【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第32話: カプレーゼとスパークリングワイン
内容紹介
今日の一皿は、夏の太陽のようなトマトとバジルを白い雲のようなモッツァレラチーズが受け止める「カプレーゼ」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、スパークリングワインと心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。
本編
のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。
曲がり慣れた裏路地に、ふと、風に舞う緑のささやきを感じた。けれどそれは、昼間ベランダで摘んだバジルの香りが、手のひらに残っていただけかもしれない。
牧原歩夢は、迷っていた。 店の名前も看板もない。ただ白いのれんがかかっているだけの古びた店。その前に立つのは二度目だった。
最初は5年前。動画用レシピを開発していた頃、偶然出会ったその料理人、真城一献に相談をした。彼は質問には答えず、代わりに食事を出してきた。黙って食べて、黙って帰った。そういう店だった。
─今日は行かないつもりだった。
プロセッコも冷やした。カプレーゼも作った。ベランダの椅子も拭いておいた。自分ひとりの夏の晩餐を、完璧に準備していたはずだった。
でも、足は自然とここへ向かっていた。
のれんをくぐると、驚くほど静かな空気に包まれた。カウンターには一人分の使用済みの皿と、まだ薄く水滴のついたお猪口が残っている。
「いらっしゃいませ」
真城の声は、相変わらず音より温度で届く。
「また、来ちゃいました」
「ようこそ。お腹の加減は、いかがですか?」
「さっぱりしたものが、食べたいです」
それだけのやりとりで、真城は奥に引っ込んだ。厨房からは音がしない。
やがて、カウンターに一枚の細長い皿が置かれた。
トマトとモッツァレラ。そのあいだに、よく太陽を浴びた艶やかなバジルの葉。塩は控えめに、オリーブオイルがごく薄く光る。
「─カプレーゼ、ですね」
「ええ。今日はバジルの香りがいいんです」
歩夢は思わず笑った。さっきまで、自分の部屋で作っていたものと同じ。けれど、この皿はまったく違う何かを纏っていた。
フォークではなく箸でひとくち食むと、トマトの果汁が弾けた。バジルがそれを包み、チーズがつなぐ。いつか、自分もこういう皿を作りたいと願っていたことを、忘れていた。
「よろしければ、スパークリングを」
細いグラスに注がれた泡は、静かに昇っていた。香りが鼻を抜け、思わず目を閉じる。
「プロセッコ、ですね」
「イタリアでは、カプレーゼに合わせる人も多いようです」
歩夢はもう一口食べ、そしてグラスを傾けた。
その一瞬、誰かの残り香がした気がした。ふと視線を横にやると、先ほどの片付けられた席。そこにあった酒器と、かすかに残る語りの気配。
─さっきまで、誰かがいた。
その誰かと、同じ空間にいて、きっと同じように酒と肴を往復している。けど、出された料理も酒も、そして語られた物語も、きっと別のもの。縁というものの不思議な力に、歩夢の口が動いた。
「さっきのお客さんも、ひとりでしたか?」
「はい。5年前、この店の名前のことで、お世話になった方で」
こんな偶然があるものだろうかと、歩夢は笑った。その人は5年前、真城の世話をして、その真城に私は世話になったのだ。
グラスの中の泡が、ゆっくりと減っていく。バジルの香りが、鼻腔に戻ってきた。
思えば、料理の動画も、菜園の講座も、誰かと対話しているようで、実はずっと独り言だったのかもしれない。それでも、こうして誰かの味覚の余韻に触れることで、自分が世界と繋がっていると感じられる。
「ごちそうさまでした。─繋がるために、またきっと、ここへ来ます」
「いつでも、お待ちしております」
歩夢は再びのれんをくぐった。二回目は、皿の上と、皿の外の両方の繋がりを纏わせて。
真城一献は、歩夢の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。
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第33話へ続く…
マガジン: バーチャル居酒屋『酒肴録』
おまけレシピ

モッツァレラはザルにあげて水気を切ってから、切る。
トマトを切ってモッツァレラと交互に並べる。
塩を薄く振って、バジルを散らしてオリーブオイルを垂らす。
材料紹介
バジル苗 : これがあるだけで、料理の幅が広がる。
モッツァレラチーズ : 便利な一口タイプ。
オリーブオイル : 味と値段のバランス最強。普段使いに。
プロセッコ(3本セット) : 3つの表情が楽しめる。しかもお得。
