【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第22話「転んでも、目だけは前を向いとる」/「できたって、言いたかったんだ」)

サイドA:「転んでも、目だけは前を向いとる」
——ぶんちゃん、西九州道高架下のスゲーボー場にて
おれは猫。ぶんちゃん。
夜がまだしっかり眠っとる時間。
いつものように、佐世保の町を歩いとった。
今日は足が自然と、あの高架下へ向いた。
西九州自動車道の下、コンクリートの天井がずうっと伸びたその下に、
“スゲーボー場”っち呼ばれとるスケボーパークがある。
米海軍基地のゲート前の交差点そばだ
音がしたとたい。
「ガッ、ガタン!」って、転ぶ音。
それが、くり返されるたびに、なにか“真剣なにおい”が混じっとる。
まだ太陽が顔を出さん時分、
そこに一人の少年が立っとった。
ヘルメットに肘当て、ボードのデッキはまだ新しか。
体はまだスケボーの動きについていってなかごたるけど、
目だけは、しっかりと前ば見とる。
おれは、パークの隅っこの、古びた植木鉢の上に登って、静かに座った。
ちょうどそこから、少年の動きがよう見える。
「よっしゃ……もういっかい!」
彼は何度も転ぶ。
肘も膝も、すでに汚れとる。
それでも、悔しそうな顔もせん。
ただ、息だけが熱い。
転んでは、起き上がる。
起き上がっては、また乗る。
それを見とるだけで、
おれのしっぽが勝手にゆらゆら動いてしまう。
この場所には、アメリカの風も混じっとる。
米軍の家族の子どもたちがスケボーをするのもよく見かけるし、
大きな兄ちゃんたちが音楽を流しながら跳ねる姿も、しょっちゅう目にする。
ばってん、この少年はひとり。
音もなく、夜の冷たい空気の中で、
自分だけの音ば鳴らしよる。
おれは、ただそこにおった。
にゃあとも言わん。近づきもしない。
でも、少年がふとこっちを見るたびに、
少しだけ表情がやわらぐのがわかった。
彼にとって、おれはただの猫かもしれん。
ばってん——きっと、誰かが見とるってことは、
それだけで少し、心の灯りになることもあるとたい。
日がようやく、グラデーションの空に顔を出しはじめた。
少年は、最後のひと滑りに挑む。
足を乗せ、勢いよく前へ出る——
「できた……!」
誰に向けたでもない声。
でも、おれは思わず、しっぽをぴんと立てた。
彼は、少しだけ笑って、そしてボードを抱えて立ち去っていった。
きっと、学校があるっちゃろ。
おれは、においの残る空気の中に座りながら思った。
転ぶことを怖がらん人間は、強か。
そいで、見えんとこで努力する人間は、もっとかっこよか。
また来るやろ、あの少年。
そんときも、おれは変わらず、ここにおる。
だって、
猫にだって、“かっこいい”って思う瞬間があるけん。
【了】
サイドB:「できたって、言いたかったんだ」
——スゲーボー場・少年の朝練日記より
まだ空が暗かった。
街灯と、車の音と、自分の息の音だけ。
今日は、いつもより早く目が覚めた。
たぶん、緊張しとったんだと思う。
昨日できなかったオーリー、
どうしても、今日の朝一番で、もう一回試してみたかったけん。
米軍基地の正面ゲートの真ん前、西九州道の高架下。
そこにあるスゲーボー場は、
コンクリートの天井で雨も防げるし、朝は人が少ない。
この前、外国人の兄ちゃんたちがめっちゃ上手くて、
それ見て、余計に火がついた。
体はまだうまくバランスが取れんし、
何回も転んで、手のひらがヒリヒリする。
でも、なぜか不思議と泣きそうにはならんかった。
たぶん、
「悔しい」と「好き」は、ちょっとだけ似とる。
何度目かの転倒のあと、
ふっと気配を感じて顔を上げた。
猫だった。
白と茶色のぶち模様。
こっちをじっと見とる。
「……だれ?」
猫は答えんかったけど、
逃げもせず、ただ、じーっとそこにおった。
最初は気にしとらんかったけど、
何回か転んでも、その猫は動かんかった。
なんなら、ボードに乗るときだけ、しっぽがぴくって揺れる。
「……見とると?」
言葉に出してみたけど、もちろん返事はなかった。
でも、なんか、「見とるよ」って言われた気がした。
うれしかった。
誰かが見てくれとるって、こんなにうれしいんやなって思った。
だから、もっと真剣になれた。
もっと丁寧に、足の角度、体の重心、
頭でぐるぐる考えながら、もう一回。
——コトン。
音が違った。
板が、ちゃんと跳ねて、足の下に戻ってきた。
「……できた」
猫に向かって言った。
別に誰が聞いとるわけでもないけど、
なぜか、“この猫には言いたかった”。
猫は立ち上がって、しっぽを立てて、向こうへ歩いていった。
まるで、「よし、合格」って言われたみたいだった。
空が明るくなってきて、
少しずつ、人の気配も増えてきた。
でも、この朝の時間だけは、
きっと一生忘れんと思う。
だって、
できたって思えた瞬間を、ちゃんと誰かが見とってくれたけん。
【了】
前話です▼
シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)
第11話:「陸(おか)に戻った日」/「帰港する心」
第18話:「I didn’t say it out loud, but you heard me.」/「声のない声、ちゃんと聞こえとるけんね」
第20話:「ふたりの間に光が灯る」/「来ると思った。根拠なんてないけど」/「別に、会いに行ったわけじゃない——とか言っても信じんやろな」
第22話:「転んでも、目だけは前を向いとる」/「できたって、言いたかったんだ」
第23話:「音が出ん日も、聴こえとる者はおるけん」/「音の向こうに、心があるばい」
第24話:「ほどける音は、声の中じゃなく目の奥にあるとたい」/「おかあさんと、ねこさんと、知らないおじさん」
第25話:「今日は、箒の音がしなかった」/「あいつが黙っとると、庭が少し広くなる気がした」
第26話:「鈴の音は聞こえんでも、風はまだ吹いとるけん」/「鈴の音はせんでも、ここには想いのにおいが残っとる」
第27話:「ここに、確かに誰かがおったけんね」/「おったけんね」
第28話:「あの手が、やさしかったけん」
第29話:「干した網のにおいと、黙っとるやさしさと」/「なんも言わんでも、通じとるもんがあるとたい」
第30話:「おまわりさんで、よかったばい」/「帽子の影に、やさしか気配があったとよ」
あとがき
この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。
私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者
プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州の国立大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
🧭 読んだあと、あなたの中に“新しい見方”がひとつ芽生えるような。そんな記事をお届けできたらうれしいです。
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