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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第56話「声のいらん物語」/「ことばのない読み聞かせ」/「てのひらで、ものがたり」)

ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色

サイドB:「声のいらん物語」
——母親の視点より


 ページを開くと、
 小さな手が、絵をなぞるように動いた。

 佐世保川の支流沿い、図書館横の石の段。
 今日も、娘とふたり。静かに腰かけて、図書館で借りた絵本を開く。

 「……むかしむかし、あるところに」

 声には出さない。
 わたしの指が、絵と一緒に空中で踊る。
 娘は、うなずいた。

 この子は耳が聞こえん。
 だから、読み聞かせはいつも、手話。
 伝わるには、ちょっと時間がかかるけど、
 そのぶんだけ、わたしは「ことば」を考えるようになった。

 でもね、時々、思ってしまう。

 ——わたしの手話、ぎこちなくなかろうか。
 ——ちゃんと届いとるとかな。

 そんなときやった。

 娘が、ぱっと川のほうを指差した。
 「?」と首をかしげると、
 そこに、猫。

 白と茶のぶち模様。
 片耳がちょこんと欠けて、目がまっすぐ。

 静かに、まるで本の続きを読んどるみたいに、
 娘とわたしたちの前に、ちょこんと座っとる。

 ——あれが、噂のぶんちゃんやろか。

 娘は、うれしそうに手を振る。
 ぶんちゃんは、まばたきひとつ。

 その姿を見て、なんだか、胸がふっと軽うなった。

 わたしの手話は、
 うまくないかもしれん。
 でも、この子は笑っとる。

 声がなくても、
 伝わるもんは、ちゃんとある。

 川の音。風の音。ページをめくる指の動き。
 そして、そばにおる誰かのぬくもり。

 絵本の続きを、また手で語る。
 娘がにこっと笑って、頷く。

 その隣で、ぶんちゃんは静かにしっぽを揺らした。


【了】



サイドA:「ことばのない読み聞かせ」
——ぶんちゃんの視点より


 図書館ん横、佐世保川ん支流沿いの石段。
 おれは、今日はここに来とうなった。

 風が川面ばなでる音、鳥ん影が親水橋の上ばすっと通り過ぎる。
 人ん少なか時間、静かな場所。
 おれはそいが、よう好いとる。

 段に腰かけた親子がひと組。
 おれは、そいば見つけたとたい。

 母親んごたる人は、開いた絵本に指ばそえて、
 子どもと向かい合うて、やさしか目ばしとった。

 けれど、声は出しとらん。
 手が、空の中で静かに動いとる。

 子どもはそれば見て、
 うれしそうにうなずいとった。

 おれは、そのそばに、
 そっと近づいて、石段に腰ばおろした。

 すると、子どもが気づいて、ぱっとおれば指さした。
 母親も、おれと目が合うた。

 ばってん、誰も驚かんやった。
 おれはじっとしとったまま、絵本ば見るふりばしとった。

 風がページばめくった。
 その音といっしょに、母の手がまた動いた。

 ——ことばのない、読み聞かせ。
 その中には、たくさんの音があった。

 「だいじょうぶ」「たのしいね」「わらってごらん」
 そいが、ちゃんと、手と目とで伝わっとる。

 おれは、しっぽばゆっくり揺らした。
 ここに、伝え合う気持ちがあったけん。

 母親は、おれば見て、少し笑うた。
 子どもは、もっと笑うた。

 ——それで、よか。
 声がなくても、ちゃんと届くけん。

 おれは、静かに立ち上がって、石段ばあとにした。
 川の音が、やさしく流れとった。

 おれは、ここに、おったけん。
 ことばのない声んそばに、ちゃんと、おったけん。

【了】



サイドB’:「てのひらで、ものがたり」
——娘の視点より


 おかあさんのゆびが、
 そらのなかで、ふわふわうごく。

 ことばは、きこえん。
 けど、わたしには、ちゃんと「ものがたり」が見える。

 おおきなき、ちいさなとり、
 わらってるひと。
 ゆびがつたえるおはなしは、こころのなかにすうっと入ってくる。

 きょうも、かわのとなりの石んだんで、
 おかあさんと、いつものように絵本をひらいた。

 そのときだった。

 かわのほうに、なにかが動いた。

 しろとちゃのぶちのねこ。
 ゆっくりあるいてきて、
 わたしたちのすぐとなりに、ちょこんとすわった。

 わたしは、うれしくなって、
 くちのわきからほっぺにむかって、
 ゆびをすうっとすべらせた。

 「ねこさん」って、手で言うときは、こうする。

 おかあさんが、やさしくわらって、うなずいた。

 ねこさんは、なにも言わない。
 だけど、わたしたちのことば、ちゃんと分かってる気がした。

 おかあさんのゆびが、またそらでおどりはじめた。
 わたしはうなずいて、
 絵本を見ながら、わらった。

 声がなくても、
 てのひらと、目と、こころで、ちゃんと伝わる。

 ねこさんは、しっぽをふわりと揺らして、
 また、川のほうへ歩いていった。

 わたしは、手をふった。
 風がやさしくふいてきて、
 「ちゃんと、届いとったよ」って言ってくれた気がした。


【了】



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シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

🧭思考の案内人|Thinking Navigator


略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒愛知の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。こどもは二人とも大学生となって巣立ち、妻と二人暮らし中。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!