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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第25話「今日は、箒の音がしなかった」/「あいつが黙っとると、庭が少し広くなる気がした」)



サイドA:「今日は、箒の音がしなかった」
——ぶんちゃん、陽だまりの庭にて


 おれは猫。ぶんちゃん。
 佐世保の町の、あっちこっちを歩きながら、
 気持ちのいい陽だまりを探すのが日課たい。

 

 その庭は、特別気持ちのいい場所やった。
 午前の陽がすーっと差し込んで、
 風がぬるくて、地面がふかふか。

 

 ばってん——そこのおじさんが、ちと厄介

 

 おれを見ると、すぐに「こらっ!」って怒鳴って、
 箒を手に追い払ってくる。
 聞いた話じゃ、前に別の猫に花壇を汚されたことがあるらしか。

 

 だから、おれもあんまり長居はせん。
 陽だまりで丸くなっても、
 耳はいつも、箒の音を探しとる。

 

 でも——今日の朝は、違った。

 

 陽がちょうど石のすき間に差してきたころ、
 おれが庭に入っても、箒の音がせんかった

 

 おじさんは、縁側に腰をかけて、
 うつむいたまま、手を動かさん。

 

 ふしぎに思って近づいたら、
 おじさんはおれに気づいた。
 けれど、いつもの怒鳴り声も、箒を握る手もなかった。

 

 ただ、ゆっくりとため息をついて、こう言った。

 「……おまえ、今日は追い払わんけん」

 

 びっくりした。
 おれは、にゃあとも言わず、
 縁側の段差の上に、そっと腰を下ろした。

 

 しばらく、静けさが流れた。
 鳥の声、風の音。
 その中で、おじさんがぽつりとつぶやく。

 

 「ばあさんがな……ここんとこ、体調がすーっとせんとさ」

 

 その声は、怒りでもなく、あきらめでもない。
 ただ、空に向けて話すみたいな声やった。

 

 おれは、目を細めたまま、動かんやった。
 においでわかる。
 この庭の空気が、すこし変わっとる。
 いつもはきゅうっと張ってた糸が、
 今日は、ほどけたみたいに、しんとしてる。

 

 「……猫も、こうして静かにしとる時もあるんやな」

 

 おじさんが、ふと笑った。
 それは、ほんの少しだけ、
 肩の力が抜けたような笑いやった。

 

 おれは、日向のあたたかさを背に感じながら、
 もう少しだけ、そこにおることにした。

 

 今日だけは、追い払われんけん

 それだけで、
 この庭の陽だまりが、ちょっと特別に思えた。


【了】



サイドB:「あいつが黙っとると、庭が少し広くなる気がした」——陽だまりの縁側、おじさんの独り言


 猫は、嫌いだった。
 いや、正確に言うなら——猫“だけ”が嫌いだったわけじゃない

 

 何年か前、せっかくばあさんとふたりで手入れした花壇に、
 どっかの野良が入り込んで、ふんをしていった。

 それからや。
 猫ってやつを見かけるたびに、
 つい身構えるようになった。

 

 特に、あの茶と白の猫——
 あいつはよくこの庭に入り込んできては、
 ひなたぼっこしていきよった。

 

 見つけるたびに、箒を持って追い払った。
 「なんしよるか、こら!」
 何度も怒鳴った。

 

 けど、今日は違った

 

 朝からばあさんの様子が、どうにもすっきりせん。
 最近は、寝たり起きたりのくり返しで、
 口数も減って、笑顔も減って……

 

 医者からは「一時的なもん」と言われとるけど、
 わしの胸の奥では、
 なんかずーんと、嫌な予感が居座っとる。

 

 気分転換に縁側に座って、
 ぼーっと庭を見とったら、
 またあの猫が現れた。

 

 いつもなら、迷わず箒を手にしとった。

 けど、今日は立ち上がる気もせんかった。

 

 不思議なもんで、
 猫も何もせん。鳴きもせん。
 ただ、おれのそばに座って、
 まるで一緒に陽を浴びるように、静かにしとった。

 

 「おまえ、今日は追い払わんけん」

 気づけば、そう声に出してた。

 

 猫は、なにも言わんけど、
 しっぽをちょいと動かして、
 「わかっとる」とでも言いたげな目をしとった。

 

 ばあさんが病室にいるわけじゃなか。
 ここにおる。
 ばってん、なんか、もう遠くに行ってしまいそうな気がして、
 それが……ちょっとだけ、怖かった。

 

 そのとき、庭に一緒にいたのが人間だったら、
 たぶん、わしは何も言えんかった。

 でも猫やけん、
 しゃべらんし、詮索もせん。
 ただ、“おる”だけやった。

 

 なんか、少しだけ気持ちが楽になった。

 不思議やな……
 猫って、ただの猫やろ?
 ばってん、今日は追い払わんでよかった気がする

 

 陽が傾いてきたら、猫は立ち上がって庭を抜けていった。
 振り返るでもなく、ただ自然に。

 

 「また来ても、よかぞ」
 口には出さんやったけど、
 わしの胸の中では、たしかにそう思っとった。


【了】



前話です▼


シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州の国立大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

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