見出し画像

【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第43話「はじめての香り、あたたかい手」/「掃き清めた先に」)

ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色

サイドA:「はじめての香り、あたたかい手」

——ぶんちゃんの視点より

 夕ん風が、ちょっとぬくうなってきた。
 佐世保ん路地は、人のにおいと料理ん香りが混じっとる。

 おれはその匂いば頼りに、ぽてぽて歩きよった。
 まだちょっと若かおれは、ひとりでこの町ん中ばさるき始めたばっかり。

 どこに何があって、誰がどんな人か、ぜんぶは知らん。
 ばってん、匂いで感じる。

 甘か、しょっぱか、煙草、香水、酒。
 夜ん町は、いろんな匂いでいっぱいや。

 その中で、ひとつだけ柔らかくて、あたたかい香りがあった。

 スナックん前。
 大きか窓の横で、箒ば動かしよる女の人。

 長い髪。口元にほほえみが浮かんどる。
 でも、その目ん奥は、どこか少しだけさびしそう。

 ——なんか、気になる人やね。

 おれは少しだけ離れた場所から、その人ば見とった。

 そしたら、目が合った。

 「あら、かわいか猫さんね」

 声がやさしか。
 おれはひょいとしっぽば揺らし、もう一歩近づいた。

 ばってん、女の人が手ばのばすと、おれは反射的に後ろへ跳ねた。

 「おっと、びっくりさせたかね」

 女の人は少し笑った。
 おれはそのままじっとしとった。

 そしたら、女の人はバッグの中から、何かば取り出した。

 「これね、かつおぶし。香りは好きやろ?」

 袋を開けるとふわりと漂う香り。
 おれは思わず鼻ばひくひく動かした。

 ——かつおぶし…?

 ばってん、まだ警戒心はある。
 おれは少しだけ離れたまま、じっと見とった。

 「まあまあ、そうよね」

 女の人は優しく笑うて、かつおぶしば店ん入口の横にそっと置いた。
 無理に近づかん。

 そのまま、店ん中に入ってしまった。

 ——なんね、置いてくだけ?

 おれは、ちらちら窓ば見ながら近づいた。
 香りが、ふんわり広がっとる。

 ——食べてよかと?

 誰もおらん。
 店ん中ば覗くと、窓越しに女の人がこっちば見よる。

 おれはそっと、かつおぶしばくわえた。
 口ん中に広がる香り、じわりと旨み。

 ——うん、よか味ばい。

 そのまま路地ん奥へ駆け出した。

 あの人ん目、あたたかかったね。
 おれにはまだ、ようわからんけど。

 ばってん、あの香りは忘れんかもしれん。


【了】



サイドB:「掃き清めた先に」
——スナックのママの視点より

 夕方ん風が少しぬくうなってきた。
 春ん匂いが、うっすら町に混じっとる。

 夜店公園通りから一本入ったこの路地。
 うちのスナックは古びとる。
 ばってん、この店はただの飲み屋じゃなか。

 先代のママから受け継いだ、大事な場所。

 「話は、ここに置いていきんしゃい」
 笑いながら、そう言ってグラスば磨きよった先代。
 その背中は、いつも堂々としとった。

 わたしはその背中に憧れた。
 人の話ば受け止め、時には笑いに変え、時にはただ黙って聞く。
 この路地に流れる嘘と本音ば、さらりと受け流しながらも、人ば大事にしとった。

 「店はね、心ば掃く場所ばい」
 先代がそう言いながら、いつも箒ば握っとったことを思い出す。

 だから、わたしも毎日こうして掃き清めとる。
 店先の石畳も、入口も。

 シュッ、シュッと、箒の音が響く。
 落ち葉と砂ば集めながら、ふと顔を上げた。

 ——あら?

 少し離れたとこに、白地に茶ぶち模様の猫。

 じっとこっちば見よる。
 大きか目ん中に、どこか好奇心が混じっとる。

 「……かわいか猫さんね」

 そう言うたら、猫がしっぽばふわりと揺らした。

 もう一歩近づいた。
 ばってん、わたしが手ば伸ばすと、猫はぴょんと跳ねて後ろへ下がった。

 「おっと、びっくりさせたかね」

 わたしはつい、くすっと笑った。
 警戒心はあるけど、逃げんね。

 ——さて、どうしよか。
 チョコみたいな甘かとは、ダメってきいたことのあるし。

 バッグの中ばよく探してみると、
 うちポケットに見慣れないものがのぞいた。
 「かつおぶし」の小袋やった。

 ――また、あの子がイタズラしたばいね。
 苦笑しながら、透明な袋ば取り出す。
 これなら猫も大丈夫。

 袋を開けて、「これね、かつおぶし。香りは好きやろ?」

 猫はじっと見とる。
 けど、一歩だけ引いとる。

 「まあまあ、そうよね」

 わたしは優しく笑って、かつおぶしば入口ん横にそっと置いた。
 無理に近づかん。猫には猫の距離があるけんね。

 そのまま店ん中に入った。

 カウンター越しの窓から外ばちらりと見る。
 猫が、ちらちらとこっちば確認しながら近づいとる。

 ——食べるかな。

 心の中で、小さな賭けみたいに思った。

 すると、猫はそっとかつおぶしばくわえた。
 すぐにくるりと体ば返し、路地ん奥へ駆け出す。

 わたしは思わず笑うた。
 ——よか。元気そうでよか。

 店内はまだ静かやった。
 ばってん、この場所はただのスナックじゃなか。

 悩みも、笑いも、ため息も、全部ここに置いていきんしゃい。
 わたしはそれば受け止める。

 先代がそうしとったように。
 わたしも、この場所ば守り続ける。

 外ばちらりと見ると、路地にはもうあの猫はおらん。
 ばってん、またきっとひょっこり顔ば出すかもしれん。

 それも、この店の小さな物語になる。


【了】



  • スナックのママの初登場回です▼


  • ぶんちゃん(デフォルメ版)LINEスタンプ始めました🐾▼


  • 前話です▼



シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
🧭 読んだあと、あなたの中に“新しい見方”がひとつ芽生えるような。そんな記事をお届けできたらうれしいです。
つでも大歓迎です!

いいなと思ったら応援しよう!

Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!

この記事が参加している募集