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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第31話「ぶんちゃんが思い出させてくれたこと」/「木箱のまわりに、思い出のにおいが立ちのぼったけん」)



サイドB:「ぶんちゃんが思い出させてくれたこと」
——孫娘の視点より

 

港に面した広場で、フリーマーケットが開かれていた。
晴れた春の風が、古着と紙袋のにおいを撫でていく。

 

私のブースには、使わなくなった食器や雑貨、
そして、父の遺品整理で出てきた古い木箱がひとつ。
重さのわりにコンパクトなその箱には、
なんの刻印もラベルもなく、
何かの部品でも入っていたのだろうと、
特に気にも留めずテーブルに置いていた。

 

値段もつけず、
「お気軽にお声かけください」とだけ書いた手書きの札。
人通りはそれなりにあるけど、
箱に目をとめる人は誰もいない。

 

昼を過ぎたころ、いっぴきの猫が現れた。

 

白と茶のぶち模様。片耳にちいさな傷。
近くの出店者が「あ、ぶんちゃん」と呼んだのを聞いて、
私も「ああ、この町で有名な猫だ」と思い出した。

 

ぶんちゃんは、迷うことなくまっすぐに私のブースへやってきた。
そして、その木箱の前で、ぴたりと立ち止まった。

 

「……え?」

 

思わず声が出た。
ぶんちゃんは、じっと箱を見つめたまま、動かない。

 

その姿を見ていたら、
ふいに、胸の奥がざわりと揺れた。

 

——港の見える縁側。
祖父の膝の上。
陽だまりの中で遊んでいた小さな私と、
隣で丸くなっていた、あのときの猫。

 

「……あれ、ぶんちゃん?」

 

思い出の中の猫と、今目の前にいる猫の姿が、重なる。
いや、そんなはずはない。
あれはずっと昔のこと、
ぶんちゃんはたしか“どこにでも現れる猫”として今も語られている。

 

でもその瞬間、あのとき祖父が見せてくれたものを、
はっきりと思い出した。

 

木箱の中には、
祖父が若い頃に集めていた古い船の模型の部品と、
小さなメモ帳が入っていたはずだ。

 

――“こいはね、海の上で出会った人たちのことば書いた
航海日誌みたいなもんたい。
じいちゃんだけの、小さな冒険の記録たいね――”

祖父はそう言って笑っていた。
その横で、私は模型の帆をくんくん嗅ぐ猫と一緒に、ふたりで笑っていた。

 

……忘れていたんじゃない。
思い出せていなかっただけだった。

 

私は、木箱をそっと抱え直した。
そして、テーブルの奥へと下げた。

 

ぶんちゃんは、それを見届けるように一度だけゆっくり瞬きして、
しっぽを揺らしながら、また風の中へ歩いていった。

 

それが「よかね」と言ってくれたような気がして、
私は小さく「ありがとう」とつぶやいた。

 

モノの中には、時間が棲んでいる。
忘れたふりをしていた思い出も、ちゃんとそこで息をしている。

 

ぶんちゃんは、きっとそれを見つけに来てくれたんだ。

 

【了】



サイドA:「木箱のまわりに、思い出のにおいが立ちのぼったけん」
——ぶんちゃんの視点より

 

おれは猫。ぶんちゃん。
今日は、港の風がにおうとった。
潮と食べ物と、紙袋と、思い出のにおいが、
空の上でまじり合う、そがん日やった。

 

広場では、にんげんたちがようけ集まっとった。
古いもの、もう使わんもの、
でも誰かにとっては、大事な“なにか”やったものたちが、
テーブルのうえに並べられとる。

 

おれは、その中をふらふら歩いとった。
ばってん、とつぜん、ぴたりと足が止まった。

 

ひとつの木箱。
ただの道具に見えるかもしれん。
でも、おれの鼻は、そこに残っとる“時間”のにおいば感じた。

 

——縁側の光。
——祖父の膝。
——ちいさな手と、やさしか笑い声。
そして、おれのような猫のぬくもり。

 

木箱の奥から、それがふわりと立ちのぼってきたけん、
おれは、そのまえに座り込んだ。

 

箱のむこうにおる若い女の人が、
おれを見て、ちょっとだけ首をかしげた。
その顔に、なにかがゆらいだ。
——記憶の底に沈んどった光が、ゆっくり浮かび上がる気配。

 

そいで、彼女は箱ば手に取った。
そして、おれを見ながら、ゆっくりうなずいた。

 

……思い出したとやね。

 

港の見える縁側で、
祖父の膝のうえで、猫と遊びながら、
この木箱のことば話しよった、
あの時間のことば。

 

おれは、しっぽをゆっくり揺らした。
それは、「それでよかよ」でもあり、
「思い出せてよかったね」でもある。

 

誰にも気づかれんくらいの、ちいさな時間のかけら。
おれは、そういうもんば見つけるとが、ちょっとだけ得意かとさ。

 

おれは立ち上がり、風のなかへと戻った。
この町には、まだほかにも“思い出の迷子”が隠れとるけんね。

 

そいでも、今日の風は、すこしだけあったかかった。

 

【了】



前話です▼

シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga


略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

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