【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第11話: パエリアと白ワイン
内容紹介
今日の一皿は、日本でも人気の魚介を使ったスペイン料理「パエリア」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、白ワインと心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。
本編
のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。
「無事、出版されたことをご報告します」
「よかったです。ご連絡ありがとうございます」
九重美夜子はスマホを閉じて、ふっと一息ついた。翻訳した詩集が無事、出版されたようだ。
「そういえば─」
古民家プロジェクトで資料翻訳を手伝った時に、根岸哲生に紹介されたお店を思い出した。なんでも、ワインを楽しんだらしい。スペインを愛してやまない美夜子としては、訪れないわけにはいかない。
「今日はそこで成功の美酒に浸ろう」
そう思い立って、家を出た。
「こっちで合ってるのかな─」
哲生に教えてもらった場所を目指していたはずだが、路地に迷い込んでしまった。歩けば歩くほど、不安が汗となって噴き出てくる。それでも頭の中で必死に、これから飲むワインをイメージしながら、進んでいった。
何度目かの角を曲がった時、不意に空気が変わった心地がした。すると、目の前には、文字の無い白いのれんに淡い行燈を携えた店が佇んでいた。
「これだ!」
美夜子は心の中でガッツポーズをしながら、のれんをくぐった。
「いらっしゃいませ」
哲生から聞いていた通り、カウンター席しかない、狭く殺風景な店内がそこにはあった。壁には、印象的な日本画が飾ってある。カウンターの向こうには、紺の作務衣に白の前掛けを結んだ真城一献が立っていた。
「建築士の根岸哲生の紹介で、お邪魔しました。翻訳家の九重美夜子と申します」
あまりに期待を高めすぎていたためか、美夜子は少し緊張気味に、丁寧に挨拶をした。
「哲生さんのお知り合いの方ですね」
「はい、そうなんです。ちょうど今日、最近翻訳していたスペインの詩集が出版されまして、お祝いにと」
「そんな大切なタイミングに、ありがとうございます。ちょうどよかった─。お好きな席でしばらくお待ちください」
そう言うと、真城は浅い底の平らな鉄鍋を取り出した。そして、手早くにんにくと玉ねぎをみじん切りにすると、オリーブオイルと共に火にかけた。途端に、にんにくの香ばしい匂いと、玉ねぎの甘い匂いが漂ってくる。今度は、海老を胴と頭に分け、頭だけを投入する。まるで、店の中に潮風が吹いたようだった。さらに、輪切にしたイカを炒め合わせると、白ワインを垂らす。潮風に、爽やかな果実のアルコールが混ざり合う。美夜子の口の中のイメージはさらに具体的な輪郭を帯びてきて、今日はもう白ワイン以外はありえない、というところまで到達した。
その後、真城は水を入れて沸騰させると、米を投入した。そして、先ほど離れ離れになった海老の胴の他に、アサリとミニトマトを加え、煮立たせていった。
「お待たせしました。パエリアです」
真城はそう言うと、カウンターの鍋敷の上に、鉄鍋を置いた。
そこはもう、スペインだった。赤黄色に色づいた米の上に、海老、イカ、アサリ、トマトが色鮮やかに並ぶ。その上を、赤と緑の粉雪が舞っていた。
「いただきます」
美夜子は、全ての具材が入るように丁寧に取り皿によそうと、スプーンで掬って口に運んだ。米は海の味が染み込んでいて、パラパラと舌の上を踊った。海老は表面がこんがりと香ばしく、中には旨みが詰まっている。アサリの殻にはわずかに汁が残っており、それが脳天を刺激した。
「お願いします。私に、白ワインをください」
美夜子は耐えきれなくなって、あえて大袈裟な声色でそう言った。
「ははは。もう準備はできていますよ。ボデガス・サラテの、アルバリーニョです」
すぐに、冷えた白い液体を包んだ、冷えたグラスが出てきた。美夜子はグラスの脚を指で掴むと、ついにご対面した白い液体を透かしながら、その向こうに見える成功の余韻にしばらくの間、浸っていた。そして口をつけると、大事そうに舌の上に染み込ませた。
これだ、これを待っていたのだ。その液体は、海を思わせるミネラルを見せつけながら、潮風のようにすーっと喉の奥へ消えていった。美夜子はグラスを置くと、もう一度スプーンを掴み直し、パエリアを頬張った。一仕事終わったというのに、忙しい。すぐに白ワインを飲まなければ。美夜子は手と口を忙しなく動かした。
再び引き戸を開けようとした時、美夜子はもう一度殺風景な店内を振り返った。
「スペインから帰るのが、名残惜しいです」
「大丈夫です。きちんと録されました」
「『酒肴録』、ですね」
「はい。また、お待ちしております」
美夜子は再びのれんをくぐった。二回目は、爽やかな潮風を纏わせて。
真城一献は、美夜子の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。
おまけレシピ

平らなフライパンにみじん切りしたにんにく、玉ねぎを入れ、オリーブオイルで熱する。塩をひとつまみ加える。
香りが出てきたら、海老の頭だけを加えて、炒める。
海老が色づいたら、イカを加えて炒める。
イカが色づいたら、白ワインを加え、アルコールを飛ばす。
水を加えて沸かす。
米を入れて平らにならす。その上に、海老の胴、アサリ、ミニトマトを乗せる。
水分が飛んだら、パプリカパウダーとパセリをまぶす。
材料紹介
オリーブオイル : 味と値段のバランス最強。普段使いに。
リゾット米 : 小分けがうれしい。
ボデガス・サラテ アルバリーニョ : パエリアと一緒に。
