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【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第44話: 鶏もも肉のクリーム煮と白ワイン


内容紹介

今日の一皿は、鶏ときのこの旨みがクリームに閉じ込められる「鶏もも肉のクリーム煮」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、白ワインと心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。

本編

のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。

 裏路地の入り口に気づいたのは、ただの偶然だった。百貨店の閉店後、帰路の途中でふと立ち寄った通り。湿った夜風がシャツの襟をくすぐり、鼻先をかすめた香りが、足を止めさせた。朝比奈匠あさひなたくみはその香りに導かれるように、その小さな飲食店の前に立っていた。

 のれんは白無地で、文字はなかった。だが、灯りの温度は違った。柔らかく、滲むような光が内側からあふれていた。店内に一歩足を踏み入れると、木の匂いと静かな湯気が迎えた。カウンターには一人分の器が片付けられた直後のようで、かすかに出汁の香りが残っている。

 「いらっしゃいませ」

 厨房の奥から現れたのは、整った所作の真城一献ましろいっこんだった。
 言葉はそれ以上なかったが、匠もそれ以上は求めなかった。言葉がない現場もある。むしろ、言葉を控えることで信頼が生まれる現場も、数多く知っている。

 コンロに火が灯る。静かに置かれた鋳物のフライパンが、ゆっくりと熱を帯びていく。鶏もも肉が置かれた瞬間、パリッと音を立てて皮目が焼け、脂がじゅわりと弾けた。その音は、緊張感をほどく鐘のようでもあった。続けてにんにくのみじん切り、きのこ、白ワイン。湯気とともに、店内が新しい香りで満たされていく。

 ほどなくして、料理が供された。皮目が香ばしく焼かれた鶏もも肉。その下には、濃厚なクリームソース。しめじ、舞茸、マッシュルーム。香り、質感、温度、そのすべてがひとつの設計の中に調和していた。

 一口食べた瞬間、体から余計な力が抜けていくのがわかった。濃厚な白い旨みが、舌を包み込む。鶏は、皮は香ばしく、肉はしっとりと二面性を持ち合わせている。
 人に見せるための売場。数字を追うための配置。最近の仕事は、あまりにも、見せすぎることばかりだった。だがこの皿は、見せようとしていない気がする。ただ在る。それが逆に、深く染み込んでくる。

 ふと、厨房の奥でワインセラーの扉が開く音がした。真城は、淡く黄金色の液体が満ちたボトルを取り出し、静かにラベルを見せた。

 「ブルゴーニュのシャルドネです」

 匠は頷いた。その名を聞くだけで、遠い記憶が喉の奥に蘇る。かつて展示の視察で訪れたボーヌの町。市場の裏通りで偶然見つけた古びたワインバーで、地元の老人に勧められるまま飲んだシャルドネ。バニラと木の香りが、ゆっくりと舌に残った。

 ワインを口に含む。ナッツ、バター、白桃、そして杉材のような樽香。それはまるで、この料理の余韻をもう一段階深めてくれるようだった。

 匠はグラスの縁を見つめながら、ぽつりとこぼした。

 「香りって、不思議ですね。言葉がなくても、何かが伝わる。今日、職場で部下にひと言も言えなかったけど、あいつ、俺の苛立ちに気づいてたと思います」

 真城は笑わず、ただ頷いた。

 「伝わっていたなら、いいんじゃないでしょうか」

 昼間、売場でのことがふと脳裏をよぎった。来月から導入予定の什器をめぐって、部下と交わした短いやりとり。言葉にこそしなかったが、あのとき彼が口をつぐんだ理由は、きっとわかっていたのだ。自分が、展示の意味ではなく、数字しか見ていなかったことに。

 ─展示って、空間の温度まで伝えるものだったはずだ。

 初めてその感覚を知ったのは、ボーヌの町だった。真っ白な石畳に雨が染み込み、木組みの建物が絵のように連なる路地。その先にあった、小さなギャラリー。入場無料。中には誰もいない。
 ただ、中央に浮かぶように置かれた木箱に、一本の古いワインが展示されていた。その照明は、瓶のラベルを照らすのではなく、あえて木の影だけを浮かび上がらせていた。説明文はなかった。それでも、香りがあった。人の手と時間と、黙って注がれた想いが。
 あのとき、言葉よりも、温度で伝えるものがあると知った。

 真城が皿を引きながらぽつりとつぶやいた。

 「料理も、展示も、完成した瞬間より、余韻が本番かもしれませんね。前のお客さんは、植物は食べられる時も生きていると、そう言っていました」

 思わず笑ってしまった。きっとこの男は、何もかも見透かしている。

 匠は再びのれんをくぐった。二回目は、もう一度うちに秘め直した想いを纏わせて。
 真城一献は、匠の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。

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第45話へ続く…
マガジン: バーチャル居酒屋『酒肴録』

おまけレシピ

鶏もも肉のクリーム煮
  1. 鶏もも肉に塩胡椒し、フライパンにオリーブオイルを入れて皮面下にしてパリッと焼き、取り出す。

  2. そこに、にんにくのみじん切りを入れ、香りが立ったらきのこを入れて炒める。

  3. 鶏もも肉の皮面を上にして戻し、白ワインを100ccほど入れて熱してアルコールを飛ばす。

  4. 生クリームとコンソメを少々入れて、とろみがつくまで煮詰める。

材料紹介

  1. オリーブオイル : 味と値段のバランス最強。普段使いに。

  2. ブルゴーニュ・シャルドネ : 鶏もも肉のクリーム煮と。

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