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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第16話「静けさが汗に変わる前に」/「今日もおるね、ぶんちゃん」)


ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色



サイドA:「静けさが汗に変わる前に」
——ぶんちゃんと、ショッピングモールの警備員さん

 おれは猫。ぶんちゃん。
 夏の町を歩くときは、日陰のリズムを覚えておかんとすぐへばってしまう。
 今日も朝から、空がギラギラしとる。
 港の方から吹く風も、ぬるい。

 

 ここは、佐世保駅の裏手、港に面したショッピングモールの駐車場
 家族連れ、観光客、荷物をたくさん積んだ車。
 朝から列ができて、警備員の声がひっきりなしに飛んどる。

 

 おれは、モールの植え込みのかげで、
 その様子をこっそり見とった。
 暑かけど、人の動きはおもしろか。

 

 ようやくひと段落ついたのは、12時過ぎ。
 入り口のほうが静かになってきた頃、
 警備員のおじちゃんが、キャップを外してひと息ついとった。

 

 腕まくりをして、タオルで汗をぬぐいながら、
 腰をトントンとたたいて、空を見上げる。

 

 「ふー……やっと、落ち着いたばい……」

 

 おれは、そのタイミングで近づいてみた。
 ゆっくり、音もたてんように、
 駐車場の端から、おじちゃんの足元まで。

 

 「……お、今日はぶんちゃんか」

 

 おれのことを知っとるようやった。
 そういえば、前にもこの辺で、工事現場の弁当箱の横におるのを見られたかもしれん。

 

 おじちゃんは、おれの横にしゃがみこんで言った。

 

 「なぁ、あんたは猫やけん、暑さには強かと?
  俺はもう、朝の3時間で3回干されとる気分ばい」

 

 おれは、しっぽをくるりと巻いて座っただけ。
 それでも、おじちゃんはちょっと笑った。

 

 「誰も見とらんようで、見とるんやねぇ、ぶんちゃん。
  なんか、ずっと立っとると、
  “自分が何のために立っとるか”って、時々わからんごとなるとよ」

 

 その言葉には、汗とは別の疲れがにじんどった。
 でも、おれは何も言わん。
 代わりに、すこしだけ背中をすり寄せた。

 

 「……ははっ、ありがとう。
  あんた、ちょっと冷たくて気持ちいいやんか」

 

 おじちゃんは、腰をのばして立ち上がった。
 そして、警備棒をもう一度握りしめて、
 ふうっと、長い息を吐いた。

 

 「よし。あと4時間。
  …立っとる意味は、自分で見つけるしかなかね」

 

 おれは、しっぽをぴんと立てて歩き出す。
 アスファルトの照り返しがじりじりするけど、
 どこか、おじちゃんの背中はさっきより軽う見えた。

 

 人が“ちょっとだけ笑える時間”に、
 おれは、そっとそこにおる。

 

 それが、猫というもんたい。


【了】



サイドB:「今日もおるね、ぶんちゃん」
——真夏の港のショッピングモールで

 朝の8時半。すでに空気がじんわり熱を帯びとる。
 制服に腕を通した時点で、今日は厳しい一日になる予感しかしなかった。

 

 ここは佐世保駅裏、港の方にあるショッピングモールの駐車場。
 土曜の朝は早い。
 ボーナスセールの今日は開店前からもう、列ができる。
 子連れの家族、遠方ナンバー、観光バス、
 その全部が一斉に動き出す。
 おまけに今日は、10万トン級のクルーズ船も寄港予定らしい。

 

 俺は、手信号と汗と気合で、
 ひたすら立っとる。ただ、立っとる。
 交通の流れが乱れんように。
 人が安全に動けるように。

 

 ……けど、正直な話、ふっと思うときがある。

 「俺は、何のために、ここに立っとるんやろうか」って。

 

 立ちっぱなしで脚が棒になって、
 水ばがぶ飲みしても追いつかん暑さに包まれながら、
 理由が分からんくなる瞬間が、あるとよ。

 

 12時を過ぎて、ようやく車の波が落ち着いてきた。

 警備棒を腰にさし、キャップを外して空を見上げた。
「眩しかねぇ……雲ひとつなか」
 モールの壁が、じわじわ光ば反射しよる。

 

 そのときやった。

 足元に、ひとつの気配。

 

 見ると、猫。
 白と茶のぶち模様。
 座っとるだけやけど、なんやろう、堂々としとる。

 

 「あんた……またおるとね。ぶんちゃんやろ?」

 

 前にも見かけたことがある。
 このあたりの人たちの間じゃちょっと有名らしい。
 「気づいたらそばにおる猫」「佐世保の風みたいなやつ」
 ——そんなふうに言う人もおる。

 

 ぶんちゃんは、何も言わん。
 ただ、俺のそばに座った。

 

 それだけのことが、なんやろう。
 ちょっとだけ、心の奥がほどけたような気がした。

 

 「誰も見とらんと思っとったけど、
  あんた、見とったんやねぇ……」

 

 そんなふうに声が出たのは、きっと、
 誰にも言えんかった“疲れの正体”が、少し浮かび上がったからやろう。

 

 ぶんちゃんは、ぴたりとそこにおって、
 ただ俺の隣におるだけ。

 

 けどそれが、ものすごくあたたかかった。

 

 俺は腰を伸ばして、もう一度警備棒を握った。

 

 「よし、午後もがんばるか。……また、見とってくれよ、ぶんちゃん」

 

 ぶんちゃんはしっぽをぴんと立てて、
 別の方向へ、静かに歩いていった。

 

 人に見えん仕事って、きつか。
 けど、“誰かがちゃんと見とる”って思えたら、
 もう一回、立てるもんやね。

 

 今日も、おれは立っとる。
 そして、どこかでぶんちゃんも、また誰かのそばにおるっちゃろ。


【了】



前話です▼


シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州の国立大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

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