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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第33話「ドリンクと、夜風と、ぶんちゃんと」/「テンポがずれたときは、風の音ば聞きんしゃい」)


ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色

サイドB:「ドリンクと、夜風と、ぶんちゃんと」
——よさこい踊り手・女性の視点で

 

夜の公園は、昼間とはちがう顔をしている。

 

佐世保市体育文化館の横、新公園の広場。
街灯の下で、若い子たちが、音楽にあわせて踊っている。
笑い声。
弾む足音。
あたしも、そこにいたはずやった。

 

だけど今日は、
休憩のふりをして、ひとり、コンビニまで抜け出してきた。

 

アイスコーヒーを片手に店を出ると、
夜の空気が、じわりと肌にまとわりつく。

 

はぁ、と小さく息を吐いた。
ダンスのテンポが、若い頃みたく合わんようになってきた。
前は誰よりも動けとった。誰よりも目立てとった。

 

今じゃ、若い子たちのスピードに、
自分だけがわずかに遅れていくのがわかる。

 

年齢のせい、やろうか。
技術や努力で、越えられん壁が、
確かに近づいてきとる気がした。

 

チームの真ん中におっていいとやろか。
あたしば見とる若い子たちが、
「変わらない憧れ」でいてほしかったんやなかろうか。
……それとも、自分がそう思いたかっただけやったとやろか。

 

そんなことばかり、
コーヒーの冷たさが沁みる夜に、考えとった。

 

そのとき。

 

ふわりと、足元に気配がした。

 

見ると、
白と茶のぶち模様の猫。
片耳にちいさな傷。

 

「ああ……ぶんちゃんやね」

 

町で名前だけは、よう聞いとった。
佐世保ん中ばふらふら歩いとって、
誰かのそばに、そっと座る猫。

 

ぶんちゃんは、
にゃあとも鳴かんかった。
ただ、コンビニの軒先のコンクリートの上で、
あたしの前にちょこんと座った。

 

動かず、
見上げて、
何も言わんで、
そこにおった。

 

あたしは、しゃがんで、そっと言った。

 

「……ちょっとだけ、疲れたとよ」

 

ぶんちゃんは、何も言わんかった。
ただしっぽを、ゆっくり、ひと振りした。

 

まるで、
「そんくらい、よかとよ」
とでも言うみたいやった。

 

立ち上がると、
少しだけ胸の奥のつっかえが軽うなった気がした。

 

あたしは、アイスコーヒーを持ち直して、
また公園へ歩き出した。

 

踊りは、若さだけじゃなか。
うまさだけでもなか。
いまの自分やけん、
出せるリズムも、声も、きっとあるはずや。

 

ぶんちゃんは、振り返るともうおらんかった。
でも、夜風にのって、
小さかしっぽの気配だけが、まだ背中に残っとった。

 

——よかね。
よかよ、たぶん。

 

あたしはもう一度だけ、小さく笑って、
坂道をのぼる。

 

夜空の下、また仲間たちの笑い声が聞こえてきた。

 

【了】


サイドA:「テンポがずれたときは、風の音ば聞きんしゃい」
——ぶんちゃんの視点で

 

おれは猫。ぶんちゃん。
今日も、町の風に耳ばすませながら、歩いとった。

 

体育館の横、公園のほうから、にぎやかな音楽が聞こえる。
太鼓の音、笛の音、跳ねる足音。
若かエネルギーのにおいが、夜空ににじんどった。

 

ばってん、その音の裏に、
ちいとだけ、違うリズムが混じっとるのがわかった。

 

——少しだけ、ずれとる。

 

誰も気づかんような、小さな音のゆらぎ。
おれには、ちゃんと聞こえたと。

 

コンビニの灯りの下で、
アイスコーヒー片手に立っとる女の人。
踊りの服のまま、ひとり。

 

近づくと、
この人の心も、すこしだけ揺れとった。

 

若いころは、誰よりもうまく踊れた。
今もリーダーみたいに頼られとる。
ばってん、
心のどこかで「昔ほど動けんくなった」と、
自分を責めとるにおいがした。

 

あたしは、静かに目の前に座った。
鳴かん。
手も出さん。
ただ、そばにおるだけ。

 

女の人は、しゃがんで、おれを見た。
そして、ぽつりとこぼした。

 

「……ちょっとだけ、疲れたとよ」

 

おれはしっぽを、ゆるりとひと振りした。
「よかとよ」って、
「それで、よかと」って、伝えたかったけん。

 

踊りも、音も、人生も、
いつか必ず、テンポはずれていく。
ばってん、
ずれたときは、無理に合わせようとせんでもよか。
風の音ば聞きんしゃい。
自分の歩幅で、またひとつ、ステップ踏めばよかけん。

 

女の人は、すこしだけ笑った。
コーヒーのカップば持ち直して、
公園の方へ戻っていった。

 

おれは、その背中ば見送ったあと、
また夜の町にとけた。

 

——だいじょうぶたい。
この町は、ちいさなゆらぎも、ちゃんと受け止めてくれるけんね。

 

【了】



前話です▼



シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

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