【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第15話「黙して祈る人の横にて」/「祈る者の祈り」)

サイドA:「黙して祈る人の横にて」
——ぶんちゃんと、駅前の神父さま
おれは猫。ぶんちゃん。
人の町ば歩きながら、声にならん声のほうに耳をすませとる。
佐世保駅の目の前、高台にちょっと不思議な建物がある。
国道から3つ折りの階段を上り切った先に、
白く高い壁に包まれた、美しい教会。
尖塔の上に小さな十字架が光り、
正面のステンドグラスには、空の色が映り込んどる。
手前で両手を広げた人物像は、信仰の対象らしかった。
日曜になると、鐘の音と、静かな賛美歌が町に流れる。
でも、おれがいちばん好きなのは、
朝の光が斜めから差し込んで、石畳に色とりどりの光の影を落とす時間。
その教会におるのが、「神父さま」と呼ばれとる人。
白い壁に映える黒のスータン(神父服)。
静かな目。
声はやさしかけど、どこかいつも遠くば見とるような人。
朝の光が尖塔の影を落とすころ、
おれは、教会前の石畳の上に、ちょこんと座っとった。
すると神父さまが、ほうきを手に掃除をしていた手を止めて、
おれに気づいた。
「……ああ、君か。今日も来てくれたのかね」
おれは、にゃーとは鳴かん。
ただ、しっぽをぴんと立てて、挨拶だけは忘れんようにした。
神父さまは、ほうきを立てかけて、おれの前にしゃがみこんだ。
「人はね、猫さん。たくさんの“声”を持っているんだよ。
でもその多くは、自分で聞こえない声なんだ」
おれには、その声が、ちょっとだけわかる。
人が何も言わんときほど、強か気持ちが流れていることもあるけんね。
神父さまは、ふと教会の屋根を見上げた。
白い壁に、朝の光がきらきらと反射しとった。
目線はもっとその先の青い空を見とる。
横顔には、誰にも話さん何かが、静かに宿っとった。
「祈りというのは、誰かのためにするものだけど……
ときどき、“自分のために祈る”のがいちばん難しいのかもしれないね」
おれは、その言葉に返事もせず、
そばに座ったまま、神父さまの影の隣に影を落とした。
しばらくして、神父さまが小さく笑った。
「ありがとう、ぶんちゃん。……君は、ちゃんと聞いてくれるね」
教会の鐘が、澄んだ音を響かせた。
その音は駅前の交差点を越えて、町にしずかに広がっていった。
神父さまは立ち上がり、掃き掃除の続きを始めた。
でもその背中は、さっきよりも、すこしだけ軽かように見えた。
おれは石畳の上を歩き出す。
白い教会の影を背に、しっぽをゆらしながら。
人の祈りに、答えはなくても、
そのそばにおることだけで、
誰かの“沈黙”がほどける瞬間があるけんね。
【了】
サイドB:「祈る者の祈り」
——カトリック教会 神父の手記より
この教会に赴任して、もう何年が経っただろうか。
朝が来るたび、白い尖塔に陽が差し、
駅から降りてくる人々が十字を切りながら通り過ぎていく。
この町の信仰は、決して大げさじゃない。
けれど、日々の暮らしの中にそっと溶けている。
私は毎朝、玄関の石畳を掃きながら、
この町の音を聞く。
鳥の声。鐘の余韻。
そして、言葉にならない誰かの心のざわめき。
その朝も、変わらぬようで、ほんの少し違っていた。
教会前の主の石像の足元に、一匹の猫がちょこんと座っていたのだ。
白と茶のぶち模様。
堂々として、しかしやさしい目をしていた。
「……ああ、君か。今日も来てくれたのかね」
声をかけながら、私は思わず微笑んでいた。
この猫、たしか名前を“ぶんちゃん”と言ったか。
近くの店の人や、子どもたちにそう呼ばれている。
彼(いや、彼女だろうか)は何も言わない。
ただ、そこにいる。
それだけで、不思議と静けさの質が変わる。
私は掃除の手を止めて、そっとしゃがみこんだ。
「人はね、ぶんちゃん。
たくさんの“声”を持っているんだよ。
でもその多くは、自分では気づかないまま、
祈りにも、言葉にもできずに、静かに沈んでいく」
そう話しながら、ふと思った。
——では、自分の声はどうだろう?
神父という立場上、人の悩みには耳を傾ける。
励まし、赦し、祈り、見送る。
けれど、自分自身の祈りは……
どこへ向かっているのか、時々わからなくなることもある。
立ち上がりかけながら、教会の屋根を見上げる。
青い。
尖塔の十字の先に、青い空が広がっていた。
「祈りというのは、誰かのためにするものだけど……
ときどき、“自分のために祈る”のがいちばん難しいね」
私がそうつぶやくと、ぶんちゃんは何も言わず、
ただ、そばに座ってくれた。
日が差して、ステンドグラスが地面に色を落とす。
その光の中に、ぶんちゃんの影もそっとまざっていた。
猫は言葉を持たない。
けれど、存在で示すことができる。
「ここにいるよ」と。
しばらくして、私は立ち上がった。
ほうきを取り、また石畳を掃き始める。
すると、ぶんちゃんもゆっくり立ち上がり、
しっぽをぴんと立てて、門のほうへ歩いていった。
その背中に、私は小さくつぶやいた。
「ありがとう、ぶんちゃん。……君は、今日もちゃんと聞いてくれたね」
鐘が鳴った。
いつもより、少し柔らかく響いた気がした。
神を信じるということは、
問いを持ちつづけるということでもある。
それが、人であれ、猫であれ、
“祈る姿”のそばに寄り添うこともまた、信仰のかたちなのかもしれない。
今日もまた、町は静かに動き始める。
駅に向かう人たちの足音のなかに、
小さな祈りのかけらが交じっていることを、
私はただ、信じている。
【了】
前話です▼
シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)
第11話:「陸(おか)に戻った日」/「帰港する心」
第15話:「黙して祈る人の横にて」/「祈る者の祈り」
第16話:「静けさが汗に変わる前に」/「今日もおるね、ぶんちゃん」
第17話:「のれんを上げる理由」/「ぶんちゃん、ここはまだ終わっとらんとよ」
第18話:「I didn’t say it out loud, but you heard me.」/「声のない声、ちゃんと聞こえとるけんね」
第19話:「鳴かぬ勝者と、笑わぬ道化」/「上から見える距離、下から届く匂い」
第20話:「ふたりの間に光が灯る」/「来ると思った。根拠なんてないけど」/「別に、会いに行ったわけじゃない——とか言っても信じんやろな」
第21話:「境界にいる者」/「出発も到着も、においでわかるけん」
第22話:「転んでも、目だけは前を向いとる」/「できたって、言いたかったんだ」
第23話:「音が出ん日も、聴こえとる者はおるけん」/「音の向こうに、心があるばい」
第24話:「ほどける音は、声の中じゃなく目の奥にあるとたい」/「おかあさんと、ねこさんと、知らないおじさん」
第25話:「今日は、箒の音がしなかった」/「あいつが黙っとると、庭が少し広くなる気がした」
第26話:「鈴の音は聞こえんでも、風はまだ吹いとるけん」/「鈴の音はせんでも、ここには想いのにおいが残っとる」
第27話:「ここに、確かに誰かがおったけんね」/「おったけんね」
第28話:「あの手が、やさしかったけん」
第29話:「干した網のにおいと、黙っとるやさしさと」/「なんも言わんでも、通じとるもんがあるとたい」
第30話:「おまわりさんで、よかったばい」/「帽子の影に、やさしか気配があったとよ」
あとがき
この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。
私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者
プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州の国立大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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