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【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第53話: ねぎまと芋焼酎


内容紹介

今日の一皿は、味と食感が交互に訪れ、飽きさせない肴の定番「ねぎま」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、芋焼酎と心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。

本編

のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。

 柳井瑞希やないみずきは、夜の街を斜めに切り取るような裏路地に足を踏み入れた。
 地図を見て歩いていたわけではない。ただ、駅前の喧騒に背を向けたくなり、足の向くままに道を選んだら、たまたま辿り着いたというだけだった。
 なのに、視界の先に現れた白く文字の無いのれんには、なぜか既視感があった。美しい和紙を着た行燈が、淡く足元を照らしている。そこだけ空気の密度が違っているような気さえした。
 瑞希は立ち止まり、浅く息をついた。気づけば、肩にのしかかっていた疲労が、少しだけ薄れていた。

 「いらっしゃいませ」

 瑞希はのれんをくぐった。店内は檜の匂いがほのかに漂っていた。小さなカウンター。奥で包丁を握っていた真城一献ましろいっこんが、軽く会釈する。瑞希も黙って頭を下げ、静かに腰を下ろした。
 何も尋ねられない。注文も聞かれない。ただ、真城は火を起こし、串を取り出し、何かを焼き始めた。瑞希は黙ってその所作を眺めていた。

 「ねぎまです」

 しばらくして、目の前に皿が置かれる。炭の香りと、焦げた脂の匂いが立ちのぼる。これぞ焼鳥といった風貌だ。
 瑞希は指の先で串を掴み上げると、先に刺さった鶏肉を歯で引き込むように、口の中に含んだ。外は香ばしく、中は水分を保っていてしっとりとやわらかい。次に、ねぎ。熱でとろりと甘くなっていた。気づけば、頬がほころんでいた。仕事のことを忘れている自分に後から気づいて、そのほころびにわずかな苦味が加わった。

 「よろしければ。晴耕雨読のロックです」

 カウンターにグラスと一升瓶が置かれる。ここではないどこか遠くの日々を思わせるような、柔らかい筆で記されたラベル。
 ロックの氷が静かに音を立てる。口に含むと、ふわりと芋の香り。だが強すぎず、むしろ落ち着きのある甘さが喉を伝っていく。芯に一本、揺るぎのない火が通っているような味だった。

 突然、高校受験の夏期講習の風景が頭に浮かんだ。外は炎天下だが、塾の教室は冷房が効いていて、むしろ羽織るものがないと寒いくらいだった。
 記憶の海をゆっくりと沈んでいく。あの頃、あの場でだけ仲良くしていた友達がいた。その名は、沢井詩織さわいしおり
 理屈っぽくて、妙に落ち着いた子だった。数ヶ月前、その名前を聞いた。仕事で工場設備の火災査定に赴いたとき、渡された名刺の持ち主。それが、詩織だった。

 顔を見た瞬間、胸がざわついた。声の調子も、間の取り方も、あの頃と変わっていなかった。だが業務中の手前、個人的な話は何ひとつ交わさなかった。できなかった。

 「製薬会社の研究員とは、恐れ入ったわ」

 瑞希がぽつりと言うと、真城はふっと視線を上げた。

 「理屈っぽい人も、ここでは左脳を休めて、右脳に浸っていきますよ」
 「私も、一口目であっという間にその一員になりました。あの子ももしかして、ここに来ていたりして。そんなわけ、ないか─」

 瑞希はほとんど独り言のように、だんだんと消え入るような音を発した。
 また串を手に取り、芋焼酎を一口含む。鼻に抜ける香りが、焦げたねぎの甘さと共鳴する。いつしか心の中のざわめきが、すっと溶けていった。

 「事故って、よく起きるんですよ。誰も悪くないのに、壊れることって、たくさんある」

 瑞希の言葉に、真城は黙って串を返した。ジュッと脂が火に落ちる音がした。
 火の音と、静かな匂い。瑞希は目を閉じた。記憶の奥に沈んでいた感情が、またひとりでにゆっくりと浮かび上がってくる。それを静かに受け入れることにした。

 同じ電車で帰ったこと。二人で過去問を探した夕日。しばらく名前も口にせずに過ぎた時間の断片が、焼き鳥の煙に導かれるように現れては消えた。

 気づけば、串の皿は空になっていた。グラスも、氷が最後の形をとどめていた。瑞希はそっと立ち上がり、男に頭を下げた。

 「ごちそうさまでした」

言葉はそれだけだった。だが、真城はなにも聞かず、ただ頷いた。

 瑞希は、再びのれんをくぐった。二回目は、普段拾われることのなかった思い出を纏って。
 真城一献は、瑞希の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。

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第54話へ続く…
マガジン: バーチャル居酒屋『酒肴録』

おまけレシピ

ねぎま
  1. 鶏もも肉とネギを一口台に切り、鶏もも肉の小さなサイズのものが下に来るように串打ちする。

  2. 塩を振ってからフライパンで焼く。

材料紹介

  1. 晴耕雨読 : ねぎまとしっぽり。

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