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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第23話「音が出ん日も、聴こえとる者はおるけん」/「音の向こうに、心があるばい」)



サイドB:「音が出ん日も、聴こえとる者はおるけん」
——港のベンチ、ぶんちゃんとトランペットの午後


 風が少し強い日曜の昼下がり。
 港の方は人が少なくて、音を出すにはちょうどいい。

 

 いつもこのベンチに座って、
 アルカスSASEBOでの本番が近い頃になると、
 ひとりで音の調整をするのが習慣になっとる。

 

 だけど今日は、うまくいかん。
 音が硬い。
 息の入りも浅く感じるし、
 何より、音が“響いてくれん”気がする

 

 トランペットのベルを見つめてため息をついた。
 高校からずっと吹いとるけん、
 自分の調子くらいはわかる。
 今の音には、何かが足りん

 

 たぶん、心のどこかが疲れとる。
 仕事でうまくいかんことが続いて、
 プレッシャーも、人間関係も、どうにもうまく“さばけん”。

 

 演奏会のこと考えると、わくわくもするけど、
 同時に、「音が出なかったらどうしよう」って
 小さな不安が鳴り続けとる。

 

 そのときだった。

 

 「すっ……」と、足音も立てずに、
 ベンチの横にふわっと座った影。

 

 白と茶色のぶち模様。
 町で見たことがある気がする。
 あの、有名な猫——ぶんちゃん?

 

 猫は、ただ黙っておれの隣に座った。
 トランペットのケースの横で、
 風に耳を揺らしながら、まっすぐ前を見とる。

 

 おれは、何をするでもなく、またトランペットを構えた。

 

 音を出す。
 ……まだ、完璧ではない。
 でも、さっきより少しだけ、呼吸が深くなった気がした。

 

 猫は何も言わん。
 ばってん、「それでよかよ」って言われたような気がした。

 

 おれは、吹く。
 港の風と、船の汽笛と、
 猫の静けさに包まれながら、
 もう一度、丁寧に一音一音を紡いでいく。

 

 ぶんちゃんは、
 トランペットのベルから出た音の粒が空にのぼっていくのを、
 じっと追いかけるように見とった。

 

 そして、気がついたら、
 不思議なくらい気持ちが軽くなっとった。

 

 音が完璧かどうかじゃない。
 誰かに届こうとする気持ちが、
 ちゃんと“聴こえとる誰か”に伝われば、それでいい。

 

 演奏会は、もうすぐ。
 たぶんまだ不安もある。
 でも、今日のこの静かな時間を、
 音と一緒に胸に入れておこうと思う。

 

 ぶんちゃんは、何も言わずに、
 港の道をすーっと歩いていった。

 

 風のにおいと、音の余韻だけが、
 ベンチの上に残っとった。


【了】


サイドA:「音の向こうに、心があるばい」
——ぶんちゃん、港に響くトランペットとともに


 おれは猫。ぶんちゃん。
 佐世保の町を歩いて、風の音とにおいで、
 「今、誰が立ち止まっとるか」を見つけるのが得意たい。

 

 今日は日曜。
 昼の光はあったかいけど、港の風はちょっと冷たか。

 

 そいけん、
 その音が聞こえてきたとき——ちょっと、気になった。

 

 トランペット。
 高くて、キラキラしとるけど、
 どこか揺れとる。

 音は出とる。
 ばってん、その奥に「うまくいかん」という気持ちがまじっとるのが、わかった。

 

 おれは、港の遊歩道を通って、
 その音のするベンチへ向かった。

 

 おった。
 ひとりの青年。
 ケースを横に置いて、座っとる。
 スーツじゃなか。ラフな恰好。
 でも、手の動きに、緊張と疲れが重なっとるのがわかった。

 

 おれは、何も言わず、ベンチの横に腰をおろした。
 トランペットのベルが、おれの耳のそばで震えた。

 

 彼はちょっとだけ、おれを見た。
 ばってん、声はかけんかった。
 それが、ちょうどよかった。

 

 おれは、ただ「聴く」。
 音と一緒に、その人の心の温度も、いっしょに感じる。

 

 しばらくして、彼の音が、
 すこしだけ深くなった。

 

 きっと、吹き方を変えたんじゃなか。
 心のなかの“つっかえ”が、ちょっとほどけただけ

 

 音が、人の胸からまっすぐ出たとき、
 それは技術じゃなく、「今の気持ち」になる。

 おれは、それを知っとる。

 

 音楽は、においがせん。
 ばってん、空気を変える力はあるとたい

 それを持っとる人間は、かっこよか。

 

 トランペットの音が止んで、
 彼が静かに口をつぐむ。

 なんも言わんけど、
 おれは「よう吹いたね」って目で見た。

 

 彼は、ちょっとだけ笑った。

 

 おれは、それで十分たい。
 また、港の道を歩き出す。

 

 次に音が鳴るとき、
 あの人は、もっと自分の気持ちに素直に吹けるやろう。

 おれは、またそんとき、近くにおるかもしれんし、
 おらんかもしれん。

 

 ばってん——

 おれはいつも、音の奥ば聴いとるけんね。


【了】



前話です▼


シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州の国立大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

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