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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第55話「咲きたか気持ちは、まだここに」/「咲こうち思う音ば、風が運ぶ」)


ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色

サイドB:「咲きたか気持ちは、まだここに」
——正雄の視点より


 朝の光が、やっと少しあたたこうなってきた。
 おいは、いつものように公園んベンチに腰ば下ろし、例の桜ば見上げとった。

 幹はもう、ごつごつしとって、道ばちょっと押し上げとる。
 歩道からもはみ出して、車道にまでせり出しとるけん、
 「邪魔じゃなかですかね」っち、役所のもんからも何度か言われた。

 ばってん、この木は戦後すぐ、この土地ば開きはじめたころに植えられた一本たい。
 町ができるより先にここに立っとった。

 「おかえり桜」。

 誰が言い出したかはもう忘れたばってん、
 みんなが、そう呼びよる。

 帰ってきた兵隊、焼け跡から再出発した家族。
 あの頃、みんなこの木ば見ながら、
 「ここに帰ってきた」っち思うたとやろ。

 おいもその一人や。
 もう何十年もこの町で暮らしてきて、
 仕事ば終えて、子どもも巣立って、
 今は町内会長なんかしよるけど、

 ほんとはな、
 こがんふうに桜ば守り続けとるのは、
 自分自身が、まだこの町に必要とされとる気がするけんかもしれん。

 今年も、枝の先に小さか蕾がついとる。
 ばってん、開花はだいぶ遅れとる。
 正直、今年が最後かもしれん、
 そんなことも頭をよぎる。

 そいでも、木は咲こうとしよる。
 道にせり出したその幹でさえ、まだ風ば感じとるように思えるとたい。

 「…咲きたかとやろな」

 誰に言うともなく、つぶやいた。

 そのときやった。

 すっと音もなく、足元に何かが来た気配。
 見下ろすと、白と茶のぶち模様。
 片耳がちょこんと欠けた猫が、おいのすぐ横に座っとった。

 ——ああ、あんたがぶんちゃんか。

 町の人からはよく聞いとる。
 誰かが迷うとき、黙ってそばに来てくれる、不思議な猫。

 ぶんちゃんは、何も言わん。
 ばってん、じっと桜の木ば見とる。

 おいも、また視線ば戻す。

 風がひとすじ、枝を揺らす。
 それと一緒に、蕾がかすかに光ば反射した。

 「……まだ、咲けるよな」

 そう言ったとき、ぶんちゃんがふわりとしっぽば揺らした。

 その動きが、まるで肯定のようで、
 わしはすこし笑うた。

 ——咲きたいち思う気持ちは、
  花ば咲かせる力になる。

 それは、木も、人も、きっと一緒たい。

【了】


サイドA:「咲こうち思う音ば、風が運ぶ」
——ぶんちゃんの視点より


 公園んそばのカーブ道。
 おれは、いつもどおり町ん音ば辿って歩いとった。

 そいで今日も、あの桜ん木の下に来たとやった。

 太うて、曲がっとって、幹ん一部は歩道からも飛び出しとる。
 まるで「わしも道ん一部ばい」とでも言うごと、
 どっしりと、そこに根ば張っとる。

 おれは、この桜が好きやった。
 葉が散ったあとも、枝の先に残る音が、毎回ちょっとだけ違うけん。

 今日は、その木の下んベンチに、人がおった。
 年配の男ん人。
 白髪の短か頭、肩はすっと伸びとって、目が細められとった。

 手には軍手。膝の上には剪定鋏。
 ただ、今日は剪定じゃなかった。
 じっと、枝先ば見上げとった。

 ——おれは、その横に、そっと座った。

 男ん人は、驚くふうでもなく、ちょっとおれば見下ろして、また桜ん木に視線ば戻した。

 音が聞こえた。
 「咲きたかとやろな」て、心の中でつぶやいたごたる音。

 おれは、その音ば、風といっしょに感じ取った。

 この木は長う生きとる。
 まちが変わっていくのば、ずっと見とった。
 それば知っとる人が、今もこうしてここにおる。

 だから、おれはそいに応えるごと、
 しっぽば、ふわりと揺らしてみせた。

 「うん、そいでよか」と言いたか気持ちば込めて。

 花はまだ咲いとらん。
 ばってん、咲こうて思う気持ちは、
 ちゃんと枝の先に集まっとった。

 風が、枝ばくすぐるように吹き抜けた。
 男ん人の頬も、ふわっとゆるんだ。

 おれは立ち上がり、また一歩、道ば進んだ。

 ——おれは、ここに、おったけん。
 このまちん音といっしょに、風ん中に、ちゃんとおったけん。

【了】



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シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

🧭思考の案内人|Thinking Navigator

略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒愛知の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。こどもは二人とも大学生となって巣立ち、妻と二人暮らし中。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!