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【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第17話: 野菜ときのこの天ぷらと日本酒


内容紹介

今日の一皿は、素材の味そのものを楽しめる「野菜ときのこの天ぷら」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、日本酒と心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。

本編

のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。

 石橋咲良いしばしさくらは、葬儀場の小さな控室で、ペットボトルのを握りしめていた。冷たさを感じないのは、手のひらの温度のせいなのか、それとも心がまだ揺れ続けているからか。
 彼女が勤める都内の病院に長く入院していた患者が、ついに息を引き取った。栄養指導や食事ケアを通じて、彼女は患者と濃い時間を重ねてきた。直接、命を繋ぐ立場ではなかったが、看取りの現場に立ち会ったあの瞬間の記憶は、彼女の胸をずっと圧迫していた。

 「石橋さんですよね。─お疲れさまでした」

 控えめに声をかけてきたのは、黒いスーツ姿の女性だった。涼しげな白い名刺を差し出される。

 柚木京子ゆずききょうこは、遺族側を支援していた弁護士だ。訴訟沙汰にこそならなかったが、病院と家族のあいだに軋みがあったことは確かだった。冷静で、けれどあたたかく、すれ違う双方の言葉に耳を傾け続けた姿が、咲良の記憶にも残っていた。

 「─よかったら、ここ、どうぞ」

 そう言って、名刺の裏にさらさらと何かを描いた。地図のような、走り書きのような、小さな記号のようなもの。咲良はそれを受け取って感謝を述べたものの、正直そのときにはそこを訪れることになるとは思っていなかった。

 ただ、数日後。ふとした瞬間に、あの言葉と紙片が脳裏に浮かんだ。駅前の喧騒を離れ、路地裏を何度も曲がって、さらにもう一本。わざわざ遠回りをしているうちに、咲良はその白いのれんの前に立っていた。

 「いらっしゃいませ」

 店内はこぢんまりとしていて、殺風景なほどに整っている。カウンター席だけの空間には、ほのかに木の香りと出汁のようなものが混ざっていた。厨房の向こうには、紺の作務衣に白の前掛けを締めた、真城一献ましろいっこんが立っていた。

 咲良はゆっくりと腰を下ろし、息を吸った。いつもなら、何か声を発すべきことがあるような気がしてしまうが、この店では、それさえ必要ない気がした。

 「お腹は空いていますか?」

 問われて、しばらく考えてしまった。空腹なのかどうか、よくわからない。それでも咲良は、首を縦に振った。

 「─はい、少しだけ」

 「承知しました。少々お待ちください」

 油が静かに加熱される音が、アスファルトを打つ雨音のように微かに響く。衣をまとった野菜やきのこが、丁寧に鍋にくぐらされていく。音は控えめだ。温度を攻めすぎない、落ち着いた火加減だと咲良は思った。食材の声を聴いているようなその音は、彼女の頭のなかの喧噪を、すこしずつ静めていく。

 「お待たせしました」

 皿に広げられたのは、まるで絵巻物のように季節の輪郭をなぞる、野菜ときのこの天ぷら。ズッキーニ、ピーマン、大葉、アスパラ、しめじ──どれも、天衣無縫という言葉が似合うほど、さりげなく、美しい。そしてもう一つ、天ぷらではあまり見慣れないきのこがあった。

 咲良はしばらく眺めたあと、箸をとってそのきのこを口に運んだ。衣は薄く、さくりとほどけ、中から濃厚な香りが立ち上がる。わずかに、粘り気のようなものが舌を触った。

 「もしかして、これ」
 「はい。これは、なめこです」
 「なめこも天ぷらにするんですね」
 「実はなめこって、味噌汁に入れる以外にも、いろんな調理法があるんです。加熱すると、驚くような香りと旨みを放つんです」
 「知らなかった。ちょっと癖のある存在だと、決めつけていました」
 「お酒は、召し上がりますか?」
 「─お願いします」

 そう答えた咲良に差し出されたのは、薄く冷えた、小さく透明なグラスと、そこを満たしている透明な液体だった。

 「鍋島の純米吟醸です」

 咲良はゆっくりグラスを傾ける。米の甘みがやわらかく、だが重たくなく、瑞々しい果実のような酸が、口の中で細やかに弾けた。

 ああ、これは─

 きのこの香ばしさと、酒の甘みの中の控えめな苦みが、互いを引き立て合っている。油の重さを抑えながら、滋味だけをすくい上げていく感覚。まるで、それぞれの命に対する敬意のようだと、咲良は思った。

 「勤め先の病院で、亡くなった方がいらっしゃって」

 思わず、ぽつりと語り出していた。

 「食事も、最後のほうは、ほとんど口にされなくて。でも、それでも、味噌汁だけは残さず飲んでくださっていたんです。─だから、あの一杯に、自分の仕事の意味を見出そうとしていたのかもしれません」

 真城は黙って、うなずいた。

 「葬儀のあと、担当されていた弁護士さんに、ここを教えていただいて。その方が、私の背中を押してくれた気がして」

 大葉をかじると、わずかな苦味が走った。だが、次の瞬間、鍋島のきれいな酸がそれを洗い流し、逆に甘さを際立たせた。

 「ちゃんと、送ってあげられたんだと思いますよ」

 ぽつりと、真城が言った。

 「味噌汁を飲んでもらえたのも、名刺を受け取ったことも、きっとどちらも記録に残るべきことだったはずです」

 咲良は、小さく笑ってうなずいた。

 「ここでは、そういうものを“録してる”んですよね?」
 「はい。酒に肴で、『酒肴録』ですから」

 咲良は再びグラスを傾けた。口の中に広がった鍋島の柔らかな温度が、今度は自分の中にあった後悔や緊張を、ほんの少しだけ解きほぐしてくれるようだった。

 「また、来てもいいですか?」
 「もちろん。いつでもお待ちしております」

 咲良は再びのれんをくぐった。二回目は、やさしい衣と果実のような香りを纏わせて。

 真城一献は、咲良の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。

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第18話へ続く…

おまけレシピ

野菜ときのこの天ぷら
  1. ボウルに、天ぷら粉に対し1.5倍の水を入れ、氷を入れてよく混ぜる。

  2. 食材に薄力粉で打ち粉をする。

  3. 油を170度に熱し、食材を天ぷら衣に潜らせて、揚げる。

  4. 油を弾く音が変わり、少し色づいたら、キッチンペーパーを敷いたバットなどに上げて、油を切る

材料紹介

  1. 鍋島純米吟醸 : 天ぷらのお供に。


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