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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第46話「涙としっぽのゆらぎ」/「見つからん場所」)

ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色



サイドA:「涙としっぽのゆらぎ」
——ぶんちゃんの視点より


 佐世保駅ん近く。
 人ん声と車ん音が混じる通りから、少し離れた裏通り。

 おれはマンションの裏手にある駐車場に入った。
 ひんやりしたコンクリートと、鉄の匂い。

 薄暗か空ん下、ひとりの少年が立っとった。
 背中を丸め、じっと地面ば見つめとる。

 ——なんか、重たか“音”がしよるね。

 おれは少し離れた場所から、じっとその背中ば見つめた。

 すすり泣きの音が、かすかに風に混じる。

 「…なんで…おればっかり…」

 少年は小さくつぶやいた。
 声は震えとって、目元は赤か。

 おれはゆっくり近づいた。
 ばってん、すぐそばには行かんかった。

 少しだけ距離を置いて、じっと見とる。

 少年は気づかんまま、しゃがみ込んだ。
 両手で顔ば覆い、また小さく泣いとる。

 おれはそっと前に進んだ。
 しゃがんだ彼の背中ば、くんくんと軽く嗅いだ。

 ——寂しか、泣きよるとね。

 少年は顔ば上げた。
 その涙ん目が、おれば見つけた。

 「…え?」

 おれはゆっくり目ば伏せた。
 ばってん、すぐには寄らん。

 少年はしばらく、おれば見つめとった。

 「…猫…?」

 おれは少しだけ歩み寄り、そっと彼ん足元に座った。
 しっぽばふわりと揺らし、軽く彼の靴に鼻ば触れた。

 少年はまた涙ば拭った。
 ばってん、涙は止まらん。

 「…家じゃ、いつも怒られるし…学校でも…」

 おれはその声ば静かに聞いとった。

 少年は時々おれば見下ろす。
 ばってん、おれはじっと目ば閉じとる。

 ——ここにおるけん。

 少年はまた小さく鼻ばすする。

 「…こんなとこで泣いとっても…変わらんよな」

 その声は少しだけ軽うなった気がした。

 おれはそっと立ち上がり、前足で近くの枯れ葉ばちょんと押した。

 さらり。

 少年はその葉っぱば見て、小さく笑うた。

 「…なんね、それ…」

 おれはもう一度葉っぱば転がし、ゆっくりしっぽば揺らした。

 「…ありがとね、猫」

 少年は立ち上がった。

 「…また…来てくれる?」

 その声は、少しだけ温かか。

 おれはちらりと少年ば見上げ、しっぽばもう一度ふわりと揺らした。

 少年は小さく笑って、駐車場ば離れていった。

 おれはその背中ばじっと見送り、またゆっくり歩き出した。

 夜ん風は少し冷たかばってん、足元はなんかあたたかかった。

 ——そっと、おったけん。


【了】



サイドB:「見つからん場所」
——中学生の視点より


 マンションん裏の駐車場。
 誰も来ん。ここは、俺ん“見つからん場所”。

 家の中はいつも窮屈か。
 「テストは?」「宿題は?」「なんでスマホばっかり見よっとね?」

 母さんは俺に勉強ば求める。
 父さんは俺がスマホば触るたびに眉ばひそめる。

 姉ちゃんは成績がよか。
 比べられんばってん、「○○ちゃんのお姉さんはすごかね」って言葉が痛い。

 学校は学校で、いつも表面だけ。
 「おーい、これ見た?」って動画ば見せられて笑うけど、
 本当はそれ、もう見とる。ばってん「初めて見るふり」しとる。

 クラスメイトの冗談にも、無理に笑っとる。
 ——本当の俺は、どこにもおらん。

 だから、この駐車場は俺ん隠れ場所。

 薄暗かコンクリートん上にしゃがみ込み、顔ば覆った。

 「…なんで…おればっかり…」

 小さな声が、空に消えた。

 と、そのとき、ふわりと何かが触れた。

 「…え?」

 顔ば上げると、足元に猫。
 白と茶のぶち模様の猫が、じっと俺ば見つめとる。

 なんで…こんなとこに?

 「…猫…?」

 俺は涙を拭った。
 けど、猫は逃げん。

 そっと俺ん足に鼻ば押しつけ、しっぽばふわりと揺らしよる。

 なんね…そんな感じで…

 「…家じゃ、いつも怒られるし…学校でも…」

 言葉が、つるんと口から出た。

 猫はじっとしとる。
 逃げもせんし、無視もせん。

 俺はまた涙ば拭った。
 この猫は…ちゃんと俺ば見よる。

 「…こんなとこで泣いとっても…変わらんよな」

 そう言うたら、猫は前足で木の葉ばちょんと転がした。

 「…なんね、それ…」

 猫はもう一度、葉っぱば転がし、しっぽば揺らした。

 ばかばかしか…けど、なんか…

 ——少しだけ、笑えた。

 俺は立ち上がった。

 「…ありがとね、猫」

 猫はゆっくり立ち上がり、しっぽばふわりと揺らした。

 「…また…来てくれる?」

 小さな声が、勝手に出た。

 猫はちらりと俺ば見て、しっぽばもう一度ふわりと揺らした。

 ——うん。

 そんなふうに、思えた。

 俺はマンションに戻る足取りが、少しだけ軽うなった。

 窮屈な家ん中に帰るのは、まだ嫌かもしれん。
 ばってん、あの猫は…きっとまたここにおる。

 そんな気がした。



【了】



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シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

🧭思考の案内人|Thinking Navigator

略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。こどもは二人とも大学生となって巣立ち、妻と二人暮らし中。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!