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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第32話「春の最終便と、ぶんちゃんと。」/「バスのにおいと、春の決まりごと」)



サイドB:「春の最終便と、ぶんちゃんと。」
――バス運転手の想い


夜の最終便。
ハンドルば握っとる指先に、いつもより冷たか風が触れた。

車内はがらんどう。
聞こえるとは、エンジンの音と、時折すれ違う車のライトだけ。

来月で定年。
この路線も、春のダイヤ改正で本数がだいぶ減るらしか。
会社からは「残ってくれんか」って声もあったばってん、
そろそろ、家におる時間も大事にせんばいかんかもなぁ……と、
最近はそんなことばっかり考えとる。

 

住宅街のバス停で、ゆっくり扉ば開けたとき、
高齢の夫婦と、猫がひょいと乗ってきた。

 

白と茶のぶち模様。
「あ、ぶんちゃんや」
奥さんがそうつぶやきながら、猫を膝にのせた。

 

その名ば聞いたのは、町の人づてで何度もある。
町のあちこちに現れて、誰かのそばにおる猫。
静かに、なにも言わず、ただ“そこにおる”猫。

 

ルームミラー越しに見えるその姿が、
ふと、若いころのことば思い出させた。

 

昔、一度だけ、野良猫がバスに乗り込んできたことがあった。
座席の下に潜り込んで、大騒ぎ。
乗客と一緒に笑いながら追いかけて、結局途中の停留所で逃げていった。

 

なんてことなか一日やったけど、
不思議と、今も胸ん中に残っとる。

 

——あの頃から、ずいぶん時間が経った。
たくさんの人がこのバスに乗って、降りていった。
でも、こうして静かに乗ってくる猫もおる。

 

ぶんちゃんは、何も言わん。
ただ、膝の上で丸くなっとるだけ。
ばってん、それが、なんかこう……
「もう、ええとやない?」って言ってくれとる気がした。

 

次のカーブを曲がる頃には、
心の中の迷いが、少しだけ軽うなっとった。

 

あと何便か運転したら、おれも“降りる側”になる。

 

ばってん、今夜は、
「今日もおつかれさん」って誰かに言われたような気がしたけん、
それで、十分やった。

 

【了】



サイドA:「バスのにおいと、春の決まりごと」
——ぶんちゃんの視点

 

夜の町は、ちょっとさみしか空気がするけん、
おれはときどき、バスに乗るとが好きたい。

 

今日もまた、風のにおいが「ここやけん」って教えてくれた。
坂ば下りたとこの停留所。
あの箒のおじいさん夫婦と一緒に、おれはバスに乗った。

 

白いライトがまっすぐにのびて、扉が開いた。
運転席の男の人は、ちょっと疲れた目をしとったけど、
「こんばんは」とは言わんでも、うなずいた。

 

おれは知っとる。
この人、ずっと前にも猫を乗せたことがあるとたい。

 

あのときはまだ若かとき。
猫が勝手に乗り込んできて、バスん中で大さわぎ。
笑い声と、すこし焦げたタイヤのにおい。

 

おれが見たとは、ずいぶん前の記憶たい。
それでも、そのにおいは、運転席の奥のほうに、ちゃんと残っとった。

 

ご夫婦の奥さんが、おれを膝にのせてくれた。
あったかくて、眠たくなった。

 

ルームミラーごしに、運転手さんがこっちを見とる。
ばってん、目は、もっと遠くを見よった。
何十年もハンドル握って、今ちょうど「やめるか、続けるか」迷っとる時なんやろう。

 

おれは鳴かん。
ただ、しっぽをちょっとだけ揺らして、
「どっちでも、よかとよ」って伝えてみた。

 

たいせつんは、どこで降りるかやなか。
ちゃんと、降りるときを自分で決めることたい。

 

バスは、最後のカーブに入った。
そしたら、なんとなく伝わってきた。
この人、たぶん答えが決まったばい。

 

降りるとき、奥さんが「ぶんちゃん、ほら、ごあいさつ」って言った。
おれは、にゃあ、とひと声だけ返した。
短くてよか。そんくらいで、じゅうぶんたい。

 

バスが走り出すとき、
おれは、運転席の窓の方ばちらっと見た。

 

今度会うときは、バスじゃなか場所かもしれんね。
でも、そんときも、きっと分かると思うとよ。
においで。風で。気配で。

 

春の決まりごとは、
風といっしょに、ちゃんと町じゅうに伝わるけんね。

 

【了】



前話です▼



シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga


略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

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