見出し画像

【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第51話: プルコギとマッコリ


内容紹介

今日の一皿は、野菜もたっぷり、夏のスタミナ補充にぴったりの「プルコギ」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、マッコリと心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。

本編

のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。

 高柳翔真たかやなぎしょうまは、腕と腰の奥にじわりと残る重みに目を伏せた。作業着のポケットに入れたスマートフォンが、光続ける。明日も朝から現場だというのに、責任者のグループラインは止まらない。作業分担への不満、ミスの押しつけ合い、黙って汗をかいた者が最後に火消し役を引き受ける。そんな現場がいつのまにか日常になっていた。

 まだ熱を帯びたアスファルトを避け、翔真は裏路地へ足を向けた。近くの団地に住む伯母に頼まれて卵の配送を請け負った帰り道、いつもと違う道を歩いてみようと思ったのは、ただ日常を離れて、考えずに歩きたかったからだ。養鶏場の女性は、無口だがまっすぐだった。卵の箱を手渡されたときの、あの視線が頭から離れなかった。

 視界の先、白く文字の無いのれんが夜風に揺れていた。灯りは控えめで、なのに一歩だけ先へ誘うような温もりがある。立ち止まった足が、自然とのれんをくぐっていた。

 「いらっしゃいませ」

 奥から聞こえた声は、低くて落ち着いていた。カウンターの端に腰を下ろすと、真城一献ましろいっこんがこちらに目を向ける。客の数は少なく、静かな空気が漂っていた。翔真は黙ったまま、ひとつ息を吐いた。注文を聞かれることはなかった。真城は一瞥をくれただけで、すぐに厨房に消えた。

 真城はフライパンを火にかけると、油を垂らした。胡麻の濃厚な香りが漂ってくる。そのあとはあっという間だった。野菜や肉を次々と放り込んで振るわれるフライパンが宙を舞っていた。 
 ほどなくして現れた皿は、香ばしく湯気を立てていた。甘辛く炒められた牛肉に、にんじん、玉ねぎ、ピーマン、椎茸、春雨。とろりと艶やかに照りを纏い、ごまの香りが鼻先をくすぐる。

「プルコギです」

 一言添えて、真城はまた奥に引っ込んだ。箸をつける。香ばしさを纏う甘みと、牛肉の脂がじゅわっと染み出し、野菜と春雨がそれを優しく包む。今日を乗り越えた自分のために生まれたのではないかと大袈裟になる、そんな味だった。

 ひと口、ふた口と夢中になって運ぶうちに、再び真城が戻ってきた。今度は、白濁した液体の入った瓶を手にしている。

「ソウル長寿マッコリです」

 注がれた盃に、ぷつりと泡が立つ。翔真はそれを口に運び、ごくりと喉を鳴らした。とろりとした飲み口の奥に、ほのかに乳酸が香る。これまでのマッコリよりもずっと生き生きとしているような、そんな印象だった。

「─これは、いいですね」

 ぽつりと漏れた声に、真城は目を細めるだけだった。
 翔真はふと、仕事仲間とのやり取りを思い出す。声を荒らげる者、無言で耐える者、そのあいだに立ち続ける自分。気づけば、チームをまとめることが目的になっていた。働くことは好きだ。だが、どこかで「自分だけが損をしている」と思ってしまう日もある。

「昔、チームで組んでた仲間がいて。今は辞めて別の現場にいるんですが、あいつの荷捌き、正直、敵わなかった」

誰に言うでもなく、そう漏らすと、真城は少しだけ顎を引いた。

 「今も、時々は?」
 「─会います。あいつの話を、いまのチームの奴らにはしませんけどね。比較されたら嫌がるの、分かってるから。でも、そういう気づかいすら、なんだか疲れる日があるんです」

 盃を口に運ぶ。プルコギの残りをつまむと、また甘辛さが口いっぱいに広がった。それでも先ほどよりも、味が柔らかく感じられる。酢と米、火と油、塩気と甘さ。そのどれもが、互いを引き合いながら引き立てている。

 「仲間というのは、距離感が難しいものですね」

 真城がふと、そんな言葉を落とした。翔真は肩を揺らして笑う。

 「そうですね。─でも、こうして黙って食って飲んでるだけでも、なんか、報われた気になります」

 盃の底に残った一滴を舌でぬぐい、箸を置いた。
 
 「それでも、明日もまた、現場に立ちます。それが俺の、生を証明してくれるから」

 翔真は再びのれんをくぐった。二回目は、続ける希望を纏わせて。
 真城一献は、翔真の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。

第1話へ戻る
第50話へ戻る
第52話へ続く…
マガジン: バーチャル居酒屋『酒肴録』

おまけレシピ

プルコギ
  1. 牛の切り落としを、醤油に対して半量の砂糖、味醂、1/3のごま油、おろしにんにく一片とりんごジュース50ccで作ったタレに15分以上漬け置く。

  2. 春雨を熱湯で戻しておく。

  3. フライパンにごま油を熱し、玉ねぎ、にんじん、椎茸、ピーマンを中火でさっと炒める。

  4. 漬け置いた牛肉を加えて火が通るまで炒める。

  5. 春雨を加えてさっと炒める。

  6. 仕上げに胡麻を振る。

材料紹介

  1. ごま油 : ごま油は香りが勝負。

  2. ソウル長寿生マッコリ : プルコギと。おまけも嬉しい。

お酒別レシピ集はこちら

いいなと思ったら応援しよう!