【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第18話: 具沢山辛ラーメンとビール
内容紹介
今日の一皿は、鍋ラーメン界の巨匠「具沢山辛ラーメン」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、ビールと心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。
本編
のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。
河合修吾は、その名も知らぬ路地に迷い込んでいた。
目的地はある。だが、そこへ至る道筋が、スマホの地図にも記されていない。
『酒肴録』
数日前、SNSで偶然目にした写真の投稿が、すべての始まりだった。
それは、野菜ときのこの天ぷらの写真。天衣無縫という言葉をそのまま盛りつけたような、美しい皿だった。投稿者の名前に、見覚えがあった。
石橋咲良。
数年前まで、修吾が勤めていた食品会社で、彼女の病院に冷凍食材を卸していた。現場で何度か顔を合わせた程度だが、真面目で芯の通った印象があった。
「あの管理栄養士が紹介している店なら、間違いないだろう」
退職して半年。修吾は今、ずっと夢だったキッチンカーのオープンへ向けて準備を進めていた。だが、最後の一押し、これだと言える味の芯を見つけられずにいた。
「ここか」
何度目かの曲がり角の先に、白いのれんと淡い行燈の灯りが浮かんでいた。そこに名前はなかった。けれど、なぜかそれが正解の印だった。
「いらっしゃいませ」
扉を開けた瞬間、低く柔らかな声が届いた。店内は、カウンターだけの小さな空間。壁には一枚の絵。あとは静けさだけが満ちていた。
修吾は、誰に促されるでもなく、空いていたカウンター席に腰を下ろした。
「『酒肴録』、ですか?」
「はい。酒に、肴で、『酒肴録』です」
カウンター越しに立つ男、真城一献は、そう短く答えると、冷蔵庫に向かって静かに動き出した。
「寒い夜になると、うちではこれを出すことが多くなります」
真城はそこの深いフライパンを火にかけた。ごま油とにんにくの香りがふわりと立ち上る。そこへ具材が次々と鍋に投入される音が、静かな店内にリズムを刻む。
やがて現れたのは、茶褐色のスープを湛えた丼だった。野菜、きのこ、ウインナーが器の中で波を打っている。その真ん中には、肉味噌が小さな山を作っていた。
「具沢山辛ラーメンです」
それを目の前にした途端、急激な空腹を覚えた。修吾は箸を手に取り、そっと麺を持ち上げた。香ばしく、そして辛い。鼻腔をくすぐるこの香りが、五感の奥底を呼び覚ます。
「いただきます」
ひと口啜る。最初にくるのは唐辛子の直球。それを追いかけるように、複雑な旨みが押し寄せてきた。麺に完全に染み渡っている。思わず、もう一口。スープとともに流し込むと、汗腺が目を覚ます。修吾はハンカチを取り出して髪の生え際を押さえた。
「よろしければ、お飲み物もどうぞ」
真城は、冷えたグラスと淡いラベルの瓶をカウンターに置いた。
「青島ビールです」
修吾はうなずき、瓶を傾けて注いだ。琥珀色の液体がグラスに満ち、きめ細かい泡が静かに立ち上がる。
ひと口。軽やかでありながら、ほんのり甘く、麦の旨みが舌に染み込んでいく。辛味を流しすぎず、脂をほどよく洗い流してくれる、絶妙なバランスだった。
「ああ、これだ」
修吾は、改めてレンゲでスープをすくい、またビールを口にした。刺激とやさしさ。やさしさと刺激。辛さの中に、こんなにも心を落ち着かせる力があるとは思わなかった。
「私、キッチンカーを始めようとしていまして」
ぽつりと口を開いた。
「会社を早期退職して。二十年勤めて、食品の卸や開発に関わって。今度は、自分で料理を届けたいと思ったんです」
真城は静かに頷いた。
「方向性を迷っていたんです。でも、この一杯を食べて。繊細になるばかりでなく、時には大胆に、そして人も食材も助けあるように設計できれば、うまく回ってしまうものだなと、そう思いました」
「主役はあくまでも、食材と酒、そしてお客さん。それを調理する料理人は脇役だと、思ってますから」
「─それ、いただいてもいいですか?」
「どうぞ。使ってやってください」
修吾は、湯気の向こうで笑った。
「『酒肴録』。─なるほど、酒と肴だけじゃないですね。人も、録してる」
「そうなれば、光栄です」
修吾は再びのれんをくぐった。二回目は、汗とともに吹き飛んだ迷いのあとに、赤い香りと麦の記憶を纏わせて。
真城一献は、修吾の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。
おまけレシピ

そこの深いフライパンや鍋にごま油を入れ、にんにくをくし切りにして入れて火にかける。
にんにくの香りが立ったら、冷蔵庫に余っている食材など、お好きな、できるだけたくさんの種類を入れて炒める(きのこ、ウインナー、長ネギ、イカの塩辛などがおすすめ)。
食材に油が絡んだら、水を500~600ccほど入れて沸かし、辛ラーメンのスープ粉末やかやくを全て入れ、麺を入れる。
5分以上ぐつぐつと煮込む。
