【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』 第1話: ポルケッタと白ワイン
本シリーズのあらすじ
迷路のような裏路地に佇む、文字の無い白いのれんと淡い行燈の、小さな居酒屋『酒肴録』。店主・真城一献は、静かに肴をつくり、言葉少なに客を迎える。のれんをくぐるのは、翻訳家、編集者、照明デザイナー、和紙職人─日々を懸命に生きる者たち。肴一品と酒一杯を前に、彼らはふと語り出す。過去の選択、いま抱える迷い、そして明日への一歩。ひと皿の温もりが五感に触れるとき、酒と肴の物語が録される。食と人生が交錯する、レシピ付き全話読み切りの連作短編集。
内容紹介
今日の一皿は、豚肉とハーブのイタリア料理「ポルケッタ」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、白ワインと心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。
本編
のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。
立花里緒は途中下車をすると、立ち並ぶ酒場の灯りに照らされた夜道を、あてもなくふらふらと歩いていた。静かな、自分が落ち着けるどこかを探し求めていた。
酒場街を抜けてしまって不安になり始めた矢先、ぼんやりとした行燈の光を目が捉えた。里緒はその灯りに吸い寄せられるように、のれんをくぐった。
「いらっしゃいませ」
「あの─。一名です」
「お好きな席へどうぞ」
店内は見渡すほどの広さもなく、こじんまりとしたカウンター席があるのみだった。客は一人もおらず、カウンターの向こうには、紺の作務衣に白の前掛けを結んだ男が立っていた。
カウンターの上も、カウンターから覗ける厨房も、こういう店にありがちな酒のボトルが並んでいるわけでもなく、殺風景ではあったが、清潔感があった。しかし、里緒はどこを探しても、メニューが見つからなかった。
「あの、メニューは?」
「お客さん、今の気分は?」
「え、気分、ですか。お腹が空いているようで、空いていないような。ちょっと疲れていて─」
男は頷き、小さく微笑んだ。
「わかりました。少々お待ちください」
そう言うと男は、紐で縛られた肉の塊を取り出し、オリーブオイルを垂らした鉄のフライパンの上に乗せた。肉の表面がオイルで急速に熱せられる音が聞こえてくると、それに遅れてオリーブと肉の脂の香りが漂ってくる。豚肉だろうか。しばらくすると今度は、香ばしさと清涼感と苦味、それに土を思わせるスパイシーさが混じった、複雑な草のような香りがしてきた。これはきっとにんにくと、あとは何かのハーブだろう。
「お待たせしました」
その言葉とともに、里緒の目の前に皿が出された。見ると、とぐろを蒔いた豚肉が二枚、中心にはにんにくとハーブが詰められていた。
「ポルケッタです」
里緒は、こんがりと焼けた外側とふわっと柔らかそうな内側を合わせ持つ豚肉をしばらく眺めたあと、ナイフで小さく切って、フォークで口に運んだ。
「わあ、美味しい─」
思わず声が出てしまった。噛むとさらに、にんにくとハーブと豚の脂が、より一層香りを主張してくる。
「お客さん、お酒は?」
「あ、はい。いただけますか?何がありますか?」
「こちらには赤も合いますが、今日は白ワインなんてどうでしょう?」
「白ワイン好きです。ぜひそれを」
男は小ぶりなワイングラスをカウンターに置くと、開けたばかりのボトルからやさしい黄色をした液体をやさしく注ぎ込んだ。里緒はナイフとフォークを一時皿の脇へ避難させ、グラスを手に取った。
「美味しい。豚の脂に合いますね」
「フィアーノです。肉料理に負けない、辛口だけど厚みのあるやつを」
里緒の口の中で、熟した果実味と、ナッツのような香ばしさが広がった。思わずもう一度ナイフとフォークを持ち直して、豚肉を急いで口へ運ぶ。これだ。これほど完璧なペアはかつてあっただろうか。
「今日は、お仕事帰りで?」
「ええ、そうなんです。広告代理店で営業を担当しているんですけど。クライアントに振り回される毎日で、今日はちょっと疲れてしまって。まあこの業界、どこもみんなそうなんでしょうけどね─」
カウンターの向こうの男は、ただ頷くばかりだった。里緒にはそれが、心地よかった。
そしてまた、白ワインと豚肉の間を行ったり来たりしていると、つい先程まで愚痴をこぼしていたことなど、すっかり忘れてしまっていた。
「ハーブの香りって、いいですよね。にんにくも豚肉も、活力をくれるけど。ハーブはその食欲をさらに掻き立てるだけじゃなくて、ちょっと肩の力を抜いてみてもいいかなと、思わせてくれるような」
男は静かにそう語りかけた。ちょうどその時、里緒の酒と肴の往復が終わった。
「てっきり、和食のお店かと思ってました。このお店、お名前は?」
「うちは、ジャンルを問わずお出ししております。『酒肴録』という名です。酒に肴で、酒肴録です」
「素敵な、今日のお料理にもぴったりな名前ですね。ご馳走様でした。またきっと来ます」
「はい、お待ちしております」
里緒は再びのれんをくぐった。二回目は、ハーブの香りと明日への活力を纏わせて。
真城一献は、里緒の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。
各話一覧
第2話: いもカレーと芋焼酎
第3話: 自家製キムチとマッコリ
第4話: ぬか漬けパスタと日本酒
第5話: ポッサムと白ワイン
第6話: 肉味噌そうめんと芋焼酎
第7話: 手羽元のカチャトーラと赤ワイン
第8話: 小松菜と大根おろしの白だし煮と日本酒
第9話: 白米と日本酒
第10話: 佐賀牛のヒレステーキと赤ワイン
第11話: パエリアと白ワイン
第12話: 手羽先のチューリップ唐揚げとビール
第13話: ナスの白ボロネーゼと白ワイン
第14話: 豚キムチ冷奴とチャミスル
第15話: 自家製イカの塩辛と芋焼酎
第16話: 鯛の湯引きそうめんと白ワイン
第17話: 野菜ときのこの天ぷらと日本酒
第18話: 具沢山辛ラーメンとビール
第19話: トマト缶パスタと赤ワイン
第20話: グリルプレートと赤ワイン
第21話: おやきパンとビール
第22話: 大葉のパスタと白ワイン
第23話: ズッキーニの豚バラ巻串と日本酒
第24話: カオマンガイとビール
第25話: ラムチョップと赤ワイン
第26話: 冷やし中華とビール
第27話: 冷やし鶏出汁蕎麦と日本酒
第28話: 炒飯とビール
第29話: ゴーヤとミョウガのパスタとサワー
第30話: サムギョプサルとマッコリ
第31話: たまごかけそうめんと日本酒
第32話: カプレーゼとスパークリングワイン
第33話: トマトの豚バラ巻串と芋焼酎
第34話: なめこのパスタと白ワイン
第35話: 牛たたきサンドイッチと赤ワイン
第36話: 焼きとうもろこしと米焼酎
第37話: ゴーヤチャンプルーと泡盛
第38話: 手羽元の甘酢煮とハイボール
第39話: チーズタッカルビとビール
第40話: 野菜たっぷり冷しゃぶと白ワイン
第41話: トマトの冷製パスタとスパークリングワイン
第42話: 鶏と南蛮野菜の彩りそうめんと日本酒
第43話: オクラの揚げ出汁と黒糖焼酎
第44話: 鶏もも肉のクリーム煮と白ワイン
第45話: ミントのジェノベーゼパスタと白ワイン
第46話: 夏野菜の煮浸しと黒糖焼酎
第47話: 粗挽きハンバーグと赤ワイン
第48話: 雑穀米と日本酒
第49話: 玉ねぎと鶏ひき肉の麻婆茄子と芋焼酎
第50話: 骨付き鶏もも肉のコンフィと白ワイン
第51話: プルコギとマッコリ
第52話: オクラと豚肉のアラビアータとビール
第53話: ねぎまと芋焼酎
第54話: 手羽元のタンドリーチキンとビール
第55話: ひつまぶしそうめんと日本酒
第56話: フレンチトーストとスパークリングワイン
第57話: ミックスホルモン炒めと芋焼酎
第58話: イカの塩辛とミョウガのペペロンチーノと白ワイン
第59話: 砂肝の大葉ゆずポン酢と芋焼酎
第60話: 盛岡冷麺とビール
第61話: マグロカツと赤ワイン
第62話: しらすとアーモンドのパスタと白ワイン
第63話: 鶏の唐揚げとビール
第64話: 刺身切り落とし丼と日本酒
第65話: ラムラックの香草パン粉焼きと赤ワイン
第66話: ピーマンの鰹節塩昆布と日本酒
マガジン: バーチャル居酒屋『酒肴録』
関連作品: 『酒肴録』番外編: お酒別レシピ集
おまけレシピ

豚ロースまたはバラの塊を包丁で開いて平にする。
豚肉に対して1%程度の塩を擦り込む。
お好きなハーブをできれば3種類以上、にんにくとみじん切りにして、オリーブオイルと混ぜる。
3を開いた豚肉の上に伸ばして、巻く。たこ糸で縛る。
フライパンまたはオーブンで焼く。表面にしっかり焼き色をつけたあとは、中心まで弱火でゆっくりと火を入れる。(じゃがいもを下に敷くように並べると良い)

