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【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第49話: 玉ねぎと鶏ひき肉の麻婆茄子と芋焼酎


内容紹介

今日の一皿は、ネギではなく玉ねぎ、豚ではなく鶏ひき肉を使った、ちょっと変わったさっぱりな「麻婆茄子」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、日本酒と心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。

本編

のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。

 裏路地の入り口には、わずかな段差があった。かつては見向きもしなかったような凹凸が、今の山田篤史やまだあつしの足には確かに重みとして伝わる。
 70を越えても杖は突かずに済んでいるが、油断すれば足首を挫きかねない。団地の会合を終えた帰り道、今日もまた「次期組合長」について押し問答があった。誰もやりたがらない。若い者は忙しい、年寄りはしんどい。結局、また篤史に押しつけられた形だ。

 「誰がやっても同じだろうが」

 そう吐き捨ててみたものの、自分に言い聞かせているだけなのは分かっていた。

 ふと、横道に目をやる。白いのれんが風に揺れていた。店名も書かれていない。だが妙に惹かれる佇まい。街灯の光が優しく地面を照らし、その一角だけがまるで時間から切り離されているようだった。こういう直感は、現場仕事で培われた勘だ。危ないか、安全か。行けるか、引くべきか。篤史は迷わず、のれんをくぐった。

 「いらっしゃいませ」

 真城一献ましろいっこんの声が低く響いた。取ってつけたような愛想はなく、不快感もない。厨房の向こうに見える包丁の背が、どこか信頼を感じさせる。
 篤史は一言も発さず、カウンターの端に腰を下ろした。真城は注文を取ることなく、静かに調理を始めた。

 包丁がまな板に落ちる音、フライパンに油がなじむ匂い。弾けそうに膨れ上がった刻まれる茄子が、夏の夜闇に浮かぶ月を思わせる。
 炒められたにんにくの香りが、空気を変える。ひき肉が焼き色を帯びていく音。食材の声だけが届く、まるで計ったような静けさのなかで、調理は進んでいった。

 「鶏ひき肉の麻婆茄子です」

 たっぷりと油を吸った茄子が、艶やかに皿の中央に盛られている。中華然としていない、白めの挽肉が全体に絡み、ところどころに透き通る玉ねぎ。

 香りが鼻先をかすめた瞬間、篤史は思わず唾を飲み込んだ。ひと口、箸で持ち上げて口に運ぶ。甘みのあとに辛み、そしてうま味が広がる。茄子がすべてを背負っている。豆板醤だけではない、味噌のような深みも感じる。

 「─土用を越すには、こんなもんがちょうどええ」

 誰にともなく呟いた。真城は頷くことも返事もせず、代わりにグラスを一つ、篤史の前に置いた。氷が軽く音を立てる。透き通る液体。

 「佐藤の黒です」

 その銘柄を聞いた瞬間、篤史の脳裏に若い日の記憶が蘇る。炎天下の舗装現場、照り返しで焼けるようなアスファルト。ヘルメットの中は汗だくだ。
 昼は塩飴と麦茶、夜は酒。焼酎は黒霧島、伊佐錦、そしてちょっとしたご褒美には佐藤黒。したがって、佐藤黒は特別だった。芯の通った芋の風味が違った。現場の仲間と乾杯した夜、「こんなにうまい芋があるのか」と頷き合った記憶が、氷の音とともに蘇る。

 グラスに口をつける。芋の香りが立ち上り、喉に火を灯す。油の余韻をそっと包むように、焼酎が胃の奥に落ちていった。

 箸を再び伸ばす。茄子は芯まで火が通っていて、歯がなくても噛める柔らかさ。肉の脂があっさりと旨味をまとわせ、しつこさはない。

 ふと、ある別の記憶が浮かんだ。団地の集会所に、健康講座の講師として呼ばれた若い鍼灸師。確か、戸村稔とむらみのるとか言ったか。最初は胡散臭く感じた。「東洋医学なんて今どき誰が信じるか」と思いながら、最後まで聞いていた。

 「よく噛むことが養生の第一歩です」

 たしかに、彼はそう言った。身体に芯を通すには、まず咀嚼から。熱心すぎて浮いていたが、目が真っ直ぐだったのを覚えている。今、こうして柔らかい麻婆茄子を慎重に噛みしめながら、その言葉がよみがえる。味を感じること。噛むことで身体が目覚めること。それを、今さらになって実感している自分がいる。

 「あの若造、見どころはあったな」

 焼酎をもう一口。少し氷が溶けて、角が取れている。それもまたいい。こんな夜が、たまにあってもいい。そう思いながら、篤史はもうひと口、茄子を口に運んだ。

 団地のことが、頭をよぎる。誰が次をやるのか。自分が手を引けば、混乱は避けられないだろう。だが、ずっと握っていても仕方がない。誰かに任せて、見送られるのも悪くない。

 「味、染みてるな」

 ぽつりと呟くと、真城は静かに頷いた。黙っていても、伝わるものがある。そんな店は、もうほとんど残っていない。

 グラスの中が空になる。静かに席を立ちった。

 篤史は再びのれんをくぐった。二回目は、新旧混然の三日月を纏わせて。
 真城一献は、篤史の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。

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第50話へ続く…
マガジン: バーチャル居酒屋『酒肴録』

おまけレシピ

玉ねぎと鶏ひき肉の麻婆茄子
  1. 茄子のヘタを落とし縦半分に切ってから水に晒す。

  2. フライパンにごま油を熱し、茄子を中火で焼いて柔らかくなったら一度取り出す。

  3. 足りなければごま油を足し、潰したにんにくを炒め、香りが立ったらみじん切りした玉ねぎを加えて半透明になるまで炒める。

  4. 鶏ひき肉を加えて焼き色がつくまで炒める。

  5. 味噌と同量の醤油、砂糖、酒と1/3の豆板醤と鶏ガラスープの素で作った合わせ調味料を加える。

  6. 茄子を戻して絡める。

  7. 水100ccに対して小さじ1の片栗粉で水溶き片栗粉を作り、火を切って咥えてよく混ぜたら、もう一度強火にかける。

材料紹介

  1. ごま油 : ごま油は香りが勝負。

  2. 佐藤黒 : 麻婆茄子と。

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