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【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第54話: 手羽元のタンドリーチキンとビール


内容紹介

今日の一皿は、スパイスにかき立てられた食欲を、マイルドな鶏の旨みが満たしてくれる「手羽元のタンドリーチキン」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、ビールと心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。

本編

のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。

 富樫慶大とがしけいたは、指の関節を鳴らす癖を我慢しながら、路地裏を歩いていた。講師という立場上、生徒の前では常に穏やかであろうと努めているが、内心にはいつも微かなざらつきが残っていた。

 授業を終えたばかりの帰り道だった。あの生徒、柳井瑞希やないみずきの表情が、今日も気になっていた。発音は丁寧で、文法の習得も早い。
 だが、旅行が目的だと語るわりに、海外の話には乗ってこない。まるで、行き先よりも「そこに向かう自分」を確かめているような姿勢が、慶大には見えていた。

 かつての自分を重ねているのかもしれない。商社を辞めて語学講師になって、もうすぐ3年。武器の英語で誰かを助けたいと思って選んだ道だったが、生徒の心には英語以上に別の事情が絡んでいることを、慶大は知っていた。

 信号を渡り損ね、迷い込んだ小道に、白いのれんがひらめいた。文字はない。だが、足元を照らす行燈の淡い光に、胸の奥がほぐれるような気配があった。

 「いらっしゃいませ」

 のれんをくぐると、すぐに声が届いた。柔らかな声音に、慶大は小さく頭を下げた。席に腰を落ち着ける前から、香ばしい匂いが鼻先をくすぐる。厨房に立つ真城一献ましろいっこんと目が合うと、何も言わずともその手は調理を始めていた。

 真城はフライパンに油を熱すると、花びらの様な淡黄の液体を包んだ袋の中から、トングで何かを取り出して焼き始めた。

 「手羽元のタンドリーチキンです」

 やがて供された皿の上、香ばしい焼き色を纏った手羽元が、熱を放ちながら並んでいる。スパイスとヨーグルトの漬け込みを経て、じっくりと焼かれたその肉は、外はパリッと、中はしっとりと仕上がっている。

 慶大は箸で骨の端を持ち上げ、ひと口齧った。ジュワッと滲む肉汁とともに、ターメリックやクミン、ガラムマサラが次々に舌の上を踊る。レモンの酸味も感じる。だが、どれも強すぎない。辛さではなく、香りの連なりが味を編んでいる。

 ふと、カウンター越しに置かれた瓶が目に入る。

 「だいだいエールです」

 真城が静かに言った。常陸野ネストのIPA。グラスに注げば、琥珀色の液体がゆっくり泡を立てる。慶大は喉を鳴らしてから、それを口に含んだ。
 途端に、柑橘の香りと苦味が鼻を抜ける。福来みかんのほの甘さが、舌の上にほろ苦い余韻を残しながら、鶏とスパイスをやさしく包み込んでいく。

 ああ、これは─。かつて赴任していたインドの食堂で、休日に一人で飲んだクラフトビールに似ていた。あの頃の自分は、もっと空っぽだった。会社にしがみつきながら、言葉の壁の向こうで、誰にも手を伸ばせずにいた。

 言語だけでは、人は繋がれない。だが、言語を通してなら、人は少しだけ、心を差し出せる。今、瑞希が差し出そうとしているものを、自分はちゃんと受け止められているだろうか。

 タンドリーチキンをもうひとつ口に運び、グラスのビールで流し込む。胃があたたまり、胸の奥がゆるやかに満たされていく。
 真城は何も聞かない。ただ、次の一品を静かに仕上げている気配がする。客の数だけ夜があり、皿の数だけ語りがある。

 慶大はグラスを見つめたまま、小さく微笑んだ。やがて席を立ち、のれんの前で一度だけ振り返る。真城はその視線に静かに応えると、包丁を拭き始めた。

 慶大は再びのれんをくぐった。二回目は、祖国の大地と異国の香りを纏わせて。
 真城一献は、慶大の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。

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第55話へ続く…
マガジン: バーチャル居酒屋『酒肴録』

おまけレシピ

手羽元のタンドリーチキン
  1. 手羽元をフォークで刺して袋に入れる。

  2. ヨーグルト100gに、ターメリック、カイエンペッパー、ガラムマサラ、クミンを小さじ1/2ずつ、塩を小さじ1を袋に入れて、よく混ぜ、冷蔵庫で1時間以上漬け込む。

  3. フライパンに油を熱し、おろしにんにく、おろし生姜を少量ずつ入れて香りを立てたら、その上で手羽元を焼く。

  4. 肉に火が通ったら、レモン汁を垂らす。

材料紹介

  1. 常陸野ネストビール だいだいエール : 手羽元のタンドリーチキンと。

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