【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第8話: 小松菜と大根おろしの白だし煮と日本酒
内容紹介
今日の一皿は、和食のやさしさが際立つ「小松菜と大根おろしの白だし煮」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、日本酒と心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。
本編
のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。
八島環が手がけた特集の一つに、「今を描く表現者たち」というシリーズがあった。ここで取材記事に載ったのが、日本画家の神崎七海である。
この特集をきっかけに、七海はその世界で一躍時の人となった。画廊はこの波を逃すまいと、躍起になって七海の作品を売り込んだ。そして、まだ若手だった彼女には、画廊を通して、多種多様な顧客からの説教めいた感想をもらうことも多々あった。
「スランプの時は、逃げることも大事だぜ」
環のこの言葉をきっかけに、七海はちょっとの間だけ、絵を離れてみようと勇気を持った。そして環は言葉だけでなく、処方箋も用意していた。
今どきあまり見なくなった、環の手書きの地図を頼りに、七海はゆっくりと路地を歩いた。梅雨入りしたはずなのに、夕暮れ時のアスファルトは鉄板のように、めらめらと空気を歪めていた。居並ぶ民家の軒先には、蔓を伸ばし始めた朝顔や、涼しげな色をした紫陽花が咲いていた。
ひとしきり汗をかいた後、ようやく白いのれんに辿り着いた。知らなければ通り過ぎてしまいそうな店構えだったが、早く涼みたくてすぐに引き戸を開けた。
「いらっしゃいませ」
低い声とともに、程よい冷気が七海を前から後ろへ、包んでいった。見渡すとカウンター席しかない小さな店で、物が少ないことがかえってここの空気を浄化しているようにも思われた。
「お好きな席にどうぞ」
そう促した真城一献は、その紺の作務衣と白い前掛けがよく似合う男だった。
「環さんが、逃げるならここがいいと」
七海は腰を下ろしながら、不思議な物言いをした。しかし、真城はただにっこり頷くと、背を向けて音も立てずに作業を始めた。
「小松菜と大根の白だし煮です」
あっという間に皿が置かれた。 縁が花形に波打った九谷焼は、カラフルという印象は受けないのに、よく見るとたくさんの色が使われている。その中に、ほんのり黄色いだし汁が張られ、小松菜の青々とした葉と、若さを感じさせる茎が浮かんでいる。その上には、雪をやさしく握ったような大根おろしが添えられていた。
「いただきます」
触れるのがまるで大罪かのように、七海はしばらく箸を持ったまま静止していたが、ついに大根おろしを崩して、小松菜を持ち上げた。口に入れると、出汁の旨みと小松菜のほろ苦さがじんわりと染み渡っていく。大根おろしが、両者をつなぎ合わせ、高め合わせ、さっぱりとまとめ上げていった。
「心が落ち着く味ですね」
「これ以上は難しいほどに、単純でしょう。お猪口一杯だけ、お飲みになりますか?」
「お願いします」
真城は冷蔵庫から一升瓶を取り出し、小さなお猪口にそうっと傾けた。
「にいだしぜんしゅの、純米吟醸です」
お猪口の中を覗き込むと、透き通った液体の上に、自分の作った影が差した。まるで、目の前に白いお米が浮かび上がってくるような香りがする。少しだけ口に含むと、先ほど浮かび上がったお米の甘さ、それに旨みとコクが舌を包んでいった。七海は再び箸を取ると、今度は大根おろしだけを口に入れて、そこへ日本酒を流し入れた。
「実は、絵を描くとき、白ってとても難しいんです。この大根おろしの白は、なぜこんなに美しいのでしょう」
「私がやったことといったら、大根を切っておろし金にかけたこと、これだけです」
「そっか─。もっと、単純でも良いのかも知れませんね」
七海は引き戸を開ける前に、もう一度名残惜しそうに振り返った。
「次来る時には、私の絵を持ってきてもいいですか?」
「ここ、殺風景ですよね。もし合う物があれば、ありがたいです」
「そしたら私も、『酒肴録』に録されますね」
七海は再びのれんをくぐった。二回目は、白いだしと白いお米の香りを纏わせて。
真城一献は、七海の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。
おまけレシピ

大根をおろす。
白だし、みりん、酒、水を鍋に入れて沸かす。
小松菜を5センチ幅に切って鍋に入れる。
材料紹介
おろし器 : あると一気に料理の幅が広がる。
九谷焼赤絵 : いつもの料理をもっと美しく。
にいだしぜんしゅ純米吟醸 : 白だしと合わせましょ。
