見出し画像

【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第18話「I didn’t say it out loud, but you heard me.」/「声のない声、ちゃんと聞こえとるけんね」)




サイドB:「I didn’t say it out loud, but you heard me.」
——佐世保に来たばかりの女の子と、ぶんちゃんの午後

 I like Japan.
 I really do.

 でも——「すき」と言おうとして、つまってしまった。
 日本語の言葉たちは、教科書で読んだよりも早くて、
 みんなが笑うタイミングも、まだよくわからない。

 

 ダディの船が配属された佐世保に、
 家族みんなで引っ越してきたのは夏のはじめ。
 日本に来られるのがうれしくて、
 ママと一緒にひらがなもカタカナも練習した。

 

 でも、教室で話すみんなの言葉が、
 わたしにはちょっとだけ遠く感じた。

 

 放課後、公園のベンチにランドセルを置いて、
 ため息をついた。
 空は広くて、風が気持ちよくて、
 だけど、胸の奥がちょっと苦しかった。

 

 「I wish someone could just… understand.」

 

 そのとき。
 すぐ横に、小さな気配がした。

 

 猫だった。
 白と茶色の、ふわっとした毛並みの猫。

 ランドセルのそばに、いつのまにかちょこんと座っていた。

 

 わたしはちょっとびっくりして、
 でもなぜか、怖くなかった。

 

 「Hi…?」

 

 猫はにゃあとは言わなかった。
 でも、まっすぐわたしを見て、
 それから、そっと近づいてきて、足元でくるりとまわった。

 

 わたしは、笑った。
 声に出してじゃなくて、心の中で。

 

 「You're not scared of me? Even if I talk funny?」

 

 猫は、静かに座ったまま、ゆっくりまばたきをした。
 それが、「うん、だいじょうぶ」って言ってるみたいだった。

 

 わたしはランドセルから、学校でもらったばかりの日本語のノートを出した。
 「ありがとう」と書いて、猫に見せてみた。

 

 猫は、それを読んだかのように、
 ノートの上に前足をそっと乗せた。
 ちっちゃなハンバーガーのバンズみたいな前足。

 

 笑った。今度は、ほんとうに声を出して。

 

 「Bunちゃん…って名前にするね。今日から、わたしのヒーロー」

 

 猫は、しっぽを立てて歩いていった。
 その後ろ姿を見ながら、
 わたしの心の中で、日本語の「すき」がやっと言えた気がした。

 

 わたし、この町が、すきだよ。


【了】


サイドA:「声のない声、ちゃんと聞こえとるけんね」
——ぶんちゃんと、外国から来た女の子

 おれは猫。ぶんちゃん。
 佐世保の風の中に混じる、“ことばにならん声”を見つけるのが得意たい。

 

 その日、おれは港のほうからアーケードを抜けて歩道橋を渡り、
 ちょっと小高い公園まで来とった。

 日差しは強いけど、風が気持ちよか日。
 誰かのこころの奥が、そろそろあふれそうな音が、風にまじっとったけんね。

 

 ベンチに、小さな女の子が座っとった。
 まっすぐな背中、でも目線は地面。
 リュックのかわりに、赤いランドセルがちょこんと横に置いてある。

 

 おれは、足音を立てずに近づいた。
 その子の、ちょっとだけさびしかにおいに引かれて。

 

 女の子は、おれに気づいて、小さくつぶやいた。

 「Hi…?」

 

 英語やった。
 でも、おれには関係なか。
 人のことばは聞こえんけど、心のにおいは、ちゃんとわかる

 

 おれはゆっくり近づいて、彼女の足元でくるりと回った。
 すると、彼女の口元が、少しだけゆるんだ。

 

 「You're not scared of me? Even if I talk funny?」

 

 おれは、まばたきをして答えた。
 「だいじょうぶばい。あんたの声は、もう聞こえとるけん」

 

 女の子が、ランドセルからノートを取り出して、
 鉛筆で一言、ていねいに書いた。

 

 『ありがとう』

 

 おれは、そのノートの上に、そっと前足をのせた。
 紙の感触はちょっとすべすべして、すこし鉛のにおいがした。

 

 彼女は、笑った。
 声を出して笑った。

 それは、こころの底からぽろっと出てきた、ほんとの笑いやった。

 

 「Bunちゃん…って名前にするね。今日から、わたしのヒーロー」

 

 ——ヒーローやなんて。おれは、ただの猫たい。

 

 でも、おれはしっぽをぴんと立てて歩き出した。
 その子が、自分の声ば外に出せるようになったけん、
 おれの“しごと”は、今日のところは完了たい。

 

 人はことばでつまずく。
 でも、心の声は、ことばより強かとよ。

 

 あの子の声は、ちゃんとここに届いとったけんね。
 おれは、それでじゅうぶんたい。


【了】



前話です▼


シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州の国立大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
🧭 読んだあと、あなたの中に“新しい見方”がひとつ芽生えるような。そんな記事をお届けできたらうれしいです。
つでも大歓迎です!

いいなと思ったら応援しよう!

Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!