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【小説】ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色(第57話「ふたつの花束」/「花のそばで、おったけん」/「花束、またひとつ」)

ここに、おったけん――猫は何も言わんけど、佐世保は知っとるまち景色

サイドB:「ふたつの花束」
——男性の視点より


 山の上は、風が少し強かった。
 遠くの海が、光を受けてきらきらと揺れよる。
 墓の前に立って、花ば手向けると、胸の奥がじんわりと重うなった。

 今日は、あの人の誕生日。
 もうケーキも贈り物も用意せんでよか。
 ばってん、こうして花ば抱えて、この坂を登って来る。

 それだけは、なんでかやめられんとたい。

 手を合わせたあと、ふと気配ば感じて隣を見ると、
 制服姿の娘がひとり、そっと墓の前に立っとった。

 小さな花束。丁寧な仕草。
 まだ若かとに、ちゃんと誰かを想う気持ちがあって、
 見てて心があたたこうなった。

 軽く会釈すると、彼女もぺこりと頭ば下げてくれた。
 それだけやったけど、どこかで安心した。

 ——ひとは、いろんな立場で、いろんな想いを持っとるとやね。

 そのとき、ふと足元に視線が落ちた。

 墓石の影から、白と茶のぶち模様の猫。
 片耳がちょんと欠けた、不思議な猫。

 あれは……町で噂ば聞いたことのある、ぶんちゃん。

 娘がその猫を見て、
 にこっと、ほんのすこしだけ笑ったのが見えた。

 ——ああ、あの子と、ぶんちゃんは知り合いかもしれん。

 なんも言葉はなかったけど、
 ぶんちゃんがそこにおるだけで、
 あの子の気持ちが、ちょっと軽うなったように見えた。

 おいも、なんか言いたくなった。

 「……ありがとうな」

 誰にともなく、空に向けて言うたその言葉は、
 風に乗って、すうっと流れていった。

 ぶんちゃんが、しっぽば揺らして立ち上がった。
 ゆっくりと歩き出す背中ば見ながら、
 なんとなく思うた。

 ——この坂道も、まだしばらくは登ってみるか。

 そう、静かに心の中でつぶやいた。

【了】



サイドA:「花のそばで、おったけん」
——ぶんちゃんの視点より


 山の上の墓地は、風がよぅ通る。
 今日も、そいが背中ば押すけん、おれはふらりと登ってきた。

 石ば並べた道。しずかな“音”のする場所。
 ここには、人ん心の奥から洩れるような音が、ぽつりぽつりと漂っとる。

 その中に、あの“音”が混じっとった。

 やわらかかけど、奥のほうで、じわっと痛むごたる音。
 ——知っとる。前にも聞いたことがある。

 おれは石ん影から、そっと顔ばのぞかせた。

 そこにおったのは、
 半年前、公園でひとり泣いとったあの子。

 制服姿の、あの娘やった。

 あのときは、言葉も涙もこぼれるまんまで、
 おれば見て、黙ってしっぽば揺らしただけやった。

 ばってん、それでよかった。

 そして今日、
 またこの場所で、その子と目が合うた。

 娘はちょっとだけ笑うた。
 涙はなかったけど、目の奥には、ちゃんと“音”があった。

 手には、小さな花束。
 大事に持ってきたとやろう。

 おれは、そのそばにちょこんと座った。
 隣の墓には、背筋のしゃんとした男ん人。
 きっと、あの人も、誰かを想いに来たとやろう。

 ふたりの“音”が、静かにすれ違いながら、同じ空に溶けとった。

 「また来たよ」、娘は心で言うた。
 「ありがとうな」、男ん人がぽつりとつぶやいた。

 おれは、風にまかせてしっぽば揺らした。

 音は、言葉よりも先に伝わるけん。
 気持ちは、声がなくても届くけん。

 おれは、また歩き出した。
 振り返らんでもよか。
 だって、今日は「また会えた」一日やったけん。

 ——そいだけで、ちゃんと、ここに、おったけん。

【了】



サイドB’:「「花束、またひとつ」
——女子高生の視点より


 山の上は、今日も風のすこし冷たかった。
 春が近づいとるとに、頬をかすめる風は、まだ冬の名残ば持っとる。

 制服のスカートば押さえながら、長い坂道ば一歩ずつのぼってきた。
 息が切れる。

 ——この坂はね、平戸街道の峰の坂っていうとよ。平戸のお殿様の通った道さ。

 私が生まれる前、
 早くに亡くなったおじいちゃんのお墓参りに行くときに、
 手をつないでくれたおばあちゃんが、うちにそう教えてくれた坂。

 背中のリュックからは、小さな花束が覗いている。
 おばあちゃんが好きやった、ピンクのカスミソウ。

 半年が経った。
 ——おばあちゃんが、急にいなくなって。

 あの頃、うちはぜんぶ投げ出したくなっとった。
 大好きな弓道も、まともに引けんくなって、
 レギュラーも外されて。

 誰にも言えんまま、公園のベンチで泣いたあの日。

 ぽつりと現れた、猫がひとり。
 白と茶のぶち模様、片耳のかけた猫。

 そっと近づいてきて、
 何も言わずに、うちを見つめてきた。

 その目ば見とったら、泣きよる自分が、ちょっとだけおかしくなって、
 でも、なんか、すっとした。

 あのときから。
 「ぶんちゃん」って、名前だけはちゃんと覚えとった。

 今日は、そのぶんちゃんに——また会えた。

 おばあちゃんのお墓に花ば手向けたとき、
 隣の墓に来とったおじいさんに、ぺこりと頭ば下げた。
 そしたら、墓石の陰に、見覚えのある顔。

 ぶんちゃんが、また、そこにおった。

 変わらん目、変わらん距離感。
 じーっとこっちば見つめとる。

 うちは、うれしくなって、笑った。

 前と一緒。
 ぶんちゃんは、なんも言わん。ばってん、そこにおる。
 ちゃんと、おる。

 花のリボンば指先で整えて、
 おばあちゃんに「また来たよ」って、心でつぶやいた。

 隣のおじいさんが「ありがとうな」って言った声が、風にのって届いた。
 うちも、小さくつぶやいた。
 「ぶんちゃん、また会えたね」

 しっぽをふわりと揺らして、ぶんちゃんは歩き出した。

 うちは、坂を下りながら、何度も振り返った。
 石の影と風の中、まだあの姿が、ぽつんと見えた。

 ——また、会いにくるけんね。
 うちも、あんたみたいに、ちゃんとおれるようになりたか。

【了】



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https://note.com/asdeldi/n/nc1556cff70f6




シリーズタイトル一覧:(順次、掲載予定です)


あとがき

この本を手に取ってくださり、ありがとうございます。
そして、ぶんちゃんと佐世保の町を、ここまで一緒に歩いてくださったことに、心からの感謝を申し上げます。

私は佐世保で生まれ育ちました。
けれど、大学進学で町を離れ、そのまま県外で就職しました。
けれど人生の節目がいくつか重なり、今はまた、この町に暮らしています。
この短編集は、そんな「ふたたびこの町で暮らす」ようになった私の目に映る、どこか懐かしく、でも確かに変わってきた佐世保の風景と、そこに生きる人たちの姿を、“猫の目線”という静かなレンズを通して描いてみたいと思ったことから始まりました。
 主人公のぶんちゃんは、白と茶のぶち模様の猫。
人の言葉は話しませんが、ただそばにいることで、人の心の奥にある小さな揺らぎや、誰にも見せていない表情を、そっと受け止めてくれます。
 町の片隅にいる猫。
それだけでありながら、たしかに「ここに、おった」と記憶される存在。
この短編集のタイトルは、そんなぶんちゃんの在り方、そして、この町で過ごしてきた人々の“想いが残る場所”としての佐世保を象徴する言葉として名づけました。
なお、本書の創作には、OpenAIのChatGPTを創作パートナーとして活用しています。
最初は「猫と町を舞台に、どんな物語が生まれるだろう」と軽い気持ちでプロットを相談しはじめましたが、気がつけば、物語の呼吸や言葉の余韻を、AIとの対話によって丁寧に探りあてていく日々になっていました。
「語らない猫」「語りたがらない人」「語られずに消えていく町の記憶」——
そんなテーマを、ChatGPTとの共同作業で、時に詩のように、時に物語として形にしていけたことは、まさにこの作品にとって欠かせないプロセスだったと感じています。
佐世保は、坂と港の町です。
変わってしまった景色も、変わらずそこにある空気も、すべてが人と町の記憶を育て続けています。
ぶんちゃんの物語が、そんな記憶のひとつとして、あなたの心に、そっと寄り添えたなら嬉しく思います。
2025年 春
佐世保の町より
筆者


プロフィール|Kazuomi Matsunaga

🧭思考の案内人|Thinking Navigator

略歴:九州大学工学部卒業(材料工学)⇒愛知の金属素材メーカーエンジニア(生産技術)⇒地元長崎県のフリーペーパー広告営業⇒学校法人職員(←いま、ココ)。長崎県在住の50代。こどもは二人とも大学生となって巣立ち、妻と二人暮らし中。
“問い”と“好奇心”の交差点で、日々思考を遊ばせている書き手です。最近は、連載コラム「思好の科楽(しこうのかがく)」シリーズを中心に、教育・物語・心理・AI・デザインなどをテーマとした独自視点の思索を綴っています。既存の枠を超えた“自由な知のデザイン”を模索中。モットーは「想像力が世界をひらく」。
本業では大学・教育関連の仕事に携わりつつ、「人が何かを“好き”になる瞬間」や「問いが芽吹く場面」を丁寧に見つめることを大切にしています。
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Kazuomi Matsunaga🍀 「クリエイティブの世界へようこそ!」 創造・表現することが好きで、日々新しいものを生み出しています。応援が次の創作の力になります!