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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第19話「鳴かぬ勝者と、笑わぬ道化」/「上から見える距離、下から届く匂い」)




サイドA:「鳴かぬ勝者と、笑わぬ道化」
——ぶんちゃんとカラス、秋の境界にて


 おれは猫。ぶんちゃん。
 秋の夕暮れは、どことなく胸がきゅっとなる。

 

 佐世保の夜店公園通り。
 赤ちょうちんがぽつぽつ灯りだすこの時間。
 人の足音と、のれんの揺れる音と、
 串の焼けるにおいと、ちょっとの哀愁がまざり合う。

 

 この時間に、あそこにおると、出会う可能性が高うなる。

 

 ——あいつばい。カラスのクロスケ。

 

 ビルのネオンサインの鉄枠。その上の夕闇を横断する電線。
 片足で器用に立って、
 黒い羽ばたきを最小限に抑えながら、
 下界のにおいをくすぐるように見下ろしとる。

 

 「ふん。またおまえか。ぶん、街猫の代表気取りは相変わらずやね」

 

 ……もちろん、おれにはカラス語はわからん。
 ばってん、目線としっぽと風の向きで、だいたいの皮肉は読めるようになっとる。

 

 おれは、視線を上にやらずに、
 あえて植え込みの隅に座る。
 そう、知らんふりこそが最大の防御。

 

 クロスケは、カーカーと鳴かん。
 あいつは鳴き声を使わんで、人を見下ろすタイプ。
 静かに笑う、“かしこか悪友”ってやつたい。

 

 「昔は、港の裏の市場で追いかけっこばしよったもんな」

 

 クロスケの視線がそう言うとる。
 おれのしっぽが、ちょっとだけ“そやったね”と揺れる。

 

 ——今はもう、お互いに追いかけん。
 噛みつきもせんし、つっつきもせん。

 ただ、この町の夜のはじまりに、ちょっとだけ会うだけ

 

 おれが頭をすこし傾ける。
 クロスケも、くちばしをわずかに開いて、風を味わう。

 

 それで、もう十分たい。
 過去も本能も、あえて超えて、
 ただ、“秋の夜が始まる匂い”を分け合うだけの間柄。

 

 クロスケは、ふいに羽をひとふりして、
 飲み屋街の上空をくるりと一周したあと、
 「またな」とでも言うように、街灯の向こうへ消えた。

 

 おれは、しっぽをピンと立てて、
 また人の通る通りへ歩き出す。

 

 ——猫とカラスは、たぶん友だちにはなれん。
 ばってん、町の境界で、互いの静けさを分かつくらいはできる

 

 それで、よかとよ。


【了】



サイドB:「上から見える距離、下から届く匂い」
——クロスケ、佐世保・夜のはじまりにて


 オレはカラス。名をクロスケ。
 佐世保ん町ば空から見とる、生まれも育ちもこの街の者。

 

 今日も陽が傾くころ、
 夜店公園通りの電線に、片足ひっかけて留まっとった。

 人間たちが慌ただしく暖簾を出し、
 赤提灯がぽつぽつ灯りはじめるこの時間が、
 いちばん“匂い”の混じるとき。

 魚の焼けるにおい、
 酒の匂い、
 それに混ざる、なんとも言えん人間の…せつなさ、ちゅうか、
 “生きとる感じ”が好きたい。

 

 そのとき、下の方にぬるりと現れた。

 ぶんちゃん。

 

 白と茶のぶち模様。
 姿勢のいい背中と、どこか気取った歩き方。
 街猫らしからぬ静けさば身にまといながら、
 この飲み屋街を「我が庭」みたいに歩いとる。

 

 まったく…変わらんやつたい。

 

 昔は、追いかけっこしよった。
 市場の屋根裏、港の倉庫裏、
 お互い本気か冗談かも分からんまま、
 ちょっかい出しては、逃げて、追って、にらみ合って。

 

 オレは飛ぶもんで、上から見下ろすのが得意やった。
 でも、ぶんちゃんは“人の足音”を読む。
 気配を読む。

 だからこそ、
 オレが見落とす“人の心の影”を先に見つけることもあった。

 

 今じゃもう、追いかけっこはせん。
 歳を重ねた者同士、
 今はただ、同じ夕暮れの匂いば分け合う仲

 

 オレは、上から見とる。
 ぶんちゃんは、下から感じとる。
 交わらんようで、どこか似とる。

 

 ぶんちゃんは今日も、
 植え込みの影に腰を下ろし、
 おれを見上げもしない。

 それがまた、にくたらしかけん、
 ちょっとだけ目を細めてやる。

 

 (ふん……相変わらず、えらそうにしとるな)

 

 ばってん、嫌いじゃなかよ。
 あいつが街の隅っこで誰かの心ば拾いよる姿、
 どこか誇らしかとよ。

 

 赤ちょうちんの明かりが、石畳にじわっとにじむ。
 夜のはじまりにゃ、派手さも言葉もいらん。
 ただ、“おるだけ”で、十分なこともあるけんね。

 

 オレは、翼をひとふりして、
 通りの向こうへ飛んでいく。

 

 ぶんちゃん、また明日会うかもしれんし、
 会わんかもしれん。

 でも、あの背中がそこにある限り、
 この町も、まだちょっとだけ、信じられるたい。


【了】



前話です▼


シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州の国立大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

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