【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第34話「福袋の山と、あの日のにおいと」/「福袋の山のにおいの向こうに」)

サイドB:「福袋の山と、あの日のにおいと」
——文房具店・ベテラン店員の視点で
新年二日の朝。
店のシャッターを上げたとき、
空気は、ぴんと冷えとった。
かつては、もっと賑やかやったとよ。
元旦の夜から、家族連れや若い子たちが
アーケードばうろうろしながら、
目当ての福袋の店先に列ば作りよった。
午前三時。開店と同時に、
いっせいに人の波がなだれ込む、そがん景色。
それが、佐世保んお正月の“顔”やった。
いまは、
郊外のショッピングモールが元旦から開いとるけん、
アーケードに並ぶ人も、ずいぶん減った。
文房具屋の福袋も、
今じゃ朝九時に開けて、
それなりに売れはするばってん、
あの「わーっ」ていう熱気は、もうない。
それでも、
「おばちゃん、あけましておめでとう」って
顔なじみの子が来てくれると、
やっぱりうれしか。
今日も、小さな女の子がひとり、
お年玉握りしめて、カラフルなペンば見よった。
——よかとね。
この子には、この子の“新しい初売り”があるとたい。
そんなことを思いながら、
店先に福袋ば並べ直しとったときやった。
ふわっと、
足元に白と茶の小さな影がすべり込んできた。
「……ぶんちゃん」
町で有名な、あの猫。
何年も前から、いつも、そっと町角におる。
ぶんちゃんは、何も言わん。
ただ、福袋の山の隅っこに座って、
こっちば見上げた。
それだけで、
胸の奥が、ちいとあったこうなる。
お正月らしさは、
もう昔ほどじゃなかかもしれん。
アーケードも、にぎわいも、少しずつ減っていくかもしれん。
ばってん。
こうして、
新しい年ば迎える町のにおいの中に、
静かにおるものたちが、ちゃんと続いとる。
それが、なんとも、よかとやんね。
「ぶんちゃん、あんたも、あけましておめでとう」
心のなかで、そっとつぶやいた。
ぶんちゃんは、しっぽをひと振りして、
また、アーケードの向こうへと歩いていった。
年々、少しずつ変わっていく町で。
今日もまた、静かに、誰かと誰かの“あけまして”が交わされる。
【了】
サイドA:「福袋の山のにおいの向こうに」
——ぶんちゃんの視点で
おれは猫。ぶんちゃん。
年のはじめは、
町のにおいが、ちょっとだけ特別に変わる。
おれの歩くこのアーケードも、
昔は夜中から人があふれとったとばってん、
今は、朝の冷たい空気に、
ぽつりぽつりと足音が混じるくらい。
それでも、
店ばひとつひとつ開ける音や、
福袋ば並べる手の音が聞こえると、
町もゆっくり息ばしよる気がする。
おれは、
文房具屋の前で立ち止まった。
カラフルな袋が山みたく積んである。
その横に、
見覚えのあるおばあちゃん。
昔から、この店におる人。
今は週に何日かだけ手伝いに来とると、
風のにおいが教えてくれた。
おばあちゃんは、福袋ば整えながら、
ふっと、遠か昔を思い出しとった。
若かころ。
人が夜明け前から並んどったこと。
アーケードが人でぎゅうぎゅうになっとったこと。
今はもう、その光景はない。
ばってん、
それば寂しかだけと思っとらん。
おばあちゃんは、
今、目の前に立っとる小さな女の子ば見て、
ちゃんと笑ったと。
新しかに始まる時間ば、
ちゃんと見よるとやね。
おれは、
そっと福袋の山のすみに座った。
おばあちゃんと、
アーケードの冬の光と、
遠くから聞こえる子どもの笑い声と。
あったかかものは、
ちゃんとここに、残っとるけん。
「ぶんちゃん、あけましておめでとう」
おばあちゃんの心の中の声が、
おれの耳に、ちゃんと届いた。
おれは、しっぽをひと振りして、
また、町の風の中へ歩き出した。
変わっていく景色のなかでも、
変わらんぬくもりは、
ちゃんとそこかしこに、生きとるけんね。
【了】
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前話です▼
シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)
第11話:「陸(おか)に戻った日」/「帰港する心」
第18話:「I didn’t say it out loud, but you heard me.」/「声のない声、ちゃんと聞こえとるけんね」
第20話:「ふたりの間に光が灯る」/「来ると思った。根拠なんてないけど」/「別に、会いに行ったわけじゃない——とか言っても信じんやろな」
第24話:「ほどける音は、声の中じゃなく目の奥にあるとたい」/「おかあさんと、ねこさんと、知らないおじさん」/「坂の途中で、風がふたつ、重なった気がした」
第34話:「福袋の山と、あの日のにおいと」/「福袋の山のにおいの向こうに」
第35話:「風にまぎれたワルツと、ぶんちゃんと」/「桜ん下、風ばすくいながら」
第36話:「水のにおいと、ぶんちゃんと」/「水んにおいと、歩幅ん音と」
第37話:「川ん匂いと、祈りと、春のしじまに」/「川のにおいと、誓いと、ぶんちゃんと」
第38話:「潮のにおいと、伝えた言葉と、ぶんちゃんと」/「潮ばすくう風と、祈りん音と」
第39話:「水面にゆれる思いと、またぶんちゃんと」/「川沿いのにおいと、祈りの影と」
第40話:「解かれる音と、ぶんちゃんと」/「風ばくぐる音と、海のにおいと」
あとがき
この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。
私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者
プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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