
あったかか人。

 

おれは、
その背中ん震えも、
潮の音と一緒に感じ取った。

 

しばらくして、
男の人は、
スマホをそっと胸に当てた。

 

風が吹いた。
港ん波が、きらりと光った。

 

おれは、
ゆっくりとしっぽばひと振りした。

 

「だいじょうぶ」って、
「ちゃんと届いとる」って、
言葉じゃなかサイン。

 

男の人は、
ふっとだけ、肩をゆるめた。

 

おれは、
もう役目は終わったと思って、
また、港の方へ歩き出した。

 

潮のにおいの中、
彼の胸ん中にも、
きっと、あたたかか風が、
ひとすじ流れたはずやけん。

 

【了】



▼ぶんちゃん(デフォルメ版)LINEスタンプ始めました🐾



前話です▼



シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
🧭 読んだあと、あなたの中に“新しい見方”がひとつ芽生えるような。そんな記事をお届けできたらうれしいです。
つでも大歓迎です!

いいなと思ったら応援しよう!

Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

この記事が参加している募集