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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第35話「風にまぎれたワルツと、ぶんちゃんと」/「桜ん下、風ばすくいながら」)


ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色

サイドB:「風にまぎれたワルツと、ぶんちゃんと」
——大学准教授の視点より

 

桜が、ひらひらと降っていた。
東山公園。通称、海軍墓地。

 

ここに、
「美しき天然」を作った田中穂積が眠っとることを、
恥ずかしながら、最近知った。

 

観光学を教えとるくせに、
こんなに身近な場所のことを、
今までちゃんと見ようとしてなかったんやなぁ……と思った。

 

きっかけは、祖母だった。
サーカス団で芸人をしていた、おばあちゃん。
もうだいぶ前に、空に行った人。

 

小さかった頃。
祖母がよく口ずさんでいた。
ゆったりした、どこか懐かしかワルツ。

 

研究の中でふと思い出して、
調べていくうちに、
それが「美しき天然」やったと知った。

 

サーカスのジンタでもよく流れたこの曲。
祖母にとっても、故郷みたいな音やったとやろう。

 

そして今日、
その作曲家が眠るこの場所に、
はじめて足を運んだ。

 

桜が満開やった。
花の下、
墓標の列は、静かに並んどった。

 

風が吹いた。
どこか遠くから、
あの旋律が、かすかに聞こえた気がした。

 

ふと、足元に気配。

 

白と茶のぶち模様の猫。
片耳にちいさな傷。

 

「ああ……ぶんちゃんか」

 

佐世保ん町で、名前だけはよく聞いとった。
誰にもなつかず、
ばってん、誰かのそばに、すっと座る猫。

 

ぶんちゃんは、
なにも言わん。
ただ、墓標の間ばすり抜けて、
おれの隣に、ちょこんと座った。

 

風がまた吹く。
桜の花びらが舞う。

 

おれはポケットから、
折りたたんだまま持ってきた「美しき天然」の歌詞を取り出した。

 

声には出さん。
心の中で、そっとなぞる。

 

この空、この風、この桜。
いろんな“天然の美しさ”に囲まれて、
今も祖母は、笑っている気がした。

 

ぶんちゃんは、静かに目を細めて、
何もせず、ただそこにおった。

 

言葉も、説明も、分析もいらんとたい。
そんくらいで、ちょうどよか。

 

おれは、ぶんちゃんのそばに腰を下ろした。
何も急がず、
何も決めず、
ただ、桜の下の風の中におった。

 

ふと、
祖母が子守唄みたいに口ずさんでいた
あのゆるやかなワルツが、
耳の奥でやさしく揺れた。

 

——いい春たい。

 

ぶんちゃんは、しっぽを一度だけ揺らして、
また静かに、墓標の向こうへ歩いていった。

 

おれはその背中に、
小さく会釈をして、
また、桜の花びらの中へと歩き出した。

 

【了】

 


サイドA:「桜ん下、風ばすくいながら」
——ぶんちゃんの視点より

 

おれは猫。ぶんちゃん。
今日も町の風に、耳ばすませながら歩いとった。

 

春の東山公園。
桜が、空から降りよった。
町ん中でも、ここは、ちいと特別なにおいがする場所。

 

たくさんの石が、静かに並んどる。
誰かを想う時間が、静かに積もっとる場所。

 

今日は、いつもと違う風が吹いとった。
遠か昔の、あたたかい音楽のにおい。

 

おれは、墓標の間を、するすると抜けて、
ひとり立っとる男の人のところへ歩いていった。

 

男の人は、ポケットから、
何か折りたたんだ紙ば取り出して、
静かに見つめとった。

 

近づいても、気づかんかったけん、
おれはその横に、ちょこんと座った。

 

しばらくして、男の人はおれに気づいた。
「ああ……ぶんちゃんか」
そう、静かに言った。

 

名前を呼ばれても、
おれは何もせん。
ただ、風と一緒に、そこにおるだけ。

 

男の人の心は、
懐かしか誰かのことば思い出しとった。

 

遠か記憶。
サーカスのにおい。
おばあちゃんの歌声。

 

全部、風ん中に、ふわりとまじっとった。

 

おれは、目を細めた。
「そんでよかよ」って、
「なしても忘れんで、よかよ」って、
伝えたくて。

 

風が、桜の花びらば運んでくる。
男の人の髪にも、肩にも、
小さな花びらがとまった。

 

おれは、立ち上がって、
ゆっくり墓標の向こうへ歩きだした。

 

ふりかえらんでもわかる。
この人の胸ん中に、
今日の風と、音と、光は、ちゃんと残ったけん。

 

——また、春が来るたびに、
この坂ばのぼるとよか。

 

桜ん下で、
あのやさしか歌ば、また思い出すために。

 

【了】



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前話です▼



シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

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