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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第24話「ほどける音は、声の中じゃなく目の奥にあるとたい」/「おかあさんと、ねこさんと、知らないおじさん」/「坂の途中で、風がふたつ、重なった気がした」)


サイドA:「ほどける音は、声の中じゃなく目の奥にあるとたい」——ぶんちゃん、坂道の小さな出会いを見守る


 おれは猫。ぶんちゃん。
 今日も風のにおいで歩く。
 いつもと違うのは、なにかが“始まるような予感”が、坂道に流れていたこと。


 坂の途中の小さな公園。
 ベンチの横に、あの運送屋の西山さんが座っとった。

 今日は、作業着じゃなか。
 なんか、シャツの襟が気になる様子で、
 そわそわしとる。


 向かいに座るのは、知らん女性。
 隣には、まだちいさな子ども。
 妹さんの知り合いらしか。


 おれは草むらを通って、
 さりげなく近づいていった。


 西山さんは、顔では笑っとるけど、
 体がちょっと固か。
 そもそも、女の人との会話は、苦手らしかと。


 それと西山さんの妹さんやろか。
 顔立ちが似た女性が、少し離れたところで、
 気まずそうに立っとる。

 ——たしかに。
 気ぃ使われすぎると、余計しゃべれんこともあるけんね。


 ばってん、
 おれが気になったのは、その知らない女の人の目のほう。


 子どもが、ベンチから降りて、石ば拾いだしたとき、
 彼女は何も言わんやった。
 ばってん、その目が、すごくやさしかったとたい

 「転ばんようにね」って、目だけで言っとるような、
 静かで、ちゃんと届いとる気遣い。


 その瞬間、
 西山さんの表情がすこーしだけ変わった。


 まばたきが一度、深うなった。

 たぶん、おれにはわかる。
 あの人の心の氷が、ほんの少しだけ、ぴきりと音を立てた瞬間やった。


 言葉で何かを決めたんじゃなか。
 でも、“苦手”と思っとったものが、
 全部じゃないのかもしれんって、そう思ったんやなかろうか。


 子どもが、おれを見て「ねこさん」と笑った。
 おれは、しっぽを振ってこたえる。


 公園には、
 だれも知らんうちに、新しい風が吹いとった。


 おれは、そろそろ行くことにした。
 このあとの話は、人間同士に任せるばい。


 ——でも、忘れんでよかよ。
ほんとの会話は、言葉よりも前に始まっとるけんね。


【了】



サイドB:「おかあさんと、ねこさんと、知らないおじさん」——坂道のベンチ、ぼくの胸の中のこと


 今日は、おかあさんとふたりで、
 新しい場所に行った。


 ぼくたちは、東京からこっちに引っこしてきた。
 おかあさんは「佐世保っていうんだよ」って言ったけど、
 前に住んでたとこよりも、坂がいっぱいで、
 空がちょっと広く見えた。


 小さな公園。
 おかあさんは、ベンチにすわって、知らないおじさんとお話してる。
 にこにこしてるけど、なんか、ちょっとだけよそいきの声。


 ぼくは、石を拾って遊んでたけど、
 耳だけは、おかあさんたちの話を聞いてる。
 なんとなく、わかる。

このおじさんは、おかあさんに“しょうかい”された人なんだ。


 “しょうかい”っていう言葉は、前にテレビで聞いたことがある。
 誰かと仲よくなるための最初の時間。


 それって、もしかして——
おかあさん、ぼくじゃない人と、ずっといっしょになるのかな?


 まだよくわかんないけど、
 胸のなかが、ちょっとだけチクッとした。


 おかあさんは、たまにぼくの方を見るけど、
 さっきから、おじさんのほうばっかり見てる。
 ぼくは、その視線の先に入れなかった。


 そのときだった。


 石のあいだから、ひょこっと出てきたのは、
白とちゃいろのねこさん。


 ぼくは思わず「ねこさんだ」と声に出した。


 ねこさんは、ぼくの近くにすわった。
 なにも言わないけど、
 なんとなく、「ここにいていいよ」って顔だった。


 ぼくは、石をもうひとつ拾って、
 そのねこさんに見せた。
 ねこさんは、すこしだけしっぽをうごかした。

 ——それだけで、
なんか、気持ちがすこしだけ軽くなった


 おかあさんの声が、ちょっとやわらかくなった気がした。
 おじさんも、さっきより落ち着いてる。


 だけどぼくは、今はまだ、ちょっと遠くから見ときたい。


 ねこさんは、立ちあがって歩いていった。
 ぼくの石ばこをひとつ見て、
 「それ、大事にしんしゃい」って言ったような気がした。


 わかってるよ、ねこさん。
 おかあさんは、ぼくのこと忘れたりしない。
 でも、ちょっとだけ、心配だったんだ。


 ——ありがとう、ねこさん。
 今日は、なんか、とくべつな午後だった。


【了】


サイドB’:「坂の途中で、風がふたつ、重なった気がした」
——西山さんの妹の視点より


坂の途中にある、小さな公園。
あの場所は、私が子どものころから変わらない。
ベンチと、丸いすべり台と、
ちょっと年季の入った水道がひとつ。


今日は、そこで兄を待っていた。
……いや、正しくは、兄と、友達を。


高校時代の親友が、離婚して東京から戻ってきた。
小さな男の子を連れて。
こっちでしばらく実家に暮らすらしい。


「……会わせてみたら?」
何日か前に、ふと思った。
昔から、兄は女性が苦手だったけれど、
この年齢になって、
誰かの横に“ただおれる”人がいても、
いいんじゃなかろうかって。


だから今日、約束した。
さりげなく、ほんの少しだけ顔を合わせてみようって。


兄は、作業着じゃなくて、襟付きのシャツ。
落ち着かん手つきで襟をさわって、そわそわしてた。
ベンチの向かいに座った親友は、
あいかわらず穏やかで、
でもちょっとだけ張った声をしてた。


私は、少し離れたところに立っていた。
間に入る勇気がなかったのかもしれない。


——でも、それでよかったんだと思う。


子どもが石を拾いにベンチを降りたとき、
彼女の目が、その背中をやさしく追った。
言葉じゃないのに、
「転ばんごとね」って、ちゃんと届くまなざし。


そのとき、兄の表情が、すこしだけ変わった。
緊張していた顔が、ふっと緩んだように見えた。


ああ、
たぶん氷がひとつ、ほどけた。


兄は、ずっと自分に壁をつくってた。
でもその壁って、本当は守るためじゃなくて、
誰にも迷惑かけんようにって、
ただ静かに立っとっただけやったんかもしれん。


ふと、草むらから猫が出てきた。
白と茶のぶち模様、耳にちいさな傷。
町でよく名前を聞く、「ぶんちゃん」。


男の子が「ねこさん」と声をあげる。
その声が、空気にすっと溶けた。


不思議と、空気がやわらかくなった気がした。
兄も、友達も、子どもも、ぶんちゃんも。
誰かがなにかを決めたわけじゃないけれど、
風がふたつ、重なったような時間。


——そう。
たぶん、今日が始まりになるかもしれん。
ゆっくりでも、なんとなくでも、
この風のなかで、なにかが動きはじめた。


私は、そっと息をついた。
そして、「そろそろ、帰ろうかね」と言って、
少しだけ遠回りをして、先に坂を降りた。


きっと、あのベンチの会話は、
これからの物語の“はじまり方”として、
ちょうどよかったんだと思う。


【了】




第1話に登場した運送屋の西山さんの話です▼


前話です▼


シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州の国立大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

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