【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第45話「木くずとため息」/「木くずの遊び相手」)

サイドA:「木くずとため息」
——ぶんちゃんの視点より
鉄の匂いと木の香りが、風ん中で混じっとる。
川沿いに佐世保ん町工場が並ぶ通り。
鉄工所、塗装工場、車の修理屋。
昔はこのあたりに海軍の工場があったらしか。
その一角に、小さか木工所があった。
おれはその入口ばくぐり、ひんやりした土間ん上を歩いた。
カリカリ、ガリガリ。
木ば削る音が、静かに響いとる。
作業台ん横で、一人の若か男が立っとった。
手に持った小刀がぎこちなか。
「…また、曲がった…」
小さくため息が漏れた。
おれはその横の木くずが散らばるとこに座り込んだ。
ちらりと男がこっちば見た。
ばってん、すぐにまた視線は木に戻る。
カリカリ、カリカリ。
小刀が木を削る音は、なんか少しぎこちなか。
——うまくいっとらんとね。
おれは散らばった丸い切くずに、そっと前足ば伸ばした。
ふわりと揺れる木のかけら。
「…やっぱり駄目か…」
男は小刀ば置き、ため息ばついて作業台に腰掛けた。
その目は、どこか遠くば見とるようやった。
おれはそっと立ち上がり、ふわりと木くずを転がしながら男の足元へ近づいた。
ころり、ころり。
小さな木のかけらが転がる。
男はふと、おれに気づいた。
「お前…何しよると?」
おれはちらりと男ば見上げた。
また木くずに前足ばのせ、ころんと転がす。
男の眉が少しだけ和らいだ。
「なんね…遊びよると?」
おれはもう一度、木くずばちょいと押した。
ころり。
男は小さく笑うた。
その笑い声は、さっきのため息よりずっと軽か。
おれはまた木くずば転がし、ゆっくりと男ん足元に座り込んだ。
木ば削る音は止まったばってん、男はしばらくおれば見とった。
「…はあ…まあ、少し休憩やね」
そう言うて、男はまた笑うた。
おれはその足元で、ふわりとしっぽば揺らしながら目ば閉じた。
木の香りが、優しか風に乗って鼻に届いとる。
——おれは、ここにおったけん。
【了】
サイドB:「木くずの遊び相手」
——青年の視点より
木の香りが、鼻ん中に広がる。
この香りが好きで、この道ば選んだ。
高専の学生が、表の通りば通る、
町工場が並ぶこのエリアで、古びた木工所。
親方に弟子入りして、一年。
ばってん、うまくいかん。
小刀ば握る手が、いつもぎこちなか。
削りすぎたり、曲がったり。
「おい、またそれか。もっと丁寧にせんば」
親方の声が、背中に突き刺さる。
「すみません…」
口は謝るばってん、胸ん中はもやもやしとる。
何度も練習しとるのに、なんでやろうか。
作業台に腰掛け、ため息ばついた。
小刀ば置いた手が、少し震えとる。
——こんなんじゃ、職人になれん。
そのとき、木くずがころりと足元に転がってきた。
「ん?」
足元ば見ると、白と茶のぶち模様の猫。
じっとこっちば見上げとる。
「お前、いつの間に…」
猫はそのまま木くずに前足ばのせ、ころんと転がした。
「なんね…遊びよると?」
思わずつぶやいた。
猫はまた木くずばちょんと押す。
ころり。
おれは思わず笑うた。
ばかばかしか…こんなことで笑うなんて。
ばってん、なんか胸ん奥が少し軽うなった気がした。
そういえば、ぶんちゃんとかいう猫の話ば、
表のお好み焼き屋で昼飯ば食べよったときに、
聞いた気もする。
猫はもう一度、木くずば転がし、そっとおれん足元に座り込んだ。
静かに目ば閉じて、ふわりとしっぽを揺らしよる。
——なんね、気楽なもんたい。
おれも少しだけ、息を吐いた。
「…まあ、少し休憩やね」
猫はそのまま動かん。
その穏やかな姿が、不思議と安心感をくれた。
——まあ、こんなもんでよかやろ。
また小刀ば握り、そっと木に刃ば当てた。
カリカリ…今度は少しだけ、指ん先の感覚が優しか。
猫はじっとおれば見とる。
なんか笑われとるごたるね。
「おい、しれっと見んでよ」
猫はちらりと目ば開けたばってん、また目ば閉じた。
おれはまた小刀ば動かしながら、小さく笑うた。
木くずは少しずつ積もり、形はまだぎこちないばってん、ちゃんと削れとる。
猫はその横で、ただそっとおるだけ。
——おれは、ひとりやなか。
ふと、そんな気がした。
【了】
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前話です ▼
シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)
第11話:「陸(おか)に戻った日」/「帰港する心」
第18話:「I didn’t say it out loud, but you heard me.」/「声のない声、ちゃんと聞こえとるけんね」
第20話:「ふたりの間に光が灯る」/「来ると思った。根拠なんてないけど」/「別に、会いに行ったわけじゃない——とか言っても信じんやろな」
第24話:「ほどける音は、声の中じゃなく目の奥にあるとたい」/「おかあさんと、ねこさんと、知らないおじさん」/「坂の途中で、風がふたつ、重なった気がした」
第45話:「木くずとため息」/「木くずの遊び相手」
あとがき
この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。
私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者
プロフィール|Kazuomi Matsunaga
🧭思考の案内人|Thinking Navigator

略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。こどもは二人とも大学生となって巣立ち、妻と二人暮らし中。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
🧭 読んだあと、あなたの中に“新しい見方”がひとつ芽生えるような。そんな記事をお届けできたらうれしいです。
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