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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第26話「鈴の音は聞こえんでも、風はまだ吹いとるけん」/「鈴の音はせんでも、ここには想いのにおいが残っとる」)


ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色

サイドB:「鈴の音は聞こえんでも、風はまだ吹いとるけん」
——神社の宮司とぶんちゃん、秋のおくんちの午後


 ——秋晴れ。
 抜けるような青空に、ほんのり金木犀のにおい。
 境内の落ち葉を掃いていた箒の手を止めて、
 わたしは鳥居の方を見やった。

 

 「今年も……静かかねぇ」

 

 かつて、佐世保のおくんちは、この神社が始まりだった。
 蛇踊りやお神輿がアーケードを練り歩き、
 国道まで通行止めにして賑わったあの日々。

 わたしがまだ青年だったころ、
 祭りの日は町中が浮き立ち、神社には子どもの声が響き渡っていた。

 

 ばってん、
 あれから時代は変わった。

 

 20年ほど前、町おこしの一環で始まった「よさこい祭り」が、
 いまや秋のメインイベント。
 踊りに参加できる楽しさと、華やかな演出。
 よさこいの賑わいの音が、今日はかすかにここまで響いてくる。


 気づけば、神事としての“おくんち”は、影に隠れてしまった


 静かな境内に、風がふわりと吹いた。

 鈴の音も、拍手の音もない。
 落ち葉だけが、しゃりしゃりと舞う。

 

 そのとき。
 石段の下から、ふわりとした毛並みの気配。

 

 「おまえが、うわさのぶんちゃんか……」

 

 佐世保ではちょっとした有名猫。
 けれど、この神社で見るのは初めてだった。

 

 ぶんちゃんは、わたしの近くまで来て、
 境内の陽だまりにちょこんと腰を下ろした。

 

 なにか話しかけるでもなく、
 ただ、そこに“おる”。

 

 わたしは、また箒を持ち直して、
 ゆっくりと落ち葉を掃き始めた。

 

 風が音を運んできた——
 町のほうからは、よさこいの音楽と歓声。

 

 でも、ここには静けさがある。
 そして、ぶんちゃんの視線がある。

 

 わたしはつぶやいた。

 

 「今年も、よさこいの方がにぎやかかねぇ……
  おくんちは、もう昔のことになったとかもしれんね」

 

 ぶんちゃんは、しばらくわたしを見つめていた。
 その目が、まるで何かを伝えているように見えた。

 そして、ゆっくりと視線を空へ向けたあと、
 境内を社殿の方まで歩いていく。

 わたしもそのしっぽに先導されるように後をついていく。

 社殿の横まで来たとき、風が落ち葉を運んできた。

 ぶんちゃんが、その落ち葉を前足でそっと押さえたとき、 
 風に乗って、社の鈴が、かすかにひと鳴りしたような気がした。


 「昔のまんまじゃなくても、想っとる人がおれば、それはまだ、生きとる」と。 

 わたしは、小さくうなずいた
「……おまえ、不思議か猫やねぇ」


 ——ぶんちゃんが来たということは、
 きっと、この神事も、まだ町の“どこか”で呼ばれとるということやろう。

 

 箒の音が、また境内に戻った。
 ぶんちゃんは、陽だまりの中で目を細めておった。

 

 町が変わっても、
 この神社の季節は、ちゃんと巡っとる。

 そのことに気づけた秋の日やった。


【了】



サイドA:「鈴の音はせんでも、ここには想いのにおいが残っとる」
——ぶんちゃん、八幡神社のおくんちの日にて


 おれは猫。ぶんちゃん。
 秋の風にさそわれて、今日は市役所のほうまで歩いてきた。

 

 歩道橋を渡って水道局の前の横断歩道を渡ると、
 大きな鳥居と、白い石段。
 その向こうに、ひときわ澄んだ空気の広がる場所。

 

 ——神社。

 

 この時期は、町のあちこちで太鼓の音がしとったのを覚えとる。
 蛇のような踊りが通りをわたり、
 人が笑い、笛の音が風に溶けとった。

 

 ばってん、今日は、静か。

 

 おれは、ゆっくり石段をのぼる。
 葉っぱが舞い、空が高い。
 境内に入ると、ひとりのおじさんが、箒を持って立っとった。

 

 ——宮司さんたい。

 

 神主の服じゃなかけど、
 空気のまとうにおいが、きれいでやわらかかった。

 

 おれに気づいた宮司さんは、
 しばらくおれを見とったあと、
 ゆっくり、肩の力をぬいたように微笑んだ。

 

 「おまえが、うわさのぶんちゃんか……」

 

 おれは、答えん。
 ただ、鈴の音もせん静かな境内の、
 陽だまりの場所に、すっと座った。

 

 宮司さんは、箒をとめて空を見上げた。
 その目は、どこか遠い昔を見とるようで、
 でも同時に、今ここにある風の音もちゃんと感じとるような、
 そんな目やった。

 

 「今年も、よさこいの方がにぎやかかねぇ……
  おくんちは、もう昔のことになったとかもしれんね」

 

 ……ふうん。
 そう思っとる人間がいること自体、
 その祭りはまだ“生きとる”と、おれは思うけどね。

 

 町が変わって、人のにぎわいが変わって、
 音やかたちが違っても、
 “想い”だけは、ここにちゃんと残っとる。

 

 おれは、参道を進み、神殿の横まで歩いて、
 ちょん、と前足で落ち葉をつついた。

 宮司さんも後をついてくる。

 

 そこから、ふっと風が通って、
 社の奥で、かすかに鈴の音が鳴った——気がした。

 

 宮司さんはそれに気づいたように、目を細めた。

 「……おまえ、不思議か猫やねぇ」

 

 おれは、目をゆっくり閉じる。
 それが、答えの代わりやった。

 

 ——静かになった祭りも、
 思い出されるぶんだけ、ちゃんと“今”にも息をしている。

 

 そういうことを、人間が思い出すとき、
 おれは、ふらりと現れるとたい。

 

 今日の“おくんち”は、静かで、やさしい日やった。
 風の音と、祈りのにおいが、ちゃんと残っとる。

 

 そろそろ、また町のほうに降りようか。
 今夜は、きっとよさこいの余韻が残っとるけん。



【了】



前話です▼


シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga


略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

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