【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第54話「声ば出すだけじゃ、伝わらんけん」/「止まった足んそばに」)

サイドB:「声ば出すだけじゃ、伝わらんけん」
——遥の視点より
「全国大会、応援よろしくお願いします! 佐世保レインボーズです!」
アーケードの島瀬公園のそば。
赤いベスト、チラシ、募金箱。
わたしは、いつものように声を張っていた。
左足にはテーピング。
歩くぶんにはなんともなかけど、走ることはもうできん。
——ほんとは、走りたかった。
あの全国大会のピッチに、チームの一員として立ちたかった。
みんなと、最後まで。
思い出すのは、県大会の決勝。
スコアは1対1、後半も残り5分。
ロングパスに反応して、わたしは走った。
いつもなら届くタイミングやった。
ばってん、相手ディフェンスとぶつかった瞬間、左足首が、
ぐにゃり、と、変な方向にねじれた。
倒れ込んだ瞬間、
「あ、だめだ」って、すぐに分かった。
その場で交代。
ペナルティーキックを決めてくれたチームメイトのおかげで
試合には勝った。
わたしはベンチで横になってアイシングをしながら、涙は出らんやった。
診断は、靱帯損傷で全治4週間。
さいわい競技復帰は十分可能やったけど、
そのためにはリハビリ含めて3か月かかる。
全国大会には間に合わん、と言われた。
それでも、チームは進む。
みんなは前を向いとる。
わたしは、もう試合に出られん体で、
こうして募金活動ばしよる。
交代の時間になって、赤いベストば外し、アーケードを挟んで島瀬公園と反対側、島瀬児童公園のベンチに腰ば下ろした。
足を伸ばしながら、息ばふうと吐く。
「……なんしよんかな、わたし」
ぽつりとつぶやいたそのとき、
足元にふわりと影が落ちた。
白と茶のぶち模様の猫。
片耳の先が少し欠けて、毛並みはふわふわ。
町で名前だけ聞いたことのある猫——ぶんちゃん。
ぶんちゃんは、わたしの足元にちょこんと座った。
そして、じっと、こっちば見つめてきた。
目が、まっすぐで、やさしかった。
思わず、手ば伸ばした。
ぶんちゃんは逃げもせんと、そのままじっとしとった。
そのぬくもりが、ふわりと手のひらに伝わってくる。
何も言わんばってん、「だいじょうぶ」と言ってくれた気がした。
そのとき、気づいた。
わたしがこのチームで過ごした時間は、
もうちゃんと、みんなの中にあるって。
ゴールを決めたことも、走って倒れたことも、
練習で笑った日も、全部。
それがあるから、今の仲間がここに立っとる。
そして、募金箱を持つ自分も、その時間の中にちゃんと続いとる。
プレーできんくても、
わたしは、ちゃんと「おった」ってことが、
チームの中に残っていく。
ぶんちゃんは立ち上がり、しっぽばふわりと揺らした。
そして、何事もなかったように、公園の向こうへ歩いていった。
「……ありがとね」
わたしは、そう小さくつぶやいた。
もう一度、ベストば着直す。
足はまだ少し痛むけど、
気持ちは、前に進み始めとった。
【了】
サイドA:「止まった足んそばに」
——ぶんちゃんの視点より
島瀬公園ん近く、アーケードを挟んで反対側の公園は、
昼のにぎわいば少し引きずりながら、風だけがひゅるりと抜けていく。
おれは、缶コーヒーの自販機ん裏を通って、ベンチの方へと歩いた。
なんとなく、そっちに音があったけん。
人の声が飛び交う交差点んすみ。
赤いベストの子どもたちが、大きな声で何かを呼びかけとった。
手には箱、近くのポスターには「全国大会」っち書いてある。
——なんか、大会のことば言いよるごたる。
サッカーっちゅう球ば追いかける遊びは知っとるけど、細かかことはわからん。
ばってん、おれが向かったのは、その輪から外れたとこ。
ちょっとだけ離れて、ベンチに座る女の子。
脚に白い包帯。
背中は少し丸うなっとって、心ば押さえ込んどるごたる気配。
おれは、その子ん足元にそっと近づいた。
しばらく、じっと見つめる。
すると、彼女がぽつりと声ばこぼした。
「……なんしよんかな、わたし」
その声の中に、重たか音が混じっとった。
何かをやめたか、何かが終わったか。
それでも、まだその場を離れられん音。
——おれには、サッカーがなんか詳しゅうは分からん。
けど、がんばって走ってきた誰かが、止まった音くらいは分かるとたい。
だから、おれは逃げんかった。
そいで、まばたき一つ、ゆっくりしてみせた。
——「今も、そこにおるとよ」って。
女の子は手ば伸ばしてきた。
おれはそのまんま、じっとしとった。
ぬくもりが伝わる。
それば受けとる手も、震えとったばってん、やさしかった。
おれは何も言わん。
ただそこにおるだけ。
人は時々、それでよか。
声じゃ伝わらんことも、目と手と、ぬくもりで分かることのあるけん。
女の子の音が、少しだけ軽うなった。
そいが分かったけん、おれは立ち上がった。
しっぽばふわりと揺らして、また歩き出す。
振り返らんでもよか。
あの子の足は、止まったまんまやなかったけん。
——おれは、ここに、おったけん。
ただ、それだけたい。
【了】
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前話です ▼
シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)
第11話:「陸(おか)に戻った日」/「帰港する心」
第18話:「I didn’t say it out loud, but you heard me.」/「声のない声、ちゃんと聞こえとるけんね」
第20話:「ふたりの間に光が灯る」/「来ると思った。根拠なんてないけど」/「別に、会いに行ったわけじゃない——とか言っても信じんやろな」
第24話:「ほどける音は、声の中じゃなく目の奥にあるとたい」/「おかあさんと、ねこさんと、知らないおじさん」/「坂の途中で、風がふたつ、重なった気がした」
第45話:「木くずとため息」/「木くずの遊び相手」
第54話:
あとがき
この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。
私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者
プロフィール|Kazuomi Matsunaga
🧭思考の案内人|Thinking Navigator

略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒中京地区の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。こどもは二人とも大学生となって巣立ち、妻と二人暮らし中。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
🧭 読んだあと、あなたの中に“新しい見方”がひとつ芽生えるような。そんな記事をお届けできたらうれしいです。
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