【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第44話「いつもの路地、知らん香り」/「窓越しの目と、路地の影」)

サイドA:「いつもの路地、知らん香り」
——ぶんちゃんの視点より
佐世保ん路地は、夜がくるとにおいが変わる。
潮の香りは少し薄れて、酒とたばこ、笑い声が風に混じる。
おれは、そのにおいの中ば歩きよった。
人ん気配は多いけん、いつも少し離れた路地ん陰ば歩く。
今日も、いつものアーケードから1本入った路地。
古びた外国人バーん横を通り過ぎると、ふわりと甘か香りが漂う。
カクテルの匂い。
その先に、もう一つ新しか香りがあった。
——なんね、これ?
立ち止まって、ひげをぴくりと動かした。
ガラス越しに小さな店。
木のカウンターと、壁には世界地図。
「ワールドエンド」って書かれとるらしい。
――おれも最近は、
人間の文字が何となく分かるごとなってきたと。
その中に、黒髪の若か男が一人。
カウンターば拭きよる。
少しだけ背中が丸まっとる。
おれはその窓ばじっと見つめた。
男はふと顔ば上げた。
おれと目が合う。
しばらくの間、無言。
おれは動かん。男も動かん。
けど、その目は少しだけ不安そうやった。
そのうち、男はふっと視線ば外し、カウンターに戻った。
おれはそっと歩き出した。
——あいつは、だれね?
その夜、おれはその店ん裏口に回り込んだ。
路地のゴミ捨て場に、食べ物の匂いがかすかに残っとる。
ひとつ、袋が開いとった。
中には残されたパンの端っこ。
おれはくんくんと匂いば嗅ぎ、そっとかじった。
そのとき、足音がした。
「…あれ?野良猫?」
男の声やった。
おれは一歩引いた。
ばってん、男は近づかん。
店ん裏口んドアから、じっとおれば見とるだけ。
「…うまくいかんなあ…」
ぽつりと、つぶやきが聞こえた。
おれはその顔ばじっと見つめた。
どこか寂しそうで、何かに迷っとる目。
風がひゅうっと吹き抜けた。
男は小さくため息ばつき、ドアば静かに閉めた。
おれはそのドアば見つめたまま、しばらく動かんかった。
——寂しかね、あんた。
そう思ったけん、おれはその夜もその路地ばうろうろした。
いつも通り、そっとおるけん。
【了】
サイドB:「窓越しの目と、路地の影」
——翔太の視点より
夜の風は冷たい。
店のドアを開けても、路地はしんと静か。
「ワールドエンド」
この小さなバーを開いたときは、夢でいっぱいやった。
世界中の人が集まる場所。
佐世保は昔から外国人の多いまち。
ここなら、海外の映画みたいに、異国の言葉が飛び交い、
カウンター越しに笑い声が響く――。
ばってん、現実は違った。
開店初日、友達が祝いに来てくれたのも一度きり。
隣の外国人バーはいつも賑やか。
その中、俺ん店はぽつんと静か。
カウンターば磨きながら、ふと窓の外ば見た。
——ん?
路地の向こう、ガラス越しに目が合った。
白地に茶ぶち模様の猫。
じっとこっちば見とる。
無表情…けど、なんか見透かされとるような目。
俺は思わず目をそらした。
グラスを並べ直しながら、ため息が出た。
「…うまくいかんよなあ…」
夜は更ける。
客はぽつぽつ。カクテルを注文されても、心はここにないみたい。
閉店時間が近づき、数少ない常連も帰り、カウンターは静か。
俺はカウンターを拭き、グラスを片付け、裏口のゴミばまとめた。
外に出ると、ひんやりした夜の風。
ゴミ捨て場に向かう途中、ふと目に入った。
——また、あの猫。
白と茶のぶち猫がゴミ袋ば覗きよる。
くんくんと匂いば嗅ぎ、パンの端っこばかじっとる。
「…あれ?野良猫?」
俺は声ばかけた。
ばってん、猫は一歩引いてじっと俺ば見とる。
大きか目。
逃げんばってん、近づきもせん。
——なんや、不思議な猫やね。
俺はしばらくそのまま立っとった。
ゴミば捨てに来たんじゃなかったっけ?
冷たい風が頬ば撫でる。
「…うまくいかんなあ…」
つい、口ばついた。
猫はじっと見とる。
恥ずかしか…猫に弱音ば聞かれるなんて。
俺はため息ばつき、裏口に戻った。
ドアば閉める前、ちらりと見ると、猫はまだそこにおる。
「…なんか、すまんね」
つぶやいて、静かにドアば閉めた。
その夜、片付けを終えてカウンターに座った。
ふと窓ば見ると、路地ん向こうに白と茶の影がちらり。
——お前、見張り役か?
俺は苦笑いして、グラスを手に取った。
ひとりの夜。
ばってん、あいつがあの路地ん隅におることだけは、なんか落ち着く。
この町はまだ、俺に優しかかどうかわからん。
ばってん、あの猫は、いつもそこにおるみたいやね。
【了】
(参考)佐世保の実在の外国人バーはこちらで紹介されています ▼
ぶんちゃん(デフォルメ版)LINEスタンプ始めました🐾 ▼
前話です ▼
シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)
第11話:「陸(おか)に戻った日」/「帰港する心」
第18話:「I didn’t say it out loud, but you heard me.」/「声のない声、ちゃんと聞こえとるけんね」
第20話:「ふたりの間に光が灯る」/「来ると思った。根拠なんてないけど」/「別に、会いに行ったわけじゃない——とか言っても信じんやろな」
第24話:「ほどける音は、声の中じゃなく目の奥にあるとたい」/「おかあさんと、ねこさんと、知らないおじさん」/「坂の途中で、風がふたつ、重なった気がした」
第44話:「いつもの路地、知らん香り」/「窓越しの目と、路地の影」
あとがき
この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。
私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者
プロフィール|Kazuomi Matsunaga
🧭思考の案内人|Thinking Navigator

略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。こどもは二人とも大学生となって巣立ち、妻と二人暮らし中。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
🧭 読んだあと、あなたの中に“新しい見方”がひとつ芽生えるような。そんな記事をお届けできたらうれしいです。
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