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【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第33話: トマトの豚バラ巻串と芋焼酎


内容紹介

今日の一皿は、こんがりと焼けた豚バラの向こうからトマトの果汁が溢れ出る「トマトの豚バラ巻串」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、芋焼酎と心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。

本編

のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。

 夕立の気配が地面に湿り気を残した夏の宵。岩田航いわたわたるは、人気のない裏通りを歩いていた。

 今夜は寄り道をしたくなった。職場の小学校を出たのはいつもより少し遅い時間。畑に残っていた数粒のトマトを籠に入れて帰り支度をしたとき、ふと、牧原歩夢まきはらあゆむの名前を思い出した。掲示板で見た「菜園アトリエ開設のお知らせ」。あの頃、声だけで導いてくれた講師が、本当にこの世界のどこかで生きていたことに、少し胸が熱くなった。

 この数年、誰かと深く話すことはほとんどなかった。子どもたちの声が響く学校にいても、それはどこか、遠くから眺める光景のようだった。自分は舞台の袖から静かに照明を操作する係で、喝采もブーイングも届かない位置に立っている。そういう立ち位置を選んだつもりだった。

 だが、今日は少しだけ違った。トマトがよく熟れていた。それだけのことだったが。

 どこかで、一杯だけ飲みたい。だが、チェーン店の喧噪には気が乗らなかった。ふと、路地の奥に灯る、小さな行燈が目に入る。看板はない。だが、吸い寄せられるように、その白いのれんをくぐった。

 木戸を押すと、ほの暗い店内には小さなカウンター席しかなかった。カウンターの奥に立つのは、紺の作務衣に白い前掛けを結んだ、真城一献ましろいっこん。航は、店の名前も知らぬまま、導かれるように一番奥の席に腰を下ろした。

 「ようこそ。─もしかして土いじり、してましたか?」

 思わず顔を上げると、真城は静かに笑った。

 「少しお待ちください」

 厨房の方から、串を焼く香ばしい香りが立ち上る。その音と匂いに包まれながら、航は手のひらを眺めた。薄く土が残る指先。爪の隙間に入り込んだ土を、昼間にちゃんと落としたつもりだったが、まだ残っていたらしい。

 目の前に出されたのは、小ぶりの串に刺されたトマトと豚バラ。じゅっと焼かれた脂の照りが、赤く膨らんだ果肉に移っていた。皿の脇には一味唐辛子がわずかに盛られている。

 箸を伸ばし、串を口に運ぶ。豚の脂がじゅうと溶けて、トマトの酸味と甘味が弾けた。放課後の校舎裏が脳裏をよぎる。かすかに漂う甘酸っぱさは、畑でちぎったあの実と同じだった。

 「─これ多分、うちの畑のトマトと、同じ育て方ですね」

 真城は、串を静かに差し出しながら頷いた。

 「種の由来まで知ってますよ。中玉。加熱に強く、酸味が甘みに変わる。都市菜園講座で推奨されてました」
 「あの人、まだ講座やってるんですね」
 「牧原先生、でしょう。ええ、つい最近も来てくれました。収録の合間にふらりと」

 あの時の自分は、何かを手放したばかりだった。音楽に夢中になり、何も残らなかった。仲間も、未来も、どこかへ消えてしまった。畑を耕すという選択は、自分にとってほとんど投げやりな逃げ道だった。

 けれど、土に触れるたびに、何かが戻ってきた。呼吸や、感覚や、自分の輪郭のようなもの。それまで見向きもしなかった、小さな変化たち。だからこそ、トマトだけは大切にしていた。晴れの日も、雨の日も、欠かさず見守ってきた。

 航がそんなことを考えていると、真城は奥から一本の瓶を持ち出してきた。

 「田倉のロックです」

 素朴な芋焼酎の瓶。ロックグラスに注がれると、土を思わせる香りがふわりと立ち上る。
 口に含むと、芋の柔らかい甘みが広がり、串の余韻と溶け合った。喉を通るときの熱が、喉元に小さな灯をともすようだった。

 「昔は音楽やってたんです。ずっと。それで、ぜんぶ失くした」

 思わず語り出していた。酒のせいか、それとも、串のせいか。

 「失業して、畑なんか、触ったこともなかった。でも、あの講座で言われたんです。『土と向き合えば、あなたは整う』って。それが、悔しいけど当たってた。誰とも喋らなかったのに、毎日、苗には話しかけてた。─笑えますよね」

 真城は何も言わず、ただ次の串を焼いているようだった。背中から漂う煙の香りと、鉄板が発する細やかな音が、答えの代わりになっていた。

 「トマトは、嘘をつかない。今日の光と、水と、それがちゃんと未来の味に出るんです。そんなことをたまに、子どもたちに話しています」

 ロックグラスの氷が、からりと鳴る。沈黙のなかに、ひとつひとつの音が染み込んでいく。

 「ここ、不思議な店ですね。名前、あるんですか?」
 「酒に肴で、『酒肴録』です」
 「─いい名前ですね」

 真城は静かに頷くと、カウンターの向こうで別の酒瓶を棚に戻した。静けさを守るような所作だった。

 航は再びのれんをくぐった。二回目は、夏の土の香りを纏わせて。

 真城一献は、航の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。

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第34話へ続く…
マガジン: バーチャル居酒屋『酒肴録』

おまけレシピ

トマトの豚バラ巻串
  1. トマトをくし切りにする。

  2. 薄い豚バラ肉に塩胡椒をして10分置き、水分を抜く。

  3. トマトを豚バラで巻いて、串打ちして、豚バラがカリッとするまで焼く。

材料紹介

  1. 田倉 : 芋の甘みと、香ばしさと。トマトの豚バラ巻串とどうでしょう?

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